大森side
服やら打ち合わせの書類等が散らばった部屋のデスクでモニターと睨めっこ
いつも通りで、なんら変わらない
何度吐いたか分からないため息をまたつきながら、頬杖をついてあべこべな楽譜のようなものに書き込んでいく
楽譜が書けない、読めないのも考えものだ
「できないことの無い天才」となんど謳われたことか
俺にだって不可能はある
ハイトーンボイスが出せても楽譜が読めない
たまたまできたことだってある
そんなことを考えていると、プレッシャーと圧と期待とで押しつぶされそうになる
頬杖ついていた手をそのまま頭上へと向かわせ、髪をかきあげまたため息
どうしてもここの歌詞が気に入らない
聞く人の心や心情を肯定する歌詞
本来であれば作詞者本人の心情から生まれるのが歌詞なんだろうが、俺には分からない
相手を肯定できるようなメンタルではないから
寂しがり屋で、ほんとは心がすごく弱い
『なるようになるさ』と歌ってはいるものの、その歌詞に嫌気すら覚える
また、そんな自分が嫌になる
「 生まれ変われない また私だけ 」
まただ
また悲しい歌詞になってしまった
こんなはずじゃなかったのに
もっと前向きに歌いたいし、もっとポジティブを込めたい
また、ためいき___
w.「はい、そこまで」
__ためいきをまたつこうとした途端、つけていたヘッドフォンをいきなり後ろから外され、上を見ると、隣の部屋で涼ちゃんと練習していた若井が俺の顔を見下ろしていた
w.「…腹減らない?」
そういえば、と思い時計を見ると、ちょうど13時を過ぎたあたりの時間だった
曲作りに夢中で、時の流れなど気にしていなかったからだろう
m.「…減った」
w.「そりゃちょーどいい、いいもんあるんだ」
そう目をきらっとさせて、俺の手を引きリビングに連れていかれた
r.「ほら、どーぞ!」
そそくさと床に座らされテーブルに目をやると、そこには湯気を纏った綺麗な焼き目の、バターとシロップがいっしょにとろけて、熱で溶かされるバニラアイスが皿に浸るホットケーキと、アイスが溶けて上辺りが白くグラデーションになってるメロンクリームソーダが並んでいた
とろんと皿にシロップと溶けたバニラがゆっくりと流れて、やさしい甘い匂いがそっと鼻をかすめた
w.「…冷めないうちに、ね?」
m.「…いただきます」
そっとナイフを刺すと、染み込んだバニラとバターがじゅわっと溢れ、切ると皿に滝のように流れた
ひとくち頬張ると、口の中が甘味で広がり、その時なにかのリミッターが外れたように止めどなくホットケーキを頬張った
シロップやバニラが垂れているのには目もくれず、麻薬のように。切っては口に運びを繰り返した
3分の1ほど食べると、隣に若井が座って、飲みな。とコースターごとソーダを寄せてくれた
w.「メロンクリームソーダは俺が作ったんだよ。濃さとかちょうどいいと思う」
そう優しく笑ってストローを俺の方向に向けてくれた
ナイフとフォークを一旦置き、ひんやりと冷たくなったグラスを持ち上げ少し飲む
口中に広がる爽やかな感覚と、舌に残る炭酸の刺激、ちょっと濃い原液の味
それを感じた途端、涙が溢れた
m.「…おいしぃ…ッ」
一瞬驚いたような顔を見せた2人だが、すぐにやさしい笑顔になった
m.「あれ、ごめ…っなんか、勝手に出てきちゃって…ッ」
r.「美味しいならよかったよっ」
「たまには、ちょっとご褒美もいいじゃん」
w.「最近、甘いのとか食べてないんでしょ?甘いの食べたら疲れも吹っ飛ぶでしょ」
どうやら、二人は部屋が違くとも俺が疲れ果てているということを感じ取ったらしい
さすが、というべきか
残りのホットケーキとメロンクリームソーダを平らげると、食器を流し台に置き、ごめんと一言言って部屋にダッシュした
こんな自分が嫌になるなんて、嘘だ
こんないいメンバーに恵まれてて、なに馬鹿なことを抜かしてるんだ
椅子にも座らず、歌詞を書き綴った紙を手に取り、ペンを持つと一部のフレーズに二重線を引く
そして、その二重線を引いたフレーズの下にこう書き込む
“ 生まれ変わるなら また私だね ”
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