* * *
伯母が優しく手を握ってくれた時、
自分は夢を見ているのだと気づいた。
この時は4歳で、
お互いに普段とは違う綺麗な格好をし、伯母が初めて自分の手を握り、そのまま手を引いて歩いてくれて、
ボロ家の近くにあるゴシック様式の美しい教会まで連れて行かれた。
「ローゼおばさま、ここがトクベツな教会?」
教会の前でフェリシアは見上げて尋ねる。
「えぇ、そうよ」
「魔を祓う力があるかどうかの儀式を行う特別な教会よ」
――魔を祓う力? 儀式?
「司祭様、ローゼ・フローレンスです。只今、フェリシア・フローレンスを連れて参りましたわ」
伯母がそう言うと、教会の扉が開き、優しそうな司祭が出てきた。
「この子がフェリシア・フローレンスですね。では中へお入り下さい」
言われた通り、中に入る。
けれど、すぐさま、伯母と引き離され――、
抵抗する間もなく、ショートベールを被り、純白な格好をさせられて、
言われるがまま、祭壇の前に跪く。
「ではこれより、魔を祓う力があるかどうかの儀式を始めます」
「さあ、目の前の神に祈りを捧げよ」
司祭の言葉の後、
伯母が席で見守る中、
祈りを捧げ、儀式が始まった。
司祭によると、
魔を祓う力があれば、光が見えたり、何か聞こえたり見えたりするという。
しかしながら、何も変化は起こらず、
結果、フェリシアには魔を祓う力がないことが分かった。
そして、伯母が優しく接してくれたのも、
手を握ってくれたのもこれきりだった。
魔を祓う力さえあればきっと、伯母に奴隷として扱われず、
愛され、幸せに暮らせていただろう。
自分は神に見放された“いらない子”なのだ。
* * *
「――――はっ」
深夜、フェリシアはベットの上で目覚めた。
嫌な夢を見たせいか、両目からは涙が流れ、首元も汗で濡れている。
気分転換に夜風にでも当たってこよう。
そう思い立ち、部屋を出て、中庭まで歩く。
すると、エルバートが月を眺めていた。
その立ち姿はとても美しく、思わず、吸い込まれそうになる。
「どうした? 眠れないのか?」
「あ、はい。ご主人さまも……?」
「私は無心になる為に、こうやって時々、月を眺めるようにしている」
「そうなのですね」
気分転換にここまで来た自分がとても恥ずかしい。
(これ以上、邪魔をしたらいけないわ)
「では、わたしは部屋に戻ります」
「せっかくだ。共に月を見ないか」
「え、でも……」
「これは命令だ。隣で、だぞ」
命令、となれば聞くしかない。
「か、かしこまりました」
エルバートの隣に立ち、共に月を眺める。
エルバートと出会う前は、下ばかり向いていて、月を眺めたことすらなかった。
けれど、今は、エルバート共に月を眺め、
そのあまりの月の美しさに自然と涙が零れてしまう。
「やはり、何かあったのだな」
「なぜ、ここまできた?」
もう、話すしかない。
「嫌な夢を見て、気分転換に夜風にでも当たってこようと思って…………」
「嫌な夢、とは?」
「4歳の時にローゼ伯母さまに教会まで連れて行かれ、魔を祓う力があるかどうかの儀式を行った夢です」
「ご主人さま、わたしは両親のことをよく知りません」
「なので、両親について詳しく教えて下さいませんか?」
真剣な眼差しで尋ねると、
エルバートは、分かった、と言って話し始める。
「お前の父、ロイス・オズモンドと」
「お前の母、ラン・オズモンドには魔を祓う力があり、オズモンド家は代々、その力を引き継いでおり、特にお前の両親は力が強く、金持ちだった」
「この国では、力がある家系は国から保護され、皆、金持ちだ」
「しかし、お前が3歳の時に両親が前皇帝と同じ魔に殺され、亡くなった。
それを良いことにローゼはお前を引き取った時、かなりの遺産も手に入れている」
「よって、ローゼはお前にその事を知られたくない為、家系や力の事を隠していた」
「もちろん、お前に力があれば、もっと金がもらえたので期待したが」
「お前に力がない事が分かり、落胆したそうだ」
(ローゼ伯母さまは、やはり嘘をついていたのね)
両親の力のことを知っていた。
