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* * *
しばらくして、エルバートはディアムを後ろに従えて宮殿入りをする。
アルカディア皇国の宮殿内は豪華絢爛(そうらん)。
しかし、この銀の髪のせいで普段から一際目立ち、使用人達の注目の的にされている。
そして今日は覚悟はしていたが、案の定、声を掛けられた。
「エルバート、花嫁候補のこと、宮殿内で噂になってるぞ」
「ついに女に胃袋を掴まれたか」
この優しそうな青年はアベル・ノーチェ。
自分とは同期で仲が知れている。
「うるさい、わざわざ言いに来るな」
冷たい口調で返すと、もう一人、明るく元気な青年に声を掛けられる。
「あー、だから軍師長、今日、髪くくって、いつもと雰囲気が違うんですねー」
この青年はカイ・アステル。一つ年下で、優秀な部下ではあるが、こんな調子でいつも自分をからかう。
周りからは仲が良いふうに見えているみたいだが、断じてそうではない。断じて。
「今日はルークス皇帝に呼ばれているからこの髪型にしているんだ」
「はは、知ってますよー。きっと呼び出しも花嫁候補のことですよ」
「たっぷり、ルークス皇帝にも冷やかされてきて下さいね」
にっこり笑うカイに苛立つも堪え、では行く、と告げて、ディアムを後ろに連れ、皇帝の間に向かう。
皇帝の間に繋がる廊下は、天井の煌びやかなシャンデリアと窓がそれぞれ続いており、進む度、美しさが増していく。
そして皇帝の間の前でエルバートとディアムは立ち止まる。
「ルークス皇帝、エルバート様がご到着されました」
扉番の一人が声を上げると、ルークス皇帝の許可が出て、扉が開かれ、
エルバートのみ中に入った。
* * *
皇帝の間は神聖な領域に等しく、
まるで別空間に入ったかのような感覚に陥る。
エルバートは床に敷かれた長いレッドカーペットの上を歩き、
ルークス皇帝へと近づいていく。
すると、間もなくして、玉座の後ろにある大きな2つの窓から神々しい光が差し込み、
その光が、壇上にある玉座の上に設置された天蓋をなぞるように美しく流れ、
その玉座につくルークス皇帝の姿が鮮明になった。
美しい紫髪に、優しく穏やかな雰囲気の、自分より一つ年下の青年。
そんなルークス皇帝を前に見据え、エルバートは跪く。
「ルークス皇帝、今日はお呼び出し頂き、誠に有り難く思います」
「エルバートよ、肩苦しい挨拶は良い」
「それでご用件はなんでしょうか?」
「今日、呼び出したのは他でもない」
「お前の花嫁候補のことだ」
「冷酷で愛がないとの噂のお前が、ついに女に胃袋を掴まれるとはな」
ルークス皇帝に冷やかされ、エルバートの機嫌が悪くなる。
カイに言われる前から自分も花嫁候補のことで冷やかされる予感はあったが、
ルークス皇帝にまで直接冷やかしを受けることになるとは。
ただただ恥ずかしく、腹立たしい。
「冷やかしてすまない」
「まぁ、機嫌を直せ。めでたきことなのだからな」
「お前とこのような話が出来て、嬉しく思うぞ」
ルークス皇帝は心内を伝えると、真剣な眼差しを向ける。
「それに、身分の低い女を傍に置いたのはお前のことだ、ただ胃袋を掴まれただけはないのだろう?」
「はい、魔を祓う力を持つ者の家系の女にございます」
エルバートがそう答えると、ルークス皇帝は納得する。
「そうか。先が楽しみであるな」
* * *
ルークス皇帝に呼ばれた後、
エルバートは中庭で軍師長として軍の指導を行った。
しかし、ルークス皇帝から冷やかしを受けた影響でいつも以上に厳しい指導となり、
顔が整った同期でライバルの青年、シルヴィオ・ルフレにも、さすが女に胃袋を掴まれた奴は違うな、と嫌味を込めた冷やかしを受け、
午後からは執務室で時にため息を付きながらも山積みの書類に全て目を通し、 気付ければ夜になっていた。
「エルバート様、お疲れ様です。いつもの紅茶をご用意致しました」
エルバートは椅子に座ったまま、ディアムが持つおぼんから紅茶を受け取ると、紅茶を飲み、一息つく。
そしてディアムの紅茶の片づけの間、エルバートは書類を整え、執務室の窓から外を見つめる。
