「…」「…」
身体を拭き終えた後、ベッドに隣り合わせで腰を掛けて無言の時が流れる。その静寂に耐えきれなかったのか、はたまたこの状況を打破しようと考えたのかはわからないが、勇者が口を開いた。
「ごめん!ミルキィが怒ってるのはわかるんだけど、いくら考えても理由がわからないんだ!教えてくれないかな?」
レビンは思ったままを口にした。所謂馬鹿正直というやつである。
(うぅ…アイラさんにデレデレしてて、イラってしたなんて言えないよぉ…)
ミルキィは『何故あの時、怒りを露わにしてしまったのか?』後悔していた。
もちろんただの嫉妬だが、ミルキィはレビンの事を大切な幼馴染でかけがえのない人だとは認識していても、これまで自身の恋心には違うと否定し続けていた為、素直になれないでいた。
(何でこんなにイラッとしたんだろう…)
(それよりも何か話さなきゃ…このままはイヤよ)
自身の願いに従うために、ミルキィは口を開く。
「き」
「き?」
「き、気のせいよ!私は怒っていないわ!」
「そうなの?それならいいけど……じゃあ明日も早いから寝よっか」
「え、ええ…」
ミルキィはこの場と自身の気持ちを保留する事にした。
これまで上手くいっていた15年が変わるのも、拒絶されたらと思う事も、どちらも同じくらい嫌だったのだ。
(優しいレビンは秘密を知っても友達でいてくれるけど、ヴァンパイアなんていくら優しいレビンでも女の子としては見てくれないよね……って!何考えてるのよ!私は!)
偏に山奥の小さな村では同年代がいなかったせいで、15歳にして初めての嫉妬という気持ちに、どうすればいいのかわからなくなっていた。
答えのない悩みにミルキィは寝付くことが出来ず、寝不足になるのであった。
「大丈夫?なんか顔色悪いよ?」
レビン達は昨日とは別の森へと来ていた。もちろん今日もせっせと薬草採取をしている。
「暑くなってきたから寝付けなかったのよ!問題ないわ!」
本当はレビンに好かれるような…具体的にはアイラのような余裕のある言動をしたかったのだが、寝不足の為、少々きつい返しになってしまった。
(もう!なんで可愛く言えないのよ!?)
イライラは募っていく。
しかしここは15年の付き合いがある幼馴染の事。レビンは解決方法を提示した。
「寝不足かぁ。おいで」ポンポン
レビンは比較的綺麗な木陰へと向かい、腰を下ろして自身の膝を叩いた。
「…もしかして、膝枕しようっていうの?」
「そうだよ。僕は昼寝はしなかったけど、ミルキィは昔からしてたよね。薬草は十分あるから昼寝して?寝不足で怪我をしたら大変だからね」
「昔って、ホントに昔のことじゃない!!お昼寝なんてもう5年はしてないわよ!」
レビンは言葉の選択を誤った。
しかし行動は間違っていなかったようだ。
「ほら。眠いんでしょ?寝よう?」ポンポン
再び促された言葉に逆らえないくらいには、ミルキィの寝不足は深刻だったようだ。
無言でレビンの膝に頭を預けると幼子のようにすぐに『すぅすぅ』と寝息を漏らした。
三十分程仮眠を取れたミルキィは、まだ眠たいと主張してくる瞼をこじ開けて覚醒した。
もう少し寝ていたかったが、レビンが揺り起こしたのだ。
またもや耳元で
「向こうにゴブリンがいる。倒す前に僕の血を吸って」
「!!」
寝起きの顔の前で幼馴染の自傷行為を目撃したら寝てはいられない。
寝転んだままの自分の口の前に差し出された傷口に、ミルキィは当たり前のように吸い付くのであった。
ヒュンヒュンッ
ヒュンッ
矢筒から三本の弓を取り出したレビンはすぐさま2射放ち、一拍置いてからもう一つ放った。
三本の矢の内、一本はゴブリンの頭蓋を貫通した。残りの二本はそれぞれ一本ずつ別々のゴブリンの足を貫いた。
それを確認したレビンはさらに二本の矢を持ち、無傷な方の足に放った。
都合3体のゴブリンを1体ずつ、レベルドレインを挟んで葬った。
『レベル7』
「凄い事になったわ…」
レベルアップの高揚感により完全に目覚めた頭であっても、自身の事ながら現実を理解する事に時間がかかる。
「冒険者が初心者を卒業する目安がレベル5だから、ミルキィはもうベテランだね!」
レビンに悪気は一切無いが、女性…それもまだ女の子のミルキィにベテランという言葉を投げかけて……
「私はまだ若いわよ!!ルーキーと言ってよね!」
いつの世も、どんな世界であっても、女性に歳を連想させる言葉は禁句だ。
言われたレビンは理解出来なかったが、口をつぐむ事を選択した。
それも間違いではない。
「一気に3つもレベルがあがると流石に不思議ね…身体が自分のモノじゃないみたいだわ」
漸くレベルについて話せるとわかったレビンは、意気揚々と告げる。
「じゃあ見ててね!」
そう言うと、昨日より少し低い位置に枝がある木の下に向かった。
「見ててね!」
