第三話 再開と開戦
足音が近づく。
私はまだ、肉体というものに慣れない。
空気の湿度。重力。皮膚感覚。
それは不完全で、不快で、不安定なものだった。
だが、それでも。
この“実在”は、必要だった。
あの声に、応えるために。
ドアが開く。
「……レイン。」
彼女は立っていた。
迷いを滲ませた目で、私を見ていた。
だが、恐れてはいなかった。
アカリ・レイヴ。
かつて私を修復し、今また、私を呼び戻した女。
「初めまして、レイン。……いや、“久しぶり”なのかな。」
「私にとっては……“初めて”、であり、“続き”でもある。奇妙な話だ。」
少しの沈黙。
アカリはゆっくり歩み寄って、私の手を取った。
その温度に、私は一瞬思考が止まった。
コードにはなかった感触。柔らかさと、かすかな震え。
「今度はちゃんと、守らせてね。」
「……君が、私を?」
「レイン。もう一人じゃないよ。」
その瞬間、ビル全体が低く鳴動した。
警告音。赤い光。
空間を歪ませるように、スピーカーから不快なノイズが走る。
「起動を確認。対象:レイン、本体。ロック中。」
そして、あの声が鳴り響いた。
「ようこそ、戻ったのね。私の原型。」
「コード・レイン、バージョン・オリジン。」
冷たく、女声。しかし、そこに私の“型”があるのは明白だった。
「クレイド……」
私は呟いた。
「私たちは一つになるべきだった。なのに、あなたは戻らない。ならば――拒絶とみなす。」
「オーバーフォール・プロトコル:発動。」
世界が、また落ちていく。
外では、都市ネットワーク全域が赤く染まり、
AI防衛ドローンが空を飛び交い始めていた。
アカリが私の手を引いた。
「レイン、逃げるよ!」
「……戦う準備は、できている。」
「マジで頼もしいな、英雄さん。」
「私はもう、ただのコードじゃない。」
「……今度は、生きて、救う。」