コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──王都内に禁魔獣が召喚され始める1時間ほど前。
王城では建国祭において貴族たちや王族、各国の来賓等が集まるパーティが行われていた。このパーティが貴族や王族たちにとってはこの祭りのメインイベントとなっている。
ほぼすべての王国貴族や王族が出席し、また他の国の要人もかなりの人数参加するということもあって人脈づくりや商談、または情報交換などを行うには絶好の機会なのだ。
いわば王国貴族にとっての最大の戦場とも言えるパーティなのだ。
もちろん王族であるアイリスもこのパーティに参加しており、彼女は父親である国王やその王妃たち、そして第一王子と第二王子とともにパーティ会場の一番奥に位置する主賓席に座っていた。
王族である彼女たちは最初のパーティ開始時の挨拶が終わった後、パーティの間はずっと絶え間なくやってくる参加者の挨拶に対して対応し続けなければいけないのだ。
普段なかなか王族と面会する機会のない貴族や王国との友好関係を築くために来た他国の来賓たちにとってはこの機会を逃すまいと意気込んで挨拶するために長蛇の列を形成するのだが、アイリスにとってはこの時間がとても退屈で仕方がない。
もちろんそんなことを表情に出すことができるわけもなく常に笑顔で対応し続けているのだが、内心は早く終わってほしいと常に考えていた。
(あーあ、私が王族じゃなかったらこんなことをしなくてもいいのに。先輩を誘ってせっかくのお祭りを楽しんだりしてみたいな…)
ちらっと横目でまだまだ終わりが見えない行列を見ながらそのようなことを考える。彼女はため息をつきたくなるが隣には父親や母親たち、弟、そしてあの兄もいるのでそんな事が出来るはずもなく、一瞬たりとも気を抜くことなく笑顔をし続けるのだった。
そうしてようやく行列の最後の一人の対応を終え、長かったパーティもついに終わりに差し掛かった。開始時の挨拶と同様に終わる前には国王からの締めの挨拶が予定されているのだ。
そうして予定通りに国王であるアイリスの父親が王座から立ち上がり、パーティ会場にいる参加者たちに挨拶を始めた。
「今日は我らがシャルトルーズ王国の重要な日を皆とともに祝うことができ嬉しく思う。日ごろからこの国のために尽くしてくれている者たち、そして我らと友好を築き共に平和の道を歩んでくれている関係各国の者たちに改めて感謝の意を示したい。これからも王国の平和で希望に満ちた未来のために我とともに歩んで欲しい」
パチパチパチパチパチパチ!!!!!
国王の挨拶にパーティの参加者から大きな拍手が送られる。そしてその拍手が静まり返り、国王がパーティの終了を宣言しようとしたその時のことだった。
「では、これにてお…」
「父上、少しよろしいですか?」
「ん?ああ、そうだったな。すまないが最後に我が息子、ジルードから皆に挨拶をさせてやってほしい」
突然、第一王子であるジルードが国王の終わりの挨拶に割って入った。本来なら息子であろうとも公の場において国王の話に割って入るのは不敬とされる行為だが、どうやら事前に国王に話を通していたみたいだ。
しかしアイリスは兄のこのような行動に不信感を抱いていた。
具体的な証拠など何もないが何かやらかしそうな気がしてならないと彼女の直感は警鐘をならしていた。そのためアイリスは念のためにバレないよう密かに警戒を強める。
また傍に控えていた騎士団長アレグも第一王子に対する疑念をアイリスから聞いていたため、いつでも彼女を守れるように気を引き締める。
そうして国王の許しを得た第一王子ジルードは席から立ち上がり少し前へと出る。
「先ほど国王陛下からもあったように我らがシャルトルーズ王国の大切な日を共に祝えたこと、大変嬉しく思う。私からも改めて感謝の意を伝えたく陛下にお許しを得てこの挨拶の時間を賜った」
思いのほか普通の挨拶にアイリスは少し考えすぎだったのかもと少し安堵した。だがよく考えてみるとあの兄がこのような普通の挨拶をするためだけにわざわざ公の場で発言を始めたとは到底思えない。
