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#先生と生徒
きっとこれは、俺に対する最後の優しさやから。これ以上大切な人を苦しませるような真似はしたくない。どうせ離れるなら、いっそ自分の手で幕を引きたい。
「……空。もう、やめよか」
「……じゃあ、」
一度口にした言葉は、もう飲み込めない。
俺がもっとアホになれたら良かった。子供みたいにただ好きだけでいられたら良かった。
「……じゃあ、俺のこと殺してくれる?」
「……何、言うてんの」
そんな綺麗な顔で笑って。
こんな愛しい子、傷つけられるわけないやろ。
「新だけのものにしてよ、俺のこと」
「そんなん、できるわけないやろ。俺は空がおらな生きていけへんのに!」
「……言うてることが、さっきと違いますけど!」
ほっぺを膨らませて可愛く怒る姿は、まるでアニメに出てくるリスみたいで。 どこまでが本気で、どこからが冗談なのかわからない様子に思わず吹き出した。
「……新は笑ってる方がかわいい。俺、新が笑った時のこの目尻の皺が好きやねん」
「俺も、……空の笑った顔が好き」
お返しに空の顔を撫でると、勢いよく唇を吸い込まれ、 わざとらしく、大袈裟な音を立てて解放される。
「……すご、ちゅっぱ、て音したな」
「ちゅっぱ! て、音させてん」
あほやな、二人して。
可笑しくて、二人で声を上げて笑い転げていると 最後までしつこく目尻に残っていた涙が、ぽろっとこぼれ落ちて白いシーツに吸い込まれていった。
「……今日は俺のわがまま聞いてもらうデーやから
「ん?いつも空さんのわがままばかりやと思いますけど」
「え、そうなん?」
「あ、自覚なかったん?」
大丈夫、2人で笑いあって暗い空気は消えた。
これなら、あと一ヶ月か半年か。空と一緒にいられる寿命が伸びた気がする。
空はそのまま真剣な顔で言葉を継いだ。
「……俺のわがままで、こんな関係のままでごめん。新が本当に辛いなら、振られても仕方ないってずっと思ってた。……今の気持ち、素直に伝えるな?」
空が、俺の前で正座した。
自由奔放な彼らしくない姿。
あぁ、そうか。やっぱり別れを切り出すつもりなんや。
「……俺と、お付き合いしてくれませんか? 俺は、新と恋人同士になりたいです」
「…………やば、」
「……やっぱり、不安? 無理……かな?」
「……俺、今、死んでもいいわ」
悲しい涙を流す予定だった脳が、パニックを起こしてる。 嗚咽しながら両手で顔を覆った。
「……新の誕生日の日。新に抱かれる前も抱かれた後も、初恋みたいにずっとドキドキしてた。新となら、ずっとピュアなあの頃みたいに恋してられるんやろなって」
そう言って、かっこ悪い俺を「かわいい」と抱きしめる彼。
もう羞恥心なんてない。今の俺にはこの腕の中だけが世界のすべてやった。
「……元宮は? 付き合ってないの?」
落ち着いてから尋ねると、空はあっけらかんと言った。
「あいつ、気が多くて信用できひんから昇格なし」
ほんま、お前、空の本命のくせにセフレ止まりってどんな立ち位置やねん。アホすぎてちょっと同情すらしてまうわ。
「……新は、もとちゃんのことをどうしてほしい?」
「俺がおるなら、空が2人目を作る理由はもうないやろ。……本当はすぐにでも別れてほしい。でも、あいつが空を好きなのも知ってる。元宮が俺を許してくれてた分、俺も、あいつを許したい」
「……ありがとうな。俺、新の事は心から信用してる。……でももし俺が新だけを選んでしまったら、いつか新の気持ちが満たされて、当たり前になって、離れてしまうのが怖いねん。……俺も新が許してくれるなら、この関係は続けていきたい」
あぁ、そうか。
気づいてしまった。
少しでも目を離せばどこかへ行ってしまいそうな元宮と 逃げれば逃げるほど追いかけてくる、俺。
正反対の二人を抱え、空はあえて元宮を優先させることで、俺の愛を育てていたんや。
俺の性格を、独占欲を、執着心を。
すべてを知り尽くしている彼に、俺は最初から、その掌の上で転がされていた。
「……ええよ。空が俺のそばにおってくれるなら」
「ふふっ、じゃあ、今日泊まっていく?」
いつか交わした約束がフラッシュバックする。
「……ええの?」
震える声で聞き返すと、空は答えの代わりに俺の首に腕を回した。
これまでよりもずっと深く、逃げられない口付けを交わす。
空の甘い吐息も、口内に残る熱い余韻も。すべてが俺を繋ぎ止める鎖に変わっていく。
熱い口付けの最中、ふと、視線の先にあったテーブルの隅を思った。
そこには、まだ俺の部屋の合鍵がついていない、シルバーのキーリング。
けれど、今は違う。
俺はもう、あのリングに鍵をつけて、堂々と渡せる立場になったんや。
その鍵が、これから二人の生活を、未来を、一つに繋いでいく。
……俺と同じように、あのキーリングもさぞかし喜んでるやろな。
自分でも可笑しくなるくらい、子供じみたあほな考えも、 今の俺には愛おしくて、たまらなく幸せに感じた。
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