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#hnnm
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HSP とは?
感受性が非常に高い生まれつきの気質。 感覚刺激に対して過敏な反応を示すことがある。
『伊吹視点』
ああうるさい。
ああ眩しい。
ああ苦い。
ああ濃い。
ああ冷たい。
時々感覚が鋭くなるときがある。
普段も鋭いが、それほどではない。サングラスやヘッドホンでカバーできる範囲だ。
でもごくたまにそれすら効かない時がある。
そういう日は何も出来ない。
外に出ても太陽の光で目が潰れるかと思うし、
家の中にいても色んな音で鼓膜が破れそうになる。
何かを食べても、甘すぎたり苦すぎたりする。
お風呂に入ろうとしても冷たすぎたり熱すぎたりする。
だからベッドの中で1日こもって過ごすしかない。
こんな自分が嫌だ。
こんな自分なんかいらない。そういう考えがぐるぐる回る。
スマホから電話が鳴る。俺の相棒の志摩からだ。
こういう日は電話すらしんどいので出ようか迷っていると、切れた。
急ぎだったら申し訳ないなと柄にでもない事を考えていた。
切れたすぐ後にメールが来る。
今日は急に休んだみたいだけど、大丈夫か?
要るものとかあったら買ってくる。
ああ、こういうとき、志摩ちゃんは優しいんだ。
画面の明るさを極限まで落としたスマホを眺める。
こういうときはなんて送ればいいのだろうか。大丈夫と送ればいいのか?
でも大丈夫ではないし、できれば志摩に来て欲しい。
こういう日はどうしようもなく誰かと居たくなるのだ。
情報量が多い世界の中で手を握ってくれる人と。
でも迷惑がかかるからしない。
大丈夫!ありがとう。
うん。これなら心配させなくて済む。
志摩も職務中だろうし、俺なんかに構っている暇はないんだ。
そう思って返信を送る。すると即座に既読がついて返信がくる。
今からお前の家に行く。
へ?予想外の返信が来てつい驚く声を出す。
ああうるさい。自分の声すらもうるさく感じるのだ。
これから志摩が来る?どうして?職務中じゃないの?
たくさん疑問が浮かんできたが、ある思考にそれらは打ち消された。
迷惑かけたくない。
俺は眩しい画面を開いて再び返信ボタンを押す。
本当に大丈夫だから!仕事中でしょ?
志摩からは既読がついただけだった。ああこれは来るな。俺の勘がそう言っている。
本当に優しすぎるんだから…
ずきりと頭が悲鳴をあげる。
ああ痛い。きっと画面を見すぎたんだ。
スマホを閉じて机の上に置く。
インターホンが鳴る。
いつも以上にうるさく感じるその音はなぜかそんなに嫌じゃなかった。
ゆっくりとベッドから出てドアへ向かう。
「うわ、顔色悪いな」
「志摩ちゃん…」
「入るぞ。お前は休んでろ」
志摩の音量はいつもより抑えられている。それでも頭の中に響くのだが、
うるさくはなかった。逆に落ち着いて心地が良い。
「 伊吹?」
志摩の声にハッとして、口を開く。
「本当に大丈夫だから」
「大丈夫に見えない」
「本当だって…」
「いいからどけ。入るから」
そこで俺の意識は切れた。そりゃそうだ。情報量が多すぎて脳が休めと言っているのだから。
カサカサとビニール袋がこすれる音がして、目を開ける。
ああ、志摩ちゃんが来たのは夢か。志摩ちゃんが来るはずがない。
安心のようで残念なような…?
「目が覚めたか?」
そう思っていた時、急に待ち望んでいた声がして声を出して驚いてしまう。
「っ…」
その声のせいで頭痛がひどくなる。
「無理するな。薬は?」
「…あそこ。あのコートのポッケ」
「分かった」
志摩は立ち上がって俺が言ったところへ向かう。
志摩の呼吸音が妙に心地よくて、志摩の匂いが妙に落ち着いて、まどろんでしまう。
「これでいいか?」
「…ん。ありがとう」
「これ水な」
志摩から水と薬を受け取る。
そういえばと、さっきから感じていた疑問を問う。
「仕事中じゃないの?」
「今日、俺非番」
「あ…そう」
非番?そうだったか?確認していないので分からない。
でも志摩がそう言うのならそうなのだろう。
「せっかくの休みの日なのにごめんね…」
「…俺がやりたい事だから気にするな」
やりたい事?俺の看病が?
