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太陽の光を全て受容したようなその目に見つめられるのが好きだ。いつだって日光の温かさをそのままに、惜しげもなくこちらを照らしてくれる。気のせいかもしれないなどと思わなくても良いくらいには、あからさまに好意が伝わってくるのが愛おしい。しかし当然のことながら、陽の光はこの地球に住む生き物の全てに等しく与えられる。同様に彼の視線だってそうだ。持ち前の明るさで先輩にも後輩にも好かれる彼はそんな瞳で周囲の人間の心を晴らす。皆を照らす皆の太陽だとは、俺が彼に言った言葉だ。 もちろん本心で。 それなのに冷や汗の出るようなこの気分の悪さはなんなのだろうか。
テレビの仕事を終えた帰り道。タクシーに乗ってふたりで今日の振り返りをしていたのだが、いつの間にか彼は少しの沈黙の間で眠ってしまったようだ。 静かに眠る彼の寝顔を眺めた。寝室が別とはいえ彼の寝姿は家の中でよく見かける。今よりずっと仕事の無かった頃、夜のライブまでの空いた時間にテレビを見ながらそのまま寝落ちをしていた彼の記憶が思い出された。夜中の2時までふたりで酒を呑んで午後の1時に起きる生活をしていたのに、今となっては朝の6時に起きることだってある。
ここ数ヶ月で急激に、彼に対する執着が強くなっているのは自覚している。それも異常に増えた仕事のせいだ。しかし電動のチャリ機と電車でどうにか箱へと移動していた自分たちが、タクシーに乗られていることなどはその憎き仕事のおかげである。あまり強いことは言うまい。ライブばかりであった仕事はラジオやテレビの割合が増えて、自分達の紹介を何度も繰り返した。その度に自分の人生の全てに彼がいて、彼の人生にも俺がいることを確認する。だが可笑しそうに昔話をする彼は俺ではなく仕事相手 を見ているのだ。当然といえばそうなのだが、地下の狭い箱でライブをする時に比べて彼と目線を合わせることが少ない。 そんなことを感じる度に前の生活が恋しくなる。
本来は嬉しいことなのだ。絶対にこのふたりで売れてやると今まで息巻いてやってきて知名度が上がりに上がった今、自分達がやってきたことが肯定されたという嬉しさが込み上げたものだ。 やっと認められた。 やっと楽になれると喜び合ったというのにこの喪失感は一体。
決勝に行けた日の夜に家呑みをしていたことだった。彼がもう何度目かわからない涙を流していた。彼は本当によく泣く。家族や故郷の話をちょっとしただけでも泣くのだ。だから念願の決勝進出なんて泣かないはずがない。俺にはそれが愉快で、魅力的でずっと見ていたいと思ったものだ。太陽のくせに雨を降らせる彼だが溢れる涙がきらきらと輝くのは美しくて、天気雨のようなものかと納得してみた。堪えきれなかった様々な感情を露わにする彼を見ていると自分まですっきりとしたものだ。 あの夜は確実にふたりだけのものだったと思う。確実に、彼は俺ひとりだけの太陽だった。
そんなことを思い出していると救急車の通る音で起きたのか、ごしごしと瞼を擦った彼と目が合う。当然のように逸らさずに見つめてくれるその目は寝起きでも意外にしっかりとしていた。瞳孔の奥に燃えるような輝きが見える。視線が網膜を灼いて痛い。直接太陽を見た罰だろうか。眩しい、と無意識に実際にも目を細めていると彼が破顔したからどうしたのかと問うた。
「いやお前が変な顔で笑ったからじゃん」
怪訝な顔でそう指摘され、眩しいという顔と笑った顔は似ているのだと言うことに気がついた。
「まあね」
と適当に返事をして起こしかけていた彼の体を両手で座席の背もたれに押さえつける。 ねえなんでまた寝かしつけときたいんだよ俺を!などと喚いていたが本当に再び眠りにつくとは思わず、帰宅して彼を起こした際には深刻な寝不足なのではないかとふたりで相当騒いだ。
家に着いたらどっと疲れが込み上がってきた。様々な状況が変わる中、ずっと変わらない無限虫の景色におそらく安心したのだろう。時間も遅いし今日はもう寝ることにした。いつも通りかわりばんこに風呂に入り、彼が紙魚に悲鳴を上げるのを聞き、ふたりで歯磨きをした。
「それじゃおやすみ」
「うん、おやすみ」
挨拶を交わすと彼は階段を登って行く。
棺桶の中に眠る彼を想像した。
歳も歳であるためどっちが先に死ぬかだなんていう話も最近するようになった。さっき歯磨きをしている時まさにその話になったのだ。そういった話をする度に彼は「いつも俺の方が先に体調悪くなるんだから俺が先に死ぬ!」と主張する。もしその通りになるのだとしたら葬式に行くことになるのだろうかと思ったのだ。 想像上の彼は目を瞑り、安らかに眠っている。みんな泣いているというのに泣き虫な彼は涙ひとつ流していない。……もうあの眩しい瞳は見られないのだろうか。しかし瞼を無理やりに開かせたところで、虚な灰色の瞳がこちらを照らすこともないのだろう。
焼いて灰にするだなんて勿体無い。棺桶の蓋を開けて瞼にキスをした。しかしその程度ではもはや抑えきれない。彼を失ったのだ。あんなにも生活の一部で、人生の全てだった彼を。いつもはネタでやっているのだが、本当に彼の目玉をころりと手のひらに収めてしまいたくなった。彼のものですらなくなったそれであれば、俺だけのものにしても問題ないだろう。きっと彼もそう言ってくれる。俺が死ぬまでの数日間なら腐らずもっていてくれるだろうか。
ささやかに降っていた雨がいきなり強く降り出したようで、凄まじい音が聞こえる。
我に帰ると何を考えているのかと思う反面、鼻で笑ってしまえない自分がいた。豆電球も点けないこの暗さが悪さをしているのだろう。さっさと寝るよう努めることにした。
外は昨日の大雨が嘘だったかのような晴天らしく、すっかり明るくなった部屋で目が覚める。 襖を開けると洗面台の方から音がすることに気がついた。あまり掃除の行き届いていないフローリングをぺたぺたと裸足で歩く。背中を向けていた彼がタオルから顔を離すなりこちらを向き眉を下げて笑った。
「おはよ、山口さん」
もやもやと何かが巣食っていた心が一瞬で晴れてしまった。
「…おはよう。零士」
この家が今ふたりきりであることが、彼が俺だけを見ている証だ。
矢っ張り、その瞳が今日も俺を映すのならもうそれだけで十分だと思った。
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