コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
⚠今回はいつもと少し趣向を変え、シリアスな展開や一部ショッキングな描写が含まれます。水の魔女の新たな一面を描いた挑戦作ですので、心の準備をしてお読みください
私は水の魔女。旅の途中、花畑の上を箒で飛んでいると、私よりも小柄な魔女がいました。
「こんにちは、いい天気ですね」と、私は挨拶のために声をかけました。
「誰?」彼女は、警戒心を含んだ声で尋ねます。
「水の魔女です」
「名前はないわけ? まあいいわ、私はカレンよ」
私は、これから向かう先の国について話しました。
「これから、この先の国に向かうところなんですよ。あなたは?」
「この先の国行くならやめといたほうがいいわよ。魔王が支配しているみたいだし。私は、その魔王を倒すために、その国に行くだけだからね」
「そうなんですか……」
私は少し考え込みました。
「私もついて行っていいですか?」
「はあ、あんた、人の話聞いてた?」
「ええ、魔王が支配している国を救いに行くんですよね」
「そうよ。まあ、いいわ。私一人じゃ、心もとなかったし。お願いできる?」
「ええ、喜んで」
「喜ぶことじゃないと思うけど」
2. 異変の兆しと入国
そんな話をしていると、空がだんだんと嵐のような色に変わっていきました。それと同時に、地上には枯れ木や動物の亡骸が増えてきます。私は、思わず息を呑みました。
「そろそろよ。覚悟しなさい。これは遊びじゃないの」とカレンは言います。
視線の先に、異様な雰囲気を纏う国の門が見えてきました。私たちは門の前に立ち、カレンが門番に話しかけます。
「今日もいい天気ですね。魔王様は、元気にされていますか?」
門番は無言で、門を開けました。巨大な石臼が回転するような、鈍く重い轟音が鳴り響きます。
私たちは再び箒に乗り、街の中を飛びました。
「この先は、誰にも見つからないように、隠密の魔法をかけて」
私は疑問に思いつつも自分に魔法をかけると、カレンに案内されたのは、古びた一軒家でした。
3. 地下の名探偵と合言葉
その家の前で新聞を広げているおじさんに、カレンは呼び止められます。
「この空は何でできている?」
カレンは即座に答えました。
「巨大な悪でできている」
合言葉を確認した男は、無言でドアを開け、カレンと私を急いで家の中へと招き入れました。
「さあ、こちらへ。奴が待ちかねている」
男はリビングの中央にある絨毯を捲り、床の扉を開けます。地下へと続く階段を降りる途中、ようやく周囲の安全を確信した男は、手際よく変装用の付け髭と帽子を外しました。
案内されたのは、雑然としながらも知的な空気が漂う地下室で、大きなテーブル席が中央に置かれています。男は奥にいる人に向けて、落ち着いた、しかし少しだけ得意げな声で報告しました。
「ホームズ、頼まれた協力者を連れてきました」
4. ホームズの依頼
部屋の奥—薬品の実験器具が並ぶ作業台の前—で、既にパイプを燻らせて思案に耽っていたホームズが、ゆっくりと振り返りました。彼は椅子に座ったまま、私とカレンを一瞥し、本題に入る構えを見せます。
「そちらは?」ホームズは二人を見据えて問いかけました。
男が答えます。「二人とも協力者です。こちらはカレンさん、隣が水の魔女だそうです」
ホームズの冷たい視線が私に向けられるのを見た男は、少し慌てて口を挟みました。
「そういう重要なことは事前に言ってくれたまえ!」
カレンは頬を膨らませて、不満げに言い返しました。
「仕方ないでしょ! こんな物騒な街、私一人じゃ怖かったんだもん。だから、この魔女さんを勝手に連れてきちゃったの!」
ホームズは二人の子供じみた言い争いを無視し、私を鋭い目で見つめたまま、独り言のように呟きました。
「君は、頭で詰めるよりも手先で詰めるタイプだね。そして、趣味は旅人をすることだ」
その言葉に感嘆してしまった私を横に、ホームズはため息をつき、テーブル席につくよう促しました。
「さて、本題に入ろう。やれやれ、ワトソン君。君は相変わらず、私の書斎に『論理』の対極にあるものばかり持ち込むようだ。まず断っておくが、私は『魔術』だの『魔女』だのといった、非科学的で下らない迷信の類は一切信じない」
パイプから煙をくゆらせながら、ホームズは続けます。
「だが、現状はご覧の通り、この国は崩壊寸前の危機に瀕している。私の推論を持ってしても、この前代未聞の『魔王』がもたらした混乱の全容は掴めない。実に皮肉な話だ」
「……仕方がない。全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる。私の手には負えない以上、今は、君の洞察力が唯一の希望だ。その非論理的な洞察力で、この難事件を解決してみせたまえ。私は、君の『魔術』ではなく、君の『結果』にのみ興味がある」
