夜飴です。
セーフワードを言わせたいdom達の話です。
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「あかーしが!!セーフワード言ってくれない!!!」
木兎宅、各々のsubが出かけている隙に黒尾を呼びつけて、木兎光太郎は叫んだ。おいおいどうした、とたしなめる黒尾の目にも、微かな動揺の色が滲んでいる。猛禽類のような金色の瞳で目ざとくそれを見咎めた木兎が、身を乗り出して問い詰めた。
「なぁ、お前んとこはどーなのよ?あのゲーム大好きなセッター!!」
声でけえよ、とその体を押し戻してから、黒尾は頬杖をつく。その目はどこか遠くを見つめていて、喉元まで出かかっているこれを目の前の能天気最凶domに言うべきか否かを真剣に考えていた。
「……おい、木兎。セーフワード言ってくれないって、どういうことだよ?」
ひとまず、結論は先延ばしにしよう。だから邪魔すんじゃねえ。
そんな有無を言わさぬ眼力で、黒尾が木兎に問う。少し考えるようなそぶりを見せたものの、やっぱり自分のsubの話がしたくてたまらなかったようで、堰を切ったように話し始めた。
「あかーしがさぁ…俺がどんなに過酷なcommand使っても、なんでかセーフワード頑なに言ってくれないの!!cornerとかマジ何時間でもできちゃうし。というか、初めてお仕置きした時にstripって言ったら躊躇なく全裸になったからね!?!?お仕置きになってねーじゃん!!って。でもさー、それってあかーしにかなり無理させてるわけじゃん?あかーし俺のためならすっごい頑張るからさ、どこかで壊れちゃいそうなんだよね。でも俺じゃ言わせられそうにねえんだよ〜。だから、さ」
唖然とする黒尾に、木兎は「お前のとこのsubと交換してくれない?」と上目遣いで手を合わせた。
「……えー…言いたいことは死ぬほどあるんだけども……なんで俺?他の奴に頼めねえのかよ」
木兎はきょとんとした表情のまま、「だってあかーしも研磨も、言えないんじゃねーの?セーフワード」とさも当然のことのように言う。白旗だった。木兎の野生とも言える勘はたまに恐ろしく鋭い。
「わかったわかった、いいよそれで。で、具体的にはどうすんの?」
「うん、でさ、黒尾んとこってどんな感じ?」
……少し気を抜いただけでこれだ。全く、こんなのを相手にしている赤葦はすごい。本当にすごい。文脈ガン無視だ。
「え…、基本は生活管理……で、playの時は研磨そこまで色々頑張れるタイプじゃねえし、俺は我慢できるから簡単なやつだけで済ませてる。あ、あと、commandできたらちゃんと褒めるようにしてるかな」
一応とは言いつつも黒尾が割としっかり答えると、木兎も木兎の割には真剣に頷きながら聞いていた。ひとしきり頷き終えると、うん、と一声発して、木兎が立ち上がる。
「俺分かったわ、お前さ、甘やかし過ぎなんじゃねえの」
いやそうなんだけど、と頭を抱える黒尾を見下ろして、きょとんと首を傾げた。そして、だから交換しようって言ってんじゃん、とさらに追い打ちをかける。木兎が言うには、お互い普段ならあり得ないようなplayをするから交換して追い詰めたら言えんじゃね?ということらしいが、黒尾としては自分の可愛いsubをこの化け物に預けてもいいものか、いささか不安だった。変なところで鋭い木兎だが、普段は微塵も空気を読まないムードメーカー兼ムードクラッシャー(?)だ。万が一にも研磨がdropなんて起こしたら…と考えると、今すぐにでも目の前のこの能天気な顔面を殴りつけたいような気持ちになる。しかし、黒尾とて一人の人間でありdomだ、現状維持は大変辛い。お前じゃ不安ありすぎる、というもっともではあるがこの話を拒絶するワードを胸にしまい込んで、がっくりと項垂れるように頷いた。
「やったー!!じゃ、今からあかーしたち呼ぶから!!」
「おう…は?」
今から?そんな疑問をぶつける間もなく無情に通話は繋がり、帰ってきて〜、とだけ言った木兎が一方的に切る。そんなことをしたらあの真面目な後輩はすごい勢いで帰ってきてしまうではないか、どうして匂わせた、なんてぐるぐる考えている黒尾を横目に、木兎は呑気に鼻歌など歌いながらコップにオレンジジュースをなみなみと注ぎ、ぐいっと一気に飲み干した。
「まだかな〜」
何言ってんだこいつまだ帰ってくるわけないだろ、と黒尾は恨めしそうに木兎を睨みつける。目は口ほどに物を言うが、木兎にその概念はないのだ。そしてふと見やった時計の文字盤とその上を滑る針の位置に、心臓が飛び出さんばかりの衝撃を覚えた。
「いつの間にか20分経ってる…」
「??何言ってんの黒尾、お前が来てからもう1時間は経ってるし、あかーしに電話かけてからはもう35分経ってるよ?」
