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月に叢雲花に風 叢雲カゲツ
叢雲家は代々人里離れる村を守り続ける忍者集団だった。歴代何人の優秀な忍者を輩出してきたか、巻物には沢山の”叢雲”の字が並んでいた。
代々叢雲家に伝わる巻物には子供のころの夢と希望が詰まっていた。自分もこうなるんだ、自分もこう村人に慕われるんだ、そう信じていた。
「なぁ、ぼくもこうなれるんかな?」
そう振り返った先に微笑みを向けてくれる人はいなかった。
お父様も、お母様もお兄様も誰もいなかった。しょうがない、忙しくて当たり前。だって名家の叢雲だ。
「カゲツ様、ご修行のお時間です。」
「…うん」
いつも通り、いつも通りに修行をこなす。
クナイを何本駄目にしてきたのだろう。まきびしも、自分で踏むことが無くなるくらい扱いに長けた。
だけど誰も振り向いてなんてくれなかった。
本館に帰る時に格子窓から見える町は煌めいていた。
朝も昼も夜も、どの時間に通っても楽しそうな声が聞こえた。
この楽しそうな人たちを僕の家族は守っているんだ。少しだけ誇らしかった。
でも、外に出たいと言う気持ちがずっと心のどこかで渦巻いていた。
まだ朝早かった。日が出ているか出ていないか、誰もが寝静まってた静かな時間だった。
季節は冬、いつもはぐっすり眠れるのに、なぜか起きてしまった。
如月 二十六日 そう、誕生日の日だ。何歳の誕生日だったか曖昧だけど、もう耐えられないと叫んだ好奇心が僕を外の世界へと導いた。
寒かった。白い雪が降っていた。叢雲の家のものと知られてはいけないと思い顔全体を大きな襟巻で覆った。
それでもなお吐く息がとっても白かった。
寒さを耐え抜いた赤い花が咲いている道を歩く。
一歩一歩がとても冷たくて、新しい感覚だった。
村の道を駆け抜けた先には秘境の断崖があった。小さい子供だったからか、辿り着いた先には日の出を見ることが出来た。
初めて見る景色だった。日に食べられてしまいそうなくらい太陽が大きかった。
少し経って村に帰ろうと立ち上がると、後ろからガザガザッと木をゆする音が聞こえた。
「わぁぁ!!危ないですよ!!」
後ろず去っていた足を止めると、ひょこっと自分よりも大きな体が出てきた。
「だ…誰や…」
「えぇ…?ちょ、まずは場所変えましょ」
不思議な男だった。自分よりも背丈がずっと大きい。見かけない服だった。
巻物で見たことがある、襟の付いたきっちりとしている服だった。ひらひらと虹色のレースが冬の太陽に透き通って宝石みたいに綺麗だった。
「あ…こことかどうですか?」
そう男が黒い手袋の細長い指先で指さしたのは、煎餅屋と書いてある店がった。ほのかに醤油の香ばしい香りがする。
「分からん…僕こんな所初めてや」
その時は少しの好奇心はあったものの、不安の方が大きかった。
「そうなんですか?じゃあちょっと待っててください」
不思議そうに首を傾げると男は僕に店の外の床几に座って待っててくれと言い残して店の中へと入って行ってしまった。
「じゃん!これでも食べて少しお話でもしませんか?」
そう男が差し出してきたのはお煎餅だった。今まで、海苔の貼ってあるものは食べたことがあったけど、
「なんやこれ…?」
白い何かが掛かっていた煎餅を見つけた。
「それはお砂糖が付いているんですよ、きっと甘くて美味しいはずです。」
「ふ~ん」