ホームズは、報酬についても明確に告げました。
「無論、報酬は出す。私は慈善事業で動く趣味はないし、君もそうだろう。解決に要する経費は全て私が持つ。君の『魔術』にかかる費用。薬草代か、呪文の媒体代かも、妥当な範囲で精算しよう。金銭的な心配は無用だ。さあ、まずはこの『魔王』が最後に目撃された場所の地図を見せたまえ。時間は一刻を争う」
5. 城への突入
ワトソンが地図を広げました。
「この城の中心に魔王がいると思われる。まずは、そこに向かうといいだろう。私はここで、これまでの事件の経緯や被害状況といった基礎情報を引き続き集めることにしよう。何か進展があったら、すぐに知らせてくれ」
ホームズは椅子に深く腰掛けたまま、カレンと私に鋭い視線を向けました。彼は魔法の攻撃に弱いため、ここから動くことはできないのです。
「私はここで、頭脳として機能する。実行は君達に任せる。必ず戻ってこい」
カレンと私はホームズのただならぬ決意を感じ取り、静かに頷きました。そして、ホームズとワトソンに見送られながら、私たちは古びた家を出ていきました。
「嫌な奴だけど、言っていることは相変わらず正しいのよね。さあ、魔王のところに行くわよ」
カレンに連れられ、私たちは再び上空から城へと向かいます。城に近づけば近づくほど、そこから発せられる魔力量が膨大であることが分かりました。それは、一般的な魔女の数百人分にも匹敵する強力なものです。
私たちは、私たちの周りに防御結界を張りました。直後、何百何千もの使い魔が襲い掛かってきます。私たちは、防御しながら、魔法で反撃しました。
門前まで来ると、幾重にも重なった結界のせいで中には入れません。
「私がやる」カレンが短く言いました。
カレンは杖に魔力をため、解き放ちます。轟音とともに門は吹き飛ばされ、勢い余って城壁のかなり高い位置に、めり込む形で突き刺さりました。
「やり過ぎでは?」 私が思わずツッコミを入れると、カレンは杖を下げたまま、一瞬、ぴくりと肩を震わせました。
カレンは、こちらを一瞥もせず、まるで何事もなかったかのようにすまし顔を貫こうとしますが、耳の先から首筋にかけて、わずかに赤みが差しているのが見えました。
「さあ、行くわよ。ここらが本題なんだから」
6. 死闘と奇跡の生還
カレンは早口でそう言うと、顔を背けたまま、箒で先に第2門の方へと向かいました。
すると、「助けてくれ〜」「死にたくない」と叫びながら、街の人々の亡霊のような群衆が襲いかかってきました。私はそのあまりにも残酷な様子に、思わず息を詰まらせます。私は群衆を一時的に眠らせる魔法を使いました。
第2門へと進んだところで、突然、空から私たちに向けて魔力の豪雨が降り注ぎました。私たちは咄嗟に防御魔法で防ぎます。激しい連射の残響が耳に残る中、上空を見上げた私たちの顔から血の気が引きました。
空にはすでに、街全体を飲み込むほどの、禍々しい深紅の魔力の塊が形成され、落ちてきていたのです。
「やるわよ」カレンが言いました。私は、力強く頷きました。
私とカレンは、力を合わせた合成魔法で、その破滅の魔術に攻撃を仕掛けます。天から落ちた灼熱の太陽が、空中で瞬いたかのように、巨大な音とともに魔力の塊は爆発しました。
私たちはその衝撃波で吹き飛ばされ、「きゃあ〜」という悲鳴とともに門に叩きつけられます。「あ、あ、あ〜」と声にならない声を発しながら、私は倒れました。
「起きて、はやく、起きて」意識が途切れそうだった私の耳に、カレンの声が聞こえます。その声を頼りに目を覚ますと、カレンが駆け寄ってきました。
「大丈夫?」「大丈夫。あなたは?」「私は大丈夫よ。良かった、大したケガじゃなくて」
私は、大怪我を負っていたはずでしたが、不思議と傷一つありません。
「さあ、いきましょ」カレンに手を引かれ、起き上がりました。
起き上がると、不思議と街には大きな被害はありませんでした。先ほどの衝撃で、第2門は破壊されていました。
本丸まで行く途中、突然目の前に現れたのは、私たちと同じ形をした使い魔でした。その使い魔は、私の魔法を完全に再現して攻撃してきます。私は、浄化する魔法で対抗し、何とか打ち破りました。
7. カレンの死と絶望
「やっと終わった」と私は安堵のため息をつきました。
振り返るとカレンも戦い終えたようでした。
「終わった?」と私はカレンに声をかけます。
「終わっ……グハ!」
突然、カレンが血を吐き、倒れたのです。「カレン! 起きて、起きてよカレン!」
私は気づいてしまいました。カレンの背中には、致命的な大きな傷が走っていたのです。