1の次は2だよ?みたいなテンションで木兎に告げられ、黒尾の拳が握られようとした瞬間、ピンポーン、となんだか少し間抜けた電子音でインターホンが鳴る。赤葦たちが戻ってきた。開けていーよ、と大声で玄関に叫んだ木兎は、黒尾に軽く目配せする。全く無警戒だった黒尾に軽くglareが当てられ、びくんとその肩が跳ねた。それを木兎は不思議そうに眺めて、すぐに目を逸らす。俺の方が強い、という無意識の威嚇だった。従え、ということらしい。
「ただいま戻りました」
「……ただいま…」
ドアの開く音に続いて靴を脱ぐ時間を空けてから、二人分の足音が近付いてくる。リビングのドアが開けられて、二人のsubは少し怪訝そうな顔をしてこちらを見た。いつもなら靴を脱ぐ間もなくやってくる声がない。赤葦が木兎に話しかけようとした一瞬に、黒尾は赤葦へ、木兎は研磨へと、同時に「おかえり」と言った。そしてすぐに、絶対に今までならあり得なかった言葉がそれを追いかけていく。
「研磨、“kneel”!」
「“come”、赤葦」
意外にも、この事態にぽかんと口を開けたのは赤葦だった。木兎の従わなければ押し潰されるようなcommandに耐える研磨の横から、流れるような動作でするりと黒尾の足元へと移動していく。寸分の躊躇いもなく、ただ目の前のdomから己に下されたcommandに、頭で考えるより先に体が動いていた。
「……っあ、…」
自分以外のdomに跪いた赤葦を見て、木兎から恐ろしい重圧を伴うglareが噴き出す。その重圧にはおよそ慣れなどというものが付け入る余地はなく、ただただ純粋にその場にいる者を押さえつけ突き刺して服従させる。
「ごめ、なさ…っ」
「“黙れ”、京治」
「っ……!」
commandではないはずの言葉が、それと同等の重みを持ち始め、掛けられた人間を締め付けじわじわと追い詰めていく。自覚のない分、その威力は普段の比ではない。このままでは全員潰れるまで終わらないと判断した黒尾が、自らも木兎のglareに当てられながら微かに動いた。ぐ、と木兎の服の裾を掴み、引き寄せる。
「おい、木兎っ…!研磨、も、sub、だから、…っそれ、やめ、ろ、っ……!!」
「……あ、…?……くろお、?」
徐々に現実離れした圧力のglareが引き、木兎の猛禽類のような金色の目に少しずつ理性の光が戻っていく。ようやく自由に体が動くようになると、黒尾は真っ先に今にも泣きそうな自分のsubへ駆け寄った。
「…ぅ、あ……、っくろ…」
「ああ、大丈夫、怖かったな。dropもしてなくて偉い!Goodboy!な、ほら、俺はここにいるから。だからちゃんと、息しような?」
「っ、ひゅ……ぅ“…っふ、は……、っ」
「うん、上手、ちゃんと息吐けてるよ。……そんで、木兎」
ゆらり、と立ち上がった黒尾の背後から何とも言えぬ黒いオーラが立ち上る。
「いやいやいや、ごめんて!!」
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side A.黒尾・赤葦
黒尾がドアを閉め、声を上げて状況の説明を求めようとする赤葦を微かなglareで封じる。少しも抵抗を見せないあたり、本当によく躾けられた優秀なsubだ。
「…赤葦、“come”」
ほんの少し、赤葦が眉をひそめた。先程木兎から受けたお仕置きがまだ身体に感覚として残っているせいか、上手く身体が動かない。
「“come”」
「あ…っ」
少しだけglareを込めた視線でもう一度commandが出され、赤葦の身体が震えた。そろり、と遠慮がちに足を踏み出し、ゆっくりと床の感触を確かめるように黒尾へと近付いていく。たっぷり時間をかけて自分の足元へ辿り着いた赤葦の頭を、黒尾が大きな掌でくしゃりと掻き混ぜる。
「Goodboy!ちゃんとできて偉い!赤葦、いい子」
「っ…!」
subにとって最上級の褒め言葉に、赤葦は本能のまま顔を綻ばせる。しかし同時に、木兎はこんなことでは満足しない、という拭いきれない違和感と不安が頭をよぎった。このままでは今までの木兎との時間を否定するようなplayが続いてしまう。限界を迎えた赤葦の理性が、最後の抵抗として選択肢に姿を現した。
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side B.木兎・研磨
「……なあ研磨。そろそろ受け入れろよ」
「っ…や、だ…!」
頑なにその場で直立しkneelしない研磨に、徐々に木兎のglareが強くなる。長時間のglareの使用は木兎にも負担がかかるものの、二人のダイナミクス性の強さを考えれば、研磨が膝をつくのは時間の問題だった。
「…研磨、俺“kneel”、って言ったんだけど。聞こえなかった?」
「……っ」
部屋に入ってから一定の速度で強くなっていたglareが、均衡を破るように爆発的に顕現する。か細い声を出しながら研磨が膝をつき、金色の瞳が満足そうに細められた。そして一つのrewardもなく、“come”、と木兎が呟き、また動かなくなる研磨に、異常な執念でglareが纏わりつく。
「……っあ、ぁ…」