「しかし…結構この村も見かけによらず進んでいるのですね~…もっと古いままだと思っていました。」
大きい男は店から貰ったお茶の入った湯呑をくるくる回しながら言った。
「お前は何処から来たん?」
パリッと口に煎餅を含む。焼きたてでサクサクだった。醤油に初めて食べるお砂糖の甘さとしょっぱさが合わさっていい感じだ。
「俺は星導ショウと申します、世界各地を回って色々なものを見ては集めているんですよ、俺は西の方から来たんです。ほらあっち側」
そう言ってまだうっすら暗い空を指さした。
「ふ~ん、星導はどんな所を回ってきたん?」
「そうですねぇ…色々な所ですよ、綺麗な海のある所や歴史のある建物が並んでいる所とか…俺が前までいた西は、木造建築ではなくて煉瓦造が基本でしたよ。」
「なんやそれ」
星導の言うことは難しくてよく分からなかったし、そういうのに触れたことないし、あんまり興味ない。
「うーん、中々難しいですね」
「よぉ分からん、僕ずっと一人やったしそれに、外に出たのも今日が初めてや。」
ほしるべから貰った白いおせんべいはとっても甘くて美味しかった。
けど、変なこと言ったからなのかよくわからなからない、ほしるべは驚いた顔をしていた。
自分に対する同情か、それとも別の感情か、でもどこか食い気味なその頃の自分にとっては何処か薄気味悪かった微笑みだった。
西からの帰り道に偶然訪れた村だったきっと隠しの村なんだろう。
足を踏み入れた時、妙に薄い結界が張り巡らされている感じがした。
だからそんなに凄いものは期待してなかったし、食料が調達出来て何か珍しいものが偶然手に入れば出来ればそれでいいなと思っていた。
『よぉ分からん、僕ずっと一人やったしそれに、外に出たのも今日が初めてや。』
こんな小さい子供の口からこんな言葉が出てくるのは心外だ。
そして彼の目は何処か光を失っているように感じた。こんな子供がどういう環境で育ったらそうなるのやら…。
「君は…」
「ほしるべ!これうまいな!!」
俺の声をかき消すように声を上げた。
名一杯の積もった雪が溶けるんじゃないかった思ったくらい眩しい笑顔。
こんな小さくて純粋無垢な子供はどんな記憶を抱えているのだろうと少し興味を持ってしまった自分を殴りたい。
彼は聞いたことのない少し訛った話し方だった。きっとこの地方の方言なんだろう。
俺は、「いいですよ、もう一枚買ってあげます」と声を掛けて店の中へ入った。
「はい、ちょうどお預かりするよ」
「ありがとうございます。」
そう言い追加で購入した煎餅を受け取る。
「いやぁ~弟さんもそうやけど、お前さんも中々見ない顔してるねぇ」
「は、はぁ…」
彼が弟?どこか似ている雰囲気があったのだろうか。
店員さんが「ちょっとやけどおまけしてあげるわ」と言って目を話している隙に俺は白い物体に視線を移す。
やはり小さな子供だ。世界中の目が付くあれこれに興味を持って、輝くものにはすぐに飛びつく純粋な子供にしか見えない。
「ほしるべ、いくぞ!」
そうオーロラに光る裾を引っ張られもう一度外へ出て、床几に腰かけた。
もう太陽は上り切っていて、椿の花に積もった雪が溶け、水が滴っていた。
彼は真夏の向日葵くらい眩しい微笑みでお皿に入っている白い煎餅を食べている。
「君はいつもどんなことをして遊んでるんですか?」
純粋な疑問だ。俺の質問を聞いて彼は目を見開き、パチパチと瞬きをしていた。
「君やない、カゲツや叢雲カゲツ」
「…カゲツはいつも何をしているんですか?」