彼女はこのまま何事もなく終わってくれればそれに越したことはないと微かな希望に賭けながら第一王子のことを注視する。
「現在、我らが王国と周辺諸国との関係は良好で皆の尽力のお陰で平和な世界が築かれて行こうとしている。このまま行けば我らの未来は皆が手を取り合い、平和で穏やかな世界となっているだろう」
穏やかな笑顔でそのように語っていた第一王子だったが突然、話が途切れた。すると段々と彼の表情から笑顔が消え、感情のないような真顔となっていった。
「だが、それはシャルトルーズ王国にとっては単なる弱体化である」
「なっ?!」
「シャルトルーズ王国は経済力、軍事力ともに他国とも引けを取らないほどの強大な力を持っている。なのにも関わらずそれらを使わず他の弱小国とともに手を取って同じ立場であろうとするというのは我が王国の威信を地に落とすことに他ならない!」
「何を言っている!ジルード!!やめんか!!!」
国王は突然の第一王子の発言に戸惑いと怒りを露わにした。
しかし第一王子はそんなことには構うことなく話を続ける。
「そこでだ、私はここで宣言する。現在の腑抜けた国王に代わり、私が新しい王となって強く誇り高い王国を取り戻す!今日はその記念すべき幕開けの日となろう」
「ジルード!!!騎士たちよ、ジルードを捕らえよ!!」
流石に普段温厚な国王もこればかりは看過できず、声を荒げて騎士たちに命を下す。それと同時に周囲に待機していた騎士たちが一斉に第一王子を取り押さえようと駆け寄ってきた。
「ふっ、雑魚が」
「なっ、なんだ?!」
「う、うわぁぁ!!!??」
突然第一王子の周囲に荒れ狂う風が発生し、騎士たちを吹き飛ばした。それと同時に彼の近くに魔法士団長が現れた。
「なっ、お主はベルトリア魔法士団長?!まさかお主…」
「ええ、その通りでございます国王陛下。私はこのジルード様を新たな国王になっていただきたいと思います。この国を真の強国として作り上げていくためには陛下ではなくジルード様が必要なのですよ」
まさかこんなに早く事を起こすなんて想定していなかったとアイリスは少し驚きながらもアレグとともに国王たちと第一王子たちの間に立って父と母、そして弟を守る。
「兄上、こんなことをしてただで済むとお思いですか?」
「アイリス、お前は全く分かっていない。これはシャルトルーズ王国の誇りを取り戻すため、そしてこの国の未来のために必要なことだ」
「何が誇りですか!他を蹂躙して得られる誇りに何の価値があるのですか!!」
「はぁ、本当にお前は惜しいな。魔法の能力だけは高く評価していたのにそれ以外は本当に愚かとしか言いようがない。まあいい、そこでおとなしく見ておけ」
第一王子はアイリスにそう言い捨てるとベルトリア魔法士団長に合図を送った。すると彼は懐から何かしらの魔道具を取り出して発動させた。
「な、何をする気だ!ジルード!!」
「そう怒らなくても大丈夫ですよ、父上。もうじき分かりますから」
その言葉の通りその直後、王都のあちこちから禍々しい魔力が発生し始めた。アイリスとアレグは身に覚えのある感覚に背筋が凍り付く。
「ま、まさか兄上…禁魔獣を…」
「なっ?!き、禁魔獣じゃと…?!」
「そういえばアイリスは一度見たことがあるんだったな。その通り、今王都の各地に配置させておいた魔法士団員たちが合図を受けて禁魔獣を召喚した。現状、王都に出現したのは15体というところか」
「じゅ、15体も?!」
「陛下…き、禁魔獣とは一体…?」
近くで状況が呑み込めずに困惑していた宰相が陛下に尋ねる。しかしその問いに国王は答えるべきか悩み、上手く言葉にできなかった。
「父上、もういいではないですか。ルデルド宰相、約300年前に勇者と賢者が討伐したとされる強大な魔物のことは知っていると思うが…」
「ま、まさか…それが禁魔獣という魔物だというのか?!」
「やはり宰相は話が早くて助かる。そう、王族のみに伝わる300年前の話…異界から召喚された禁魔獣を我々は召喚することに成功したどころか、手懐けることに成功したのだ!!これで我々の力は盤石なものとなり、世界をも手中に収める事が出来るほどの戦力を手にしたのだ!!この状況で他のやつらと手を取り合って仲良しごっこをしている方が馬鹿げているとは思わないか?」
