テラーノベル
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きゅっと目をつむる可愛らしいマナに口づけをする直前。既に手遅れなほど火が回った小屋の奥からこちらを睨む視線に気付いた。その目線の主は西洋のよく分からない宗教の、マナをたぶらかすような悪い人間。彼も妖怪が見える側の人だったようだ。
マナの話し相手になってくれるだけなら良かったんだけど、部落まで連れてきちゃうのは流石に見過ごせないからね。
「君には渡さないよ。」
そんな意味を込めて彼に微笑めば、その瞳は大きく見開かれた。見せつけるようにちゅっ、とマナに口づければ、その視線はふいと途絶えた。
お堂に帰った後もどこかふわふわしてたマナは、泣き疲れたのかすぐに眠ってしまった。かんざしが壊れてしまったら良くないと思って、起こさないようにそっと抜き取る。
「ライのかわいい人の子ちゃんはもうお眠り?」
空気を読まない大きな声の方をじろりと睨む。ウェンはごめんごめん、なんて半笑いで謝りながら縁側に腰掛けた。
「何しに来たわけ?」
「そりゃあもちろん!振り向いたら居なくなってたライの安否確認のためだけど?」
「ウェンよりマナ優先なのは当たり前でしょ。」
「えー!?ひっどーい!」
わざとらしく泣き真似をしたウェンは、反応のない俺が気に食わないのかすぐに真顔になった。そのまま袖から升と瓶を取り出しぐいっと酒をあおり、独り言のように呟く。
「その人の子がいた部落、さっきやっと火が消えたみたいだよ。」
「へぇ……そう。」
月明かりで妖しく光る青い瞳がすっと細めらる。笑いが堪えきれないという様子のこいつは、心底意地の悪い妖怪だと思う。
「あれ、やったのライでしょ。」
「……だったら何?」
「ありゃ、否定しないんだ。」
つまらないと言わんばかりの顔で彼はこちらを見る。何となく目を合わせるのが癪で、ふいと顔を背けた。
「上から見たら丸わかりだよ。だって屋根の一部が不自然に焦げてるんだもん。放火なら下から燃えないとおかしいもんねぇ?」
「うるさいなぁ。何が言いたいわけ?」
確かに部落の建物に雷を落として火を誘発したのは俺だ。もともとマナを人柱にするような連中は気に入らなかった。それに、今回のようにマナを惑わすような教団の人間も放っておけない。いつかはやらなければならなかった日が、たまたま今日だっただけなのだ。
言いたいことなんてとっくに決まってるくせに、えっとぉ……なんて呟いてるウェン。顔をしかめた俺を横目に、彼は注いだ酒を一杯、こちらに差し出しながら言った。
「ずーっと気になってたんだよね。ライがどうしてこの人の子にそこまて執着してるのか。」
「それだけ…?」
想像より下らない理由に、身構えてた身体から力が抜けた。
「教えてくれないなら……ライのやったこと全部、この人の子にうっかり喋っちゃうかもね?」
……こいつならやりかねない。あくまで平静を保ちつつ、ウェンの手から酒を奪い一気に飲み干した。
「いいよ、教えてあげる。」
十数年前の、俺にとっては宝物のように大切な記憶。大層立派な理由を期待しているウェンにとっては取るに足らない惚気話だろう。さて、この好奇心にあふれた顔を曇らせてやるとするか。
雪がちろちろと舞い始めるような季節。まだ未熟だった俺は、倒木に巻き込まれて背中に致命的な傷を負った。
妖力も絶え絶えで、もはや人型を保つこともできずにいた俺は、かろうじて獣の姿に成り下がり、あてもなくフラフラと彷徨っていた。そして、ついに力尽き無も知らない部落の中で最期を迎えようとしていた時だった。
「……かわいそうに。」
うっすらと開けた目に映る、見たこともないような金の髪とニ色に別れた綺麗な瞳。およそ普通の人間とは懸け離れた見た目の彼は、どうやら妖怪である俺が見えるらしい。
何を思ったか俺をそっと抱き上げた彼は、そのまま暖かい小屋の中へ俺を迎え入れた。そしてそこら辺にいた人間に声を掛ける。
「この子に何か食べ物をあげたいんやけど……」
「この子……?マナ様は何も持ってらっしゃらないように見えますが……。あぁ!きっと特別なマナ様にしかお見えにならないものなのですね!」
「あー…うん。そういうことでええから。」
彼はマナ様と呼ばれた。見た目は随分と幼い人の子だが、面倒くさそうに物事をいなすその姿はすごく大人びている。運ばれてきた食事を、彼は俺の目の前に差し出した。
「食べないの?」
腹は減っているが、この背中にある傷のせいで動くこともままならない。動かない俺を不思議に思ったのか、彼の手が毛に覆われた身体を軽く撫でた。その際、手が傷に触れて思わず身じろぐ。
「……血?怪我してるん?」
とっくに乾いたと思っていたが、いつのまにか傷が開いていたのだろう。彼は手ぬぐいを一つ戸棚から取り出した。そしてとりあえずという風にぐるぐるとその手ぬぐいを俺に巻きつける。
「こんなもんかな。あと何か、止めるもの……これでええか。」
木箱から取り出されたそれは、薄桃色と黄緑色の飾りのついたかんざしだった。手ぬぐいの端をくくりつけて差し込まれたそれの重さが身に加わる。
「元気になるまでここに居てええからね。……寂しいから、俺の話し相手にでもなってよ。」
それから1週間ほどはこのマナ様、にお世話になった。そこで気付いたのはこの青年の異質性について。部落の人間に忌み子だとか何とか言われてる時も、教団の人間に崇め奉られている時も、いつも何も感じていないような顔で過ごす。そのくせ一人きりになると、ひどく不安げで泣きそうな顔で俺に他愛のない話をこぼす。
「ん、傷はもう治ったみたいやな。お前は自由なんやから家族のとこへ帰りな?……このかんざしも、不自由な俺が持ってても意味ないから、よく似合うお前にあげる。」
可哀想なマナ。俺がいなくなったら誰がマナの話を聞くの?誰がマナの寂しさを誤魔化してあげられるの?誰が……マナを幸せにしてくれるの?
