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hrjpです
地雷、苦手という方は見ないことを推奨します
どうやら一昨日ほどから梅雨入りが始まったらしく、外はずっと雨が降っている。朝起きるのが憂鬱で、外に出歩くのも憂鬱。湿気のせいか紙もしなしなで身体も何処か重い。一つため息を零してから部屋の窓からちらりと外を一瞥するも雨が止む気配は見えなくてまた大きなため息をついてしまう。何をするにしてもやる気が起きてこないので机に突っ伏して寝てしまおうか、なんて思っても目が冴えていて眠れる気はしない。
「…会いたいな」
こんな時、きっとあの人が居るのならこんな雨の日だって楽しい気持ちでいっぱいになれるというのに。ここ最近は特に忙しくしていて中々話すことも顔を合わせることもままならない。あぁ、早くあの翡翠の瞳を見たい、何処か一緒に出かけたい、話したい。まるで恋する乙女のような己の思いに小さな笑いを零してから瞳を閉じてみた。思い浮かぶのはあの人の笑顔、俺を呼ぶ声、鬱蒼とした雨の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「…あれ、俺寝てた、?」
気が付けば外は先程までの雨なんか感じさせないほどからりと晴天になっていた。にわか雨だったのかな、なんて考えながらベランダに出てみた。見下ろしてみれば辺りには奇麗に咲き誇る紫陽花が沢山見られた。しばらくじっと下を見ていると後ろから扉が開く音が聞こえてきて思わず振り返ると、ずっと待ち望んでいた男が現れた。
「あ、起きた?おはよ」
「jpさん…」
「何か飲む?」
テキパキとリビングでマグカップを出してコーヒーを作り始めたので、コーヒーをお願いしておいた。その瞬間、ふわりとコーヒーのいい匂いが辺りに漂ってきて身体にかかる負担が軽くなった気がした。手際よく準備している手を見ると、やっぱり奇麗だなと思う。細くて、長くて、真白い手。つい触れたくなってしまう、隣に立ちたいと望んでしまう。でも、俺は影が薄いし地味だ。華やかな彼には到底釣り合わないことなんて分かっているのに、こうして話せるたび胸が高鳴ってしまうなんてまるで乙女のようだ。あまりにも、女々しすぎる。
「…」
「hrくん?」
「え、あ、どうかした?」
「ぼーっとしてたけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
あぁ、優しいな。その優しさを俺だけに向けてほしいというのは、贅沢な願いだろう。先程まで晴れていたはずの空には灰色のどんよりとした雲が広がり始めていた。これはまた一雨降るのかなんて思いながら淹れてもらったコーヒーを飲む。最初は甘くてほんのりとコーヒーの味が広がったかと思いきやすぐさまほろ苦さが辺り一面にじわじわと広がり思わず顔をしかてしまう。やっぱりコーヒー自体あまり得意ではない。カッコつけて飲むべきじゃなかったかもな、なんて一人で悶々と考えていると、前からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「苦手なら別のもの言ってくれれば良かったのに」
「や、だってほら、コーヒー飲めたらかっこいいじゃん」
「hrくんでもそういうの気になるんだ?笑」
楽しそうにクスクスと笑うjpさんが可愛らしくて、恥ずかしいという気持ちは少し落ち着いてまぁいいか、なんて思ってしまうのだからなんと単純な男なのだろうか。頬が緩まないようにコーヒーを飲んで引き締める。前を見れば何故だが儚げに見えるjpさんの顔。何食わぬ顔でコーヒーを嗜む姿はかっこいい。見慣れてるはずなのに、全く知らない人を見ているような気持ちが膨れ上がって心がざわざわとしてくる。
「…hrくんは、雨嫌い?」
「好き、ではないかもな」
「そっか」
ほんの少し口元を緩ませて笑う彼を見たのは初めてで、胸がドキリと鳴った気がしたが知らぬふりをしてカップを机に置いた。湿気の匂い、雨の匂い、紫陽花、水たまり、カラフルな傘。梅雨の季節特有だと言えば聞こえはいいが、やはり嫌悪感は拭い取れない。
「俺、結構好きなんだよね」
「へぇ」
「hrくんとこうして話せる機会があるから」
その一言が耳に飛び込んだ瞬間、思わずjpさんの顔を凝視してしまった。すると、奇麗な翡翠の瞳がこちらを捉えた。その目に映った自分はさぞ間抜けな顔をしていたことだろう。すると、子供のような無邪気な笑顔で、いたずらっ子のようなかわいらしい笑みを浮かべていた。
「ドキドキした?」
「え、あ、うん」
「事実だよ」
事実、これは期待してもいいのだろうか。jpさんも同じだと思ってもいいのだろうか。かた、という音を立てて椅子から立ち上がり、恐る恐る右手をjpさんの頬に滑り込ませた。jpさんは驚くわけでも抵抗するわけでもなく、その行為を受け入れたかと思いきや奇麗な翡翠の瞳が静かに閉じた。あぁ、そんなことされたら期待してしまうというのに、胸の高鳴りは止むことを知らない。
恐る恐る顔を近づけて、あと少し、ほんの少しで触れ合ってしまう。
「hrくーん?」
「…ぁ、」
目が覚めると、そこには心配そうな色を宿した彼が居た。つい先程まではあんなに艶めかしい雰囲気をまとっていたはず、なんならキスしそうだったのに。少ししてやっとそれが夢だという事実に一つ苦笑を落として外を見てみた。相変わらず雨は止んでいない、もしかしたらこのまま東京は雨によって沈むのでは?と錯覚してしまう。
「大丈夫?疲れてた?」
「大丈夫、ちょっと夢見てただけ」
「楽しい夢?」
「とっても」
正夢になる日は来るのだろうか。