テラーノベル
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第12章 春光に絡む
ドアベルが軽く鳴った。
「いらっしゃいませ」
鏡越しに声を掛けながら顔を上げると、見慣れた男が、いつもより少しだけ砕けた表情で手を上げた。
「久しぶり。空いてる?」
「佐久間さん。ちょうど終わるところなんで、少し待ってもらえれば」
「全然いいよ」
そう言って、無造作にソファへ腰を下ろした男は、視線だけが、落ち着きなく店内を見渡していた。
やけに人懐っこい佐久間は、都内に店を構えていた頃の常連客だった。ピンク頭がトレードマークの佐久間は、長めの髪をハーフアップにして、色っぽかった。
「ここ、いいね。静かで」
「ありがとうございます」
「うん。あいつが来るの、なんか分かる気する」
「……あいつ?」
思わず聞き返すと、佐久間は一瞬だけ目を細めて、すぐに笑った。
「いや、こっちの話」
軽く流されたはずなのに、なぜか引っかかった。
――あいつって、誰だ。
「今日はどうします?」
「んー、どうしよっかな」
そう言いながら立ち上がった佐久間は、慣れた様子でセット椅子に腰を下ろす。
クロスを広げると、鏡越しに目が合って、ふっと笑われた。
「お任せでいい?」
「一番困るやつですね」
「だろうね」
くすっと笑う声に、つられて少しだけ肩の力が抜ける。
ハサミを入れながら、他愛もない会話が続く。
仕事の話とか、天気の話とか、どうでもいいはずの言葉ばかりなのに、不思議と、心地よかった。
「手、綺麗だよね」
ふいに言われて、動きが一瞬止まる。
「そうですか?」
「うん」
そう言いながら、佐久間が軽く手首に触れてきた。
「……可愛いね」
「えっ?」
触れられたところが熱を帯びる。
〝小さくて可愛らしい手〟
佐久間は自身の頰に引き寄せ頬擦りすると、翔太は慌てて手を引っ込めた。
〝カシャンッ〟
2人きりの店内に響いた冷たい音。
「すいません」
「ごめん、ごめん調子乗りすぎたわ」
そう言って佐久間は、床に落ちたハサミを拾うと、バツが悪そうに頭を掻きながら翔太に渡した。
「触れる仕事、向いてると思う」
からかうでもなく、ただ事実みたいに言われて、少しだけ困った。
「……ありがとうございます」
そのまま誤魔化すように手を動かすと、ガチャ、と扉の開く音がした。
振り返らなくても分かる。
――来た。
ドアベルの鳴る音。力強いのに、何処か優しくって軽快な音をその人は鳴らす。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら振り向いた瞬間、入口に立っていた照と、目が合う。
「……どうも」
いつもと変わらない、短い挨拶。
「今日早かったんだ、照」
何気なく名前を呼んだ瞬間、
佐久間の視線が、ぴたりと止まった。
「……あれ、照じゃん」
先に声を上げたのは、佐久間だった。
鏡越しに、二人の視線がぶつかる。
一瞬だけ、空気が、止まった気がした。
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#ご本人様には関係ありません
楪羽*yuzuriha*
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「……なんでお前がいるんだよ」
低く落ちた声に、さっきまでの柔らかさはなかった。
「何それ。俺客なんだけど」
「店変えたって聞いてたけど」
「たまたま見つけただけ。ていうか――」
佐久間の視線が、鏡越しに俺へ向く。
「照は常連さん?」
そう言いながら、肩に軽く触れてくる。
その距離の近さに、一瞬だけ、息が詰まった。
「……そうですけど」
答えると、佐久間は、少しだけ楽しそうに笑った。
「へぇ」
その笑い方が、なぜか、落ち着かなかった。
「やめろ」
短く遮る声。
目が、笑っていなかった。
「……何が?」
「余計なこと言うな」
明らかに、空気が変わった。
さっきまでの、穏やかな店の空気が、どこか、張り詰める。
佐久間は一瞬だけ黙って、それから、肩をすくめた。
「はいはい。こわ」
軽く流すような口調。
でも、その目だけは、どこか、面白がっているみたいだった。
鏡越しに、照の表情を見る。
――初めて見る顔だった。
「……知り合い、なんですか?」
気付いたら、口からこぼれていた。
ほんの一瞬の間。
照は、少しだけ視線を逸らしてから、
「……まあな」
短く、それだけ答えた。
それ以上は、何も言わない。
なのに、言葉にしなかった何かの方が、ずっと重く残った。
ハサミを持つ手に、わずかに力が入る。
さっきまで、普通だったはずの空気が、もう、どこか違っていた。
「ねえ」
ふいに、佐久間が鏡越しに俺を見る。
「翔太ってさ」
名前を呼ばれて、少しだけ驚く。
「……はい?」
「照のこと、“照”って呼んでるよね」
一瞬、言葉に詰まる。
「……まあ」
何気ない会話のはずなのに、なぜか、少しだけ居心地が悪い。
「じゃあさ」
軽く笑いながら、佐久間が身を乗り出した。
「俺のことも名前で呼んでよ」
「……え?」
「大介でいいよ」
さらっと言われて、反応が遅れる。
「いや、あの……」
距離が、近い。さっき触れられた手首が、まだ少しだけ熱を持っている気がした。
