テラーノベル
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「歌ってはいけないよ。音痴なんだから」
そう言われたのはいつからだっけ。
理由は分からない。
ただ、その言葉だけが、ずっと頭の奥に残っている。
だから私は、人前で歌わなくなった。
歌うことが嫌いになったわけじゃない。
むしろ――
歌いたかった。
誰もいない場所でなら。
誰にも聞かれないのなら。
そう思っていた。
だから、その日の放課後も私は音楽室にいた。
午後五時十二分。
校舎には、もうほとんど人がいない。
窓の外では、夕焼けが校庭を赤く染めていた。
私はゆっくりとピアノの前に座る。
鍵盤に指を置いた。
そして、小さな声で歌い始めた。
――その瞬間だった。
パチン。
一度だけ。
拍手が聞こえた。
私は歌うのをやめた。
「…………え?」
音楽室には、私しかいない。
そう思っていた。
ゆっくり振り返る。
誰もいない。
後ろの扉も閉まっている。
窓も閉まっている。
気のせい。
きっと、そう。
そう思って、もう一度ピアノに向き直った。
――すると。
パチ。
また拍手。
今度は、さっきより近い。
「……誰?」
返事はない。
私は立ち上がった。
教室の隅。
机の下。
カーテンの裏。
どこにも誰もいない。
なのに。
――視線だけを感じる。
誰かが、私を見ている。
そんな気がした。
怖くなって、私は鞄を掴んだ。
早く帰ろう。
そう思って、扉へ向かった。
そのとき。
黒板に、何か書かれていることに気づいた。
「…………?」
さっきまで、何もなかったはずだ。
チョークで書かれた、たった一行。
私はゆっくり近づいた。
そこに書かれていた文字を読んだ瞬間――
背中が冷たくなった。
『昨日の歌、もう一度聴かせて』
私は昨日、この音楽室に来ていない。
そもそも――
昨日は、歌っていない。
じゃあ。
これは誰が書いた?
そして――
誰が、私の歌を聴いていたの?
怖くなってその日は早足で地獄の家へ帰った。
コメント
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黒羽さん、第1話読ませていただきました。夕焼けの音楽室、誰もいないのに拍手が聞こえる――その不気味な静けさがすごく伝わってきました。「歌ってはいけない」と言われた過去の一言が、それでも歌いたい気持ちと重なって、胸がじんとしました。最後の「地獄の家へ帰った」という一文に、主人公の日常が透けて見えて続きが気になります。