「飛び降り自殺でも、する気ですか 」
「おや、見つかっちゃった」
任務帰りに、国木田さんから一通の電話が鳴り響いた。内容は、「あの唐変木を探して来い!!」との事。初めて会った時に太宰さんを上手く助けたからか、太宰さんがサボった時は僕が探すのが、ほぼ普通と化していた。正直言って、毎回毎回太宰さんを探すのも大変だし、毎回毎回何処かに行ってしまう太宰さんにも呆れて言葉が出ないけど、任務で傷だらけになったりするよりかはマシだと思う事にしている。
そして今僕達が居るのは、探偵社やうずまきがある、ビルの屋上。諦めて探偵社に帰ろうとしたら、屋上にて座っている太宰さんを見つけ、こっそりそこへ向かったのだ。屋上に行けば、柵がついていない所で座って、足を揺らし横浜を眺めていた。屋上と言っても、階段が繋がっている訳でもない、人間がこの上に立つと予測されていない場所なので、目立たない裏道から、月下獣で登った。
「君と居るとね、私が私じゃなくなってしまうみたいで、少し、怖いんだ」
さっきとは打って変わった表情をしながら話す太宰さんは、まるで死んだ魚の目をしていた。明らかに、いつもと雰囲気が違った。今日のだざいさんは、いつものような自殺主義者ではなく、生きたくはないが、死にたくもない。そう感じた。
僕と居ると自分が消えてしまうと、そう言った。それは、どういう意味なのか。僕にも全く検討がつかないし、きっと太宰さんも理解していない。
「私は、敦君や探偵社の皆が思っている程、賢くもない。大切にしたい人程、赤い糸で結び付けたい人程、素直に自分を伝えられなくて、伝える前に赤い糸が切れる。一度、経験した事なんだ、もう慣れっこだよ」
そう言う太宰さんは、普段のような大人っぽさはなく、何も教えられないまま育った子供のようだった。太宰さんは自身の過去を教えてくれないし、教えてくれたとしてもポートマフィアに居て、中也さんが相棒だったくらい。過去を教えるのが怖いのか、思い出したくないのか、はたまた特に辛い過去がある訳でもないのか。
「敦君、此方においで」
僕が黙っていると、太宰さんが手をひらひらと揺らし、その後に隣のコンクリートをつんつん、と突いた。僕は特に何も考えず、太宰さんの隣に座った。ただ、僕は飛び降り自殺をする為に来た訳じゃないから、足は外に出さなかった。
「ねえ、敦君は、私の事大切に思ってる?」
「はい、?当たり前じゃないですか」
太宰さんの瞳が見開く。此方に向いて、驚いた表情をされた。挙句の果てには顔がほんのり真っ赤だ。太宰さんが顔を赤くする事は滅多に無いので、此方も驚いた。けれども、赤くなった理由を聞く間もなく、太宰さんが突然立ち上がり、僕の手を握った。
「君と喋っていたら気分が変わったよ!」
「それじゃあ、早く探偵社に……」
そう言った途端、腕を引っ張られ、後ろ向きのまま落とされる。僕は一瞬何が起きたのかわからなくて、ひゅ、と声にもならない声を出す。太宰さんは一生懸命僕の事を抱き締めて、泣きそうな表情をしていた。感情としては泣いているんだろうけど、実際に涙なんて一滴も流れていない。腕も足もしっかりと掴まれて、身動きが出来ないまま、暴風を浴びる。たった数秒間、それなのに、何時間も落下していたような、そんな感覚だった。ふと、太宰さんがぽつり、と呟く。
「ごめんね」
「……、!!」
か細くて、小さくて、消えてしまいそうな声だった。もしかしたら、普段の元気な声は、お道化だったのかもしれない。太宰さんなりの、過去の隠し方なのかもしれない。嗚呼、どうしてもっと早く、相談に乗ってあげられなかったんだろう。優しい声で、辛かったですね、って、言ってあげなかったんだろう。太宰さんは、僕を助けてくれたのに。思考がぐるぐると廻り、後悔と恐怖が僕を襲う。不味い、嫌だ、どうしよう、死にたくない……
そう思った時にはとっくに遅くて、ぐしゃり、と潰れた音がした。
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「……どうして、どうしてあんな真似を、されたんですか?」
薄暗い病室。結果的には、未遂だった。また太宰さんは、未遂を重ねた。落ちる瞬間に、太宰さんは僕を抱えて、守るように抱き締めた。だから、重症な怪我したのは太宰さんだけだった。しかも、両手と両足は与謝野さんの異能で治ったが、動かせなくなっていた。異能力も、発動する事が出来なくなった。もう普通に生活するだけでも困難だろう。この状態では、探偵社で任務をこなす事も不可能。あの高さから飛び降りて、生きているだけでも凄い、と与謝野さんから言われていた。頭にはそこら中に包帯を巻いていて、服も白いシャツだけだった。見苦しい。見ているだけでも、辛くなる。死にたくないとは言ったが、ここまで辛そうな太宰さんを見る羽目になるくらいならば、一緒に死んでしまった方が楽だったのかもしれない。そう思ってしまう程だった。
