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1,015
この小説は『Axis Powers ヘタリア』の二次創作小説です。原作者様および実在する国家・史実等とは一切関係ございません。また、前回同様総文字数約36,600文字と少し長めの作品ですので、お読みになる際はぜひお菓子や飲み物などをご用意いただき、休憩しながらゆっくりお楽しみください☕️
「あー…うーん……どうしよ……!」
文化祭のメイド喫茶の準備中に、席に座って拳を握りしめながら足をフラフラ前後に動かす俺に「心ここに在らずですね、アーサーさん」と菊が俺に水を手渡しながら問いかける。「ありがとう」と水を受け取り、ごくごくと喉を鳴らして半分ほど飲み干した。
「ぷは、沁みる……」
「お口に合ったようでしたら嬉しいです。…それで、そこまで喉が渇くほど何をそんなに悩んでいらっしゃったのですか? 」
「あぁ、実はな…」と口角に溢れ出した水を手の甲で拭って話し始める。数時間前。俺がアルフレッドと一緒の部屋で寝て、目が覚めて真っ先に彼の顔を見た時。眼鏡を外して見えた、高校生らしい青々しさが残っているけれどしっかり大人の男としての輪郭が整った、その凛々しくも幼い寝顔。そのまつ毛が時々ふわりと動く様子を、肩が緩やかに上下する様子をこの目で見て、今まで隠そうと努力してきた気持ちを彼に伝える事を決心した。決めた、告白しよう。笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、寝ている顔も、全部を彼と共有したい。ある意味、彼が寝ている時にそう思えてよかったかもしれない。起きている状態だったら絶対どうにかなってしまっていたから。
「ほう、なるほど……告白、ですか?」
「うん……」
「でもこれまたどうして急に?」
「いやだからさっき言ったじゃねぇか……!」
「え、ほんとにそれだけなんですか?」と彼は呆れたような顔をしてため息をついた。それから俺の向かいの席に座って、スマホを軽く操作して俺に差し出した。
「もう知っているでしょうが…アルフレッドさんはバンドでセンターに立つそうですね」
菊のその言葉に、俺ははっとして顔を上げた。彼が布団の中で気恥しそうに言っていた、自分のクラスの出し物の事。菊もその事を知っているのか、じゃあ今しか頼む時はない。
「あ、し、知ってる!それでさ、もしよければペンライトとかうちわとか菊にお願いしたくて……」
「ああ、もちろんいいですよ?」
「えっ?いいのか?」
彼は「はい」と返事して、スマホにもう一度指をすいすいと滑らせ始めると、再び俺に画面を見せてきた。そこには、暗闇の中で煌びやかに光る鮮やかな色のペンライトが2本、キャラクターの名前のタペストリー、ポップな文字体とフリルで装飾されたうちわが映っていた。
「え、すご…!これ菊が作ったのか……?」
「ふふ、ペンライトやうちわ、紙、フリルやタペストリーの布は市販のものですよ。ですが、文字は確かに自分で切り取ったり、タペストリーも布を上から縫って固定したりしました」
その菊の技術力と最近の推し活の多様さに、俺は感動して目をきらきらと輝かせる。「すごい、すごい……!」菊は照れくさそうに、だけど誇らしそうに目を背けた。
「あ……でも、このタペストリーの刺繍は自分でできるな」
「え、ですが時間が……」
俺は菊のその言葉に、つられて時間を計算し始めた。指を1本1本折ってタイムリミットを確かめる。
「えーと、今が6時で素材を買いに行くとなるとだいたい往復含めて30分くらいかかるよな…そんで菊にうちわ作ってもらってる間に俺が刺繍、それでメイドのシフトはだいたいライブが始まる前までに1,2時間あって、アルの公演が11時半だから……うん、余裕だな!」
「いやどこが!?」
珍しく菊が口をあんぐりと開いてツッコんだ。「貴方、時間計算苦手なのですか…!?」と俺を侮っている様子。「おいおい、学年1位舐めんなよ?」とジト目…というか若干のドヤ顔で顔のそばにキラリンと星を輝かせる。
「俺みたいな紳士はちゃんと刺繍も嗜んでいるんだな〜これが!」
「さすがです…!尊敬いたします……!」
「な?だろ?」と承認欲求を満たしたところで…その一方で他の問題も頭に浮かんできた。
「き、菊、費用はどうするんだ…?高かっただろ……?」
「いえ、お金はかかりませんでしたよ?」
「え…?」さっき市販って言ってたはず。万引き、とかじゃないよな……?
「私のお金ではないので、ねっ?」
菊はそんなわざとらしい明るい声を出しながら、首を傾げてたまたまそばに通りかかった耀にウインクをした。それに対して耀は般若のような顔で菊を睨みながら「チッ」と舌打ちをした。それを見て俺は(そういえば菊と耀は従兄弟だったな……)と何となく察したが、
「あ、あぁ…なるほどな……」
とそれ以上は何も言わないことにした。のに、菊はそれからとんでもない事を言い出した。
「なのでー、金乞食しましょ?金乞食」
「えぇ…?」
そんな可愛い顔とトーンで言うもんじゃないぞ、菊。菊は「私今金欠なのでー…」と財布を取り出してすっからかんの札入れを見せてきた。そして菊が素早い足でどこかに消えたと思ったら、俺が昨日まで着ていたメイド服を持ってきた。
「さぁ、着ましょう?」
「『着ましょう?』じゃねーよ!!」
「でもどうせ後でまた着るんですから…」
菊はそう言って俺にじりじりと近づいてくる。それに後ずさりする俺。そのまま上手く壁に追い詰められてずるりと転ばされ、着せ替えられてしまった。
「うわ、うわぁ……」
デジャヴ。その思考に浸っている暇さえもらえず、俺は菊に厨房に連れていかれた。
「いいですか?アーサーさん。私が耀さんに『お金ちょーだいっ』と言いますから、貴方は手でハートを作りながら『おーねがいっ』と可愛らしく言ってくださいね?」
「え、えぇ…?」
俺が困惑していると、菊は「さぁ、行きますよー!」と大仕事をする前のような威勢を放って、厨房とカフェスペースを仕切るパーテーションの奥へ忍び込んだ。パーテーションの奥には、調味料の準備をする耀が。
「な、何あるかお前らそんななにかを企んでそうな顔して…」
「や〜おさん」
菊がそんな風に話しかけた時、耀は「ひっ」と悲鳴を上げた。恒例なのだろうか。
「お金ちょ〜だいっ」
耀の表情が一気に歪んだ。苦虫を噛み潰したような顔だ。菊に「ほら、早く」と肘で腕を2回突っつかれ、俺は渋々手でハートを作って真っ赤な顔のまま呟いた。
「お…お、おーねがい……っ」
「ぐぅぅうッッ…………」
途端耀が呻き声を発して、両手で顔を覆って床にしゃがみ込んだ。俺がおろおろと心配していると、隣で菊が「『#自分の爺属性が仇となり頼み事をどうしても断れないご様子(笑)』」と声に出してぷすーっと笑った。
「しょ、しょうがねぇある…これで買いたいもん好きなだけ買うよろし!」
耀は6000円を俺たちにくれた。菊が「少な…」と言ったので俺が肩を無言でペシッと叩いて、「ありがとう!後で返すから!」とひたすら頭を下げた。
「あれ、お2人ともどこに行かれるんですか?」
今回菊と同じく裏方に回ったトーリスが荷物を運びながら聞く。俺はすかさず彼の荷物を半分持って答えた。
「あぁ、ちょっと買い出しにな…って重いなこれ!!」
とても1人では持てないような重さの荷物を彼は涼しい顔で持ち上げていた。というか、ほぼ無心に近い顔だった。その生気を失った顔の後ろににこにこ微笑むイヴァンの顔がちらついたので、それ以上触れない事にした。
「すみません荷物持ってもらって…でもあともうちょっとなので気にせず買い出しに行っていただいて大丈夫ですよ!」
「そうか…」と少し心配気味に荷物を下ろして、逞しく前を向く彼に別れを告げた。メイド服から着替えて買い出しへ向かう。菊と歩きながら、ゆっくり推しの話やしりとりなどをする。でも、菊はちょっとよく分からない。なぜかと言うと、俺がしりとりで負けてしまっても何食わぬ顔でなぜかそのまま『ん』から始まる言葉で返してくるからだ。しりとりってなんだっけ。
「ここです、私がいつもお世話になっているお店」
菊が手で指し示した先には、日用品や雑貨、インテリアからスナックフードまでが出揃う『百均』と呼ばれる業態の店舗が。
「へぇ…ここ、あんま行った事ないかも」
刺繍は専門店のを取り寄せたり、実際に専門店に行って品を選んだりしていたから、こんな一般的な店は行った事がなかった。色んなものが売っていて、スーパーをさらに小さく専門的にしたみたいで新鮮だ。菊が指定した素材、ついでに帰りにこっそり食べるお菓子も買って、自動ドアを後にした。
「はむっ、ん…そういえばアーサーさん、余分にお菓子買ってましたけど、1人で食べられるのですか?アルフレッドさんのためにダイエットしてたのでは? 」
その菊のデリカシーのなさすぎるふとした発言に「ばか!!」と言って口を塞いだ。学校の外だとはいえ知り合いが近くに歩いている可能性もあるって言うのに。菊は口を塞がれてもなお、頬の内壁に収納されたあんぱんをリスのようにもぐもぐと頬張っている。
「だ、ダイエットは今は中止なの…!」
「その体型でダイエットは喧嘩売ってるんですかって感じですけどねぇ……」
菊は俺の上半身から下半身をスキャンするように上から下へと目を滑らせた。それから、口をへの字に曲げた。
「これは違くて…だからその、買収、するんだよ……」
「買収?」
「そう…」
袋の中に入ったクロワッサン。これを料理得意なフランシスに献上して、料理を教わりたい。安いパンだが、「これだけじゃ」とか言われたら…まぁ愛嬌愛嬌。
「へぇ、アーサーさんがお料理……誰かを殺めるおつもりなのですか?」
「違ぇよ失礼な!」
俺だってそれなりに料理はできる。この前1人でカップ麺作れたし、その前は冷凍食品だってフライパンで調理できたんだから。
「だ、だから、告白の時にアルに渡すためのお菓子作るんだよ…!」
「ほぉ〜、それで何を作るおつもりで?」
「す…スコーン」
昔からの因縁。5歳の頃家で兄さんと一緒に作って、俺のせいでキッチンが危うく火事になりかけてトラウマになったお菓子。兄さんは「気にするな」って慰めてくれたけど、この一件で料理がすっかり嫌になって、この12年間ずっと避けてきた。
「そうですか、それはぜひ頑張ってください!応援していますよ」
「う、うん…ありがとう」
本当は少しだけ怖い。以前は家だった。けど、次は学校。フランシスがいるとはいえ、また火事になったらどうしよう。そんな漠然とした不安を抱えたまま、学校に到着した。
「うーん、うちわと言っても色々な種類がありますが…どんな風にしたいですか?」
「そういうのは菊の方が詳しいんじゃ…」
「まぁ確かに、あの写真以外にも色々作ってきましたからね」