未熟な俺じゃ彼を助けることなんて到底できない。そうだ、強くなろう。この世のすべてからマナを守れるように…俺は……
「へー命の恩人なんだ。そんな前から……案外一途なんだね、ライ。」
こいつのことだから馬鹿にしてくるかと思ったが、興味深そうに相槌を打たれて拍子抜けだ。
「まぁだからと言ってね?元々いたお狐様をぶっ飛ばして土地の神様に成り変わるなんて気狂いな発想、僕には全然理解できないけど。」
……ほらやっぱり余計なこと言ってきた。
「そうでもしないとマナを守れないから。」
「わ、かっこいい〜。神殺しの罪で妖怪界から永久追放されちゃった奴とは思えな〜い。」
「そんな奴とつるみ続けてるお前も大概だよ?」
くすくすと笑うウェンは満足したのか升と瓶を再び袖へとしまった。そして大きな翼をはためかせてふわりと宙へ舞う。
「あー楽しかった!今度僕とカゲツきゅんのあつ~い馴れ初めも聴かせてあげるね!」
言いたいことだけ言って颯爽と飛び立っていく彼の背を見送った。騒がしい奴が居なくなったお堂は、恐ろしいほど静まり返っている。
「ん……うぅ…。」
小さな唸り声に振り向けば、うなされているのか眉をしかめているマナがいた。急いで身を寄せ、安心させるように彼の頬を優しく包み込む。その表情がへにゃりと緩んだのを見て、ほっと息を吐いた。
無防備な彼の頬に、額に、唇に……そっと口づけを落とす。今まで彼が受けるはずだった分の、いや、それ以上の愛を!彼が死ぬその時まで、余すことなく与えていくんだ。
綺麗で優しくて、この世の何よりも愛おしい人。
俺は、あなたに見合うような人になれたかな?
そんなことを確かに胸に思いながら、唇に当たる柔い感触と多幸感に身を委ねた。
スクロールありがとうございました。
以上でrimn妖怪万化パロは完結です!
アイドルパロの続きを考えていたらいつのまにか生まれたのが今回の妖怪万化パロでした。個人的には前回と系統の違う展開の話をかけて満足してます!
反省点なのですが……伏線が分かりづらすぎたので以下↓で少しだけ解説してます。良ければ読んでいってください🙇♀
まず、💡の存在について。
今回の話で明らかにした通り💡=お狐様ではありません。🐝を娶るために、あくまで”お狐様のふり”をしていたというだけです。
妖怪万化の💡のモチーフについて、公式からは明らかにされてないのですが、「雷獣」という説が有力だったのでそれを採用しています。
(この小説の表紙にも実は雷が描かれていて、雷獣ということを暗に示していました。)
この話にあった伏線として……
①狐の嫁入りについて(壱ノ巻)
部落の人の発言で「お狐様の儀式の日は必ず雨が降ると聞いとったが……雷が鳴るとは聞いてねえよなぁ。」というのものがありました。
→雨が降らない代わりに雷がなっている。本来いたお狐様と💡が別物であるという暗示。
②部落の人が鈴をお狐様の厄除けとして身につけているのに対し、💡自身が鈴を身に着けている。(壱ノ巻)
→これも💡=お狐様ではないという伏線でした。
また(参ノ巻)に出てくる鈴の音も、厄除けではなく💡のものです。細かい話ですが、厄除けの鈴→ちりんちりん、伊波の鈴→しゃらんしゃらんと音の違いがありました。
③💡の「ほんっとこのお堂の間取り分かりづらいなぁ 」という発言。(弐ノ巻)
→最近成り代わったため、まだ本人もお堂になれていない。これも💡=お狐様ではないという伏線でした。
④「💡がだんごに向かって人差し指を近づける。その指先から白い線と火花が散って、だんごの表面が淡く焼けていく。」(弐ノ巻より)
→だんごを炙る際に少しだけ雷獣としての力を使っています。これは雷と💡に関係があるという伏線でした。
⑤🦖の「そんなんだから僕以外に頼れる人が居なくなるんだよ」という発言。(弐ノ巻)
→お狐様に成り代わり、妖怪界から追放されてしまったことの暗示。
また、(参ノ巻)で日暮れに帰ってくるはずの💡がなぜ部落にいたかというと、伏線②とも関係してくるのですが、裏設定として💡がお堂の周りに結界を張っていたというのがあります。それが破られた際に響くしゃらん、しゃらんという鈴の音を聞き、💡は🐝のいる方へと戻ってきました。
そこで教団の青年に腕を引かれて部落へ降りていく🐝を見てしまったのが、💡が部落を焼く最後のきっかけとなりました。
だいたいこれくらいですかね…?
この解説が少しでも小説の面白みの足しになれば幸いです。
最後に、約1万8千字にもわたるこの小説を読んでくれて本当にありがとうございました🙇♀🙇♀
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