「エミリア先生!
分かりました……この感覚ですね!」
「はい! ルーク君、よくできました!」
宗教都市メルタテオスを発ってから4日目。
王都ヴェセルブルクまではあと3日というところで、ルークがマナの感覚を掴むことに成功した。
「おー、ついにやったね! おめでとー」
「やりました、アイナ様!」
馬車の中で喜びを分かち合う私たち。
他の乗客も一瞬何事かと驚いていたが、すぐに冷静を取り戻していた。
馬車の移動中以外でも、ルークはいつも掌を見たり擦ったりを続けていた。
その甲斐もあって、魔法の適正はあまり無いようなのだが――
……それでも、最初の壁を超えることが出来たのだ。
きっとその真面目な性格がそうさせてくれたのだろう。
ちょっと根を詰め過ぎていた気もするけど。
「それにしてもエミリア先生。マナを感じ取るのに、何で手を擦り合わせるんですか?」
私は今さらながらに、素朴な質問をぶつけてみた。
「ふふふ、それはですね……手の感覚を敏感にするためです!」
「え、それだけですか?
確かにずっと擦ってると、ヒリヒリしてきますけど……」
「そう、それです! それが重要なんです!」
「えぇ……?
魔法というか、これってむしろ物理な感じなのでは……?」
「確かに一般的なイメージとして、それは分かります。
しかしこの世界は、両方の力が織り交ざって作られているんです。不思議なことは無いですよ」
「そういうものですか?」
「はい。例えば、攻撃魔法を受けると物理的に肉体がダメージを受けますよね。
魔法と物理はお互い無関係では無いんです」
ふむ……。そう言われると確かに。
相手の魔力に直接ダメージを与える……なんて魔法もゲームでは見たことがあるけど、そういうのはそもそも例外っぽいしね。
エミリアさんと話している横で、ルークは嬉しそうに自分の掌を眺めていた。
新しいことが出来るようになるのは、とても嬉しいことだよね。苦労を重ねたものなら、それはなおさらだ。
「それじゃ、次の段階に進める感じですか? ルークの補習はもうおしまい?」
「はい! アイナさんにはずっと待ってもらって、すいませんでした」
「あ、そうですね……。アイナ様、申し訳ございません」
「別に気にしてないよ! 他のことをしてたから、大丈夫!」
実は二人の補習を眺めながら、私はユニークスキル『創造才覚<錬金術>』を使って、色々と調べものをしていたのだ。
補習で1週間を使っていたとしても、時間を無駄にすることは無かったかな。
「それでは次に、マナの集中と操作を学ぶことにしましょう。
今まではわたしが発するマナだったり、ご自身の身体の漠然としたマナを感じてもらっていたのですが……その先を学んで頂きます」
「……なるほど。確かに、次の段階って感じがしますね」
「さて、最初のイメージですが……まず、身体のすべてにマナが均等に宿っていると考えてください。
右手を開いて頂いて……それぞれの指に、マナが10ずつあるとします。
その状態から、例えば人差し指に、他の指からマナを1ずつ移動させることをイメージしましょう」
「ふむ……。
そうすると、人差し指には14、他の指には9ずつマナが残ることになりますね」
「その通りです! それで、魔法を使うときはその人差し指の5……14から9を引いた分ですね。
これを消費して、魔法の効果を作り出すんです」
「必要な分だけのマナを集中させる、ということですか」
「これは慣れてしまえばイメージで出来ますので、厳密に数字をイメージする必要はありません。
先ほどの説明は、あくまでも説明上のものなので、分かりにくければ忘れてしまってください」
「ところでエミリア先生。
マナを集中させるだけで、魔法は使えるんですか?」
「いえ、そのあとにも手順が続きます。詠唱や魔法陣が必要な魔法もありますし、複数個所にマナを集中させなければいけない魔法もあります。
ただ……この辺りは難しい魔法になってくるので、わたしの講座ではやらないことにしますね」
「奥が深いですねぇ……」
「はい、学ぶことはたくさんあります。
そういう手順や手間を考えると、アイナさんのブレスレットはやっぱり凄いものなんですよね」
私のブレスレットに付いた錬金効果は、光魔法『バニッシュ・フェイト』が使えるようになるというもの。
ブレスレットが出来たときには、エミリアさんが叫んでいたよね。
それほど騒ぐくらいなのだから、バニッシュ・フェイトを覚えて使うというのはかなり難しいのだろう。
「それにしても、私のアクセサリは2つとも魔法が付いてるんですよね。
これは神様が楽をして良いと言っているのでは――」
「アイナさん! 神はそんなことを仰いませんよ!」
「エミリアさん! 私はルーンセラフィス教ではなく、ガルルン教ですから!」
「むぐ……っ!?