「…先にほしるべの教えてや」
さっきまでの眩しい笑顔とは違い、少し雲がかかったような顔をしていた。
叢雲…聞いたことがある。
どこかの村の守り神と称えられていた忍者一家とか書かれてた気が…まぁ俺の朧げな記憶だ。きっと何かの勘違いなんだと流そう、そうして俺はカゲツの目を真っすぐ見つめ、自分の口を動かし始めた。
鑑定士は綺麗な人やった。
特に印象に残っているのは、透き通っている瞳ではなく、キラキラ輝いていた彼のズボンにかかっていたオーロラの裾だった。
「先にほしるべの教えてや」
自分について話すのに抵抗があった訳ではない。ただ、自分が話すことが普通の人とは違うって自覚がったから自分が話したことで傷つきたくなかった。
ほしるべは少し空を見上げた後、口を動かし始めた。
「俺は毎日色々な所を回ってるんですよ。」
「そんなばっかりつまらないやろ?」
「そんなことありません。世界は広いですから、色々なものに出会えるんですよ。」
「世界ってそんなに広いん?」
「…きっと見たら分かるはずです。」
星導は目を細めた。これ以上のネタバレはつまらないですからねと言い残して。
星導の目は綺麗だった。でも、綺麗だったからこそその奥が深く見えた。途方もない深い深い星空みたいだった。微笑みに恐怖を感じたと同時に、外の世界への興味がさらに増した気がした。
吐く息が見えなくなり始めたころ、寺の方から、梵鐘の低く響く音が聞こえた。
「あ…」
そろそろ修行の時間や、立ち上がり星導をじっと見る。
「そろそろ時間の用ですね」
星導はさっきとは違い、にっこり微笑んで紙袋を差し出した。不気味さも、奇妙さもない晴れやかな笑顔だ。
「はい、お土産です」
「なんやこれ」
「ここのお店のお煎餅ですよ、カゲツがあまりにも美味しく食べていたので、お礼です。」
星導から受け取った紙袋からじんわりと熱が伝わってきて、かじかんで思うように動かなかった体温を微かに上げた。
「ありがとう…」
「いえいえ、また何処かで。」
お礼をし、屋敷のある方へと一気に走り出す。
屋敷へ続く道はまだ誰も通っていないのか、足跡のない、白雪の道だった。小さな足跡が一歩一歩進める度に刻まれていく。
「…僕は、ここから外に出れるんかな?」
こっそりと部屋に戻った。星導からもらったお煎餅は戸棚の中に隠した。そして、一人疑念をつぶやき、再び降り始めた雪を静かに見つめていた。
四季は思ったよりも早く過ぎて行った。
もうあの時のような不思議な体験の記憶は薄れて行ってしまっていた。
努力するのを積み重ねてきたが、自分に向けられる微笑みは格段に減って行っていたのが、ひしひしと感じ取れる。
そんな年頃になった。修行の声掛けをしてくれていた下女は雇われなくなった。それでも修行は続けた。
「なんや…全然上手く行かへん…」
一通りの基礎修行を終え一人、術式への頭を抱えていた。
「転移術とか、変身術に分身…?意味分からん量多すぎやろ…」
でも、そんな愚痴を漏らしている暇はない。叢雲家はみんなできるんや。僕も出来なくてどうする。
適当に手を組み合わせていた。組む位置をずらしたり、絡ませる指を変えたり。一瞬の瞬目を終えて、目を開くと一瞬で景色が変わっていた。
季節は春だったらしい。沢山の桜の木が森の中一面に咲いていた。
「は…?どこやここ。」
きょろきょろと辺りを見渡しても、整備された道なんかない。さっき適当に組んでた時にはんか術を誤発動した…?