何か意味がありそうだったが、考えるほどの余裕はない。
「色々買ってきた。ゼリーとか水とか。できるだけ味が薄いやつを選んだ」
「…ゼリー」
「ん?ゼリー食うか?」
「うん…」
俺は氷のように冷えたスプーンを持とうとしたが、志摩に静止され、
志摩に食べさせてもらった。
甘い。
こんな日でも美味しいと思えるものがあるとは。
インターホンの音が部屋中に響く。
「…っ」
さっきまで平気だったはずの音が、頭の中を鋭く刺す。
何度も何度も、何度も同じ音が内側で反響してる。
「は、はぁ…」
息がうまく吸えない。
さっきまで『志摩の音だけは大丈夫』だったはずなのに、
その志摩の足音すらもうるさい。
「宅配だった。なんか頼んだか?」
その声すら、ノイズになる。
いやだ。いやだ。いやだ。
志摩の近づいてくる気配。
手を伸ばされる。
「…伊吹?」
触らないで。
パシッ
こちらに向けられた志摩の手をつい払ってしまった。
「…あ、あ、っはぁ」
「…おい」
「いやだ。こないで。」
「…おい!」
「っあ」
その音は大きくて、俺を現実に戻らせるのに十分な音量だった。
「落ち着け。深呼吸しろ」
志摩がそう言ったので、ゆっくりと深呼吸をする。
さっきまでぐちゃぐちゃだった頭の中が澄んでいく。
「…」
「落ち着いたか?」
「…うん。ごめん。手叩いちゃって」
「本当にな」
志摩がため息をついて床に座ったのを見て、自分も床に寝転ぶ。
「あー…志摩ちゃん来たのちょっと助かる…でもさ、今日の俺ハズレ日だから返品できるよ?」
「ばか」
「へへ、だよねぇ。志摩ならそう言うって思ったもん」
「なんかさぁ…もう世界がさ、音量MAXのテレビみたい…リモコンどこ…」
「そりゃ大変だな」
「志摩ちゃんがつめたーい」
「でも、志摩ちゃんの声だけさ、ノイズキャンセルされてんの。なんで?」
「…………知るか」
少しは回復してきているような気がする。いつもは一日中寝込まないと無理なのに。
窓の日差しが見え、頭痛が更にひどくなる。ズキズキと脈打つように痛む。
「…ごめん。少し寝るね」
「ああ。ゆっくり寝てろ」
机の上にあった錠剤を飲み込み水で流し込む。
ベッドで横になって目を閉じると、志摩の冷たい手が閉じた目の上に乗る感触がした。
冷たい。でも心地いい。
こんな日でも心地良いと思える音が、感触が、色が、匂いが、味があるとは。
ゆっくりと意識を手放す。
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『志摩視点』
「…は?今日伊吹休みなんですか?」
伊吹が休むなんて珍しいこともあるもんだなと思いつつ、理由を聞くと体調不良だそうだ。
…あいつが?あいつが体調不良なんてことあるのか?
「…え?俺が?」
たった今、陣馬さんから「お前、伊吹のとこお見舞いに行け」と言われた。
なぜ俺がそんな事をしないといけないのだろうか。そもそも俺たちがいない間のカバーはどうするのか?
そんな思考を読まれたみたいで、カバーは陣馬さんと九重が頑張ってくれるそうだ。
九重が「はっ?」と怪訝な顔をしていたが、見なかったふりをしてお見舞いに行くことにした。
「一応病人なんだからなんか買ってくか…」
体調不良で休むほどだから症状は重いのだろう。
一応電話をかける。
…出ない。寝てるのか?
しょうがなく、メールにすることにした。
今日は急に休んだみたいだけど、大丈夫か?
要るものとかあったら買ってくる。
我ながら気色悪いなと感じつつ、スーパーへ向かう。
そういや昨日の伊吹は様子がおかしかった。
どこか苦しそうで、音や感触に過剰に反応していた。
HSP。
俺と組んだ時から、あいつは音や光にうるさかった。
普段さして明るいところでも無いところでも伊吹はサングラスをしているときがある。
それもHSPによるものだろう。
スマホに通知が入る。伊吹からの返信だ。
大丈夫!ありがとう。
…行かなければならない。そう思った。
あいつが…伊吹が強がる事しかできないほど弱っているのならそばにいてやりたい。
あいつが前そうしてくれたように。
すぐに返信を打ち込んで送信する。
今からお前の家に行く。
足取りを早める。
スマホの通知がまた鳴る。
本当に大丈夫だから!仕事中でしょ?
