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置かれている本棚の数は、上の階とは比較にならないほど少ない。中央のテーブルの周りに、四方を囲むようにして四つの本棚が置かれているだけだ。


薄緑色のランタンの明かりが、妙に幻想的な雰囲気を醸し出す。緑色に燃える火なんて、チリーは見たことも聞いたこともなかった。


部屋の中の光源はランタンだけだったが、通路と比べて部屋の中は明るい。

部屋の四角には、剣を持った銀色のプレートアーマーが飾られている。それがまるで、見張られているかのようでなんとなく薄気味悪かった。


「こんな場所……あったんだ……」


初めて見る光景に、ティアナは思わず息を呑む。


ティアナ同様、しばらくは呆気にとられていたチリーだったが、やがてハッと我に返る。

確かにこの部屋の中になら、賢者の石に関する情報が見つかるかも知れない。


ニシルや青蘭の話によれば、上の階の本は一般的な伝承ばかりで具体的な部分はほとんどわからなかったと言う。

詳しいことはわからないが、もし賢者の石を含む魔法遺産(オーパーツ)……原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)に関する詳しい情報がこの場所に隠されているのだとしたら……?


慌てて本棚に駆け寄り、チリーは一冊の本を手に取る。


「これは……!?」


その表紙に書かれていたのは、チリーにとっては全く読めない意味不明な模様の羅列だった。

これは恐らく文字なのだろう。しかし、この大陸で使われている文字とは全く異なる正体不明の言語だ。


「あ、古代文字だ。多分」


本を凝視するチリーの背後から、ひょっこりとティアナが顔を出して本を覗き込む。


「わかるのか?」

「……多分」


最早お馴染みとなりつつある”多分”に、チリーは小さく息をつく。


「”テイテス王国史”、かな」

「テイテス王国……?」


聞いたことがあるようなないような、あまり気に留めていなかった名前だ。なんとか思い出そうと考え込むチリーだったが、ふと厭な気配を察知して我に帰る。


「――――ッ!?」


そして次の瞬間、チリーの背後から白刃が振り下ろされた。


「え……っ!?」


咄嗟にティアナを抱え込み、チリーはソレを回避する。ティアナを抱えたまま振り返ると、そこにいたのは部屋の隅に配置されていたハズの甲冑だった。


「なんだこいつは……!?」


振り下ろされたのは、甲冑が持っていたロングソードだ。チリー達の代わりに本棚を乱暴に切りつけており、棚自体は無事だったが背表紙を切られた本が紙束に成り果ててはらはらと舞っていた。


そして甲冑はすぐにチリー達へ身体を向けると、再びロングソードを振り上げた。


「きゃ、きゃあああああっ!」


悲鳴を上げるティアナをなんとか起き上がらせ、チリーはかばうようにして自分の後ろへ突き飛ばす。


「下がってろ!」


甲冑に対して身構えるチリーだったが、強い違和感を覚えて顔をしかめる。


(こいつ……気配がほとんどねえ……!)


最初のロングソードを回避出来たのは、本当にただの直感によるものだ。

こうして対峙すると、敵意も殺意もまるで感じられない。


動いている以上は中身があるハズだと思っていたが、そう考えると明らかにおかしい点がある。

こんな隠された地下の小部屋で、甲冑を着たまま待機出来る者がいるとは思えない。


思考を重ねるチリーに、再びロングソードが振り下ろされる。

すかさず回避して、チリーは鋭い回し蹴りを甲冑の頭部に叩き込んだ。


そしてチリーは、一つの答えを得る。


「……マジかよ」


がらん、と空虚な音がして、床の上に兜が転がった。


頭部を失った甲冑が、それでも尚チリーに向き直る。


兜のあった場所にはもう何もない。ばっくりと空いた下の首から空洞が、小さな深淵に見えた。


「か、空っぽ……?」


チリーの後ろから甲冑を見つめるティアナがそう呟く。そしてソレと同時に、金属が軋むような足音が複数聞こえてきた。


「チッ……!」


この部屋に置かれていた甲冑は、全部で四体だ。それら全てが二人に襲いかかってくるのだとしたら……?