「そ、そのようなものを…く、狂っている…」
「狂っているかどうかは実際に禁魔獣を間近で見てみれば分かることだ。ベルトリア、召喚しろ」
「はっ!」
第一王子に命令されたベルトリア魔法士団長はすぐに召喚魔法を発動させた。すると広いパーティ会場に大きな魔方陣が出現し、その中からとてつもない強大で禍々しい魔力を放つ人型の魔物が現れた。
「きゃあああああああ!!!!!!!!!」
「な、なんだあれは?!?!?!!」
その魔物が召喚された途端、会場中がパニックに陥った。参加者たちはすぐにパーティ会場から逃げようとするが出入口に触れようとした瞬間、その手が何か壁のようなものに阻まれた。
「静粛に。この会場は外から魔法士団員が張った結界によって出入り不可能となっている。そしてもしこの中で騒ぐようなことがあればこの魔物がすぐにあの世に送ることを約束しよう」
「「「「「……….」」」」」
第一王子のその言葉によって会場中が一気に静まり返った。彼から発せられる殺気と召喚された魔物の異様な魔力が彼の言葉により真実味を持たせることとなった。
「兄上、あなたは本気で世界を相手に戦いをしようというのですか?」
「ああ、もちろんだ。この王国をさらに発展させて名実ともに世界一の国とするために必要なことだからな。そのために今まで念入りに準備をし続け、今ここにそれが実行可能なものがすべてそろったのだ。そしてこの国が建国した記念の日に新たなシャルトルーズ王国の歩みが始まるのだ。どうだ?素晴らしいと思わないか?」
「私には愚かなことをしているとしか思えません」
「…まあ、いいさ。お前にこの素晴らしさが分かるとは思っていないからな」
アイリスはどうにかして弟だけでも逃がせないかと考えてみるが状況があまりにも悪すぎる。相手は用意周到に計画を立てて実行に移している。あの頭のいい第一王子のことだから抜け穴を探すのは至難の業だ。
「あっ、そうそう。もし反抗しようと考えているのであればやめておいた方がいいぞ。アイリスと騎士団長は知っているかもしれないが禁魔獣の力を甘く見ない方がいい。もし反抗の意思が確認できた時点でこんな風になるからな」
すると第一王子はベルトリア魔法士団長に目で合図を送った。その直後、パーティ会場の窓から見える王都の街から大きな爆発が発生した。
その威力は一撃で一区画を消滅させるほどだった。
「「「「「?!?!?!?」」」」」
会場にいたすべての人たちがそのあまりの威力に息をのんだ。一瞬にして目の前から街の一部が消滅したのだ。あれをこちらに向けられでもしたら逃れることはできないだろうと誰もが理解した。
「ひとつ言っておくがあれは禁魔獣の力のほんの一部に過ぎない。本気を出せばこの王都を一撃で消滅させることも可能だ」
「…私たちを閉じ込めて一体どうするつもりだ!」
「簡単な話ですよ、父上には私に王位を譲っていただきたいのです。他の方々はそのための人質とでも思ってください。できれば私も実の父親や愛する民草を手に掛けることはしたくないので譲っていただけるとありがたいのですが…」
「そ、それは…」
国王は苦虫を噛み潰したような表情になる。第一王子は国王の行動がどうなろうと確実に王位を得るつもりなのだ。しかし彼が王となるということはそれすなわち世界に争いが巻き起こってしまうということを意味する。
「なりません、父上!兄上などに王を譲ってはこの国どころか周辺諸国も破滅してしまいます!!」
「アイリス、お前は出しゃばるな。お前の意見など誰も聞いていない」
「兄上こそ、本当に禁魔獣を召喚したぐらいで世界を手にできると思いなんですか?以前、私とアレグが遭遇した禁魔獣が倒されたことはご存じなのでしょう?」
「ああ、あれのことか。確かにあの時は例のSSランク冒険者にかなり痛手を受けていたが、結局あの冒険者も禁魔獣に勝てなかったではないか。最終的に召喚の不安定さが仇となって禁魔獣自体が自己崩壊を起こしてしまったが、それはすでに改善済みだ。完璧な召喚であのような自己崩壊はもう起こらない。それにたった1体にあれほど苦戦していたのにも関わらず15体…いや16体か、これだけの数を相手に勝てる者がこの世にいるとは思えないがな」