ここで、菊からの好きな人インタビューが始まった。
「アルフレッドさんのイメージカラーといえばなんだと思いますか?」
「うーん…青?」
「確かに…」と菊はどこから出したかも分からないメモ帳を1枚めくってメモを始めた。
「彼の魅力的な仕草はなんだと思いますか?」
「えーっと…ウインク、とか」
彼は何かいい事があった時や何かを成し遂げた時、相手に幸運を祈る時などによくウインクをする。その砂色のまつ毛が可愛らしく上に弧を描いてパチッと噛み合うのも、艶っぽく下に弧を描いてふんわりと閉じるのも、前からずっとチャーミングでかっこいいなと思っていた。
「ほうほう、そして貴方は彼の事を『アル』と呼びますよね?」
「いやそれ質問と言うより確認では…?」
「いやぁ〜、前から思ってたんですよ、『アル』呼びすっごい萌…いや可愛らしいな〜と」
「そ、そうか…」
この質問を元に、菊はどんな風にうちわを作ってくれるのだろうか。そんな期待を胸に俺も刺繍に取り掛かる事にした。まず買い出しのついでに近くのコンビニで印刷しておいた図案をトレーシングペーパーに写してトレーサーと呼ばれる針でなぞる。コピーペーパーによってタペストリーの布にゴシック体の彼の名前が写し出された。そこから刺繍枠にセットしてずっとちくちくちくちく…。今回はサテンステッチと言われる、美しく糸が並ぶように丁寧が刺し方が求められるステッチを用いた。ハンカチやタオルなどに刻まれるイニシャルなどによく使われる刺繍だ。もうすっかり慣れてしまって、手のひら2つ分サイズのものでも3時間で終わるようになってしまった。
「菊〜、終わった〜」
「もう終わったのですか!?今9時半ですけど…」
「うん、見て」
俺は手に持つための小さいポールもつけた三角のミニタペストリーを菊に渡した。布を広げて眺めては、目を見開いて「素晴らしいです!こんなに仕事が早いとは思いませんでした…!」と俺に尊敬の眼差しを送る。
「な?な?すごいだろ?文化祭が開くのは10時からだから30分巻いたけど」
「雑味がなくどこを見ても完璧な仕上がりです…とても趣味の範囲内とは思えません…!よし、私もラストスパート頑張ります!」
菊はうちわ以外にも、昨日撮ったチェキを入れるトレーディングカードやホイップデコ、そして今はそのチェキをカラーコピーしてホログラム加工した缶バッジを作っている。そちらこそガチすぎて趣味の範囲内とは思えないのだが。
「ありがとうな、俺のために色々…じゃあ、フランシスに交渉してくる」
「このくらい、お安い御用ですよ。健闘を祈ります」
俺は菊にひらひらと手を振って、フランシスを探しに行った。もしかしたら、厨房で使う道具を取りに行くために調理室にいるかもしれない。案の定、調理室がある3階に行ったら彼が廊下を歩いていた。どうやら、ちょうど調理室に入る前だったようだ。彼のそばに駆け寄ろうとしたが、いざ彼を前にすると今までの関係、プライド、気恥ずかしさ、不安が邪魔してきて前に進めない。『トラウマを克服して彼に告白したい』…そのただ一つだけの思いで行動する事ができたならよかったのに。いや、プライドがなんだ。彼だって、いつも気にせず俺に勉強を聞いてくれる。それと何も変わらない。こうなったらとことん頼ろう、彼に。俺は廊下を走り出し、パンの袋を彼の胸に押しつけた。
「わっ、えっ、ちょっと何々どうしたの」
「料理!…はぁ、はぁ、……教えて………!」
彼はさぞかし不思議そうに俺とパンを交互に見つめて、自分の胸の中に入った俺の身体をゆっくりと離した。それから、ニッと口角を上げた。
「もっちろん」
その言葉が耳に届いた瞬間、俺のまぶたはゆっくり見開かれた。
「…え?ほんと?ほんとにいいのか?」
「なんで?逆に断る理由なんてなくない?」
「それより俺はさー…お前が自分から何か頼ってくれたのが嬉しくてね」
俺があげたパンの袋を眺めながら彼がしみじみとした顔で口を開く。それからそのアメジスト色の水晶のような瞳でバチッと俺を見て、手を引いた。
「さぁやるよ!てか何このパン、わざわざお兄さんのために買ってくれたの?」
「え、うん…」
「やだもうそこまでしなくてもいいのに〜!」
「ちょ、抱きつくなって…!」
彼に包み込まれるように抱きつかれて、反射的に身体が硬直してしまった。彼のロール状の長髪からふわりと香水の匂いが漂う。間もなく彼は俺を離し、調理室の戸棚を開けた。
「え、なんでそんな…」
「『なんでそんなに喜んでくれるのか』って?うーん、そうだよね。俺は確かに舌が肥えてる方だし、こんな安っぽいもの、普段だったらもらっても返すよ?」
「じゃあなんで…」
「さっきも言ったけど、俺の事色々知ってるお前がわざわざこんな俺が普段食べないような値段のもの買ってきてくれたの想像しちゃったら…なんか捨てられないよなって!」
「好きな人のために必死な人って、な〜んか憎めないんだよねぇ…」
「え、なんでお前その事……!」
なんで彼は俺がアルフレッドのためにスコーンを作ろうとしている事を知っているのだろう。
「あはは、そんなんお見通しだよ〜!お前めっちゃ分かりやすいし」
そして彼は振り返って、ジャージの袖をまくった。「さぁ、やるぞ〜!」という掛け声とともに、そこかしこから薄力粉や砂糖などの材料を取り出した。
「勝手に使っていいのか…?」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫!俺、なんか家庭科のアドナン先生に気に入られてんのね?そんで調理室で料理とか許可取ってしてるうちにもうなんか許可いらなくなって〜」
「えぇ!?」
「あーでもその代わりに作った料理のレポートとか書いてるわけだけどさ」
彼は話しながらも慣れた手つきで準備を始めている。俺もなにか手伝える事はないかと思い近づくと、「ケガしちゃったりすると危ないからここは俺に任せてよ、メイドさん」と俺を止めた。
「い、今はメイド服じゃねぇだろ…!」
「あ〜、そっか!なんか坊ちゃんがメイドなのが癖になっちゃってるかも」
呆れながらも、俺も腕をまくって手を洗い始めた。手順としてはまず初めに、ボウルに薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩を入れて泡立て器でよく混ぜ合わせる。その次に冷やしておいた角切りバターをボウルに加え、ゴムベラで細かく刻むように全体がサラサラの砂状になるまで粉類とバターをすり合わせる。次に刻んだチョコレートをボウルに加え、冷たい牛乳を回し入れる。ゴムベラで切るようにさっくりと混ぜ、粉っぽさが少し残る状態まで合わせる。その後生地をのばしたり切ったり重ねたりする。とこの次の工程で、1,2時間ほどの時間を使う工程が発覚してしまった。
「で、この次は生地を休ませるわけだけど…時間大丈夫そ?」
「うーん…俺がアルのライブを途中で抜け出せばギリ…?」
「は、あんたバッカじゃないの!?好きな人の晴れ舞台なんでしょ?最後まで見届けなさい!」
フランシスからお叱りを受けた。どうやら、俺がアルフレッドのライブに行っている間フランシスが色々作業してくれるつもりらしい。いつもお互いに遠慮がないが、こういう時はほんと申し訳ないし頭が上がらない。俺はひたすら彼の前で手と手をすり合わせた。
「すまんほんとに……!なるべく早く帰ってくるから!」
「何言ってんの、このくらい1人で朝飯前だっつの。お兄さんはこのパンとあんたの付き合った報告だけもらえればいーの!」
「フランシス…!」
「うわぁほんとお前がいてくれて助かったよ!」
俺はさっきのお返しと言わんばかりに彼に抱きついた。彼は「え?ちょっと、も〜なになに?可愛いけどさ…」と戸惑いつつ背中をトントンと数回優しく叩いてくれた。
「ありがとう、ふふ……っ」
鼻から通るような、声が若干混じった吐息のような笑い声が漏れ出た。こいつと今この場で仲良くいられるのが嬉しい。いつもとはちょっと違う距離感で非日常的な事を一緒にして…。この時間が長く続けばいいのにな、なんて思えてしまう。
「いーから、あんたの未来の彼氏さんのためにもさっさとやるわよ!」
緩く俺を振り払って前を向く彼の耳は、少し赤く染まっていた気がした。そうだ、こいつも嬉しいんだ。頼ってよかった。
「まずはボウルに薄力粉とその他諸々をぶち込む…んで混ぜる」
「薄力粉…?小麦粉となんか違うのか?」
「薄力粉は小麦粉よりもタンパク質が少ないからサクサク・ふわふわになりやすいんだよね。というか薄力粉は小麦粉の中のひとつの種類って言った方がいいかな。他にも中力粉とか強力粉とかもあるし」
「ふーん、で袋全部入れるのか?」
「バカなのあんた!?何個作る気!?」
彼は計量カップを取り出して、量りに乗せた。計量スプーンでテンポよくサッサッと粉を入れてって、一発で200g量り終えた。「うーん、今日の俺運いいかも〜」と言って、手についた粉をパッパを払った。他の材料はまさかの目分量。長くやってきたんだなって言うのが分かった。
「あぁ、お前は包丁でこのチョコ刻んどいて。普通にもの切る時みたいに切っていいやつだから」
「あ、うん…えっと……」
切るって、どういう感じだろう。料理動画とかでよく見る、刃を前に押し出すような感じの切り方かな。試しに1ミリくらいザクリと切ると、フランシスから止められた。
「ちょいちょいちょい!手危ない!ほんと目離せないわお前〜」
フランシスは「貸して」と言って俺が持っていた包丁を手に取り、ゴツゴツと鈍い音を立ててチョコレートを刻み始めた。「手、指先丸めないとスコーンが真っ赤になっちゃうよ」。それから俺に包丁を返して『やってみて』とでも言いたげな視線を俺に送った。
「こ、こうか……?」
「そうそう、さすが生徒会長」
「子供じゃねぇんだから撫でんなって……!」
「いーや、俺から見たらあんたは十分子供だよ。黙って先生にいい子いい子されてなさい 」
「えー……?」
それからなんとかチョコレート1枚を縦に横に切っていって、細かく刻み終える事ができた。俺が必死の思いでチョコレートを刻んでいる間にも、フランシスはすでにチョコレートを入れる手前の工程の生地を作り終えていた。
「はい、お兄さんがベース整えておいたから。後はチョコぶち込んで、牛乳少しずつ入れて混ぜな」
「うん……」
「大丈夫大丈夫、失敗しても結局混ぜちゃえば変わらないんだから」
その言葉を信じて、バラバラになったチョコレートをまな板からボウルに向かって滑り落とし、牛乳を全体に回しながら加えた。数回に分けて牛乳を入れたら、割り切るようにさっくりと混ぜる。入っている部活が手芸部とサッカー部と園芸部で、園芸と料理とでは力の使い方がまったく違うからこういった力を使う作業は慣れていない。俺がどうにかこうにか生地を混ぜている間、フランシスが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、お前さ…もしかして今回厨房係立候補したのも料理に慣れるためだったり?」
