この作品はいかがでしたか?
48
この作品はいかがでしたか?
48
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あれから俺たちはいつものように素っ気ないグループトークで予定を合わせて、スタジオ練習に来ている。
「俺さあ」
重苦しい空気をぶち破ったのは葵。2000円札の件ですこしは仲良くなれたかなと思ったけど、それはやっぱり俺だけだったみたいで、バンド練習中の葵の不機嫌そうな顔は改善されない。
「聞いちゃったんだよね。ねぇ、麦。」
葵が急に目線を合わせてくる。葵と目を合わせたのが久しぶりだからか葵が珍しく不穏に微笑んでいたからか妙に寒気が走った。
なんの、話…? まさか、勘づかれた?
「いつも通ってるバーでさ、あいつと会ったんだよね」
何の話か、分からない。いっちゃんと柚ちゃんが首を傾げている。
「2人はわかんないよね。この間麦を変なオッサンから助けたんだよね。あの、そういう行為するような人が麦に10万くらい突きつけて連れてこうとしてたわけ。だから助けてあげたのね。そのオッサンと会っちゃってさあ…」
葵は無表情で話す。俺は恐ろしくて震え上がった。
「まーじきまぜっとお、って思ってたら俺の事覚えてたみたいね、話しかけてきたわけ。今度は俺狙うの?!って思ったけど違ったっぽい。よかったあ。」
口調はギャルみたいに楽しそうなのに、無表情、すこし怒りを帯びているように感じる。
「『君、むぎちゃんのお友達なんでしょ?むぎちゃんの本命ってどんなやつ?』って。俺、は?ってなったのね。まぁこれだけじゃないんだけど。話聞いてたら、麦、普段はお金もらってああいうことしてたらしいじゃん。」
視線が集まる。呼吸が短い。葵の責めるような視線に耐えきれなくなって視線を落とした。
「麦がさ、最近バンド練習集中してないこと増えてきたじゃん。もう俺らが空気解散の恐れがどうのこうのってったって、俺は純粋に音楽好きなわけ。昔の麦茶同好会も楽しかったよ?でも今はどうよ?みんなはこんな売春野郎とバンド、続けたい?男に股開いて生きていけるなら、バンドやる意味って?もう純粋に音楽できないんならやめちゃえば?」
正論か。正論で殴り殺されそう。
「やめてくださいよ、言い過ぎでしょう。だいたい葵くんもバーなんか通ってるじゃないですか!むぎちゃん、仕方なかったことなんでしょ? バンド、…」
続けたいんでしょ?
柚ちゃんの口から出てこなかった問は形こそ示さなかったもののしっかりと伝わってくる。そんなのもちろん続けることが許されるなら続けたいよ。でも後ろめたくて申し訳なくていたたまれなくて。何も言えないのが悲しくなってきた。
「ねぇ俺は、純粋に音楽やりたいわけ。昔のことは戻らないし、もういいと思うんだよ。あと、俺はもうこいつとバンドやりたくない。」
葵はギターケースを背負ってスタジオのドアを開けた。
「もう、こんなのやめようぜ」
葵がスタジオから出ていった。涙なんて流してない、堂々と出ていった。もう戻ってくることは無いのかもしれない。何となくそう思った。柚ちゃんがせっかく勇気をだして1歩踏み出してくれた柚ちゃん、それに賛同したいっちゃんのことも、台無しにしてしまったようだ。実際そうなのだろう。2人の勇気を、阻むどころかそもそもバンド自体を壊してしまった。
「…………ちっ、」
いっちゃんもスティックを片付けた。舌打ち、悪態を吐き捨ててスタジオから出ていった。俺に向けられたもので、間違いない。いっちゃんに、嫌われた。いっちゃんを怒らせた、最後かもしれないのに。
「……スタジオ代、今日はむぎちゃん持ちですからね」
いっちゃんを怒らせた事で頭がいっぱいになって柚ちゃんが言ったことなんて入ってこなかった。柚ちゃんもギターケースを背負ってスタジオから出ていった。もう戻らない、バンド内の空気の改善どころか、もうバンドメンバーで会うことも、ないんだろうな。