「あ…?なんだガキ、どうしてこんな所にいるんだ」
低く鈍く響く声、声の聞こえる方へ視線を変えると、そこには藍色の長い髪をなびかせている人がいた。目元は隠れているせいで見えないが。木の上で腕を組んでバランスを取って寝ているような様子だった。
「だ…誰や…」
声を掛けるとそいつは口元だけ笑い、目元を覆っていた布を空気と一緒になびかせて消した。彼の目元を覆っていた布は術で作られたものだったのだろう。
「この俺を知らないとは、人間はもう俺に対する恩恵を忘れたのか?」
音をなしに自身の真下へと降りてくる。目元がはっきり見えた。深い藍色は残っているものの、太陽が彼の黄金の瞳を輝かせている。
「…白狼…様…?」
「ハッ、もう何百年前かも覚えてないのに、俺を覚えてるって…何者だよお前」
ククッと口元を手で覆って笑っていた。白狼様のことは昔、巻物で少し目を通したことがあった。
”白狼様”それは、もう随分と昔のことだった。
もう御伽噺としてしか浸透していないらしいが、叢雲家に残っていた一人の伝記に紛れもない事実だ。そう書き残されていた。
それは世にも珍しく、大きく満月の輝く夜だった。異形とも呼ばれる妖魔が活発に活動する夜だったらしい。場所によっては、新月で妖魔が動くところもあるらしいが、この村周辺は満月に妖魔が活発に動くらしい。
村はそんな妖魔何て存在を知らなかった。盗賊などから村を守るために叢雲家の忍が働いていたから。
皆が寝静まった静かな夜だったらしい。妖魔が現れた。小さな子がいる家に一人、旅人と名乗る者が訪れたらしい。
家主にあたる父が対応した。寒い夜だった。旅人を野宿させるのは億劫に思い、家に上げようとした。旅人が父の肩を力強く掴んだ。そうしたら喉仏を嚙み千切られた。微かな悲鳴が屋内に響いた。それに気づいた母が父の元へ向かった時には、もう息をしていなかった。
化け物、そうだ、母は妖魔を化け物と呼んだんだ。気づいたときには生後間もない子供がやられていた。
化け物は二足歩行だったが、鋭い爪に八重歯を持っていて、顔の造形は人ではなく、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざった顔だった。満月の光で辛うじて視認できたらしい。
母は怯えていた。その様子に気づいた化け物は言った。「女子はやらん」とそう残して家を去り、何かを叫んだらしい。母は違和感を感じ、外を見た。
化け者が村中を襲っていた。悲鳴にもならない、微かな声が村全体を覆っていた。
母は走った。叢雲家に向かった。当時の叢雲家は厚く高い塀で覆われていたらしい。
ドンドンと、生温い愛する人の血液で覆われている手で必死に叩いた。叫んだんだ、「助けてください!叢雲様!」と、当時の叢雲家は大きな信頼の下、民をまとめていたから。
その声に気づいた当時の当主とその側近が急いで出てきた。武装装備だったため、状況を把握していたらしい。一人の母を屋敷に上げ、叢雲家は村へと向かった。
惨憺たる様子だった。鉄のような鈍い香り。叢雲家の者は死に物狂いに戦った。村を守るため、民を守るため。
だが、事態は全く収束しなかった。数が多すぎたんだ、戦っても戦っても化け物は数を絶やさない。減るのは人間だけ。誰もが駄目だと思った。
でも一人、妖魔との間を縫うように一人、人の形相をした者が現れた。
体の周りをふわふわと回る人魂のような白い物体。顔は隠されて見えなかったが、満月に光に、鋭い角が輝いていた。
”白狼様や…”
あまりの美しさに当主は息を呑んだ。
顔を確認しなくても分かる。何もかもが美しかった。
薄く、時々金が輝く薄い絹の羽織をなびかせていた。
白狼様が歩く度、周囲に呆然としている化け物が倒れ、消えていく。
その後は、白狼様が全てを片付けてくれた。