ここまでくると苛立ってくる。こいつはこんなにも他人を頼れないヤツだっただろうか。
ああいや、俺も人のこと言えないな。
もうすぐ伊吹の家だ。前に一度入ったことがあるので、場所は知っていた。
伊吹の部屋のインターホンを鳴らす。
なかなか出てこないので部屋の中で倒れているんじゃ無いかと心配になったが、
鍵が開く音が聞こえ、ひとまず安堵する。
開けられたドアの中から出てくる伊吹は普段と違い、何かに怯えているような顔だった。
「うわ、顔色悪いな」
「志摩ちゃん…」
「入るぞ。お前は休んでろ」
声の大きさを普段より小さく喋る。こいつには普段の音量もキツイはずだ。
伊吹はドアの前で突っ立ってるままで、ぼーっとしている。
大丈夫か?こいつ。
「伊吹?」
俺が声をかけるとハッとした顔ですぐに口を開いた。
「本当に大丈夫だから」
その状態で『大丈夫』は無理があるのではないか。
「大丈夫に見えない」
「本当だって…」
「いいからどけ。入るから」
俺がそう言い放った瞬間、伊吹は意識を失ったように眠った。
「…はぁ?」
いや、しんどいのは分かるけど、だからって玄関で寝る奴がいるか?
とりあえず荷物を部屋の中において、伊吹を運ぶ。
俺より伊吹の方が図体が大きいので苦労した。
買ったものを出そうとビニール袋の中を漁る。
すると、伊吹が目を覚ました。
一応音出ないように気をつけていたつもりだが…
ここまで鋭いと日常生活も大変そうだなと思いつつ声をかける。
「目が覚めたか?」
伊吹は大きく声をあげて驚いた。そして頭を押さえ、悲鳴を上げる。
自分の声にも反応してしまうのか。
「っ…」
「無理するな。薬は?」
「…あそこ。あのコートのポッケ」
「分かった」
…あのコートは、いつも伊吹が捜査のときに着ているものだ。
いつ、どこでこうなってもいいように薬を常備しているのだろう。
「これでいいか?」
「…ん。ありがとう」
「これ水な」
ついでに買ってきた水も手渡す。
すると、伊吹が思い出したように尋ねてくる。
「仕事中じゃないの?」
「今日、俺非番」
「あ…そう」
「せっかくの休みなのにごめんね…」
「…俺がやりたい事だから気にするな」
なぜかつい嘘をついた。
非番でもないし、俺がやりたかったからやっているわけでも無い。
でも、その方がいい気がした。
…それに、俺がやりたいってのはあながち間違いでも無いような気がした。
「色々買ってきた。ゼリーとか水とか。できるだけ味が薄いやつを選んだ」
「…ゼリー」
「ん?ゼリー食うか?」
「うん…」
伊吹がゼリーに食いついたので、白桃味のゼリーを取り出して蓋を開けてやる。
伊吹はスプーンを持とうとしていたが、躊躇していたので、俺が食べさせた。
なんで俺がこんな彼女みたいなこと…
甲高いインターホンの音が部屋中に響く。
「…っ。は、はぁ。」
なんだ?志摩は立ち上がり対応しに行く。
「宅配だった。なんか頼んだか?」
伊吹の方を見ると明らかに様子がおかしい。
「…伊吹?」
「触らないで!」
パシッ
伊吹の方に向けた手を払われる。
痛った。こいつこんなに力強いんだな。
「…あ、あ、っはぁ」
「…おい」
「いやだ。こないで。」
「…おい!」
「っあ」
過呼吸を起こしているようだ。こう言う時はどうしたら良い?
え、とりあえず深呼吸か?
「落ち着け。深呼吸しろ」
これだけで落ち着くのかは分からなかったが、やってみる価値はあるはずだ。
「…」
さっきまで険しい表情だった伊吹はだんだん大人しくなっていった。
「落ち着いたか?」
「…うん。ごめん。手叩いちゃって」
「本当にな」
志摩はため息をついて床に座る。伊吹も床に寝転んだ。
「あー…志摩ちゃん来たのちょっと助かる…でもさ、今日の俺ハズレ日だから返品できるよ?」
「ばか」
「へへ、だよねぇ。志摩ならそう言うって思ったもん」
「なんかさぁ…もう世界がさ、音量MAXのテレビみたい…リモコンどこ…」
「そりゃ大変だな」
「志摩ちゃんがつめたーい」
「でも、志摩ちゃんの声だけさ、ノイズキャンセルされてんの。なんで?」
「…………知るか」
軽口も言えるようになってきている。多少は回復できているようだ。
伊吹は窓からの日差しを見て、頭を抑えた。
「…ごめん。少し寝るね」
「ああ。ゆっくり寝てろ」
伊吹が目を閉じたのをみると、ふと思いついて自分の手を上に載せる。
伊吹は心地良さそうに意識を手放した。
いつも明るいあいつがこんなにも弱るとは。
さっき、玄関で眠ったあいつを部屋の中に運ぶとき、伊吹の閉じた目から涙がこぼれ、額には汗が流れ、自分の体を守ろうと丸まっていた。
その姿は俺よりも大きいはずなのにやけに小さく見えてしまった。