「君といると、僕が消えて、私になるみたいで。とっても、幸せなんだ。でも、幸せの始まりは、幸せの終わり。私の事を大切に思ってくれている君を、私も大切にしてあげたかったんだ」
「それで心中、って事、ですか」
「死ねなかったけれど、結果的に君は怪我をしなかったし……」
「……良くない、です、」
太宰さんは、僕が怪我しなかったから、自分が怪我をしたから、まだ、良かったと言った。その瞬間、ぷつ、と音が聞こえた。この人は、痛い事に、苦しい事に、慣れ過ぎている。僕だったら、あんな場所から落ちて、死なない訳もないし、きっと、死ななかったとしても精神的に壊れてしまう。それでも太宰さんは、笑顔を絶やさなかった。手足が不自由になっても、お道化を続けた。太宰さんと居ると、段々わかって来る。今太宰さんは、お道化ている。
「こんな思いを太宰さんがするぐらいなら、僕が怪我をした方が、良かったです」
「……!!そ、それは、!」
「駄目、ですか?今僕は、その気持ちを感じているんですよ。こんなに、こんなにも……」
自分で言っていて、辛くなってしまった。本当に辛いのは、太宰さんなのに。太宰さんの動かなくなってしまった手と、指を絡めた。なんとなく、わかっていた。
「太宰さん、僕は、太宰さんの事が好き、です。……恋愛的な意味、で」
「……あつ、し、くん」
手を合わせて、手を絡めて、視線を交わして。ずっと、我慢して来た思いだった。きっと、伝える事無く生涯を終えると思っていた。真逆伝える日が来るとは思わず、声が震えてしまう。けれども、伝えるならしっかり伝えたい。太宰さんは、僕の告白を聞いて、心做しか目に光が入ったように見えた。太宰さんの震えた唇が、動いた。
「わたし、も、…敦君が、いないと、ぼく、やだ、いなくならないで……ね」
飛び降りる前に聞いた、あの声に似ていた。か細くて、小さくて、消えてしまいそうな声だった。太宰さんは、とっくに僕に、依存していたんだ。僕が鈍感で、気付かなかっただけで。そう言えば、突然距離感が近くなったり、夜中に僕の家に来てお酒を飲んだり、お酒に酔った時は、愛を囁いてくれる事があった。僕はその愛を、友情に似たような物だと、てっきり思っていた。
「敦く、、あつしくん…っ」
「はい、太宰さん。」
「お願い、聞いてくれるかい?」
「はい。」
僕がそっと抱き締めると、愛おしそうに僕の名を読んだ。両手が不自由だから、僕を抱き締め返す事は出来ないけれど、その分めいいっぷん抱き締める。
「キスして、」
「……、え」
数秒間の間が生まれる。太宰さんが耳元で囁くように、キスして、と。脳がフラッシュバックされる。ハッとし、ふと太宰さんの顔を眺めれば耳まで真っ赤っかだった。そんな反応をされれば、此方だって反応してしまう。嗚呼、太宰さんには叶わないなあ。そう思った。
「口、開けてください」
「……ん、む」
口を開けた太宰さんに、思いっきり噛み付く。最初は、ただ唇を触れ合わせるだけで、それを数回繰り返しては、見つめ合い、今度は舌を絡める。太宰さんの後頭部をしっかりと手で抑えて、キスしながら目も開けてみたりして。嗚呼、僕はなんて幸せ者なんだろう。本当に、有り得ないくらい幸せだ。夢なんじゃないかと、疑ってしまうくらい。
「ん、ふ、あつ、しくん」
「っ、太宰さん」
蕩けきった表情で、僕の名を呼び、僕の瞳を見つめるその目。その目には、僕だけが映り込んでいて、僕以外の人間は誰一人いなくて。普段余裕そうな素振りを見せるこの人が、僕でこんなに弱弱になるという事実に、また惚れ直してしまう。嗚呼、好きだな。そう、心の中で呟く。
「……自分だけが怪我したからまだ良かった、だなんて言った事、一生許しませんからね」
「あは、は、参ったなあ。ふふ、んふふ」
太宰さんは、幸せそうに笑った。それだけでも、僕も幸せになってしまう。
───幸せが、移る。
「今度は、キス以上の事も、…しましょうね」
「かわいい後輩からのお誘いじゃ、断れないなあ」
「もう、後輩じゃなくて、恋人、でしょう?」
太宰さんの瞳が、開かれる。そうした後、今度は目を細めて、うん、と呟いた。少し間が空いて、太宰さんが外を眺めた。綺麗な横浜。いつもと、至って変わらない景色だけれど。それでも、今日は人一倍、綺麗に見えた。布団の中で、こっそり握り締めている手を離さずに、今日もまた、人生という人生を過ごしていくのだ。この人と、太宰さんと、一緒に。
コメント
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たまに僕とか昔の呼び方?と 今の呼び方?私が出てきて もう泣ける😭😭