当主は白狼様に何か礼を尽くそうとしたが白狼様は断った。
それでも、と念を押すと一つ。”結界を張らせてくれ”と、皆唖然としていた。
それでいいのか、だとしたらこちらに利益が多すぎると、でも白狼様は聞かなかった。
そうして間もなく、白狼様は大きな結界で村を包んで消えて行った。
それから村は一気に復興していった。化け物に襲われたなんて事実を吹き飛ばすように。
悲しみに浸かっている暇はない、次に進まねばと。
当時の当主の伝記にはそう書き残されていた。
「なんでこんな所に白狼様が?」
「お前こそ、なんで俺の所まで?」
吹く風が少し強まった。白狼様は少し顔を顰めて傘を差した。
木の下に置いてあった傘だ。「この時期は花粉も日差しも厳しんだよな」と言い残しながら。
僕は足元に出来た白狼様と大きな傘を見つめることしか出来なかった。
「…まぁ大体は見当はつく。お前、転移術間違えたんだろ」
「なっ!!」
どんな能力を駆使すればそんなこと分かるのだろうか。
僕の驚いた顔が面白かったのか、白狼様はハッ!と大きく噴き出した。
さっきの少しだけ華奢な笑い声ではなかった。思ったよりも白狼様は親しみやすい存在なのかもしれない。
「ほら、教えてやっから、こっち来い」
そう言って足早にさっき寝ていたところと反対方向へと進むむ。僕は慌てて白狼様の後に着いていった。
「あのな、さっきの術は妖力を多く持った者に近づくんだよ、だから消費の代償もでかく……」
少し進んだところに積雪が多いこの地域では珍しい花畑が広がっていた。白狼様は何かブツブツつとつぶやいて口を結んでしまった。
「どうしたんや、白狼様」
「…お前は叢雲の家の者か?」
「え…?」
真剣な顔だった。白狼様の真剣な鋭く光る眼光に怖気着いたのか、首を縦に振った。
「ッハ…ったく、いいもん隠してんじゃねぇか、」
白狼様はどこか楽しげな表情で言った。そして急に立ち上がり、衣服に着いた花弁を払った後、「修行すんぞ」と僕に言った。
「よっ、よぉ分からねんけど…」
少し困っている顔をして子供は言った。白狼はぼやいた。「なんでもかんでも知った方が得じゃないからな」と、叢雲カゲツには聞こえない小さな消え入る声で。
叢雲家には代々稀に左右で瞳の色が違う子が生まれ、その魔力の量から、忌み子として家族とは隔離されて暮らしていた。
忌み子と言われ続けた子は、ある冬、幼い体ながら一人で暮らす小さな小屋から飛び出した。忌み子と言われる子供の誕生日だったから。「家族に会う」それが子の願いだった。
その日はちょうど大きな満月が輝く日だった。
だが、その願いとは裏腹に、その膨大な魔力量がばけものを呼び起こしていたのだ。
当然、子は何も知らぬまま、ただ綺麗な心のまま、必死に走り続けた。周りから聞こえる数々の悲鳴何て聞こえやしない。
なぜなら子は、一人になる前に耳も声も心も全て閉ざしてしまったから。
吐く息が荒く、肺が凍るほどに痛い。忌み子は道中、偶然白狼に遭遇した。
乞いた。「家族に会いたい、合わせてくれ」と、でも忌み子は満月による魔力の吸収で体が徐々に消え始めていた。
月に叢雲が隠れる。当時の忌み子にとって、白狼との遭遇は奇跡ともいえる。
だが、膨大な魔力が、月を隠すように覆ってしまった。
忌み子の消えた後には、耳飾りが落ちていた。
綺麗な満月が少しの雲で覆われている。なんともその忌み子の最期にふさわしい耳飾りだった。
だが、忌み子は願いを耳飾りに込めた。”もう二度と、叢雲家の子が家族と離れ離れにならない”ということを。
それを受け取った白狼は、結界と同時に、その当時の長に耳飾りを託した。
当主は何も言わなかった。でも、きっと、微かな魔力で感じ取れるのだろう。
我が子だと。