「あ…… 」
(やっぱりこいつには隠せないか……)
やっぱり全てお見通しのようだ。こう見えて、人の事はちゃんと洞察しているのだろうか。それとも、長い腐れ縁からの予測だろうか。
「うん、その…昔も兄さんたちとスコーン作ろうとしたら俺のせいでキッチンが火事になりかけた事があって……」
「あらま」
「そんで料理がちょっと…」
「だからか…」彼は腕を組んでうんうんと頷いている。そりゃトラウマになっちゃうよね、と俺に共感したところで、バトンタッチの指示が下った。
「おっけー、上手く混ぜられたね!後はお兄さんに任せときな」
それから彼は俺の倍速くらいの速さでスイスイとスムーズに切っては回し混ぜ、切っては回し混ぜと作業を進めた。
「は、…早………」
「ふふ、でっしょ〜!まぁ伊達に調理部エース名乗ってないから」
「調理部エースってなんだよ……」
こういうよく分からないところはいつもの彼だ。料理や芸術などの趣味に対する感性が他とは違う。それ故他の人と食い違っているところを度々見かける。彼らしくていいなとは思うけど、自己を出しすぎて疲れてしまわないか心配だ。
「はーい、次は楽な作業だよ〜」
「まず長方形に形を整えて、そこから真っ二つに切って上に重ねて、それの繰り返しね」
「これなら俺にもできそうだな」
「でもね、ここでいかに愛情を込めるかが肝なのよ」
愛情?「美味しく食べてほしい」とか、「大好き」とかかな。
「スコーンみたいなパン系の製品はね、愛情を込めれば込めるほど綺麗に膨らんでふわふわに仕上がるの」
「気のせいって感じだけど、試しに愛情込めてみて。絶対味は変わるし、相手にもきっと思いは伝わるはずだから。」
「うん……」
思いを込める———。
『お、美味しくなぁれ……、も、萌え…萌え、きゅ〜ん………!』
……
〘この思いをハートの空洞に乗せてオムライスにぶつけるようにして手を微かに前に近づけた。〙
……あ。分かったかもしれない。昨日の萌え萌えきゅん、ちゃんと思いを込める事はできたかな。ちゃんと彼に思いは伝わったかな。
(美味しくなれ、美味しくなれ……)
麺棒を持つ手に力を込めて、前に押し出すようにして生地を伸ばした。次はカードで真ん中に切り込みを入れて、腹割れを作るために2つにした生地たちを重ねる。この工程を2,3回繰り返しているうちに、文化祭開始5分前の放送が校内に響き渡った。
「おっと、時間だね。じゃ冷蔵庫の中入れちゃおっか」
「えーっと、今がだいたい10時、生地を休ませる時間が1,2時間で、ライブが11時半からだいたい30分で終わるはずだから……12時になったらダッシュでここ来ればいいんだな!」
「いやまぁそこまで急がなくても大丈夫だけど…ってお前時間!メイド服着替えないとじゃないの?」
「あーそうだ…!じゃあお先!」
俺は調理室の扉をこじ開け、1段飛ばしで階段を下がっていった。メイド喫茶『Fairy Path』開店まであと3分。廊下を走っていると、前を歩く人にぶつかってしまった。
「おっと、ごめんね」
「あ、ごめんなさ…!って、イヴァンか」
「『か』って何かなアーサーくん。ん?」
幸い、ぶつかったのはお客さんではなくイヴァンだった。かといってこいつも主張が激しい。「はいはい、すまん」と軽く謝って彼をなだめた。
「あ、そ、そういえば2年1組…ライブするんだろ?お前は何の係やるんだよ?」
彼も2年1組の一員、好きな人のクラスメイトな故色々なところが気になってしまう。その俺の上擦った問に対してイヴァンは、目を細めてイライラした様子で答えた。
「僕はキーボードだよ。ヒーロー気取りのボーカル兼ギターくんに『君を俺の援護に任命する、光栄に思うんだぞ!』って半ば強引に押し付けられたからね。」
「あ、そ、そうか……」
押し付け主が主なもんでなんだかこっちが申し訳なくなってきた。別に身内じゃないのに。
「あっと…俺行くな!ライブ絶対見に行くから!」
「ありがとう、君もメイドさん頑張ってね」
「うん!……ん?いや待て待て待て!」
俺は前進しようとする彼の肩を止めた。なんでメイドの事を知っているんだ。一回も見に来てないのに。「なんでその事知って…!」震える手と声で聞くと、イヴァンの口からさらに凍えるような恐ろしい事実が飛び出た。
「え、だって2-2の教室の前に『No.1メイド 生徒会長兼手芸部部長』って君の名前とポスターが……学校中でも噂になってるよ?」
「は…………??」
まるで頭に冷水を被せられたようだった。確かに色々なところを行ったり来たりしていて、俺がメイド服を着ているのを知っている人はいるだろう。だけど、思ったよりこんなに早く噂が広まるなんて。しかも、『No.1メイド』だとか、そんな事実でもなんでもないふざけた事をぬかしたポスターが入り口にデカデカと貼り付けられているなんて。絶対菊か誰かの仕業だ。俺はいてもたってもいられず、2-2の教室に走り出した。
「うわっ……!?」
2-2の教室の前に来てみると、入り口は、昨日までそんなにいなかった人だかりでごった返し。人をかき分けるのも必死で、たまたま近くにいたティノになんの人だかりなのか聞いてみた。
「あ、アーサーさん!早く着替えた方がいいんじゃないですか?」
「え?なんで…」
「みんなアーサーさん目的で来てるんですよ」
「はぁ!?」
この人混みが全部…俺目的?「すみません、通して…!」と人に埋もれながら必死に叫ぶと、群衆はすぐに歓声を上げて道を開けた。
「あ!アーサーさん貴方今までどこに……!」
「菊お前なんて事してくれてんだよ!!」
俺は焦っている様子の彼の肩をガシッと掴み、ぐらぐらと揺さぶった。「な、なんの事ですか…?」分かってなさそうな彼に苛立ちながらも説明した。
「あのポスター作って貼ったのお前だろ!?」
「はい、いかにも…」
「『はい、いかにも…』じゃねぇよ金取るぞ!」
怒鳴ると、彼は俺が彼の肩に置いた手の手首を千切れんばかりに掴んで、「善処します」と首を傾げてから俺を教室内に引きずり込んだ。
「えっ、ちょ…!」
「あ、お前おっそ〜い」
その忌々しい声に顔を上げると、目先にはさっきまで一緒に料理をしていたフランシスが。
「はっ!?おま……!」
「驚いてる暇あるんだったらさっさと着替えな?仕事だよ」
フランシスは近くにあったメイド服をカチャリとハンガーラックから取り外し、「はい、菊ちゃん」と菊に手渡して厨房に消えていった。
「さぁ、着てください?」
「…………ハイ」
パーテーションの奥の更にパーテーションで仕切られた四角形の空間に隙間から入り込む。その簡易的な更衣室に、なぜか菊も一緒に入ってきた。
「あのー、なんで入ってきたんだ?」
「いえ、慣れないお洋服のお着替えは一人では大変かなと思いまして」
「いや別に必要ないが……」
「そうですか、ざんね…それは結構です」
「お、おいお前今」
「では」
菊はところどころ残像を残すかのように超速度で去っていった。
「くそ…あいつ……!」
パーテーションの向こう側にいるフェリシアーノに「アーサー早く〜!」と大声で呼ばれたので、ボタンを外すスピードを早めて足早に着替えた。
「す、すまん…!」
「遅いよ〜!じゃあ、このボタンが押されたらこのセリフをお客さんの前でなるべく感情込めて読んでね!」
「え、え?な、なんで……?」
渡されたメモ用紙を不思議に思いながらも見てみる。ゆっくりと頭を下げた先にあった文字は…『料理作ってやってんのも、掃除してやってんのも…べ、別にお前のためじゃないんだからな…このバカ…!』。……とことんバカにされてるよな。多分、これを考えたのも菊だろう、どうせ。
「あの……ほんとになんで?」
フェリシアーノに視線を戻すと、彼が「ん?それはね〜」と言って他のメイドのフェリクス、そしてバッシュを集合させた。
「お客さんの前でね、『どのメイドをご指名ですか?』ってするんだ!ほら、ゲームのチュートリアルとかでもキャラにカーソル合わせたらセリフ喋ったりするでしょ?」
「あー、確かに…いやいやいや!」
説明、というか例えが妙に分かりやすかったので納得してしまった。でも流されてはいけない。というかなぜこいつらは納得してるんだ。
「えっと……ちなみにお前らはどういうメイドって事になってんの…?俺『ツンデレメイド』って書いてあるんだけど……」
「俺ドジっ子メイド〜!」
「俺無気力メイドって言われてるし〜、まじそれな〜って思わん?」
「吾輩…質素メイドと称されておるのだが……」
「おー……」
なんか妙にみんなそれっぽいのがムカつく。菊の観察力とワードセンスどうなってんだ。
「お客様1名ご来店です〜!」
「……!」
列の整備を一段落つかせる事ができたのか、裏方のトーリスが教室に向かって大声で呼びかける。メイドたち…いや、教室内の空気が変わった。皆、やるからには全力でおもてなす覚悟ができたのだ。
「お?ここがローデリヒの坊ちゃんのクラスかぁ〜、凝ってんなぁ〜!」
ガミガミとした声を威勢よく教室に響かせたのは、アルフレッドたちのクラスの、2年1組の担任のギルベルト先生。実はこの文化祭は生徒や一般客だけでなく、先生も参加できるのだ。
「わぁ〜、先生も来てくれた!じゃあ、俺行くね!」
フェリシアーノが、おとぎ話の小動物のように小さく跳ねながら小走りで先生の方へ向かう。営業スマイルではなく、おそらく本心100%の愛嬌スマイルを満開にして先生を歓迎した。
「Ciao,Ciao〜!おかえりなさいませご主人様〜!1名様ですか〜?」
「うおおフェリシアーノちゃん可愛いぜぇ!もちろん俺様はいつでも…!1人だぜ……」
先生は寂しそうに涙目で目を逸らした後、「1人楽しすギルぜ……」と言ってどこからかペットのひよこを取り出して撫でた。それに対してフェリシアーノは困ったように「そ、そっか……」と頬に汗を浮かべて席へ案内した。
「はいは〜い、それじゃ今からメイドさんたちの自己紹介とプレビューを見せま〜す!この中から誰を指名したいか選んでね〜!」
「まずは俺!ドジっ子メイドのフェリシアーノです!お皿割っちゃったり、うっかりつまみ食いしちゃったりするけど、あなたのために頑張ります!」
まずはフェリシアーノが自己紹介。さっきの案内文といい、一切どもりもせずすらすら演じる事ができるのがほんとに凄いと思う。それに対して俺は緊張でどもりまくってるから素直に彼に憧れる。
「次、無気力メイドのフェリクスだし〜。まじマイペースでたまに料理とか忘れるけどそこんとこも許してくれるっしょ〜?」
こっちも自然体。彼に合っている。そうか、いつも通りやればいいんだ。…いや、それはそれで「お前はツンデレだ」って叩きつけられてるようなもんじゃないか?
