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「お」
いつもよりずいぶん早くに登校した赤羽が、青木を見て目を見開いた。
「今日こそは俺の方が早いって思ったんだけどな」
「……なんかあるの?」
青木はゆっくり振り返って赤羽を見上げた。
「日直」
そう言いながら鞄を机に下ろした赤羽は、
「昨日はよく眠れたみたいだな」
隈ひとつない青木のさっぱりとした顔を見て微笑んだ。
「……ああ。諦めの境地ってやつでな」
「諦め?」
赤羽が眉間に皺を寄せたところで、
「おはよう」
白鳥が教室に入ってきた。
いつのまに知り合ったのか、クラスメイトの何人かが手を上げる。
もしかしたらその中に他の4人の死刑囚がいるかもしれないが、もうどうでもよかった。
今日のジャッジで最下位に選ばれるのは――。
(俺だ……)
青木は白鳥を振り返った。
「おはよう」
「……はよ」
白鳥は唇だけで微笑むと、静かに席に座った。
実験のことを言わず、
自分と黄河の正体を明かさず、
彼を信じさせる材料が、今の自分にはない。
「今日、モーニングコールに出なかったけど、ちゃんと起きられたか?」
聞くと、
「今日は早くに起きちゃったから、シャワー浴びてて。ごめん、出れなくて」
白鳥はいい奴だ。
こうして強姦事件の容疑者にも優しく接してくれる。
これ以上、自分たちの|都合《実験》に巻き込んではいけない。
少なくとも、自分はもう彼を傷つけたくない。
「そっか」
青木は軽く咳払いをしてから続けた。
「お前、独り暮らしにも慣れて、ちゃんと自分で起きれてるみたいだし、もうモーニングコール要らないよな」
「え……」
白鳥の大きな目が見開かれる。
「明日からも寝坊すんなよ」
(もう明日には俺はこの世にいないけど)
青木はキラキラと降り注ぐ4月の日差しがよく似合う、無垢で美しい白鳥を見上げて、ふっと微笑んだ。
◇◇◇◇
朝のホームルームが始まった。
昨日のことを否定も謝罪もしなかったからだろうか。
白鳥が何か言いたげな顔でチラチラとこちらを見てくる。
でももう彼に縋りたいとは思わない。
所詮ノンケの自分には、男との恋愛など、男を本気で落とすなど、はなからできなかったのだ。
覚悟もその気もない自分が、純粋無垢な彼を振り回すことはしたくない。
このBL実験が最終的にどんな結果で終わるのかはわからない。
だが、願わくば――
その瞬間、白鳥が幸せでありますように。
その後、白鳥が傷つくことがありませんように。
『やあ、死刑囚諸君。健闘してるかい?』
担任教師の連絡事項の声に被せて、2日ぶりに聞く男の声が骨に響いた。
『突然だが、本日はもうぱっぱとジャッジをしちゃいたいと思いまーす』
(ぱっぱとって……!)
青木は壁時計を見上げた。
まだ朝の8時30分だ。
前回のジャッジの9時間も前だ。
(まあ、いまさら焦ったって何か変わるわけじゃないけど……)
隣に座る白鳥を盗み見る。
「…………」
視線を感じたのか、それとも話しかける機会を窺っているのか、白鳥と目が合った。
『なんでこんな早い時間にジャッジをすることにしたかというとー』
こちらの戸惑いに関係なく、謎の声は続く。
『俺、今めちゃくちゃムカついてるから』
「―――!」
なんだこの気迫は。
面と向かって言われているわけではないのに、全身に鳥肌が立った。
彼が何に怒っているのかはわからない。
その怒りによって自分たちがどうなるかはわからない。
ただ一つ確かなことは――。
『俺を名乗る不届き者がいたから……!』
そう。
黄河とこの声の人物は別人だ。
改めて聞いてみるとわかる。
この男特有の声の深さと息遣い。
(あいつ――やはり騙したのか!)
運営でもなく、協力者でもないとなると、やはりあいつは敵だ。
青木を陥れ、真っ先に殺そうしとていた死刑囚の一人だ。
「………ッ!」
そう考えると悔しい。
死ぬほど悔しい。
しかしもう後の祭りだ。
『いいか、死刑囚共。常識外れのお前たちにはひとつずつルールを作らないといけないようだから、ここで明言しておく。今後、死刑囚同士で運営を名乗ったり、特別に運営が協力するなんて言ったり、そういった類のBLとはなんら関係のない虚偽の発言は、一切禁止する。もし守れなかった場合は、即刻死刑だ』
男は低い声で言い切った後、大きく息を吸った。
『それじゃあ、気を取り直して――ジャッジ!!今回の死刑執行は―――』