そこから、”叢雲カゲツ”が誕生した。両親は思いにもしていなかった左右対称の瞳だ。
そこからが、叢雲カゲツの物語が始まった。
誰も目を合わせない。いつもそばにあるのは巻物にけん玉に、コマ。3歳そこらかのころ、物置に巻物を戻しに行った。
そこで、とある耳飾りと出会った。酷く心を奪われた。
家の者を勝手に持ち出していけないと頭では理解しながらも、その美しさに欲望は勝てなかった。あっという間にバレてしまったのだ。
「お前はその耳飾りをどうしたい」
「つけたい…です…」
この耳飾りが親が叢雲カゲツのとの最初で最後の誕生日プレゼントだ。
叢雲カゲツは大いに喜んだ。距離を取られていた家族から、贈り物があるなんて。
だが、それとは裏腹に、深い深い、癒えることのない地獄が待っているとも知らずに。
「お~!!どうや!これで完璧やろ!!」
白狼様から教えてもらったのは、基本的な転移術だったが、白狼は基礎基盤が大事なんだよと何度も何度も繰り返していた。何とも面倒見が良い白狼様だ。
「白狼様は何でこんな所に来たん?」
ふと気になった。もう何百年前に訪れた村にどうしてもう一度訪れたのか。
白狼様は低い声でうーんと唸った後、口を開いた。
「探してる奴がいんだよ」
真っすぐな瞳をしていた白狼様の視線が少し揺れていた。
「じゃあ僕も手伝うわ!!」
曇りなき、澄んでいる瞳だ。そんな顔を直視した白狼の頬は少し緩んでいた。
「いや、気持ちだけで十分だ。」
「なんでや!」
「…なんでも」
そう言って白狼様は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ちょ…何すんねん!僕はもう子供やない!!」
「ッハ!俺からすればお前なんて全然ガキだよ」
今までに見た中で一番緩んだ白狼様の表情だった気がする。
それじゃ、と言い残して白狼様は僕の頭を撫で続けたまま簡易的な転移術を開いた。
「ぼく、また白狼様と会えるかな?」
「…さぁな」
気づいたら何一つ変わらない武道場に戻っていた。何か一つ、消えたなら。それはきっと白狼様と会った時の記憶が消えているのだろう。
それと理由が分からないがあの不思議な男との記憶も消えてしまっていた。でも、しっか
りと己の手には、白狼に教わった術が刻まれていた。
時間が過ぎる一瞬一瞬を僕は修行につぎ込んだ。
周りの奴は、勉強をするらしい。でも、僕にはそんなことを言う権利なんてないって思ってた。
降り積もっていた雪が解け、桜の木も青色へと変わっていた。蝉がこれでもかと鳴り響く。
森の中と言っても、暑い、汗が滝のように出る。
それでも一生懸命修行を積んだ。村の民を守る。家族のような一人前の忍者になるために。
「ぼくも…がんばるんや…」
夏の夜の風が頬を通る。汗が冷え、少し気持ちよかった。
明かりは小さな蝋燭一本。それで十分だ。
鍛え抜いた視力で、暗い所でも修行は難なくこなせる。手はもうボロボロだ。
それでも、クナイを持つ手の力を緩めず、大木に立ち向かう。
いつか自分も家族に、民に信頼される忍者を目指すために。
だが、
そんな小さな子供の夢は一夜にしては簡単に崩れてしまったのだ。
ついに家族に呼び出されたカゲツ。胸の高まりが収まらない。ついに僕も村の人たちを守れるんや。その一心だった。
久しぶりに本館に上がる。久しぶりの本館の空気に鼓動が早くなるのを感じる。
久しぶりに会った下女に声を掛けようとする。
けど、途中で言葉が詰まった。
下女はずっと僕と目を合わせないように深く深く首を下げ、床を見つめていた。
僕は下女から少し距離を取り、後ろをつくように歩き始めた。
別に…悲しくなんてないし…
名家の叢雲だ。涙を流してどうする。
少し歩いて小さな個室へと案内された。
「なんでここ…」