ま、まさかガルルン教の影響がこんなところに出てくるとは……!」
エミリアさんが、何やらショックを受けている。
ふふふ。ガルルン教の後ろ盾がある限り、ルーンセラフィス教の教義からはいくらでも逃げられるのだ!
「エミリア先生! うなだれていないで続きをお願いします!」
「……はっ! そうですね、失礼しました。
ではまず、身体の中にマナを感じるところから始めましょう。
先ほどの例を参考に、右手の人差し指にマナを集めてみてください」
「はい!
……って、取っ掛かりがまるで分からないのですが」
「えっと、左手の人差し指で、右手のどこかを触ってください」
ぴとっとな。
「はい、できました」
「触れているところに、そういった感覚がありますよね」
「はい」
「それでは、そのまま指を付けながら、親指から人差し指までをなぞってください。
その指先は、常にマナを感じていくイメージでいてください」
「なるほど。……うーん、難しそう」
「今までの進行具合から、王都に着くまでにできれば万々歳といった感じです。
頑張りましょう!」
「エミリアさん……。それはアイナ様がですか? それとも私が……?」
ルークが不安そうに聞いてきた。
確かに私ができるまでと、ルークができるまででは、時間が違いそうだ。
「そうですね、これにはアイナさんも少し時間が掛かると思います。
というわけで、アイナさんで3日くらい……というお話でした」
それを聞いたルークは、見るからにほっとした表情を浮かべた。
「それじゃ、しばらくはその練習ですね。
魔法の本は買いましたけど、この移動中はそこまで進まない……ってことになりますか」
「確かに!
でも、王都でわたしが教える機会はいくらでもありますし、続きのことは心配なさらなくても!」
「あはは、そうですね。それでは引き続きよろしくお願いします」
「私も、よろしくお願いします」
「はい、最後まで面倒を見させて頂きますよ!
お二人とも、わたしの可愛い生徒ですから!」
……ちなみに私は次の日、右手の中だけでは結構操作できるようになっていた。
それを聞いたときのルークの表情は、しばらく忘れることは出来なさそうかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宗教都市メルタテオスを発ってから7日目の昼過ぎ。
私たちはついに、王都ヴェセルブルクの大きな街を目にすることができた。
「――うっわ。
何あれ……、大きい……!!」
かなりの建物が密集している一番奥に、ひときわ巨大な建物がそびえ立っている。
大きい、ではなく、巨大。圧倒的な存在感を放ち、街自体がその建物を中心にしているかのようだった。
「ふふふ♪ 一番奥にあるのは王城……王様がいらっしゃるところですよ!」
「むう……。今までとは何ともスケールの違う街ですね……。
街、というか、それこそ都市という感じ……。いや、それもちょっと違うような……?」
「私もアイナ様と同感です……。
いや、クレントスも十分に開けているとは思っていたのですが……。ははは、田舎町と言われても仕方ないですね」
王都に入るまでには、まだ距離がある。
街門を通る必要もあるだろう。
そんな状態にも関わらず、大きくて強い迫力を感じた。
「この国は、三大国家のひとつですからね。
王都ヴェセルブルクは、世界の中で最も栄えている場所のひとつなんです!」
「ははぁ……。それなら、ボリュームたっぷりにもなりますか……。
何かもう、この街だけで色々と出来ちゃいそう……」
「いくらでもお付き合いしますよ! いろいろなことをやりましょう!」
「アイナ様、もちろん私も手伝います!」
……初めての場所だけど、とても頼りになる二人がいる。
そしてさらに、ここではジェラードとも合流するのだ。
そう考えると、やっぱりこの街に滞在するのは楽しみだな。
よし、やることはたくさんあるけど、ひとつずつ、しっかりこなしていこう!!
――……しかし、私たちはこのとき全く想像していなかった。
王都ヴェセルブルクを去るのが、まさかあんな形になってしまうだなんて。
でもそれは、もう少し未来のお話。
そのときまで、私たちはここでの暮らしを満喫することになるのだ。
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