「なるほど、自己崩壊…ですか」
アイリスはその言葉を聞いて少し安堵した。
どうやら彼はあの戦いの本当の結末を知らないようだ。
「ん、どうかしたかアイリス。ついに気でも狂ったか」
「いえ、少し安心したんです。あれほど用意周到な兄上にも穴があって」
「穴だと…?」
そのような生意気な口を利くアイリスに不快感を覚えたジルードは大きなため息をついた。
「いくらお前の強がりだとしても私を侮辱するとはいい度胸だ。いいだろう、それほど早く死にたいというのであればお前の望み通りにしてやろう。ベルトリア、やれ」
「承知いたしました」
するとベルトリア魔法士団長は禁魔獣に命令を下した。命を受けた禁魔獣はすぐにアイリスの方に向かってゆっくりと歩いていった。
「アイリス様はやらせんぞ!!」
「アレグ!」
「ほう、騎士団長の忠義というものは素晴らしいものだな。彼の素晴らしい忠義に免じて最後に一言ぐらいは聞いてやろう。何か言い残すことはあるか?」
「や、やめるんだジルード!!アイリスに手を出さないと約束するならお、王位を譲ろう!!!」
「父上、今あなたが交渉できる立場にないことを理解していないのですか?父上が出来ることは自らの意思で王位を譲ること、あるいは最後まで生ぬるい平和という名の怠慢を抱く王として死ぬか。そのどちらかだけです」
「父上、私なら大丈夫です。このような男に王位など譲ってはなりません」
「ほう、この状況でもまだそのような口が利けるのか。本当に呆れる愚妹だ」
そうしてアイリスとアレグの目の前にやってきた禁魔獣は大きく腕を振りかぶった。その次の瞬間、目にもとまらぬ速さでその拳がアイリスたちに向けて振り下ろされる。
しかしその攻撃は彼女たちに届くことなく、魔法障壁によって阻まれた。アイリスが展開した多重魔法障壁が禁魔獣の攻撃を防いだのだ。しかし、彼女の使える魔法の中で最強の防御魔法だったのにも関わらずたった一撃で簡単にひびが入って障壁が崩壊してしまった。
「ほう、まさか禁魔獣の一撃を耐えるとは驚きだな。だがたった一撃耐えれたところで何の意味もない」
その言葉の通り、禁魔獣はまるで面白いおもちゃを見つけたかのようにニカッと笑って次の攻撃を仕掛けてきた。
連続で繰り出される攻撃に何度もアイリスの魔法障壁は砕かれ、瞬時に再展開を繰り返す。しかし強度を保つために大量の魔力と集中力を必要とするため、完全に消耗戦となってた。
「アイリス様、私が盾となりますのでその隙にどうにかお逃げください」
「あ、アレグ…気持ちは嬉しいけど…私たちに逃げ場は…な、ないわ」
「…そう、ですよね。お力になれず申し訳ありません。ぜひ最後までお供させてください!」
アイリスは何をバカなことをいっているのかと彼の言葉を一蹴したかったがもうすでに彼女にそのようなことを言える余裕はなかった。
パリンッ!!!
そうしてもう何度目かの魔法障壁の破壊が行われたその時、再度展開しようとしたアイリスだったがもう先ほどまでの強度の魔法障壁を展開できる魔力は残っていなかった。
「アイリス、これで終わりだな」
そうして無慈悲にも禁魔獣の一撃がアレグとアイリスに襲い掛かる。もう彼らにはその攻撃を防ぐ手立ては残っていなかった。
(せ、先輩…)
アイリスは心の中でアルトのことを思い浮かべる。その次の瞬間、パーティ会場に大きな打撃音が鳴り響き、その衝撃による暴風が吹き荒れた。
「…すまない、少し遅くなった」
「…!!!」
衝撃による風が吹き荒れたにも関わらず攻撃がアイリスたちを襲ってこないことに疑問を抱いていたその時、聞きなれた声が彼女の耳に入った。
そう、目の前には禁魔獣の一撃を片手で受け止めているオルタナの姿があったのだ。一瞬アイリスは夢でも見ているのかと思ったが、目の前にいるのは間違いなく本物であった。
「き、来てくれたんですね…!」
「もちろんだ、よく耐えたな」
彼の優しいその口調でアイリスは一気に心が安らいでいった。
(先輩は本当に、いつも私を…)
アイリスは頼もしい彼の後ろ姿を見つめていた。
彼ならば何があっても負けない、そう思えるのだった。