「ほら、照だけ特別扱いみたいでズルいじゃん」
冗談みたいな口調。
でも、どこまでが本気なのか、分からない。
「……別に、そういうわけじゃ」
言いながら、無意識に、照の方を見る。
――目が合った。
その瞬間、空気が、わずかに冷えた気がした。
「……やめろ」
低い声。
さっきよりも、はっきりとした拒絶。
「何が?」
「そういうの、いらねぇだろ」
「えー、いいじゃん別に」
軽く笑いながらも、佐久間の指が、また、俺の腕に触れる。
わざとらしくはない、でも、確実に距離を詰める触れ方。
「減るもんじゃないし」
「……大介」
思ったより、自然に口から出た。
言った瞬間、空気が、ぴたりと止まる。
「あ、いいじゃん」
嬉しそうに笑う佐久間。
でも、その向こうで、照の表情だけが、変わっていた。
佐久間はそんな照を見て、ふっと目を細める。
「――なるほどね。アイツに似てる」
「……は?」
照の声が、わずかに低くなる。
「いや、独占欲強いとこ」
くす、と笑う佐久間。
「昔っから、気に入ったもんには執着するタイプだったし」
「……余計なこと言うな」
低く返す照に、佐久間は肩を竦めながらも、次の瞬間意地悪く笑った。
「……お前さ」
ぽつりと落ちた声。
「何?」
「変わってねぇな」
その一言に、ほんの一瞬だけ、佐久間の笑みが、止まった。
――でも、すぐに戻る。
「そっちこそ」
軽く返したその声は、さっきまでより、少しだけ低かった。
「まだ、引きずってんの?」
その言葉が落ちた瞬間、何かが、決定的にズレた気がした。
「……やめろっつってんだろ」
今度は、はっきりとした怒気。
店の空気が、一気に張り詰める。
何も分からないはずなのに、分からないままではいられない気がした。ハサミを持つ手が、止まる。
鏡越しに見る二人は、俺の知らない場所で繋がっているみたいで、その距離が、妙に、遠く感じた。
「ねえ翔太」
ふいに呼ばれて、顔を上げる。
「まだ、あっち戻る気ないの?」
一瞬、何の話か分からなかった。
でも、その目を見て、――ああ、来たなと思った。
分かっていたことだ。
この人は、全部知っている。
「……ないです」
短く答えると、佐久間は少しだけ笑った。
「そっか……じゃあさ」
軽く言う。
「俺の専属、やってよ」
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「冗談じゃなくて」
「いや……」
言葉に詰まる。
「昔より、今の方がいい手してる」
さらっと言う。逃げ場を塞ぐみたいに。
両手を掴まれて腰が引ける。
〝あら、すっかり警戒されちゃった〟なんて茶目っけたっぷりに笑って見せると、腰を掴まれ引き寄せられる。
「マジな話……気に入った。真剣に考えてよ」
〝その手……独占したい〟耳元に唇を寄せて囁いた佐久間。くすぐったさと、恥ずかしさで顔に熱が集まる。
「あっ……えっと」
「ふふっ……動揺して可愛いね。返事はまた」
玄関扉の前で、不機嫌に佇む照を前に軽快に鳴るドアベルの音。
佐久間と向かい合わせになり、先に声を上げたのは佐久間だった。
「じゃ、照。またな」
それから、わざとらしく俺の方を見て笑う。
「外まで見送ります」
眩しいほどの光が、木々を縫って麓の美容室を照らした。店内に虹色の光が差し込み、照が不機嫌そうにこちらを見ていた。
「翔太、連絡待ってる」
「……はい」
曖昧に返事をすると、佐久間は満足そうに目を細めた。
「じゃ、またね」
そう言って、一歩近づいてくる。
「え――」
反応するより先に、頬に、軽く唇が触れた。
ちゅ、と小さな音。
「……っ!?」
一瞬、何が起きたのか分からなくて固まる。
「ふはっ、マジ可愛い」
悪戯みたいに笑った佐久間は、片手を振りながら自身の車に乗り込むと颯爽と帰って行った。
車が見えなくなるまで、見送るとその場から動けずに、立ち尽くしていた。
唇が触れた頰に、そっと手を当てる。
やけに熱くて、うまく頭が回らなかった。
軽快なドアベルの音。
「……おい」
低い声が、すぐ後ろから落ちた。
振り返るより先に、ぐい、と腕を引かれ店内にふらつきながら引き戻された。
「っ、照――」
不機嫌そのものの顔。
「お前、距離感おかしいって思わねぇの?」
「……だって、急にだったし」
「避けろよ」
低い声。
そのまま、さっきキスされた頰を親指で強く擦られる。
「照……?」
「……そこ、触ってんじゃねぇよ」
短く鳴ったドアベル。
引き寄せられた勢いで、背中が扉に当たる。
「っ、照――」
呼びかけた声ごと塞ぐみたいに、唇が重なった。
さっきまでとは違う。
乱暴なわけじゃないのに、どこか余裕がない。
息を奪うみたいに深く口づけられて、
ようやく離れた頃には、頭がぼんやりしていた。
「……あいつに、簡単に触られんな」
低く落ちた声。
そのくせ、抱き寄せる腕だけは、離れなかった。
店の外では、
春の風が木々を揺らしていた。
雨続きだった山にも、
ようやく柔らかな陽射しが差し込んでいる。
ガラス越しに零れる光が、
絡まったままの影を、床に長く落としていた。
コメント
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ちょっと、関係性がわからない😇🩷初登場だよね!?