着いたのは昔自分が使っていた子供部屋。理由は分からない。どうしてここに案内された。
声を掛ける間もなく、案内してくれた下女は足早に去って行ってしまった。
机の上に置かれた封筒。
震える手を一生懸命抑えようとする、無駄な努力だ。
封筒の中に入っている紙に書かれている内容にざっと目を通す。
「なんや…これ」
そこには、次の満月。化け物が現れると書かれていた。
僕は見たことある。沢山の妖魔が村を襲ったあの伝記を。
震えがさらに大きくなる。でも怯んでいる場合ではない。
ここで僕も民の為に役に立たないといけない。
やらなきゃいけない。
でも、でも何かが心に引っかかった。
その理由も自分の中で整理の付かないまま、日は流れて行ってしまった。
満月の出る夜。僕が向かったのはとでも古い小さな小屋だった。
昔、此処で一人の子供が過ごしていたらしい。
耳飾りが微かに揺れた。
「不気味や、ここ。」
いかにも妖魔が出そうな。そんな魔力が微かに感じ取れる。
夏の満月はとても大きかった。地表に近く出るからいつもよりも大きく感じた。
村の遠いところに小屋はあった。
どうしてこんなにも廃れた小屋の形が残っているのか謎でたまらない。
少し中を物色しようと足を踏み入れた。
小屋の中の空気は淀んでいた。足を動かす度に埃が舞う。随分と手入れをされていない様子だ。
熱帯夜だったのも相まって湿気が多く、埃の臭いがいつも以上に充満しているように感じる。
敷布団も敷いたままで、虫に食われたのか、ボロボロで近づくと鼻を刺すような異臭がした。
(戸もあけっぱやったし、雨も入り込んで何も手ぇ付けられん…)
竈も蜘蛛の巣が張ってあり、畳も何もかもがボロボロだった。
だけど、一つ妙だったのは、衣服や巻物、食料、何もかもは無くなっていて、布団以外の何も残っていなかった。
誰かが意図的にこの小屋を残しているのかもしれない。
「でもどうして…」
少し悩み、鼻緒を緩もうとした時、遠くから悲鳴が聞こえた。
慌てて外に出ると、声の主は村の方からだった。
ばけもの…ばけものだ…!!と、掠れた声の絶叫だった。
「ばけもの…異形か何か…?」
村の方へと走り出そうとすると、「おい」と抑揚のない、感情のない声がした。
「…なっ」
振り向くとそこには、黒い影の、人のような人ではないような何かが立ち尽くしていた。
「おま…妖魔か?」
妖魔らしき影は、少し首を傾げ、少しの沈黙の後に口を開いた。
「…お前は、化け物と呼ばないのだな」
と、何を言っているか理解できなかった。クナイを手に持ち、刃を向けるとまた妖魔は口を開いた。
「お前を襲うつもりはない。なんて言ったってお前が呼び寄せてくれたのだからな。」
ヒヒッと不気味な笑みを残した後、僕の背後をするりと抜け、村の方へと向かって行った。
「待て!!そっちには行かせへん!!」
声を荒げても妖魔には届かない。風を突っ切るように村へと飛び出した。
思いの他、村は大した被害を受けていなかった。それは白狼様の結界のおかげだろう。
村に辿り着くまでに少ない数ではあるが、妖魔を倒した。
でも、どの妖魔も抵抗してこなかった。
どの妖魔も、”あぁお前か”と言わんばかりの最期だった。
可笑しい。
何かが絶対に可笑しい。
自分だけ襲ってこない妖魔も、自分が向かわされた小屋も。
この村はどうして僕を疎外するのかも。
何もかもが。
でも、そんなことを気にしている暇はなかった。
近くの家で悲鳴がした。急いで向かうと妖魔に襲われていた。
母は腕を引掻かれていて着物越しに赤い血が滲んでいる。
だが、その腕は子を必死に抱えていた。
背後を取り、妖魔を首らしきところをクナイで突き刺す。
すると妖魔は一気に消滅していった。
「ありがとうございます…助かりました…助かりました…」
そう母は近づいていた。