それゆえ、力がないことが分かり、つらく当り、
自分を虐げていたのだ。
フェリシアはこれまでよりも強い絶望感を抱き、胸を痛め、涙が止まらなくなると、
エルバートは月にその姿が見えないよう、
自分の手を引いて抱き締め、全てを包み隠した。
* * *
そして翌日の午後。エルバートは執務室でため息をつく。
深夜、中庭で思わずフェリシアを抱きしめてしまった訳だが、
フェリシアは今朝も美味しい朝食を作り、見送ってはくれるも元気がなく、
自分もさっさとその朝食を一人で済ませ、家を出てきてしまった。
「エルバート様、午前の軍の指導の時からずっと、どこか上の空ですね」
「原因はフェリシア様ですか?」
「ディアム、なんだか、嬉しそうだな」
「らしくないエルバート様のお姿が新鮮でして」
(らしくない、か)
確かにディアムの言う通りだ。
勤務中だというのに、元気のないフェリシアの顔ばかり浮かんでしまっている。
「エルバート様、一度、羽を伸ばしてみてはいかがでしょうか?」
「羽を伸ばす? そういえば、ここのところずっと勤務ばかりで、出掛けてないな」
「…………帝都の街にフェリシアを連れて行ったら、元気になってくれるだろうか」
エルバートは聞こえない声で呟く。
「元気になると思いますよ」
どうやら、ディアムに聞こえていたようだ。地獄耳か。
「だが、帝都は危険だ。いつ魔が襲ってくるかも分からない」
「そうですね。ですが、エルバート様の程の方が付き添っていれば、魔も恐れをなしてフェリシア様の近くには寄っては来れないでしょう」
「だといいが」
帝都の街にフェリシアを連れていくならば、やはり、ドレスが必要だな。
フェリシアは初日のドレス以外は美しいものを持っていないようだから、日頃の料理の感謝を込めて渡したい。
だが、いきなり、自分のドレスを作る為に仕立て屋が来たら驚くだろうし、
自分も気恥ずかしい。
嘘をつくほかないか。
「ディアム、何着かドレスを、“使用人の仕事着”との名目で仕立てたい」
「仕立て屋に明日の午後に家に来るよう伝えろ」
「かしこまりました」
* * *
「――え? 明日の午後に仕立て屋が来るのですか?」
夜、寝る前に廊下でフェリシアがエルバートに尋ねる。
「あぁ。使用人の仕事着を仕立てる為、大きさを測りにな」
「明日も勤務な上、よろしく頼む」
エルバートはフェリシアの承諾した言葉を聞かずに廊下を歩いて寝室に向かう。
自分の言葉も聞かずに行ってしまった。
フェリシアは俯き、胸元をぎゅっと掴む。
(わたしの態度がずっと悪かったせいね…………)
その後、時間は瞬く間に過ぎていき、翌日の午後になると、ブラン公爵邸に華やかな帽子を被った美しい仕立て屋が訪れた。
先に男性を測ると言って、ラズールに仕立て屋は着いていき、
やがてラズールとクォーツの大きさを測り終えたと言って戻ってくると、
仕立て屋はリリーシャの大きさを測り、続けて自分も測ろうとしたので、
自分には勿体無くて一度遠慮したけれど、料理をする時の服がいると、リリーシャに体を押さえられ、その隙に仕立て屋が自分の大きさを測り、帰って行った。
そして一週間後の夜。仕立て屋が再び、ブラン公爵邸に訪れ、
エルバートに呼ばれたフェリシアは大広間に向かう。
「入れ」
エルバートの声が中から聞こえ、失礼いたします、と言って大広間の扉を開ける。
――――え?
フェリシアは唖然とする。
大広間には使用人の仕事着ではなく、薄い紙が敷かれ箱に入った華やかなドレスが長机に何着か置かれていた。
仕立て屋もエルバートもなぜか穏やかな表情をしている。
「あ、あのご主人さま、これは?」
「ぜんぶ、お前のドレスだ」
「使用人の仕事着というのは名目で仕立てさせた」
(態度、ずっと悪くて、ご主人さまを不快にさせていたのに…………)
「どうして、わたしに?」
「日頃の料理の感謝だ」
「フェリシア、明日、共に帝都の街に行こう」
思わず両手で口を覆う。
エルバートの言葉が嬉しくて、
涙が止まらなかった。
コメント
1件
🍊 / 本垢の方もみさせてもらってます !! 応援しています (*´꒳`*)