「次は吾輩…質素メイドのバッシュである。高い食材、日用品は一切使用せず、あくまで節約…を優先するのだ。」
唯一仲間だと思っていた奴がめちゃくちゃまともに、しかも絶妙にそれっぽく演技し始めた。背水の陣で辛い。でも、ギルベルト先生の事だからどうせフェリシアーノの事しか見ていないだろう。それはそれで安心だ。
「最後…ツンデレメイドのアーサーです…。料理作ってやってんのも、掃除してやってんのも…べ、別にお前のためじゃないんだからな…この、このバカ…!」
な、何とかなった。フェリシアーノが嬉しそうにこちらに微笑んでくる。1人で何かを成し遂げる事ができた時の子供と母親だ、完全に。
「誰にしますか〜?」
「迷っちまうなぁ、やっぱフェリシアーノちゃん可愛いんだよなぁ……じゃあ会長!よろしく!」
「いやだからなんで俺!!!」
初めてこんな声出た。だって今のはおかしい。完全にフェリシアーノ指名する流れだったじゃん。アルといいこの先生といいなんでみんな俺なんだよ。バッシュが露骨に胸を撫で下ろしているのを見てぶん殴ろうかと思った。
「だってよぉ、フェリシアーノちゃんだと可愛すぎて耐えれる気しねぇからな!」
「俺は気休めですか……」
「ヴェ〜、俺じゃなくてよかった〜!」
「おぉい!」
その時、俺たちはまだ知らなかった。教室のドアがゆっくり開きつつある事を……。
(…………は?)
(なんで……?なんで先生がアーサーを指名してるんだ…?何してるんだあのクソ担任は…………!!)
俺が観念して注文を伺おうとした、その時。勢いよく扉がガラガラと開き、いつもの勇ましい…いや少し猛々しい足音が後ろから近づいてきた。
「先生?一体ここで何してるんだい?」
「あっ……」
「『あっ……』じゃないよ。ちょっと来ようか?」
「ご、ごめんな会長…俺様実は…………」
「ライブのリハーサルサボって来てたんだよね〜??ほら行くよ」
「おお……引きずられる姿もイケてる俺様最高にクールだぜ…………」
あんなに怒ってるアルフレッド初めて見た。普段優しい人や元気な人が怒ると怖いって言うもんな。もしかして、実は普段はもっとあんな風に怒ってて俺にはそんな顔見せてくれないのかな。俺だけに気遣ってるとかだったら、ちょっと距離感じてしんどいな。2人が教室を出ようとした時、ギルベルト先生の襟を掴んで引きずってる彼と目が合った。少しはにかんで一瞬俯きながらも、視線を戻して顔の横で控えめに手を振ると、彼もつられてはにかんでバツが悪そうに眉を下げながらウインクをした。ガラガラ、と扉が開閉した後、さっきのウインクで彼にしっかり射抜かれた俺は「うわぁぁぁぁあ…………ッ!!」と上擦った呻き声を小さく上げながら顔全体を手のひらで覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたのだ……!?」
「え〜?お前知らないん〜?アーサーってアルフレッドの事好きなんよ、マジエモいし〜」
「そ、そうなのか…!?」
多分、昨日バッシュは学校に泊まらず家に帰った人たちうちの1人だったから、昨晩のお泊まり会(という名のほぼ恋バナ)の事も知らないのだろう。彼は、困惑しつつも同じようにしゃがんで俺の背中に手を当てようとおろおろしている。気持ちだけでも十分ありがたい。なんならこのクラスは全員俺の恋が実るように応援してくれている。こんな事はなかなかないだろう。フランシスやフェリクスのように面白半分茶化し半分で応援してくれている人と、菊やフェリシアーノのように推しカプと称してグッズとか作ってガチで応援してくれている人の2つに分かれている。応援してもらってる身で言うのもなんだが娯楽になってないか俺たち。
「ダメだ、ライブまでに耐えれる気がしない……」
「ライブ〜?アルフレッド、ライブに出るの〜?」
フェリシアーノが水を飲みつつ聞いてきた。両手で顔をくるっと強めにほぐしてから立ち上がると、彼にウェブ版のチラシを見せた。
「えっと、イヴァンによるとアルがギター兼ボーカルで、あと画像見る限りお前の兄ちゃんのロヴィーノはもう1つのギターやるっぽいぞ。」
「イヴァンはキーボードだってさ。あとルートヴィッヒはドラムで…」
「え、ルート出るの!?」
彼は跳ね返ったように声を発すると、その後電池を抜かれたようにスンと元に戻った。
「あっ…へ、へぇ〜!兄ちゃん、言ってくれなかったなぁ〜、ひどいよ〜」
(ん…?なんでルートヴィッヒなんかに…)
そこで俺はフェリシアーノがルートヴィッヒの名前に異常に反応した理由を考えた。…そうか、こいつら仲良いもんな。友達の晴れ舞台だもん、そりゃあ気になるよな。
「そうかそうか!お前ルートヴィッヒと仲良いもんな、一緒に見に行くか?」
「えっ、あ、うん…!そうだね、ルートとは仲良いよ、すっごく…!すっごく……。」
「……なんか顔赤いぞ?どうしたんだよ」
「ヴェッ!?き、気のせいじゃない!?暖房効きすぎてるのかも〜…!」
俺は「ふ〜ん」と特に気にせずにスマホをカチッと閉じた。それから1時間半、俺たちは働き続けて、行列をどうにかこうにか捌いて……。
「はぁ〜マジで死ぬかと思った…!」
「ヴェ〜……長蛇の列ってこういう事言うんだね〜……」
「長蛇の列どころじゃないのだ……もうレーティッシュ鉄道並なのである……」
「この服マジ暑いし〜、考えたやつ誰だよ〜…!」
教室の真ん中でメイド服である事もお構い無しに大の字になった。耀が「青春あるな」とか言ってエプロン姿のまま上から背伸びをして写真を撮る。写真の俺たちは全員北東、南東、南西、北西に広がっていて集中線みたいで面白かった。フランシスがエプロンを解きつつ俺の手を取って立ち上がらせた。
「ライブ、もうちょっとだね。お兄さん行ってくるから後は任せてライブ楽しんできな」
「フランシスぅ……!!」
俺は彼の手を掴んで何度も上下にぶんぶんと振った。彼も少し恥ずかしそうに顔を逸らしている。菊の呼びかけで体育館に向かおうとメイド服を脱ごうとした時、フランシスから止められた。
「ちょい待ちちょい待ち!そのまま行って!脱がないで!」
「はぁ〜?なんでだよ……」
「え〜?あーあの!とにかく脱がない方がいいと思います!お兄さん的にはね!うーんなんかね、絶対いい事起きるから。ね?」
何かを予言している…というか、何か知ってる口ぶり。何を企んでいるんだ?こいつは。俺は「う〜ん?」とジト目で彼をジロジロと疑ったが、彼は汗をダラダラ流して目を泳がせるだけで何も言おうとしない。仕方ない、こいつの言う通りにしておこうと俺はメイド服のまま菊と体育館へ向かった。体育館前には、既にすごい人だかりが。整備係の中には先ほど会ったティノがいた。そしてその隣にはエドァルドが。
「おー、ティノ!また会ったな!」
「あ、アーサーさん。さっきの行列では大変でしたね、メイド服似合ってますよ」
「あ、おう…ありがとな……」
もうメイド服でいる事に慣れてしまって、自分が今それ相応の格好をしている事に気づかなかった。さっきから周りの人の顔が色んな意味で驚いて見えるのはこのせいだったのか。
「やっぱこれ、みんなライブ目的なのか…?」
「もちろん。僕らも演出やポスター作成、ライブ練習や音響などみんな頑張ってますからね」
エドァルドが眼鏡を指でクイッと上げながら話す。やっぱり、生徒だけが一から取り組むにしてはクオリティーが高いよな。俺は小声で2人に聞いた。菊も一緒になって2人の言葉を聞き逃すまいとするようにほんの少し屈んだ。
「これ…誰目的なんだ?やっぱアルフレッドとか……?」
「あーそう、ですね……」
「やっぱり彼は学校規模で男女共に人気があるので……」
だよな、わかってた。彼はどんな人にも話しかけようとするし、誰にでも決して態度を変えたりしない。でも、最近俺には少し控えめになった気がする。それが少し悲しい。しかも、周りから「アルフレッドくん絶対かっこいいよね!」「だよね!」という女子の喜ぶ声が聞こえてくる。少しモヤッとした。彼の事を1番知っているのは、俺なのに。彼と1番仲良いのは…俺なのに。
「アーサーさん…最前列取れますかね……?」
「取れるか取れないかじゃない、取るんだ。絶対。」
俺の中の嫉妬心と独占欲に火がついた。それが強い執念へと変わる。絶対誰にも取らせない。彼には俺だけ見て欲しい。
「早く行こ。人で埋まる前に」
「お2人とも気をつけて!」
「あぁ!ありがとう!」
ティノとエドァルドにひらひらと手を振って、俺たちは人混みの中へ1歩を踏み出した。菊は俺たちで作ったグッズをフル装備。俺はメイド服。このオーラと本気さに充てられたのか、人が自然にはけていく。その中から「あれ会長じゃない?」「めっちゃ可愛いじゃん」「あれが噂の本田菊だ…」「ストーリーでめっちゃ絵描いてる人じゃない?」と声が聞こえてくる。完全に芸能人。そのおかげか、体育館の中までに辿り着くのは難しくなかった。ただ、ここからが問題だ。果たして最前列は空いているのか。人が集まっている部分の外側をうろうろしていると、年配の女性が「ほらお嬢ちゃんたちこっち来な!」と俺たちの手を引っ張った。
「あ、あの……?」
「ほらここ空いてるよ!……あれ?お嬢ちゃんじゃなかったのかい、ごめんねぇ!でも可愛い服着てるんだね、彼氏さんもメロメロでしょう?」
「かっ…!?かれ……!?」
「あれぇ?違うんかい?だってその写真の子、今日のライブに出るんでしょ?彼氏さんなんじゃないのかい?」
「まっ、まだ友達です……!」
彼氏、そうか彼氏か…。周りにはそう見えているのか。でも、ここで変な誤解が出て周りに間違った風に広がってしまっては彼からしても迷惑だろう。だからここはあえて「まだ」と先付けして訂正させてもらった。その意味深な「まだ」に気がついたのか、女性がニヤニヤしながら手を前に煽る。
「『まだ』?てことは…やっぱり狙ってんのかい!?」
彼女が小さく聞くものだから、俺もつられて小さく「は、はい…」と赤い顔を縦に振った。すると女性は俺の背中をバシッと叩いて、「おばちゃん、応援してるよ!」と俺にエールを送って人混みの中へ消えていった。菊と2人で「いい人だったね」みたいな感じで顔を合わせて微笑む。しかも、彼女が教えてくれた場所もすごくいい。最前列のど真ん中。彼がセンターに立つところだ。心の暖かさにしみじみとしていると、菊が申し訳なさそうに俺の名前を呼んだ。
「ア、アーサーさん……」
「ん?どうしたんだよ」
「すみません、実はフェリシアーノくんもここへ連れてくる予定でして…連れてきてもいいですかね……?」
「ん、ああいいぞ?気をつけてな!」
「あ、ありがとうございます…!では……!」
さて、ライブ開始まであと10分くらい。菊から預かったこの大量のグッズで何しようか。しばらく眺めていようか。そんな風に考えていると、おそらく他校であろう女子が隣に来た。
「え、ここポスターにいたセンターの子見えるんじゃない!?」
