テラーノベル
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その日は朝から雨だった。
ザーッと強く降ったり、
小降りになったりを繰り返して、空はずっと灰色。
こんな日に限って部活は中止じゃなく、
学校まで歩いて行かなきゃならない。
僕は玄関で立ち尽くしていた。
傘立てには、骨の曲がった安い
ビニール傘しか残っていない。
昨日の強風でやられたやつだ。
「最悪だ……」と小声でつぶやいた瞬間、スマホが鳴る。
《外出ろ、迎えに来てやった》
若井からのメッセージだった。
慌てて外に出ると、赤い髪がちらついた。
雨の中、黒い大きな傘を広げて立っている若井の姿。
「おーい、元貴! ボサッとすんな!」
彼は片手を上げて呼びかける。
傘が大きいからか、妙に堂々として見える。
「……わざわざ迎えに来なくても」
「心配だったんだよ。お前絶対ビニ傘しか持ってねーだろ」
図星をつかれて言葉が詰まる。
そのまま並んで歩き始めたけど、傘が狭すぎる。
肩が何度もぶつかって、僕の袖はすぐにびしょ濡れになった。
「ほら、もっと寄れって」
「これ以上寄ったら濡れるのはお前の方だろ」
「別にいいよ、俺が濡れる分には」
さらっと言われて、胸が熱くなる。
顔を見られたくなくて俯いた。
途中で、風が強くなって傘がぐらついた。
僕が反射的に傘を持とうとすると、若井と手が重なる。
「あ、俺持つから!」
「いや、俺が……」
互いに譲らず、
結局二人で傘を引っ張り合う格好になった。
「ちょ、ちょっと危ないって!」
僕が声を上げた瞬間、傘がガタンと裏返った。
冷たい雨粒が一気に降り注いできて、
二人ともずぶ濡れになる。
「……最悪」
髪が額に張りついて、シャツも重くなった。
だけど横を見ると、若井は大笑いしていた。
「っはは! お前、情けない顔してんな!」
「笑いごとじゃない!」
「いや、マジでかわいい。風邪ひくなよ」
そう言って、若井は傘を強引に直し、
僕の肩を片腕でぐいっと抱き寄せた。
びっくりして息が止まる。
「こうすりゃ濡れねぇだろ」
彼の体温が直接伝わってきて、雨音すら遠のいた気がした。
「……なんか、ずるい」
「何が」
「そうやって、全部持ってかれるの」
小声で言ったのに、
若井はちゃんと聞いていたらしい。
にやりと笑って、
さらに僕を自分の胸元に押し付けてきた。
そのまま学校に着くまで、一度も離してくれなかった。
びしょ濡れのはずなのに、
心臓の奥だけはずっと熱くて、息苦しいくらいだった。
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