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ーーー私は、仏壇の上にある写真を見つめた。
そこには去年、天国に一番近い島という異名を持つパンダノン島で、ビーチを背に微笑んだ彼がいる。
まさかその一年後、本当に天国に行くとは、露ほどにも思っていなかっただろう彼の写真は、栗色の額物に収められ、黒いリボンが結ばれている。
夫が気に入ってくれていたドレスを纏い、
夫が買ってくれたルージュを塗り、
夫が選んでくれたラグジュアリーに包まれて、
私は今日も思い切りおめかしをして夫の遺影に手を合わせる。
「―――裕孝さん。ごめんなさい」
これは―――懺悔だ。
これから他の男に抱かれるための懺悔。
愛する夫を裏切るための懺悔。
そして、遺影の中で笑っている夫に問う。
私が他の男とセックスするのは嫌?
悔しかったら、迎えに来て。
早く。早く。
私が―――。
あなたを忘れてしまう前に。
一段。
また一段。
さらに一段。
私は階段を下りる。
地獄へ続く階段を、
静かに、そして確実に降りていく。
何の罪もない青年を巻き添えにして、
私は地獄に堕ちる。
ドアを開ける。
締め切った部屋から溢れ出したぬるく湿っぽい匂いが鼻をつく。
熱いタオルで清拭をしても、オムツを変えて陰部洗浄をしても、ドライシャンプーを施しても、
次にまたこの部屋に入るときには決まってこの匂いがした。
―――攻撃的なまでの、雄の匂い。
「………」
この匂いを嗅ぐだけで、雌の本能なのだろうか
私の身体の奥が火照ってくる。
「……はあ……」
思わず欲望のため息が出る。
すると彼は僅かに手錠を鳴らしながらこちらを見つめる。
そして入ってきたのが私だとわかると、がっかりしたように枕に頭を沈める。
「ーーー随分な態度ね」
しかしそんなことでかっとなる私ではない。
私は彼を―――パリスを確かに愛している。
ベッド脇に洗面器を置き、熱い湯で清潔なタオルを絞る。
それを顔に押し付けると、少しだけ熱そうにしながら彼は迷惑そうに目を瞑った。
少し強めに頬を拭い顎を経由して、逆側の耳まで拭き上げる。
裏返して額を拭いて、そのまま目のくぼみ、鼻筋、口の端まで、流れるように拭いてやると、彼は少しだけ気持ちよさそうにため息をついた。
それにしても―――本当に似ている。
夫の裕孝(ひろたか)に。
『もともと骨格自体が似ているから、近づけるのは容易にできると思いますよ』
手術した闇医者は、彼の顔を一目見てそう言った。
その時は半信半疑だったが、仕上がりを見て卒倒しそうになった。
彼は本当に、裕孝に似ていた。
それも出会った頃の、若くて精力的で、一番魅力的だった彼に―――。
ボタンを外し、シャツを左右に開いて体を拭く。
数週間前、ここに来たばかりの時と比べて、彼は随分痩せたと思う。
それでも若々しい肌は、タオルの水分をたちまち飛ばしてきらきらと輝いた。
脇の下を拭き上げてからその付け根に舌を這わせる。
パリスが嫌そうに眉間に皺を寄せる。
舌を移動させ、男にしては色艶のいい乳首を吸い上げる。
パリスが顔を背けて枕に頬を押し付ける。
これは拒絶。
私と言う女を。
そしてその女にこんなことをされて、感じてしまう自分を。
彼はいつからこんなに反抗的な態度をとるようになったのだろう。
あの男―――いや、あの女が、パリスを誘惑したからだ。
私はあの事件の際に曲がってしまったベッド柵を睨んだ。
小間使いの面接時、彼女は私に、坂本憲一と名乗った。
履歴書の内容がでたらめなのは一目でわかったが、逆に好都合だった。
頼みたい仕事柄、真っ当な人間よりは、訳アリの人間のほうがいい。
しかしまさか、性別まで誤魔化しているとは夢にも思わなかった。
とにかく、あの女が何かそそのかしたに違いない。
パリスは、
今まで私に従順だった彼は、
この部屋から逃げようとした。
事実、あの人から教えてもらわなければ、彼はあの小間使いに瀕死の重傷を負わせ、下半身裸のまま、不自由な足を引きずりながら、本当に逃げ出していただろう。
駆けつけてくれたあの人は言った。
こんな危険な存在、一刻も早く殺せ、と。
私は首を縦には振らなかった。
まだ愛していたいから。
まだ愛し合っていたいから。
ガリッ!
「ーーーッ!」
彼が短い声を上げた。
立てた歯のせいで乳首にうっすらと血がにじんだ。
それを今度は丁寧に嘗めながらズボンに手をかける。
一気に足首から抜き取ってから、履かせたオムツを引きずり落す。
つんと尿臭が匂う。
二回分というところだろうか。
「いいこね……」
彼の頬を撫でると、噛みつかんばかりの真っ赤な鋭い目で睨まれた。
もう一度タオルを洗面器に浸し、温めてから股間に宛がう。
蒸れて痒くならないように優しくそれを立てて、凹凸にそって綺麗にふき取る。
竿を絞るように根元に向かって拭き上げ、ちゃんとふぐりの裏も拭いてあげると、彼の口から熱い息が漏れた。
私は笑いながら手に包むと、それにも唇を這わせる。
「………やめろ……」
囁かな抵抗。
「もうあんたとセックスしたくない……」
虚弱な拒否。
ーーー正直そんなの、どうでもいい。
私はふぐりを手で包んでから竿を強めに掴むと丁寧に上下させた。
先端を舌と唇で啄ばむ。
手の動きを徐々に強くさせていく。
親指を逸らせて、裏筋を圧迫しながら絞り上げる。
「……は……あ……」
パリスから色っぽい声が漏れ始める。
あっという間に硬度の増したソレを咥えこむ。
すっかり細くなってしまった彼の腰を押さえつけながら、わざと音を鳴らし、頭を上下させる。
「……ん……んぁあ……!」
可哀そうなパリス。
愛撫の音を聞くまいと、耳を塞ぐこともできない。
喘ぎ声を出すまいと、口を抑えることもできない。
ただただ自由を奪われ、自分に施される快楽の波に耐えるしかない。
私は彼の上に跨り、硬くなったソレを、愛撫などなくとも滴るほどに濡れそぼったそこに押し付ける。
唇より繊細に、
口内よりも熱く、
舌よりも強く吸い付いて、
喉よりも深く飲み込んでいく。
「ああ……!!」
パリスがあられもない声で喘ぐ。
そして絶望に曇った瞳を震わせる。
彼はきっとわかっている。
自分の命が長くないことを。
拘束されたまま殺されるということを。
「―――殺せよ……」
髪の毛を掻き上げながら、思わずパリスを見下ろす。
「………さっさと、殺せ」
パリスが懇願するように言う。
―――なんてかわいそうなパリス。
殺したくはない。
それは本心だ。
出来ることならこのままずっとこうしていたい。
でもそれは、あの人が許さないし。
他でもないあなたが、そんなに切に望むなら―――。
――そろそろ殺してあげなきゃね?