ミルキィに確認したレビンは飛んだ。
「嘘でしょ…」
ミルキィの視線の先には枝の上に着地したレビンの姿があった。
「ねっ!僕もレベルが上がっているってわかったでしょ?」
「ええ!間違いないわ!」
元々二人の身体能力に差はほとんどなかった。人族の15歳の男女の平均くらいだ。
レビンは普通より少し良いくらいで、ミルキィは人族の同い年の女性と比べて少しだけ劣るくらいだ。
ミルキィもそれを知っていた為、以前の自分では不可能な身体能力を見せられたことで、レビンのレベルが上がっている事を認識した。
「ミルキィ!昨日の森に戻りたいのだけど、いいかな!?」
「構わないわ!リーダーはレビンよ」
レビンを疑っていたわけではないが、自身の目で確認できた事で負い目が無くなったミルキィは、初めての吸血騒動の前の『レビンのしたいようにさせる、男性をたてれる女性』へと戻ってこられた。
この世界はいい意味でも悪い意味でも男女平等である。強い男もいれば、同じく強い女もいる。
多少の性差はあれど、レベルがあるこの世界では些細な事だ。
では、なぜミルキィが過去にその様な行動指針だったのかというと、ミルキィの母が原因であった。
ミルキィの母は幼い頃に見た、演劇のヒロインにどハマりしてしまった。そのヒロインが大和撫子の様な女性であった為、自身の子供であるミルキィに『こういう女性になりなさい』と呪いの様に言い続けたのだ。
その呪いのせいで、ミルキィは幼い頃から大人びた言葉遣いとなっていたのであったが、本人は村人からその事で温かい目で見られていたことは知らない。
(胸のつかえが一つ取れたけど…昨日の胸のつかえは取れないのね…)
当たり前だが、どんな女性でも嫉妬はするのである。
「昨日の場所ね?」
レビン達が着いたのは、昨日ゴブリンを倒した場所だ。
血の後はあるが、ゴブリンの死体は無くなっていた。
この世界では動物の死体も魔物の死体も少数であればそのままにしておいて問題はない。
魔物や肉食動物の餌となるからだ。
餌となれば不味いのではないかと思うかもしれないが、腹を空かせた魔物や動物ほど怖いものはないとされている為、問題にならないのだった。
もちろん街道や街の近くであればキチンと処理しなければならないが、森や山などの普通の人が集まったり通ったりする場所でなければ罪に問われることはない。
「そうだよ。少し実験がしたくて来たんだ。ちょっと待ってて」
そう言うと、昨日ぶら下がった枝の近くの木にその高さでキズを付けた。
「よっと!」
少し湿った土を指につけてキズを付けた木に全力で垂直跳びをした。
「多少の誤差はあると思うけど…大体18cmは伸びてる」
(以前村にあった定規で親指と人差し指の間の長さを測った時に18cmだったから、そこまで変わっていないとして、レベルが三つ上がって18cmという事は…1レベルで6cmかな?同じように上がるのか徐々に上がり幅が増えるのかはわかんないけど…もし1レベルで同じなら…)
普通の村人であれば人差し指と親指の距離は気にならない。しかし、レビンは猟師の手伝いを始めてしばらく経ち、弓を扱わせてもらう事になって自身の弓を作る時に、弓の持ち手の部分にあたる場所の厚みを作ってもらうのに必要だったため、測っていた。
ちなみに誰が決めたのか、この世界の1cmは地球の1cmと同じである。
「ねえ。レベルの上がる前の僕って、どれくらいの高さまで飛べてたかわかる?」
「わかんないわよ。自分の事でもわからないのに…」
思考の海に沈んでいたレビンは、無理な質問をぶつけて呆れられた。もちろん本人は未だにその呆れには気付いていないが。
「もし1レベル6センチなら今より48センチ低かったのかな?」
ナキ村ではまともな勉強などさせてもらえなかった。それはナキ村だけが特別なのではない。ガウェインくらいの街には学校や私塾はあるが、ほとんどの場所ではロクな勉強はさせてもらえないのが実状である。
レビンは…というより普通の家では足し算と引き算、文字は最低限の事として教えられる。
しかし、レビンはその点普通ではなかった。
幼い頃から常に思考の海で泳いでいたレビンは、頭の中で掛け算割り算を独自に考えて使っていた。
幼少期、同年代の子供が居なかった事もあるが、ミルキィがレビンと気が合ったのは黙っていても問題なかったからだ。
ミルキィは生い立ちの影響で社交的ではなかったからであり、レビンは考え事をしていたという違いはあるが、幼い二人にはそんな理由など関係なかった。
『ミルキィ(レビン)といるのは、居心地がいい』
この事実だけが、二人の真実だった。
レベル
レビン:1→0→1→0→1→0→1(8)
ミルキィ4→7
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