テラーノベル
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「衣沙架、新しいお兄ちゃんよ。」
この一言から、全てのピースが崩れ落ちる。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ …..
「ん〜」
私は寝ぼけながらも目覚まし時計の警戒音を止める。
私の身体にへばり付く重たい布団の束縛から抜け出し、朝日が昇ってきたことを瞼の内から確認し、
恐る恐る目をゆっくりと開ける。
普通の女子大生となにもかわらないように見えるが、私は男だ。
普通の女性服を身にまとい、長く伸びた髪の毛を丁寧にヘアブラシで梳き、右耳のしたでゆるりと結ぶ。
頭の頂上には、何の為でもない紅いカチューシャをつける。
過去に色々あり、今は普通の女の子として生きているが、中身は正真正銘の男である。
中身と言っても、身体は女だが、心は男と言ったところだ。
私の寝室は、ピンクに染まり、いかにも可愛い女子大学生、いや、中学生ぐらいだろうか、、、。
そんな部屋で日々を淡々としている。
文の書き始め、いわゆる冒頭に書いた兄というのは、今の兄ではない。
今住んでいる1LDKのマンションから1つの県を挟んだ東京都で暮らしている、今は何の関わりも無い赤の他人だ。
私は、現在一人暮らし中だ。
私は児童養護施設育ちなので、身元保証人は居るが、家族という立場に当てはまる人物は居ない。
それもまた、私にとっては都合が良い。
時間に少しルーズな私は、今日も起きたい時間にスマホでアラームを設定し、そこから5往復した警戒音で目を覚ました。
今日は幸い休講で、あるのは午後9時からの音楽番組収録だけ。
大学生として、大学には入学したものの、仕事の関係上、行ったのはまだ仕事に就く前の2回だけだ。
といっても、今はもう午後0時。
早く少食。いや、昼食を済ませて身支度をする。
最小限必要なスマホ、財布、飲み物。
これだけをショートバックに詰めて、黒い帽子を被り、少し大きめのマスクをし、こんなに暑い日に、バカみたいに黒いフード付きパーカーを着てマンションを出る。
3日ぶりに日光を浴びたせいで、日々労働者が感じている苦の倍ぐらいのHPを削る。
本当ならこのまま飼っている犬のためにつけっぱなしにしている冷房の効いたリビングに戻りたいが、そういうわけにもいかない。
今夏員も音楽番組は、生放送。
放送事故が無いよう、リハーサルを5時から4時間ぶっ通しで番組進行を確認する。
ここから1時間半をかけてスタジオに到着し、そこから衣装に着替え、ヘアセットし、
メイクさんが来るまでにあらかじめ自分で下準備をすることを考えると、不器用な私からすると、
今からでもタクシーに乗らないと間に合わないことが95%まで確定している。
だが、私の前にはコンビニがある。
今なら客も少なく、いつも対応してくれる店員さんが「寄って行け」と言うかのようにこちらを見つめる。
コンビニのドアの上には、アイス10%増量という旗みたいなものがかかっていて、3日室内に居た引きこもりにこの誘惑はキツすぎる。
まんまと誘惑に負け、私はタクシーを予約してから、恐る恐る店内のベルを鳴らす。
「おはようございます!」
この子は今年4月中旬からバイト入りした新人の小山くん。
なぜかいつも私が店内に居るときにはずっとレジ打ちをしている。
「今日は暑いねぇ。」
「そうですね!」
文にするときっと、セリフには必ずビックリマークが付くんだろう。
きっと私とは住む世界が違う。
私はアイドルグループの一員として働いている。
私達のグループは決して人気じゃないわけじゃない。
どちらかといえば人気だが、その中の私が人気かどうか。ということはまた全く別のものだ。
センターに立ったことがない。
ファンも一段と多いわけでもない。
だからこそ、自分が努力したいと思えるのかも知れない。
「で、今日は何を買いに来たんですか?」
「え?あぁ。えっと、アイスの10%増量っていう誘惑に勝てなくて、、、、、、。」
「ふふっ依紗架さんアイス好きですもんねぇ!」
「えっバレてたの!?」
「はい!だって依紗架さんアイスコーナー見るときの目、キラッキラですもん。」
小山くんの笑顔は、柔らかくて私とは違う。
「依紗架さん、今日お仕事じゃ?」
「あっ!?忘れてた!!」
ヤバイヤバイ
今日こそはマネに怒られちゃうよ〜、、、。
タクシーに乗り込み、さっき買ったカップアイスを木のスプーンで必死に食べ切る。
一気に食べたせいで、頭が狂うように痛い。
どうにか2時半までにスタジオには着いたものの、息切れしきった私の喉は、もはやアイドルとは思えないものだった。
急いで更衣室に行き、複数の衣装が重なり合う中、一番小さい衣装を探す。
どの音楽番組に行っても、私の衣装が一番小さい。
見つけやすいとも言えるが、やはり別に良い気分にはなりにくい。
今日の衣装は初めて切るタイプのもので、着方が分からず7分もかかり、楽屋に戻ったその時には、
私以外の皆がもうメイクさんにメイクをしてもらった後だった。
ゆえに、凄く時間がない。
まんまとマネにこっぴどく怒られてから、ヘアメイクを終え、スタジオに向かい、リハーサルのスタートだ。
私達が出るのは、初めての大トリ。
最後まで他のアーティストの楽曲を一番近くで聞けるなんて、どれだけの特等席だろうか。
最年少、小柄、でもリーダー。
このグループを作った事務所の社長も、なぜ面接に2時間遅刻した私をリーダーにしたのだろうか。
そんなことを考えながら数々のアーティストの名前が呼ばれていく。
すると、「Stellaさんです!」
司会者の芸人の男性がマイクを通して大きな声で名前を読んだ。
Stella、、、、、、。
何処かで聞き覚えがあるような、、?
何のことかが思い出せず、下を向いていると、心拍数がグンと上がるような声がする。
これは、別に好きだからではない。
だが、つい顔を上げたくなる声だった。
「よろしくお願いしまーーーす!」
兄だ。
彼奴だ。
全てを崩した、
私の全てを壊した彼奴の声だ。
顔が動かない。
身体が、、、何も分からない。
「依紗架、次呼ばれるよ。」
副リーダーの凜花が後ろから私の方を優しく押してくれて、初めて目を覚ます。
「うん。」
リハーサルは無事に終わり、本番までの時間をメンバーと話しながら過ごす。
話題は次々と飛ぶ。
最近流行りのスイーツの話や、メンバーがそれぞれ飼っているペットの話。
幅広い話をメンバーとし、私達は本番を迎える。
今の私に、兄と会わない選択はないが、声も姿も、あまり見たくない。
「リーダー?もう始まっちゃうよ?」
「あ、うん。」
あの人は気づいているんだろうか。
私がこの職に就いたことを聞いているのだろうか。
怖い。
いつも本番前には手が震えるが、今日はまた、違う気がする。
確かではないが、きっと。
コメント
3件
テノコンの応募条件がノベルだと2000文字書かなきゃいかんのよ。
Annta,,,youkonnnanagaibunnkaitanala,,,