思っていたより、だいぶ、時間が押してしまったな。
今日はルークス皇帝からの呼び出しもあって、いつも以上に疲れた、
はずなのだが、この後、フェリシアとの晩飯が待っていると思うだけで、
疲れは感じず、心すら弾んでしまっている。
(軍師長の立場である私が、こんな調子では皆に冷やかされたのも無理はないな)
やがてディアムが執務室に戻ってくると、エルバートはディアムを後ろに連れ、執務室、しばらくして宮殿を出て、宮殿近くの馬留め場を管理している兵達の元まで歩いていく。
そして、兵達に軍師長、ディアム殿、お疲れ様です、と挨拶され、高貴な2頭の馬を囲いの扉から出してもらい、エルバートとディアムはそれぞれ馬に乗り、ブラン公爵邸に向かった。
しかし、その途中でディアムが強張った顔をし、後ろからエルバートに呼びかける。
「エルバート様」
「あぁ、分かっている」
宮殿を出た辺りから魔の気配を感じていたが、どうやら、このまま帰してはくれないようだ。
エルバートが馬を止めると、ディアムも後ろで馬を止める。
「気配からしてたいした相手ではない」
「馬を見張っていろ、すぐに終わらせてくる」
「かしこまりました」
エルバートは馬から降り、ディアムから離れ、
人気のない森影に移動し、いつでも抜剣できるよう、剣に手をかける。
すると、地面に隠れていた人に害を及ぼす異形なアンデットのような姿をした魔が後ろからぐあっと現れ、帰ル、と、
エルバートの精神に声を響かせ、すぐさまエルバートの中に入ろうとした。
エルバートは瞬時に振り返り、
月が夜空に光輝く中、剣を抜き――――、ずばっ!
魔を剣で真っ二つに美しく斬った。
すると、魔は浄化され、光と共に消えた。
――終わったか。
エルバートは鞘に剣をカチッと入れる。
それにしても、今日は特別に麻紐で髪をくくり、
魔除けの効果は上がっているし、
魔が自分をつけ狙うなどあり得ないはずだが。
だとすると、自分を乗っ取り、帰る目的であったとするならば、
魔の狙いはフェリシアか?
調べた結果では“フェリシアには魔を祓う力はない”と出ているが。
(まぁ、なんにせよ、浄化は終わった。早く帰るとしよう)
* * *
「ご、ご主人さま、おかえりなさいませ」
しばらくして、フェリシアは玄関で跪き、頭を下げる。
「あぁ、ただいま帰った」
「それから立て。もう跪くな」
「か、かしこまりました」
フェリシアは立ち上がると、エルバートの髪を一つにくくった麻紐が緩くなっていることに気づく。
「あの、ご主人さま、何かあったのですか?」
「その、お帰りが遅かったので…………」
フェリシアはそう言って、ハッとする。
(帰りが遅いだなんて、勤めを終えて帰られたご主人さまになんて失礼な事を!)
「も、申し訳ありません!」
「いや、私の方こそ、晩飯のことを命じたにも関わらず、遅くなってすまない」
「帰り際に魔に襲われてな」
「え、魔に!? お体は大丈夫ですか!?」
「あぁ、たいした魔ではなかったからな」
「とにかく、着替えてくる。晩飯の準備をしておいてくれ」
「かしこまりました」
その後、食事室でスープや副菜、パンが並ぶ中、メインであるフォアグラムースのクロケットを顔を見合せて食べる。
エルバートの髪は下ろされ、
軍服は昨日出会った日のものに着替えをしてきたのだろう。
髪が下ろされただけで、安堵感があるのと同時に、
初めてのエルバートとの晩ご飯に緊張してしまう。
「どうした? 手が止まっているぞ」
「いつも一人で食べていたもので……」
「それにわたしのような者がご主人さまと晩ご飯を共にするなど恐れ多くて……」
「そうか」
「花嫁候補は過去に何人かいたことはあったが」
「私もここで共に晩飯をするのは初めてだ」
(ご主人さまも、初めて、だなんて)
「朝も美味かったが、この晩飯は特別に美味いな」
(あ、ご主人さま、初めて、微笑んでくれた…………)
自分も微笑み返したかったけれど、
笑い方を忘れてしまっていた自分には出来ず、
エルバートの、その、優しい微笑みが、心の中で特別なものになっていくのをただただ、感じることしか出来なかった。