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「でかした! こっちに運んでくれ」
手間取ったという割りには早いと思ったのだけれど、渋い顔をして男のコをその場に横たわらせてくれる。
多分、水面にでも浮いていたのかもしれない――そんな姿を見たら、少しでも早く助けてやりたいと思うのが人というものだ。
余計な邪念を追い払うべく、気を引き締めながら男のコの頚動脈に両手で触れつつ、他にケガがないか、大まかに診ていった。
「康弘!? 康弘っ」
横たわる男のコに、追いすがってきたお母さん。気持ちはわからなくはないが、バイタルチェック中の今は、離れていてほしい。
「歩、患者さんからお母さんを遠ざけてくれ」
その指示に、歩はお母さんを軽々と持ち上げ、引き離してくれる。
「康弘っ……どうして……」
「お母さん、絶対大丈夫だから。タケシ先生、すっげぇ名医なんだ」
普段聞いたことのない落ち着かせるような声色が、お母さんの心を打ったのか、離れたところから、俺たちを見守ってくれた。
その様子に安堵しながら男のコの胸に耳を当てて、心音を確かめる。ショック状態でも、わずかに心臓が動いているときがあるから。
頬を強く叩いてみても、声をかけながら体を揺すってみても、まったく反応なし。呼吸停止に心拍も……止まったままか。意識レベルは300だな。
「千秋……千秋、大丈夫かい?」
「穂高さん――」
「俺がちゃんと捜していたら、こんなことに」
自分を責めるなんて、バカなことを考えているな。こういう事故は、偶発的に起こるものなのに。
「千秋くん、自分を責めるのはお門違いだよ。あの場面で君が思い出してくれたから、無駄な動きをせずに、みんなで捜さずに済んだ。しかもお兄さんがちゃんと、見つけてくれたじゃないか」
心拍を再開させるべく男のコの上に跨り、胸を押してやる。千秋くんがどんな顔して、俺の言葉を聞いたかはわからない。だけど小さな声で、ありがとうございますと言ってくれたのが、結構嬉しかった。
「発見が早いに、こしたことがないんだからね。俺としては、大助かりなんだから……っと、やっぱあまり水を飲んでないみたいだ」
胸を押し続けたら、口から少量の水が出てきた。冷水に浸かり続けたせいで、早く意識を失ったため、水を飲まなかったのかもしれない。
「歩、親父んトコ行って、ドクターヘリを頼んでくれ。低体温療法ができる病院に、搬送するように! 医者の俺と、お母さんが乗り込むことも言ってほしい」
「わかった! ……だけど場所がわからねぇよ」
「俺が案内する、ついて来てくれ!」
駆け出す音がふたつ、耳に入ってきた。町の救急車より早いかもしれない。
そんなことを考えていると、男のコの顔に変化が――
「ゲホッ…う、ゲホゲホッ!」
苦しそうに顔を歪ませ、激しく咳き込んだ。呼吸をしてくれた兆しだぞ!
「康弘っ!? 康弘わかる? お母さんよ!」
「康弘くん、しっかりして!」
頭のところに跪き、必死に呼びかけるお母さんと千秋くん。もう一度胸元に耳を当て、心音を確認してみた。
「よしっ、心拍と呼吸が再開した」
ふたりに向かって右手親指を立てて、バッチリ大丈夫だと見せてあげる。
「意識が戻らないのはちょっと心配だけど、とりあえず小学校のグラウンドまで運ぶよ。千秋くん悪いけど、俺のカバン持ってくれないか?」
男のコの両腕を掴み、背中に背負って急いで駆け出した。歩が親父のところに到着し、今頃グラウンドで待っているかもしれないと思いながら――