「うわーあの子かっこいいよね!絶対落とす!」
「今日のあんたすっごく可愛いしもしかしたら一目惚れされちゃうんじゃない?」
「え〜そうなったらど〜しよ〜!」
2人は頬に手を当ててゆらゆら揺れたりキャッキャと飛び跳ねたり、さぞかし楽しそうなご様子。俺がじっとその様子を見ていると、それに気づいた2人はこっちを怪訝そうに見てからまた視線を戻した。お互い感じが悪い。他人同士って大体そうだ。彼女らからしたら俺は謎にグッズ大量に持ってて「何こいつ」って感じだし、俺からしたら他校でまだ名前も声も大して知らないくせに顔だけ見て付き合おうとしてて「何こいつ」って感じだし。悲しい世界だ。
「アーサーさん…!はぁ、はぁ…すみません、人混みを抜けるのにちょっと……」
「ヴェ〜…ッ、ごめんねアーサー……!」
「おぉ、大丈夫かお前ら……?」
帰ってきた彼らは、だいぶ体力を消耗したようだった。でも、開演5分前のブザーが鳴ると途端にシャキッと背筋を伸ばす。シンクロしててちょっと面白可愛かったので思わずくすっと笑ってしまった。
「どんな曲が来るんでしょうね……」
「さ、さすがにオリジナル曲とかじゃないよな?」
「だったらすごすぎだよぉ〜…」
「あの先生の事だからありえるのが怖いですよね……」
『まもなく、W学園文化祭2年1組出し物「Be dyed blue!」が開演いたします。』
アナウンスが流れ始めた。そして体育館の照明もゆっくりとフェードアウトしていく。「おっ、始まるな」とグッズを構え始めた。
『開演に先立ちまして、お客様にお願いとご案内を申し上げます。場内でのカメラ・携帯電話などによる写真撮影、録音、録画は、固くお断りしております。』
「この辺は常識ですよね」
「えっ?あ、うん、そうだよな…!」
「……アーサーさん?」
「……。」
「ふ、2人とも!そろそろカーテン開くんじゃない? 」
フェリシアーノが俺たちの雰囲気に気まずく思ったのかステージを指さした。見てみると、ゆっくりワインレッドのカーテンが開いていくのがわかる。ステージの真ん中に立つ彼がステージの照明で照らされているのがあらわになった瞬間、客席では割れるような歓声が湧き上がった。
「Hello everyone! 今日は俺のためにありがとう!! 」
いかにも彼らしい挨拶。彼らは、文化祭のために作ったクラスのオリジナルTシャツを着ていた。白い無地Tシャツが青いペンキに塗れたようなデザインで、裾のところで縛ってある。胸元には『2-1 Be dyed blue!』と書いてあっておしゃれだ。
「みんなー!今日は盛り上がっていくぞー!!」
客席からはステージに押し寄せんばかりの「おー!」というかけ声の波が。そして彼は肩にかかったギターの紐を整えてマイクを掴み、口を開いた。
「それでは聞いてください。オリジナル曲、『Anchor』」
「オリジナル曲ですか!?」
「やっぱオリ曲かよ!」
俺と菊が口を揃えて驚きの声を上げると、周りも「オリジナル曲?」とざわめいていた。オリジナル曲まで制作するのはさすがにガチ過ぎる。期待で会場に静寂が広がると、客席から見て右端のドラムが最初に空気を震わせた。リズム良くテンポを刻んで打音を連ならせると、その後に煌びやかなシンセが低音から高音に移動しながら続く。シンセとドラムが同時に止まった1秒後、ギターとベースが合流して重低音と軽高音がジグソーパズルのように噛み合ってひとつの音になった。色んな音がそこかしこからなっているのに統一感があって、どこか華やかさと爽やかさがある。秋なのに、夏の景色が目の前に広がっていくような爽快感。
「『赤信号の横で待つ 緑のスニーカーの君は 手を振るその笑顔が向日葵に似ていたよ』」
「うっま…アルフレッドって歌も上手いんだね」
「あの人なんでもできますからね…って、アーサーさん??」
「うわぁあああ…………っっ!!」
言葉にならない、この高揚感とみぞおちあたりのザワザワ。好きな人が目の前で、キラキラした顔で汗を流しながら楽しそうに歌っている。みんなを魅了するような透き通った高音で、大きなスピーカーを独占している。なんてかっこいいんだろう。
「あー…これは完全に限界化しかけてますね……」
「当たり前だろ!?お前も好きな人がこんな風に歌ってたら限界化しちゃうに決まってる!」
「いやぁ、私の好きな人はもっとこう料理とか家庭的な面で……」
「菊好きな人いるの?」
「あっ、えっ」
菊が真顔の…というかガンギマリのフェリシアーノに突かれている。でも俺の耳にはそんなの入ってこない。今入ってくるのは、好きな人の歌声だけ。約3分の曲で、近くにいた2年1組の生徒の保護者が言うには作詞者はロヴィーノとアルフレッドで、作曲者はイヴァンなんだそうだ。本当にそれぞれの性格がよく出ていると思う。興奮しながら耳を傾けているうちに、もうラスサビ。
「『錨のように僕の胸にのしかかって離れない、その声がずっと、ずっと、ずっと──』」
「『好きだった』」
そのラストのフレーズが耳に届いた瞬間、彼が客席の俺に気づいた。確かに、目が合った。そして、少し照れくさそうに微笑んでくれた気がした。そして数秒の観客の静止の後に、拍手大喝采。歌声も、歌詞も、曲も、音響も、照明の調整もなにもかもが完璧すぎた。危うく感動で泣きかけたけど、それはまだ最後まで取っておく。
「どうでしたかー!?よかったでしょー!?」
その歌ってる時とは別人な彼の陽気な声に、観客たちは「おーう!」と熱気が混じったアンサーを投げかけていた。彼はとても満足げに「歌もギターもナイスセンス!さすが、ヒーローの俺だな!」と腰に手を当てる。いつもの彼らしくて、可愛らしくてほっこりした。
「遅れましたが、ここにいるみんなで自己紹介せていただくんだぞー!」
「まずは俺!ヒーローとハンバーガー…と、ある人を愛してやまないアルフレッドだぞ!」
直後に大歓声。ほんとにすごい人気だ。もうアイドルじゃん。
「…ある人?」
「どうした菊?なんか聞こえたか?」
「いや今明らかに……ひっ」
「ん〜??」
「い、いえっ、…な、なんでも……アリマセン……」
菊は珍しく汗を滝のように流しながら俯いた。どうしたんだろう、一体。何か聞いちゃいけない事でも聞いたのかな。俺は何も聞いてないな、うん。そしてまたさっきの女子2人が隣でキャーキャー騒いでる。「私かな!?」「それはないって!」「ありえるかもよ!」とか。とっても慈悲深い瞳でギロリと微笑んであげると、彼女たちも菊と同じ反応をしながら視線を逸らした。
「次、パスタとトマトとベッラにしか目がないロヴィーノだ…自分の顔に自信がある美女は後で連絡先教えてくださいコノヤロー…」
次は女性…主にシニア層から歓声が上がった。それに対して本人は少し気まずそうにしている。多分狙いじゃなかった層だ。少し気の毒。
「次は〜、いつも向日葵眺めてる…生活をしたかったイヴァンで〜す。みんな僕とお友達になってくれたら嬉しいな〜」
なんか少し哀愁漂ってる。あと少し怖い。小さな子たちが「あのお兄さん可哀想だよ」「お友達探してるんだって」って口々に言っているのを聞いて申し訳ないけど吹きそうになった。さて、次はルートヴィッヒか。ふとフェリシアーノの方を見てみると、持参したであろうペンライトを黄色にしてまるで初めて感動する景色を見た子供のように目を輝かせていた。そんなに楽しみだったのか。
「最後…ドラムのルートヴィッヒだ……よく怖いって言われるが、実は趣味はお菓子作りなんだ…」
そんな風に彼が少し頬を染めながら自己紹介をすると、刹那沈黙が入ってから男女揃って「えぇえー!?」と驚愕の声を響かせる。フェリシアーノを見ると、もう顔の色をほぼルートヴィッヒとシンクロさせてぴょんぴょん飛び跳ねながら口元を手で抑えていた。
「っははー、そうなんだね!ちなみに俺たちが主に活躍してる部活は俺から順にバスケ部、園芸部、合唱部、吹奏楽部だぞ!みんなこれ以外にも結構かけ持ちしてるけどね!」
バスケ部での彼は、確かによく見る。中学校の時からエースとして頑張ってるし、高校で3年生が引退した今彼は立派なキャプテンだ。バスケの試合はよく見に行ってるし、毎回綺麗にダンク決めたりトリッキーに相手を交わしたり、いつもよく惚れ直してる。
「さて、次は最近流行ってるあの曲のカバーだぞ!」
おお、次はカバーか。イントロが流れ始めた。やっぱり、青を感じるような爽やかな曲だ。最近、歌とダンスともに人気な曲。元の曲が歌っているのが高音を得意とする男性だからか、アルフレッドの歌声とマッチしていて聞き心地がいい。でも、聞いている途中でもちょっとモヤモヤした。聞かなかった事にしていたとはいえ、やっぱり彼が自己紹介で言った『ある人』が気になってしょうがない。誰だろう。やっぱり、好きな人いるのかな。考えれば考えるほど、息が荒くなる。
「アーサーさん、大丈夫ですか?ライブ退出されますか?」
「あ、いや…ごめん大丈夫……」
菊が俺の様子を察したのか、背中をさすって顔色を伺ってくれる。でも、運命は受け止めるしかない。ライブの後告白してダメだったら諦めよう。それにしても…俺って結構、空回りだったんだな。彼の反応に勝手に勘違いして、出し物の神社で恋人繋ぎしたり保健室のベッドで「俺、可愛い?」なんて聞いたり。今考えると、恥ずかしくて情けなくて、涙も出ないや。思いふけってると、いつの間にかもうラストの曲。本当にあっという間だ。
「これでもう最後の曲になっちゃうんだけど…」
彼がそう話し始めると、観客たちは「えぇー」とがっかりした声を投げかける。彼は申し訳なさそうに続けた。
「ごめんね〜!俺もまだみんなと一緒に楽しんでたいんだけど、残念ながらお別れの時間が来ちゃったんだぞ!でもラスト、これもオリジナル曲だからみんなでサイコーに盛り上げていってくれたら嬉しいな!」
本日2回目のオリジナル曲。もうもはや驚かなくなってきた。どんな曲なんだろう。
「それでは最後の曲、聞いてください!『Meteor shower』!」
名前がスピーカー越しに届いた瞬間、地が揺れるほどの大歓声。次は、最初から歌うスタイルだ。
「『無限に広がる群青に 僕ら通り越してくのは』」
「『Meteor shower』」
間奏は、シンセが主旋律…と思いきや、たまにものすごい螺旋をくねらせながら副旋律に潜り込んだり、ギターが金属音を鈍くかき鳴らしながら徐々に音階を上げていって主旋律に躍り出たり、過酷で美しい宇宙を彷彿とさせるような、銀河を駆けるような煌びやかで壮大な音楽だ。間奏の時によくある、ボーカルがファンに呼びかけるやつ。彼も間奏の隙に声を挟んでいた。
「みんな〜!今日はほんとに、Thank youなんだぞ〜!よかったらサビの途中で『into Blue!』『We go there!』って拳を掲げながら叫んで欲しいんだぞー!」
ライブ中のかけ声。会場全体が一体感に包まれるイベントだ。彼は最後にどんな歌声を見せてくれるのだろう。