これが、木兎光太郎?赤葦はこんなのにいつも従っている?そんな疑問が脳内を埋め尽くし、次いで衝動的な気持ち悪さを伴う違和感が沸々と研磨の中で大きくなっていた。クロはもっと褒めてくれる、もっと甘やかしてくれる、もっと、もっとおれを大事にしてくれる。考えれば考えるほど、そうではない木兎がどこか得体の知れない化け物に見えてくる。
「…ねえ、早くしなよ」
「っ……!」
得体の知れないものに対する、本能的な恐怖。もう限界だ──
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「……“ミミズク”…っ!」
「“いち”っ…!」
「……研磨?」
「…赤葦っ!」
自分のsubのセーフワード。何があろうと忘れるわけがないその言葉が耳に届いた瞬間、二人のdomは同時に走り出した。
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side C.兎赤
木兎さん、とか細い声が俺を呼んだ。試合で負けた時より、ツーアタックを決められなかった時より、ずっと弱々しくて今にも泣いちゃいそうなくらい小さな声で赤葦が俺を呼んでいる。
「赤葦、Goodboy!大丈夫、俺はここにいるから。だから、ね、ほら泣かないで」
ずっと鼻を啜って、はい、と小さな声で赤葦が呟いた。その少し冷えた体を思いっきり抱き締めると、微かに赤葦が苦しそうな吐息混じりの笑いを零してぎゅっと抱き返してくる。苦しいです、なんて言われても俺はやめない。赤葦が好きで、同時に壊してしまいたいとも思っているから。自分以外の誰かに触られている姿を想像するだけで吐き気がするし、そのまま奪われてそいつの好きにされてしまうくらいなら、いっそのことわけが分からなくなるまで愛して愛して愛して、それからポイっと空き缶をゴミ箱へ放るように捨ててしまえればいい。でも俺はそんなに器用じゃなくて、割り切ることもできなくて、だから赤葦を何度も何度も痛めつけてダメなことを教え込んで、俺の色に染めなくちゃ気が済まなくて、そうじゃないと落ち着かない。
「ねえ赤葦。俺のこと好き?」
そう何度も聞いて、分かり切った答えを聞かないと居ても立ってもいられなくなる。
「……はい」
ほら、どんなに痛めつけても意地悪しても、結局その先にある甘いご褒美に目を眩ませて、お前は俺のところへ帰ってくる。一度決意を固めて離れたところで、到底自分一人では生きてなどいけないことに気付き、少しばつが悪そうにしながらドアを開けてしまうから。だからお前は、俺から離れられないんだよ、赤葦。
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side D.黒研
研磨、と声をかけると、顔面蒼白になった俺のsubが微かに顔を綻ばせた。徐々に人らしい体温を取り戻していく体を抱きしめて、Goodboy、ありがとう、と褒め続けると、少しずつその瞳が蕩けて、ふわふわと曖昧になっていく。
「ありがと、研磨。おやすみ…」
すっかり温まった身体をそっと抱き締めると、少しくすぐったそうに微笑んだ研磨がゆるく俺の背中を掴む。優しくしてやりたいと思うと同時に、もっと俺に依存してほしいという仄暗いよくがほんのたまに頭をもたげる。全部自由を奪って、完全に俺のものにしたい。でも、研磨に辛い思いなんて絶対にしてほしくないから、全部やってあげて、全部教えてあげて、それでも隠しきれないくらいどうしようもない欲望は、抑制剤で隠して押し込めた。でも結局、全部お前にはバレてるんだろうな、と思う。でも、だからこそ、今のこの仮初の優しい日常を大切にしたい。
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「……で、なんでsub交換なんて大事なこと俺たちに相談もせずやったんですか?」
木兎宅、リビングにはものすごく剣呑な空気が漂っていた。限界まで体を縮めて反省の色を見せる木兎と心なしかその特徴的なトサカヘッドまで萎びている黒尾の前に、彼がsubだと知っていなければglareと間違われてもおかしくない威圧感を纏った赤葦が立ち、その背後では研磨が呑気におやつを食べている。一見すればダイナミクス的錯誤を引き起こしそうなその光景は、dom二人の脳裏に深く、深く刻まれることになった。
「…すいませんでした」
その後、木兎宅からは近所中に響き渡る大絶叫が聞こえたとか聞こえなかったとか。
この仄暗い感情は、胸の中に秘めたままで。
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えー、さっさt((
短めで切り上げるつもりがかなり長くなってしまいました、すみません。
よければ、♡、フォロー、コメントよろしくお願いします。
それじゃ、お疲れ様です。
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てえてえは命を救う(?)