「あっ、いや、別に…」
素っ気ない対応をしてしまった。すると母はきょとんとしていた。だけど、どこか微笑んでいた。
「とっとりあえず手当を…」
包帯で引掻かれた腕の傷を覆った後、母は立ち上がり近くに寄ってきた。
「ありがとうございます」
対応が分からずおどおどしていると、赤子が僕の指を掴んだ。弱く細い手で。でもどこか温かいかった。
視界が濁る。床には大きな雫がぽたぽたと大きな滲みを作っていた。
泣いてるんだ。僕は。
「…本当にありがとうございます。」
母も子供の小さな手を一緒に僕の手を握った。
こんなに真っすぐ感謝を伝えられたのは初めてだ。
心に温かさが溶ける。こんな感情初めてだ。
少し手を握られた後、母はもう一度頭を下げた。
「…僕も、ありがとうございます。」
そう言い残して村の中心へと向かう。
村の中心は、周囲よりも被害が酷かった。
きっと、人が密集していて食料も沢山蓄えられているからだろう。
何人もの村の民が転がっている。体は無残に食い破られていた。
(僕がもう少し早く着けば…)
後悔してももう遅い。残り少しの妖魔を突き刺す。
人を喰って力を蓄えていたから、さっきまでの妖魔と比べて手強かった。
それでも、僕の前に来ると呆気なくやられる。
「だっ、大丈夫ですか…」
見える範囲の妖魔を一通り倒した後に怪我をしている人たちの手当を行った。
いつも人に声を掛けてこなかったためか、若干コミュニケーションに戸惑うが、それでも手当をこなしていく。
手当をしたみんな、「ありがとう」と声を残した。心があったかくなる感じがした。
一人の例外を除いて。
叢雲カゲツは忌み子だった。その事実を突きつけられたのは家業を継ぐための修行を終え、一人前として人の命を救っていた時だった。
「あぁ、これが…叢雲家からやっと煩わしい忌み子が消える…」村の人の言葉だった。
その言葉が、いつまでも、いつまでも心の鉛として彼の心を閉ざしている。
ご完読ありがとうございます!皆さんこんにちは希です。
フォロワー様300人ありがとうございます…!!
記念の小説として今回はkgtさん中心のお話を書いてみました。あまりにも長くなりそうで、長く書いたら読むのしんどいだろうな…と思いどうにか前偏と後編で収まるように頑張ります。
この作品が書き終わり次第、リクエストの作品を進めて行きます!!
ゲシュタルト崩壊で、VTAのkyngさんが今のhsrbさん達と出会う…と言うお話を書いているのですが、これまた長編予定なので、申し訳ないですが更新は遅くなってしまうと思います…すいません。
更新もぼちぼちで、不定期で申し訳ないのですが、こんなにも沢山の方々に私の小説を見て頂いていると言う事実に改めて驚いています。本当に感謝です。
今まで何回か小説活動をしたことはあったのですが、こんなにも沢山の方々に見てもらうという機会はなかったので、ふらっと消えるかも…なんてこと言ってますが、これからも精一杯頑張るつもりなので、楽しみに気長に更新を待っていただけると幸いです。
改めてフォロワー様300人達成ありがとうございます…。本当に本当に沢山の方に見て頂いでいることが嬉しいです。これからも私の小説を不定期な更新にはなってしまいますが、楽しみに待っていただけると幸いです。
2026.7.22 希
コメント
1件
お疲れ、希さん!めっちゃ重いけど、すごく引き込まれたわ…。カゲツの孤独と、誰にも認められないもどかしさがひしひしと伝わってきた。特に「忌み子」として扱われてきた背景と、満月の夜の妖魔の襲撃が重なる展開が心に刺さる。星導と白狼という二人のキャラの対比もいい味出してるね。後編がどう転ぶのか、すごく気になる!!
希
12
#dytica
バニラアイス
150
#ホラー