「『机に広げた太陽系 指さしなぞったorbit 青空の隙間の宇宙は どんな顔してるのかな』」
「『小学校で流行ってた みんなで作った秘密基地 そこで 遠い遠い星の話をしよう』」
懐かしくて、暖かい、どこか青春を感じる歌詞。擬人法を使うと、物に命が宿っていると信じている子供みたいで幼く聞こえるのは新発見だった。
「『見えない道を歩いてると 失っていく光の輪 なら僕らがそれをハンドルにして天の川を走り抜けてくんだ!』」
Bメロの、切なくも前向きな歌詞。人生を歩んでいるうちに子供の頃の柔軟な発想や純粋な心が薄れていくという必然だけど悲しい事実を、「じゃあ子供心を手の中に握りつつ未来へ進んでけばいいじゃん」という彼らしい斬新な方法で塗り替えていく発想。イマドキっぽくてポップでクールだ。直後細かくてギザギザしたギターが先駆して、サビへ。
「『全宇宙で!1番美しい僕らの心のplanet 青の ペンキと緑のスマイルで 広がるuniverse』」
「はいせーの!」
彼がかけ声を投げた。観客が一斉に拳を突き上げてステージへ叫ぶ。
『『into Blue!』』
「『時代の狭間で』」
『『We go there!』』
「『星を繋ぐんだ』」
見事に揃った。カチッと最後のピースがはまる…というか、みんなではめるような場面。みんなノリノリで、ロヴィーノもイヴァンも、そしてルートヴィッヒも楽しそう。いいな、なんかこの空間。恋愛とか関係なしに、みんなで作ってる感じが。
「『そして君に今 宇宙一のありがとうと』」
「大好きを」
「……!!」
そんなサビの最後のフレーズで、ほんの一瞬彼は俺の方をしっかり見つめて、バチッと上瞼と下瞼を確かに合わせた。綺麗な上向きウインク。そしてこの曲は1番で終わりだった。多分、時間の都合上。
「ふー…みんなー!どうだったー!?この公演はここで終わり…と、言いたいところなんだけど。」
空気が変わった。もしかして、アンコールか。
「アンコールの代わりと言ってはなんだけど…少しだけみんなの時間を借りてもいいかな?」
時間を借りる?何か、告知したい事でもあるのか。もしかして、近々試合でもあるのかな。みんな「いいよー!」と声を揃えている。彼は安心したようにうんうんと頷くと、深呼吸して俯いた。そしてパッと前を向く。
「俺には…好きな人がいます」
「ヴェ…!?アーサー……!」
「好きな人……」
どうしよう、呼吸がまた荒くなる。彼がどこを向いているかなんて見てる余裕がない。
「今までに、色んな女の子や男の子から告白された事があるけど…誰もピンと来なかった。だって、その子の事がずっと好きだったから」
彼は、ゴクリと息を飲みながら続けた。緊張している様子の彼をみんな「大丈夫だよー」「頑張ってー」と励ます。菊も彼…ではなく俺を宥める。
「その子は…男の子です」
「え……」
多分、彼も勇気を出して言っただろう。少し空気がひしめいた。そして彼は続けた。「性別に関わらず、俺は人を好きになるんだと思います」と。
「そいつは皮肉屋で、素直じゃなくて、俺の意見にはいつも否定的な意見を言ってくる。そのくせテディベアとか刺繍とかバラとか可愛いものが好きで……」
「…………えっ??」
ちょっと待って。
「アーサーさん…!」
それって…。
「でも最近…ますます可愛く見えて、昨日今日なんかクラスの人手不足でメイド服を着せられてて……しかも思わせぶりな事言ったりしてきたり、何度告白しかけたか」
「な、え、え……?」
さっきの2人組の女子がバッとこちらを見た。完全に見た目と状況が一致してそうな……俺を。
「その人は生徒会長で、普段はたくさんの業務をこなしてたくさんの生徒の助けになって、すごくかっこいいんです。もうこの中にも知っている人はいるかもね」
生徒会長……、って……!!
「この公演にももちろん来てます。俺が昨日誘ったから。」
まさか、まさかまさか。最後まで警戒を解きたくない。でも、期待も持ちたい。俺は驚きと戸惑いで隣の菊と目の前のアルフレッドをキョロキョロと交互に見つめる事しかできなかった。心臓がバクバクして吐きそう。そのくらい、期待と希望に満ち溢れている。
「今、俺の目の前で真っ直ぐに俺を見つめてくれている……」
「アーサーさん」
「っ…………!!」
このライブに来ているこの学校の生徒であろう人達から千切れるような歓声…というか悲鳴に近い黄色の声が。
「俺と、お付き合いしてくれませんか」
「えっ、………え………!!」
彼が、俺の前に屈んで手を差し出す。涙が…溜まっていた涙が溢れ出した。頬を伝って、顎を滑り落ちて、そのまま床に零れる。それから何度も何度も、うんうんと首が取れるくらいに頷いた。マイクを渡されて、スイッチを上に押し上げた。そして、ずくずくと痛む喉と震える声で。
「喜んで……喜んで…………!! 」
振り絞った言葉がスピーカーから伝わると、老若男女関係なしに会場が今日1番の拍手大喝采に包まれた。1度立ち上がっていた彼がその場で膝から泣き崩れた。ロヴィーノやルートヴィッヒが慌てて近づく。イヴァンはステージの向こうの音響の人や実行委員長の人と何か話している。彼が覆った顔の隙間から力なく「本当…?本当に……?」と何度も聞いてきた。菊が俺からマイクを奪って興奮した様子で「いつから好きだったんですか〜?」と問いかけて、スイッチを切ってアルフレッドの足元へ転がした。ロヴィーノがそれを拾ってスイッチをもう一度上げてアルフレッドの口元へ持っていくと、彼は「し、しょう……小学校の頃から……」と言葉を詰まらせながら答えた。会場が本日何回目かの「えぇええええー!?」という顎がとれそうなほどの驚愕の声に包まれた。周りのアルフレッドの友達であろう男子が「そりゃ泣くわ…」「よく頑張ったよなほんと…」と彼に感心している。でも、1番驚いているのは俺。だって、俺が好きだと気づいたのは…高校1年の夏頃だから。
「だっ、……だ、大事にします…………!」
最後、彼がそうマイク越しに呟いて、腕で目元を拭って立ち上がった。スタンドに取り付けて、握りしめてしっかりと。
「みんな…!時間取っちゃってごめんね…でも、でも……ほんとに楽しかったよ…!最後泣いちゃったけど…みんな、今日はほんとにほんとにありがとう!またいつか、こうやってライブできたらいいね!」
他のメンバーも揃って、「ありがとう!」と感謝を届けた。会場全体の興奮が冷めて、ほっこり暖かい雰囲気に。
「じゃあ名残惜しいけど、残りの文化祭も楽しんでいってね!」
ロヴィーノがマイクを取って叫んだ。
「お前らー!!青に染まったかー!?」
観客たちの答えはもちろん、「おおー!!」。そして、イヴァンやルートヴィッヒも前に出てきて、4人が前に並ぶ。アルフレッドが「ありがとうございました!」と大声を上げると、3人も釣られて「ありがとうございました!」と叫んだ。4人が同時にお辞儀して、カーテンが滑るように閉まっていく。世界一、いや宇宙一華やかで、優しいフィナーレだった。公演終了のアナウンスが流れて、観客が流れるように体育館を出ていく。俺はそんな中、菊とフェリシアーノに手を振って人混みを進んでいた。
「やべ、スコーン…!」
フランシスに任せていたスコーン。多分昼休憩で今アルフレッドは俺と2人で話せない。だからその間に作ろう、最後まで。改めてこっちから好きだって伝えるんだ。メイド服のまま階段を上がって、調理室の扉を開けた。
「はぁ、はぁ、フランシス……!」
「おっ、坊ちゃ〜ん!どうだった?ライブは」
「うん…告られた……んでOKした」
彼は俺に近づきつつ「え〜!そう〜!」と嬉しそうに眉を上げていた。絶対知ってたなこいつ。
「スコーン…焼くんだろ……?」
彼は俺の手を引いて、蛇口の前に俺を立たせた。自分も手を洗いつつ口を開く。「えーっとね、三角形とか四角形とかお好みの形に切って、溶き卵をハケで塗るわけだけど…」と、口を止めてペーパーで手の水滴を吸い取る。ラップに包まれた生地を俺に見せた。
「ちょっとコツ要るから先切っちゃったけど大丈夫?でも溶き卵はまだ塗ってないよ」
三角形や四角形に、綺麗にカットされていた。両方の形に切ったのはどっちのスコーンも調理してみてほしいからだろう。
「はい、手洗ったらおいで。溶き卵塗るよ」
料理を教わる時から思っていたが、いつにも増して優しい。調理部でもこんな風に、後輩に教えているのだろう。しかも、心なしか楽しそう。
「こんな感じか?」
「そうそう、いい感じ。んじゃ全部に塗れたって事で、180℃に予熱しといたオーブンで20分くらい焼きまーす!」
「いぇーい」
オーブンに滑らせて、ピッとボタンを押したら後は待機。ライブの感想を話した。
「あいつら、オリジナル曲作ってたんだぜ?すごくねぇ?」
「えぇ〜!?ガチすぎじゃん!演奏も自分たちでしょ?」
「そうそう、まじ高校生の文化祭じゃねぇって」
「へぇ〜…じゃあ、楽しかったんだ?よかったよ、ライブの前はスコーン上手く作れるかって不安だらけだったじゃん」
「あ…」
確かに。彼に美味しいと言ってもらえるかなとか、告白断られたらどうしようとか、なにより、失敗したらどうしよう…とか。それしか考えていなかった。けど、ライブではそんな不安も吹き飛んで全力で楽しめた。やっぱり彼は俺の中での特別なんだ。色んな面においての。
「あ…あとお前さ、腹減ってない?」
「そういえば……」
ライブに夢中で忘れてた。胃が全身に飢えを訴え始めている。俺は少し目を逸らしつつ顔を赤らめて頷いた。
「あはは、何恥ずかしがってんの。まぁでもそうなるかと思って…さっき炒飯とフォンダンショコラ作ったんだよね。ほんの気持ちだけど食べて」
「は!?まじで!?うわ待ってマジでさいこ……!」
俺がテンション最高潮で炒飯にスプーンを入れようと思った瞬間気づいた。めっちゃはしゃいでる今、しかもこいつの前で。彼は頬杖をつきながらニヤニヤしている。
「…何見てんだよばか……」
「ん〜?別に〜?いいから早く食べちゃいなよ。冷めちゃうよ?」
「ん、おう……」
1口、パク、と食べてみる。すると豚肉の甘みと胡椒のスパイシーさ、ネギの新鮮さが口の中に広がった。ご飯と卵のパラパラ具合もちょうどいい。これ好きだ。そう気づいた瞬間からもうスプーンが止まらない。格好はメイド服でも、中身は男子高校生。食欲旺盛。……だが。
「はー、腹いっぱい…」
「え、ほんとに!?お兄さん足りないかなって心配してたんだけど……!いやだって、茶碗の半分の量……」
「ごめん…俺あんま食えなくて……」
「いや見りゃわかるよ…ほっそい腕だよほんと羨ましいわ……」
フランシスは俺の腕を掴んでまじまじと観察していた。サッカー部だけど男子の中でも少食な方だし、日焼け止め塗りたくってるから肌は白いし、毛が薄すぎてほぼ見えない。なんか…俺がメイド服着せられた理由ってこれじゃないか?
