「ハロー。」
突然弟が話しかけてきた。
「マイネームイズ、テツーヤヒロータ、ナイストゥーミーチュー。」
沈黙。次は何を言うだろうか、と身構える。
「ねぇ今の、すごいネガティブな発音じゃなかった!?」
こらえきれず、ついに私は吹き出してしまった。
「なに。急に笑って、バカじゃないの」
「いや、バカはおまえだよ……」
まるで変なものを見るかのような目でこちらを凝視し、不思議そうな顔をする弟。どうやら本気でわかっていないらしい。その様子がどうにもおかしくて、私はこみ上げる涙を拭う。
「いや、、だから、、、」
「ネガティブ、じゃなくて、ネイティブ、な」
そう言われて弟はやっと気づいたらしく、腹を抱えて笑いだした。
「だから友達、半笑いだったのか」
「いや友達にも言ったんかい」
涙を拭こうとしてティッシュを取ったら、弟と同じタイミングで箱から引き出してしまい、1枚だったティッシュが2枚に裂けた。さらに弟の手元にあるものはとんでもなく細い形になっており、私達はさらに大笑いした。
口では言わなかったが、こういう時にふと、あ、こいつが弟でよかったな、と思うのだ。
私と弟の間では、小さい頃から喧嘩が耐えなかった。誇張でもなく、弟が生まれた時から喧嘩をしていたと思う。たたいたり、つねったり、物を投げ合ったりすることもあれば、頬に漫画のような大きい引っかき傷をつけられたこともあった。目と目が合えばすぐ喧嘩。当時は自然界のサバイバルよりも厳しい環境だったと、今では思う。
だがそれも幼い頃の話。私が中学生になったタイミングから、私達は力でなく、言葉を使って喧嘩をすることが増えた。
口を開けば、すぐ「嫌い」「しね」と言ってくる弟。その態度を咎める私。そして喧嘩が始まる。いつもこの流れであった。
しかし、最近では、昔と比べて、喧嘩の頻度が減った。完全になくなった訳ではないが、きっとお互いに精神面でも発達したのだろう。最近は学校の話をし合ったり、冗談を言い合ったりして、笑う回数が増えた。
くだらないことで、笑い合える存在。その大切さを、高校卒業を控えた今、しみじみと実感している。
高校を卒業したら、私はひとりになってしまう。友達はいるが、他県で働くと言って離れ離れになってしまう子もいるし、同じ地域だったとしても、進学先が違う。
では恋人を作ればいい、といっても、そんなに簡単なことではないうえ、そういう雰囲気の男友達もいない。そもそも、自分が人に好かれるような器をしていない。
友達は大切だ。寂しい夜は電話をして、困りごとや辛いことを相談し合うのもいい。喜びを分かち合うのも大切だ。だが、人間には合う、合わないがある。そういう話をされたり、相談を持ちかけられるのが苦手だという人もいるし、そもそも電話自体苦手だという人もいる。私もその一人だ。
そして、きっと私は、友達の前だと本音を話せないと思う。普段の私と、友達の前にいる時の私は同じようで、ちょっぴり違う。みんながみんな、きっと友達の前だけでは、家にいるときの自分と違う、仮面を被っているだろう。明かすところは明かし、隠すところは隠す。本当の自分をすべてさらけ出してしまえば、好感度が下がってしまうかもしれない。友達を失いたくない。そんな恐れに似た感情を抱いているから、おそらく私は友達に自分の思いの全てを話し、心の奥底に秘めた思いをありのままにぶちまけることはできないだろう。
だから、その点ではやはり、「本当の私」を知る家族の存在が大きくなってくると思う。
父や母。きょうだい。10数年以上の長い付き合いがあって、私を深く知る人物。両者が自然体のままでいられて、面白いことを面白いと言い、いっしょに笑い合える存在。これはきっと、この先待っている人生の中でも、奇跡が起こらぬ限り滅多に出会うことはできないと思う。互いに喧嘩ばかりしていても、だ。
そう考えると、今ではくだらないことで笑い合えるあの弟が、憎くて仕方なかったあの弟が、悪いやつには思えず、むしろ、感謝の気持ちまで湧いてくるのだった。未だに喧嘩は無くならないが、雑談をしたりして、楽しい時間を過ごすこともできる。……未だに喧嘩は無くならないが。
気まぐれに私は、そんな弟にうまい棒の一本でもくれてやろうかと、奴の自室を訪ねた。
「これ、あげる。先生が授業でくれたから。やさいサラダ味」
すると弟は、読んでた漫画雑誌を勢い良く閉じ、ぱっと目を輝かせて、
「まじ!?ありがとう」
と、私の手から緑のうまい棒を素早く抜き取った。普段の、私を前にしたときのムスッとした表情からは想像できないほどの笑顔だった。
いつもこれだけ素直だったらいいのにな、と思う。
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