「……あーあ。胸もケツもでかくねぇ、タッパだけでけぇハゲかけ男で悪かったな。」
そう言ってリビングのソファにどっかりと座ったキルシュトルテは、片膝を抱えて、ふてくされた横顔を弐十に見せつける。
「……え?なにそれ?」
キッチンの換気扇下でタバコを吸っていた弐十が、きょとんと振り返る。表情は、完全に「なんの話?」って顔。だが、内心ではもう気づいている。
キルが先日のコラボ配信のアーカイブを見たことに。
「配信で言ってたじゃん。聞かれてもないのに“理想のタイプは〜”とか語り出してさ。胸がでかいだのケツがでかいだの、配信に理解がある女がいいだの……は?って思って」
「……あー、あれね」
弐十は笑いながら近づき、隣に腰を下ろす。
「見てくれたんだ? 嬉しい〜」
「別にお前のために見たわけじゃねーし」
「じゃあなんでそんな怒ってんの?」
「怒ってねーよ!!」
語尾が完全に裏返ってる。
弐十は堪えきれず吹き出した。
「いやだって、“胸もケツもでかくねぇ、ハゲかけ男”って自己紹介されたら笑うしかなくない?」
「うっるせぇ!!!!」
キルがクッションを掴んで弐十を殴る。
ひとしきりクッション攻撃を受け止めた後、弐十はそのままキルの手首を掴んで、すとん、と膝の上に引き寄せた。
「……ね、やきもち、焼いてたん?」
「……はぁ!? 焼いてねぇし!!!」
「そっかー、そうなんだ〜。でもめっちゃ怒ってたよね〜。トルテさんこわ〜い」
「マジで殴んぞ」
「はいはい、じゃあ仲直りのぎゅー、しよ?」
弐十が笑いながら腕を回して、強引に抱きしめる。
キルは最初、力を入れて突っぱねようとするけど、弐十の匂いと体温と、なにより自分がめちゃくちゃ拗ねてたのを気付かれてたことに気づいて、逆にもう、力が抜けていく。
「……っ……お前が……言い出すから、だろが……!!」
「うん、うん、ごめんって。……でもさ」
耳元で、弐十の声が低くなる。
「胸もケツもでかくて理解のある女、なんてただのフェイクじゃん。俺がほんとに好きなのは……」
唇がそっと、キルの首筋に触れる。
「……タッパも声もでかくて、口悪くて、拗ねたらすぐ態度に出る、お前だけ」
「っ………!おまえのそういうとこ……まじできしょい……!」
キルの顔は真っ赤だ。
それでも唇が自然に弐十のものに重なる。
「…んっ……っ…」
キルの唇の隙間から舌を差し込み、口内を舌先でなぞられた。
舌を絡めて深く触れ合う。
「っ…んぁ………ん……っは」
吐息が重なり、ゆっくりと体の距離がほどけていく。まるで言葉のかわりに、互いの全部を確かめ合うように。
やがて弐十の手がキルの腰を撫で、ソファの背に体重を預けるようにしながら、ふたりは絡み合ったまま倒れ込む。
「……ね、ちゃんと機嫌、直してくれる?」
「……お前次第…」
「…そっか、じゃあ——」
弐十が片手で自分のスウェットの裾をつかむと、ゆっくりと脱ぎ捨てた。
その顔はいつものように笑っていたけれど、目の奥は違った。
冗談めかしてはいるけど、その瞳には火が宿っている。
熱くて、真っ直ぐで、余裕の仮面が崩れそうなほどに——、キルに、触れたくて仕方がないという欲に、まるごと飲まれかけていた。
「…トルテさんが俺の1番って、全力で証明してあげるね」
今度はキスというより、噛み付くように唇を奪われた。
そのまま、すべてを預けるように、彼の熱が降りてくる。
「んぁっ、待て、弐と……っ」
掴んだはずの手首を、逆に掴み返された。
強く、でも決して乱暴じゃない力で、ソファに押し付けられる。
身動きの取れないまま、じわじわと熱が迫ってくる。
「あ……、っ……ちょ……、や……」
静止の言葉は、もう息のように薄くなる。
心臓が煩くて、腕に力が入らない。
「嫌だ」って言いたいのに、
本当は……ずっと、こうしてほしかった。
唇を重ねられ、身体の奥まで熱が流れ込んでいく。
——その夜、キルは立てなくなるほど愛されて、心の奥にしまっていた嫉妬心ごと、全部溶かされていった。
「……もう……言うんじゃなかった……まじで……っ」
毛布の中でぼそりと呟くと、弐十の笑い声が耳元に落ちる。
「だってさぁ、
あんな可愛いこと言うから、襲っちゃったじゃん。……悪いの、トルテさんでしょ?」
…くっそ……ほんと、むかつくその顔。
って思いながら、キルは心の中で舌打ちした。
カチャ、と音がして、弐十が持ってきていたミネラルウォーターのキャップを開けた。
寝転んだまま、蓋を取ってキルに差し出す。
「はい、飲みな。水分補給」
「……マジで、そういうとこ……」
文句を言いながらも、渇いた喉には逆らえずにペットボトルを受け取り、
ごくごくと音を立てて飲み干した。
ひと息ついて、ぼんやりとした視線を落としたそのとき——
弐十の指が、ふいにキルの頬に触れた。
汗で張り付いていた髪を、優しく、払いのける。
無遠慮なくせに、やけに丁寧な仕草で。
それがまた腹立つくらい優しくて、どこまでもずるい。
「ねぇ、トルテさん」
「なに」
「1番愛してるよ」
弐十の口調は、いつもの調子っぱずれな声のまま。
真剣さなんてこれっぽっちも感じさせないのに——
それでも、心の奥に響いてしまう。
「……嫌いだバーカ」
「はいはい、知ってる」
その余裕しゃくしゃくの笑みに、キルは思わず睨みつけて、そっぽを向いた。
……くそ。
嫉妬してることバレて、しかも今さらご機嫌取りなんかされて、バツが悪くて、どうしていいかわかんねぇよ…
——お前に愛されすぎて後悔する夜なんて、
ほんと、最悪だ。
けど…
この胸の奥に残ったぬくもりが、
「それでも、しあわせだった」って、
何度も、何度も囁いてくる。
——だからもう、どうしようもないくらいに、弐十が、憎たらしくて、
……でも、1番愛しい。
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