「んー、じゃあフォンダンショコラは…?食べる……?お兄さん料理の中でこれが1番得意なんだけど…………」
「食べる〜!!!」
ハートが溢れんばかりの声でフランシス…というかフランシスの手のフォンダンショコラの皿に飛びつこうとして彼に腕ごと避けられて床にすっ転ぶ。転んでもなおフォンダンショコラから目を離そうとしない。理由は、俺は大のスイーツ好きだから。恥ずかしすぎて誰も…アルフレッドすらも知らない事実だ。でも……、
「はいはい、知ってるよあんたの場合別腹だって事は」
こいつだけ知ってる。悔しながら。ほぼ弱みを握られているようなもの。
「早く、早く寄越せ……金はいくらでもある……」
「なんか強盗犯なんだか被害にあった店長なんだかどっちかよく分かんないセリフだね」
ツッコミが的確すぎる。彼は俺に手で「待て」すると、フォンダンショコラを机に置いて調理室の棚からフォークを取り出した。そして戻ってきて皿の前に置く。
「はい、お食べ」
「よっしゃ!」
俺はフォークをカチャリと音がするほど素早く手に取り、焦げ茶色の生地にゆっくり入れる。中身を開いてみると、とろりと溶けたガナッシュが滑り落ちてきた。それだけでもうテンションが上がって、さっそくかぶりついた。重すぎない甘さのチョコレートの生地とガナッシュが舌にそっと乗る。言うまでもない、美味しい。
「はぁー…………幸せ…」
「アルに告白された時よりも?」
「ごめんだけどそっちの方が幸せ」
「だよな、作っといてなんだけど安心したわ」
それからスコーンが焼けるまで、グッズを作った事、お年寄りの方が場所を譲ってくださった事、他校の女子に嫉妬した事などを話しているうちに、スコーンが焼き上がった。
「おっ、焼けたよ〜」
「……!」
俺はゴクリと息を飲んだ。上手く焼けてるかな、焦げてないかな。フランシスがオーブン手袋をつけてベーキングトレーを調理台の上に取り出した。確かめてみると、しっかり腹割れしていて、きつね色にこんがり焼けている。上から覗き込むと、甘くて香ばしい匂いが湯気とともに漂ってきた。
「うわぁ…………!」
「いいね〜、ちゃんと焼けてるじゃん」
「よっしゃ、よっしゃ……!」
ほとんど彼のおかげもあるが、スコーンを克服した。焦げさせずに、上手に焼く事ができた。でも、1つ気づいた事がある。彼と珍しく口が揃った。
「「いやこれでどうやったら火事になるんだ!?」」
そして百均で買った中身が見える透明のラッピング袋に包んで、緑のリボンできゅっと袋口を結んでアルフレッドのところに向かった。…と、その前に。
「フランシス」
「ん〜?えっ」
俺はもう1つの包みを彼の胸元に投げた。ナイスキャッチ。
「それ……お礼」
「えっ?お兄さんにもくれんの〜?いやいやそんなお気遣いなく〜」
「紐の色もちゃんと見ろよ」
「ん〜?……え??」
紐の色は、琥珀のような深めの山吹色。彼は、色を見た途端限界まで目を見開き、真っ赤になって固まる。数秒して。
「おっ、お、お前さぁぁぁああ!!」
「へっ!面食らってや〜んの!」
「ほんっと可愛くない!!」
あっかんべー。彼に捕まる前にサッカー部の脚力を活かして急いで階段を下がった。スカートの裾を持ち上げながら。持ち上げたところで短すぎて邪魔にもならないけど。
「はぁ、はぁ…あ、菊……!」
「あら、アーサーさん…スコーンできたのですか?」
「うん、ほら、これ……」
手に持っていた袋を見せると、彼は感動したように「おぉ〜」とか「あ〜…!」とか、琥珀色に近い深めの山吹色の瞳で色んな角度から見ながら声を漏らしていた。
「な、すげぇだろ?」
えっへん、と腰に手を当てて胸を張った。
「あ、菊…そういえばあいつ見てないか?」
「あいつ?…あぁ〜、アルフレッドさんなら見てませんねぇ……」
「そうか!ありがとう!」
俺が菊に手を振って去ろうとした時、菊が「アーサーさん!」と俺を止めた。
「1度着替えられてはいかがでしょう?この文化祭でずっとメイド服を着られていたので、たまにはクラスTシャツも着たいかな〜と…」
「あ、うん!じゃあそうする」
教室に戻ると、みんなもいつも通り休憩モードのようだった。そして……
「アーサー遅いし!てか付き合ったってマジ!?」
真っ先にフェリクスが飛びついてきた。彼は既に、メイド服を脱いでクラスTシャツを着ている。
「あ、お、おう……」
他のクラスメイトもつられて「えぇえ!?」と驚きながら俺に近寄る。完全包囲されてしまった。
「いや、あの…ごめん俺クラスTシャツ着てあいつにスコーン渡しに行かなくちゃで……」
クラスメイトたちに気圧されながら両手を胸の前まで挙げると、みんなニヤニヤしながらはけていった。
「アーサーさん、Sサイズでいいですかね?」
「あ、うんありがとう」
そのクラスTシャツは、茶色、ピンク色、黄色、そして緑色の4つの花形のタイダイで彩られていて、筆記体に近いアルファベットで『2-2 Fairy Path』と記してある。これ、今気づいたんだけど茶色がフェリシアーノ、ピンク色がフェリクス、黄色がバッシュと来てここで緑入れたの完全に最初から俺入れるつもりだったのか。人手不足とか言っといて。文化祭1週間前くらいに作って、「なんでこの色なんだろう」とか「なんで4色なんだろう」とか思ってたのがここに繋がった。複雑な気持ちを抱えつつも、メイド服を脱いでTシャツを着る。悲しいながらもSサイズはぴったりだ。
「じゃ、行ってくるな菊」
「はい、行ってらっしゃい」
体育館辺りをうろついてみる。もしかしたらこの辺にいるかもしれない。校舎と体育館の橋渡しとなるすのこの上を歩いていると、その先の体育館の入口にさっきの女子2人組がいた。すれ違うとき、「すみません」と止められた。
「あれもしかして…さっきのメイドの人ですか!?」
「え?ええ…今はクラスTシャツですけど……」
「え〜かっこいい顔してらっしゃるんですね!さっきは暗くてよく見えなかったので…」
「は、はあ…ありがとうございます……」
なんだろう。宣戦布告しに来たのかな。警戒が未だ解けないままでいる。
「あぁ、えっと…お付き合いおめでとうございます!」
「すみません、私たちの言葉のせいで不快にさせちゃったかなとずっと謝りたくて…… 」
「えっ………?」
違った。この人達は因縁つけてきたどころか、俺に謝りに来たんだ。アルフレッドの事を対して知りもせずミーハーを発動させて、俺の前で「落とす」だの「一目惚れしてくれるかも」だの軽率な発言をした事を。
「え、ああいや、そんなとんでもない……!」
確かにイラッとはしたが、それより謝りに来てくれた事がとにかく拍子抜けで、モヤモヤなんてどこかへ行ってしまった。
「あれ、それ……アルフレッドくん?に渡しに行くんですか?」
「あ、はい…料理が昔から怖くて、でも彼に喜んでほしくって、さっき作り終えたとこで……」
「え〜すごい…さっきのグッズといい、ほんとにあの人の事が大好きなんですね……!」
「私たち特になんにもできないんですけど、どうぞ末永くお幸せに…!」
「あ…ありがとうございます……!あの、こちらこそ失礼な態度を取ってしまってすみませんでした…」
敵意丸出しで睨んだのはこちらの非なので頭を下げてお詫びした。彼女らは「頭上げてください!」と2人で手を振って焦っている。
「いやいや、そちらの立場で考えたら私たちとんでもなく邪魔者だったので大丈夫ですよ…!むしろこっちが重ねてお詫びしたいです…!」
「あのー、ご不快でしたら申し訳ないんですけど、メイド服すごい似合ってました。メイド喫茶絶対行くので肌のケアのコツとか後で教えてください…!」
「あー、俺なんかでよければ…」
特に何もしてないんだけど。冷水で顔洗って、たまに近所のギャルが「まじ可愛い顔ちっちゃすぎお人形じゃ〜ん!」とか言って試してくる小さい袋の化粧水?っていうのを塗ってるだけで。
「では!アルフレッドさんによろしくお願いします!」
「あ、どうも〜…」
意外といい人たちだった。人は見た目だけではないんだな、と改めて気付かされた。時計を見てみる。12時35分。もうそろそろ、体育館に入ってみてもいいだろうか。
「うわっ、誰もいねぇ……」
昼休憩だからか、客はおそらく食堂を利用しているのだろう。校舎の3階の辺りの渡り廊下が混んでいる。
「アーサー?」
「うわっ…!?」
後ろから彼に声をかけられた。1人だと思っていたのでびっくりして慌てて後ろを振り向いた。
「あ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「あ、あぁ、大丈夫…お前、昼飯はもう食ったのか?」
「うん!バッチリね!」と彼は満足そうにピースサインを前に差し出してくる。こいつもどうせ、スイーツは別腹なんだろう。
「あ、そうか…あのさ……!」
「ん?」
「校舎裏にある俺が栽培してるバラの近くのテーブル席でこのスコーン…一緒に食べないか……?」
彼は「Wow!バラのガーデンかい!?おしゃれだね!」と目を輝かせた後、俺の言葉の最後と袋を掲げる仕草にピタリと止まって、フィルムの中のスコーンを見つめると、途端に俺の手から袋を奪ってプレゼントをもらった子供のように眉を下げて口をだらけさせていた。
「えっ、嘘…これアーサーが作ったの!?すごいすごい!すっごく美味しそう!」
「作ったっつってもフランシスに手伝ってもらったんだけどな…」
俺はなんだか恥ずかしくて頭の後ろを手のひらでさすった。
「それでもすごいよ!一体いつ作ったの!?」
「あーその…9時半から…さっきライブ帰ってきてから焼いて今来た……」
「お前に…告白するためだったけど……えっ!?」
最後言いかけた時、いきなり彼にガバッと抱きつかれた。スリスリと首元に頭を擦り付けてくる。
「嬉しい…ありがとう……!大事に食べるね…!!」
「え、うん、あの……」
申し訳なさそうに狼狽えると、「あっ!」と弾かれたように大きな身体を後ろに起こす彼。カアアッと音がしそうなくらい顔がグラデーションを経て赤くなっていく。
「ごめん、その…つい……!えっと…」
