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【北斗の選挙対策事務所】
小さなプレハブで出来た商店街の入り口の、北斗の選挙対策事務所の前に
今は巨大な黒塗りのリムジンカーが、二車線の片側を占領して停車しており、明らかに一般車両の通行を邪魔している
ヒソヒソ・・・「なんだ・・・このバスみたいなリムジンは?」
「これでよくあの細い角を曲がってこれたよな」
「死ぬまでにこんなええ車拝めてよかったなぁ~」
道行く人々がひと目そのリムジンを見ようと集まり中を覗き込んでいるのを、この車の運転手(速水雄介58歳)が蹴散らす
ビシッと皺ひとつない運転手用のジャケットの襟には、(ITOMOTOジュエリー)のロゴバッジが光っている
「あ~(怒)こらこら!無断で触らないでくださいよっ!」
..:。:.::.*゜:.
事務所の衝立ついたての裏のキッチンでは、コソコソ貞子と北斗とジンが所狭しと慌てていた
ヒソヒソ・・・
「もっといいカップないのか?」
ヒソ・・・
「あるわけないじゃない!突然いらしたんだものっっ!」
コソコソ・・
「隣のセブンでコーヒー買ってこようか?」
ヒソヒソ・・
「アリスがコンビニを知らなかったぐらいだぞ!飲むわけがないよ!」
ヒソ・・・
「目を合わすなっ!レーザーで焼かれるぞ!」
北斗が本気か冗談かわからない事を、言いながらとにかく焦っている、それもそのはず
乱雑とした選挙事務所の一つの事務椅子に、アリスの母、ITOMOTOジュエリーの総裁、伊藤琴子がいかにも不満そうに座っていた
朝も早いのに琴子は相変わらず一分の隙もなく、ビシッと水色のDIOR のスーツに身を包み、膝の上にはエルメスのバーキンのバッグを置き
今は顔をゆがめていかにもここの空気を吸うと、病気になるとでも思っているのか、鼻にハンカチを当てていた
琴子の後ろの壁には真っ黒のスーツにイヤホンを、耳に差し込んだシークレットサービスの、男が一人気配を消して立っている
コトン・・・
「粗茶ですが・・・・ 」
貞子が北斗の向かいに座る琴子と、その少し後ろに座っている琴子の弁護士に、この事務所の精一杯上等なほうじ茶を、白の紙コップで恭しく置いた
琴子は軽蔑もあらわにそのお茶を眺めた
弁護士はそのお茶を覗き込んで、小さなノートパソコンを開いて、いつものようにパチパチとなにやら記録を取り出した
「あ・・あの・・・今朝の新聞・・・ありがとうございました・・・助かりました・・・本当に 」
北斗はこのラスボスにとてもではないが、一人で対抗する勇気がなかったので、北斗の横に嫌がる貞子を無理やり座らせ、選挙対策本部長だと琴子に紹介した
アリスの母親がいったいどうやってあの大手の、いまいましい「日刊選挙ニュース新聞」、に北斗の事件の事で訂正文を載せられたのか、想像もつかないが、とにかく感謝の想いで礼を言った
彼女の権力は謎だらけだ、そしてシャレじゃなくあいかわらず、北斗を殺したいような目で睨んでいる
「手短に済ませましょう、わたくしはあなたの有権者になります、これでもっとマシな事務所を構えなさい、なんですか!ここは!鳥小屋と間違えそうになったわ」
琴子がそう言うと、すっと弁護士が一枚の小切手を北斗に手渡した、それを覗き込んだ貞子が叫んでひっくり返った
キャー―――っっ!
「な・・・七千万!! 」
バター―――ンッ
「貞子!!」
貞子が泡を吹いて倒れた、すかさず背中に抱っこ紐で百子をぶら下げたジンが駆け寄る
ふ~・・・・「騒々しい・・・・ 」
琴子は呆れてため息をついた、そして未だに不信感むき出しの顔で、こちらを向きつつ先を続ける
「ど・・・どうして・・・・あなたは・・・ 」
俺を嫌ってアリスとの結婚を、反対しているのではないのですか?と聞きかけたが、あまりの驚きに北斗は口が上手く回らなかった
「当然でしょう!娘・婿・が政界に打って出ようとしているのに、協力しない(親)がどこにいますか!たとえそれが吹けば飛ぶほどの、小さな小さな町の議会選でもね」
弁護士が書類を北斗に渡す、そこには琴子の権力で兵庫県有権者見込みの、会社の経営者の名前の一覧表だった
「組めば確実に勝てそうなネームバリューのある人物達を集めました、このリストを生かすも殺すもあなた次第です」
そのリストを見て膝に驚いた手から、北斗の全身を駆け抜ける興奮が脳に伝わってくる
北斗にとっては盆と正月がいっぺんに一緒に、来たみたいな驚きだった
「それだけではありません」
琴子が北斗の力量を計るように瞳の奥を覗き込む
「非常に有力で財力のある支援者が私にはいます、個人的にその方々にあなたを支援させましょう、無所属とはいえ潤沢な後ろ盾と資金がある、選挙がどういうものなのか、今の段階ではあなたなどには、とうてい想像もつかないでしょうけど」
あまりの驚きに北斗が何も言えずにいると、まずはやってみなさいとばかりに、琴子がため息をついた
「失礼しますわ、わたくしはこれから100ほど会議がありますの」
すっと琴子が立ち上がり、コツコツとヒールを鳴らして出口へ向かう
途端に弁護士とシークレーットサービスが機械のように動き出す
「おっ・・・お義母様!! 」
北斗は泣きそうになって、琴子に駆け寄った
「またわたくしに抱き着いてヘアメイクを、台無しにしたら告訴しますよっっ!」
琴子の5センチ手前でピタリと両手を、広げた北斗が停止する
その姿勢のままリムジンに乗り込む琴子を北斗は見送る
通りではガヤガヤとひと目この、片側車線を通行止めしてつぶしている、張本人を見ようと見物客が集まっていた
琴子の乗り込んだ後部座席のパワーウィンドウが、下がって琴子がじっと直立不動の北斗と、目を合わせた
「成宮北斗・・・・ 」
琴子が北斗を名指しで呼ぶ
「ハッ・・・ハイッ!」
「いくら地方誌だからといって今や世界中から、情報がとれる時代です、私わたくしの娘を公文レベルで辱めた男に、負けるのは許しませんよ」
「ハッ・・・ハイッ!」
フッと琴子が北斗を見て表情を緩めた、もしかしたら少し笑ったのかもしれない、北斗はまるで世にも恐ろしいものを見た時のように全身鳥肌が立った
ヴィーン・・・「ごきげんよう」
そして真っ黒なパワーウィンドウが自動で上がり、彼女の姿は見えなくなった
「おかぁーーーーさまぁーーーー!」
走り去っていくリムジンに北斗は大きく叫んだ
周りの人だかりが、何だ何だと、この騒ぎをいつまでも見物していた