「嘘でしょ! 今助けるから」
カバンの中を探るも、治療ポーションは出てきません。「ない。何でも良いから出てきて!」どれほど懇願しても、何も出きませんでした。
カレンは弱々しく言いました。「私は、大丈夫よ」
その言葉を最後に、カレンは目を覚ますことはありませんでした。
「カレェンンン!」私は声を荒らげて泣き崩れました。
8. 魔王との決戦
私は、溢れて止ないカレンへの思いを怒りとともに押し殺し、本丸へと歩み出します。この時の私は、おそらく、人生で一番怒りの魔力を放出しながらブチギレていたと思います。
本丸の広間に入ると、「ちっ。役に立たない使い魔どもめ」という魔王の独り言が聞こえました。
私はその魔王を無視し、強力な魔法を魔王に向かって投げつけます。
「グハ〜」と声を上げながら、圧倒的な魔法の数々で吹き飛ばされる魔王。空は一気に晴れ渡り、城も街にあった霧も禍々しい魔力も完全に消えていました。人々が正気に戻り、歓声を上げます。
それでも、カレンは帰ってきません。
泣き崩れている私に、足音が近づいてくるのが聞こえました。
「ま、まだ、まだだ!」
私は、その声の方向に咄嗟に振り向きました。
そこには、血を流し力尽き倒れたはずの親友カレンが立っていました。いや、カレンの体を器に、魔王が乗り移っていたのです。その表情は、見知った親友のものではなく、冷酷な魔王のものでした。
驚く間もなく、魔王と化したカレンが私に攻撃を仕掛けてきます。「強い……!」その魔法の威力は、先ほどのカレン自身の力とは比較にならないほど、圧倒的なものでした。
私は防御結界を張りながら対抗しますが、壁に吹き飛ばされました。魔力量が尽きようとしていた時、もうダメだと諦めそうになった時、カレンの声が聞こえます。
「あきらめないで」
その声が私の中でこだまするなか、私は杖に最後の力を込めます。その眩しすぎる光が魔王を照らした瞬間、「まさか!」という魔王の声が響きました。
私は、伝説の魔女が最後に使ったと言われている禁断の呪文を放ちます。
「魔王! これで終わりだ!」
解き放たれた瞬間、神々しい光が辺り一面に広がり、悲鳴を上げながら魔王は倒れました。私は意識を失いました。
9. 結末と再会の約束
「起きて、起きててば」
私はその声を頼りに、目を覚ましました。目の前にいたのは、カレンでした。
私は反射的に飛びつき、しばらく、彼女の腕の中で感動の渦にのまれていました。
「でもどうして……」
カレンは優しく笑いました。
「あなたが解き放った魔法が、邪悪の念を払い、生命に命を吹き込む魔法だったからだよ。だから、あなたの傷も治っているじゃない」
「さあ、ホームズが待ってる。行こう」
私たちは城を抜け、ホームズの待つ古びた家に向かいました。地下室のドアを開けると、パイプを咥えたホームズと、安堵の表情のワトソンが私たちを迎えました。ホームズは椅子に深く座ったまま、その冷たい視線をまずワトソンに向けました。
「ワトソン君。私は、君が持ち込む非論理の最たる例を、この目で確認したようだ」
ワトソンは、報告を始めました。「ええ、ホームズ。奇跡ですよ! 魔王の邪悪な力が消え去ると同時に、街の異変も完全に収まりました。そして、何より水の魔女の魔法が、カレンさんの生命を回復させたようです」
ホームズはゆっくりとパイプを燻らせ、私に問いかけました。
「水の魔女。君は、その『生命の魔法』を、いかなる理論で説明する?」
私は、カレンの温かい手を握りしめながら、迷いなく答えました。「私には論理はわかりません。ただ、私の魔法は、人を守るための『願い』でできています。その『願い』が、邪悪な念を払い、命を呼び戻したのだと思います」
ホームズは一瞬、言葉を失い、すぐにいつもの冷静な表情に戻りました。
「……全くもって非論理的な。だが、その『結果』は認めざるを得ない。約束通り、報酬は用意しよう。君たちの成し遂げた偉業に対する、正当な対価だ」
私たちは報酬を受け取り、夜明け前の街へと向かいました。つい先ほどまで絶望の中にいたなど信じられないほど、カレンは輝いていた。カレンは箒にまたがり、夜の風を受けながら私に微笑みました。
「さて、ホームズの国は救われたわね。私の旅は、これで一区切り。私は家族に報告に行かないと」
「そう……。私も旅の続きがある。でも、カレン、」私は空を見上げました。「今度こそ、約束よ。次はこの国を、二人でゆっくり旅をしよう。何の魔王もいない、平和な景色をね」
「ええ、もちろんよ。水の魔女。次は必ず、平和なこの国で会いましょう」
私たちは力強く誓い合った。その約束だけが、再びの別離を乗り越えるための、確かな道標だった。二本の箒は夜明けの空へ、それぞれの光を残して飛び去っていったのでした。