俺は彼を抱きしめ返す…事はまだ恥ずかしくてできなかったけど、彼の緩やかに曲がった指を指先で優しく摘んで引っ張った。体育館の裏口から出て、俺が毎日愛情を注いで育てたバラのアーチと花壇に向かう。
「ほら、ここ…俺が園芸部で担当してるバラ」
「わぁ……!」
カーブを描く金属製のアーチに巻きついたツタに、その先で鮮やかに咲き乱れる真紅。他にも、ピンク色や黄色、白色なんかもあった。
「あ、あそこの席かぁ!いいね、最高にエレガントだよ!」
「お気に召したようで何より。俺、紅茶も育ててるんだ。茶葉加工してきたから飲んでみようぜ」
自分で作った茶葉を入れたティーポットを傾けて、キャメルブラウンの熱湯を注ぐ。底が透き通っていて、細かく濾された粒の茶葉がくるくるお湯の動きに合わせて舞っている。そんなのどかな光景を、彼はキラキラした目で興味深そうに見つめていた。さっきまであんなに会場の視線を一点に集中させて体育館を沸かしていた男とは思えない。
「え……っ、これもアーサーが作ったの…!?すごいや!君、ほんとになんでも作れるんだね!」
「えー?別にそんな事ねぇけど…どこ見てそう思ったんだよ」
少し聞いてみたいかも。彼が言う『俺の器用談』を。彼は指を折りながら説明してきた。
「えっ、だってお花とか野菜とか作れるしー、手芸全般できるしー、ぬいぐるみとかも作れちゃうしー、中学校ん時だって技術科で木加工して兵隊さんとか作ってたでしょ?それにそれにー、勉強や運動だってできちゃうし!」
「あっ、えっ……」
予想以上にべた褒め。人からは、特に日常的に皮肉やジョークを言い合っていた彼からは褒められ慣れていないからなんだかむずむずする。
「てっ、てか最後のは関係ねぇだろ…お前だって同じだし」
「んー、まぁね〜、でも勉強は君の方が上だろ?でもスポーツは俺の方が上なんだなぁ〜」
彼は誇らしそうに目を瞑って腕を組みながらうんうんと頷いていた。自分のいいところを誇張しようとする小学生みたいで可愛らしくて、「なんだよそれ」と言いながらくすっと笑ってしまった。
「まぁいいや!ほぼ幻想に近かった君と付き合える事ができたんだ、それだけでもうHappyさ」
「え…?」
幻想?どういう意味だろう。「どういう意味?」聞いてみた。
「んー…まぁ一言で表すなら…『高嶺の花』かな」
「えぇ??」
「幼稚園の時から他とはなんか違くて、「不思議な子だな」って思ってたけど、小学校では頭も良くて足も早くて、みんなの人気者で… 」
「中学校になってからは何人かに告白されてるのも噂で聞いたし、目立たなくはなったものの色んな賞状もらってたし、ほんとすごいなーって」
「高校でも生徒会選挙で2票差くらいでフランシスに勝って生徒会長になったしさ!人脈も広くていっぱい友達いるはずなのに、俺にずっと笑いかけてくれてさ。」
「あ…」
心がぎゅーってなった。彼の、14年間くらいずっと溜まってた俺への愛。本当に俺をよく見ていて、心から愛していたんだなって事が伝わった。下まぶたに涙が乗る。止めるのに必死だった。
「お前…そんなに……」
「当たり前でしょ?成績優秀で運動神経抜群で、顔もスタイルも綺麗でやろうと思えばなんだってできちゃって…不器用で素直じゃない生徒会長の君が10数年を経て俺に振り向いてくれた事がどれだけ俺にとっては信じられない事か。」
「多分1年前の俺に言っても信じないだろうね、てかその時点で諦めなかった俺も俺だけど」
「っ………」
ここで伝えなきゃ、ダメだ。彼だけが一方的に思ってただけじゃない。俺だって。
「…………俺も」
「え?」
「俺も、ずっと前からイケメンで勉強も運動もできるお前が羨ましくて、ずっと尊敬してて…憧れに近い感情で、でもいつしかそれが恋だって事に気づいて…でもさっきのライブで、俺よりもお前の方がもっともっと前から俺の事を愛してたんだって事を知って……」
「アーサー?」
「…だから……!」
「まだ付き合ってなかった分まで…これからもっとたくさん一緒にいような……!」
「あ…………っ」
彼の大きな瞳から、顎のラインに向かって一筋の涙が伝い落ちた。それにつられて俺の目からも堰を切ったように涙が溢れ出す。
「ずるいよ……、そんなの言われたら君の事二度と離せなくなっちゃうじゃないか……」
「二度と……」
その言葉を聞いて、考えた事。この愛は、永遠じゃないって事。たとえ倦怠期を超える事ができてここから先ずっと一緒に暮らす事ができたとしても、いつかはお別れが来る。それに対する俺なりの抵抗…じゃないけど、彼の顔に手を伸ばして、親指で彼の目尻の涙を優しく拭った。
「…大事に、してね…………」
蚊の鳴くような声で、でも確かに彼に聞こえるように、涙を弾けさせながらこてんと微笑んだ。いつもの偉そうな態度にならないように、かといって弱々しくならないように…ってそれはもう無理か。
「も、もちろん!ステージで宣言した通りね…!」
彼は千切れんばかりに首をぶんぶんと縦に振って、スコーンの袋のリボンの端をヒュッと抜いた。シュルシュルとサテンの生地が擦れ合う音が鳴った。袋の口からスコーンが湯気を立てる。彼が1口サイズに三角形のスコーンの先端を千切ってぱくりと口の中に放り込んだ。直後目を見開いて口元を手で抑えてフリーズ。何か口に障っただろうか。
「んん〜〜〜〜っ!?んん!んんん!!!」
「えっ、何々どうしたんだよ」
手のスコーンを指さして何かを必死に訴えてくる。ごくりと飲み込んだと思えば、バンと机に手をついて口の端に生地の破片をつけながら、「美味しすぎるよこれ!!」と俺に叫んだ。
「ねぇ、君も食べてよこれ!」
「え?いいのか?」
「もちろん!」と言って彼は半ば強引にスコーンを俺の口に押し込んだ。「むぐっ」と塞がれたような声が出る。スコーンを手で持って、口いっぱいに咀嚼してみると、生地の優しい甘みとチョコレートの深い苦みが混ざって頬に染み込んだ。これは確信した、美味しい。自分で作ったって事もあって。
「ふふ、どーお?美味しいでしょ。自分で作った料理のお味は」
「うん、うん……美味いな……!」
「あーあ!アーサーがこの調子で料理上達してくれたら毎日でも君んちに食べに行くのになぁ〜!あっ……」
彼は何かを思いついたように俺に向かって身を乗り出すと、耳元に手を当てて囁いてきた。「なんなら、君が毎朝この匂いで起こしてくれたらいいのになぁ」。ニヤリと身体を戻す彼を、囁かれた耳を抑えながらバッと弾かれるように見た。顔の温度が一気に上昇する。
「は、な……おま、おま……!」
彼は、にまーっと微笑みながら頬杖をついて俺を眺めるのをやめない。俺は否定も肯定もせず、再びスコーンを食べ出した。
「あ、ねぇ。写真撮ろうよ。」
「あぁ、うんうん」
彼の口の端の生地をパッと払ってあげて、バラを背景に身を寄せあって彼のスマホに映る。…彼が途端に少し不満そうな顔をした。と思ったら、スマホの画面を閉じて、「アーサースマホ貸して」と俺に手を伸ばしてきた。
「せっかくだからこのストラップも映したい」
「あぁ…いいぞ」
彼はスマホ、俺は財布を手に持って顔の横に掲げた。そして、幸せを孕んだこれ以上ない甘くて爽やかな笑みをカメラに向ける。パシャリ、と画面中央下の白の円のアイコンが小さくなって軽快な音を立てた。
「ありがとう!うわぁ、これ待ち受けにしてもいい!?」
「べ、別にいいけど…あんま他の人に見せびらかすなよ……?」
彼に写真を送ると、速攻保存してスマホのロック画面に設定していた。その後2人ともスマホと財布を机の上に置いて、また食事を始めた。この文化祭の準備や出し物の事、この紅茶とスコーンに合いそうな食べ物の評論、そして好きになってから、こうして付き合うまで。ゆっくり時間を共有しながら、文化祭の昼休憩が終わるまで愛を温め合う。強い熱風がバラの香りを乗せながら吹き抜けて俺たちの肌を撫でていくのも、秋が俺たちをささやかに祝福しているようで心地よかった。
「…あれ?2人もあいつらの見守りかいな? 」
「しっ!静かにしてくださいアントーニョさん、勘のいいアーサーさんにバレてしまいます…!」
「そうよトーニョちゃん…!わざわざ坊ちゃんが育ててるバラの茂みに隠れてるんだから……!」
「あぁ…にしても、ほんまお似合いよな〜あの2人。バラの香りが似合うわ〜」
「まぁ、才色兼備ペアだからねぇ…あの眉毛に至っては絵もそれなりに描けるし」
「過去の関係も性別も超えた愛は理想ですよねぇ」
「…ん?あんたらが持っとるそのチャームなんや?可愛ええなぁ。香水…と星の砂やんな?」
「はい、いいでしょう?私はスマホケースにつけました」
「可愛いよね〜これ。お兄さんは財布につけちゃった」
「この菊の紫色とフランの濃い黄色にはなんか意味あるん?」
「意味ぃ〜?ん〜…な〜いしょ。ねっ?」
「ふふ…ないしょ、ですね」
「ん〜?なんやあんたら、2人してそんなバラみたいな顔の色ぉして見つめ合って」
風に揺られて、チャームがカチャリと重なり合って当たった音がした。
この大変長文な作品を前編と併せて最後までお読みいただきありがとうございました。この作品を読んで少しでもキュンとしていただけたなら幸いです🌹。この作品の本編はここで終わりとなってしまいますが、この後におまけを投稿しようと考えておりますので、この2人の関係性やキャラ同士の掛け合いを気に入っていただけましたらそちらもぜひぜひお読みください。
コメント
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わあ…読み終わりました。もう胸がいっぱいです。 ライブであのアルフレッドが、あんなに大勢の前で「好きな人がいる」って宣言するなんて…しかもそれがずっと片思いだと思っていたアーサーだなんて、もう完全に持ってかれました。ステージでウインクしたシーン、あれ絶対アーサーだけに向けてたんだろうなって思うと、同じ読者として叫びたくなりました。 スコーンを克服するためにフランシスに教わるくだりも、普段はツンツンしてるアーサーの必死な愛情が伝わってきて、ああいう不器用な優しさって本当に刺さりますね…。 バラの花壇での2人の時間、すごく穏やかで幸せそうで、読みながら思わず微笑んでしまいました。おまけも楽しみにしています…!