少し考えるだけでも悪寒がする。


チリーはすぐに、ティアナの手を取った。


「ここを出るぞ!」

「え、でも、本……」


ティアナの視線の先には、床に落ちた”テイテス王国史”がある。先程取り落としたものだろう。

ここにあるかも知れない手がかりのことを考えれば、一冊も持ち帰れないのは痛かったが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「いいから出るぞ! 勝ち目はねェ!」


いくらチリーが腕に自信があるとは言え、こんなわけのわからない甲冑を相手に叩ける道理はない。頭を蹴飛ばしても動じない時点で、恐らく生き物ではないだろう。


正体については考えてもわからない。

少なくともチリーの生きる世界の道理に反している。


ならば後はもう、逃げるしかなかった。


チリーはティアナの返事も待たず無理矢理に手を引っ張り、部屋を出ると階段を駆け上がる。

がしゃがしゃと足音が聞こえてきたが、チリーは振り返らずに駆け上っていく。


「はぁっ……はぁっ……!」


当然、先にティアナの息が切れる。

悪態をつく余裕もない。チリーは了承も取らずにティアナを抱き寄せると、そのまま横向きに持ち上げて抱きかかえた。


所謂”お姫様抱っこ”の態勢だ。


「えっ……いや、ちょっと……!?」

「ジッとしてろ! このまま逃げ切るぞ!」


体重の軽い少女とは言え、人間を一人抱きかかえたまま走るのは体格的にも厳しい。


「うおおおおおおおおおッ!」


それでも強引に自分を奮い立たせ、チリーは火事場の馬鹿力でティアナを抱きかかえたまま走り抜けた。


階段を一息に登り切り、そのままもつれこむようにして隠し通路の外へ出る。すると、勝手に壁が動き出し隠し通路は再び閉ざされてしまった。


もう、足音は聞こえない。


「……何だったんだ、一体……」


深く息をつきながら、チリーは一度その場にへたり込む。


中身のない鎧が襲いかかってくるなど、出来の悪い悪夢のようなものだ。現実的に考えて、そんなことはあり得ない。

だがそれは、チリーの知識と経験の範囲で話だ。


ニシルが何度も話をしていた、遥か太古の昔。”魔法使い”と呼ばれる存在が、人知を超えた魔法の力で大陸を支配していた時代……その時代なら、あり得たのかも知れない。


「さっきのが……魔法だってのか……?」


逆に、それ以外では説明する術が今はなかった。どんな理屈をつければ、先程の現象が説明出来るのかわからない。

そもそも地下通路の開き方自体、普通では考えられないのだ。


「ティアナ……もう一度開けれるか?」

「開けるって……さっきの通路を!?」


ほとんど悲鳴に近い声を上げるティアナに、チリーは頷く。


「もしアレが魔法で、魔法使いが実在したのだとすれば……賢者の石だってあり得るかも知れねえ」


そして魔法によって守られたあの場所には、なにか必ず手がかりがあるハズなのだ。


「……仲間を連れて来る。一冊でも良い、とにかくあの書庫から盗み出してやる!」


”あるかも知れない”が”実在する”という確信に変わろうとしている。この機を逃すわけにはいかなかった。


そんなチリーの熱意に押し切られたのか、ティアナは躊躇いがちに頷くのだった。




***



チリーとティアナは、すぐにニシルと青蘭と合流する。


突飛な話に戸惑いを隠せないニシル達だったが、チリーが真剣に話すのを聞いてひとまず地下通路と動く鎧に関しては信じることにした。


「あの正体のわからねえ鎧は、多分倒せねえだろうな。動きを封じるのも難しい」

「足はどうだ?」


問う青蘭に、チリーはさあなと肩をすくめる。


「やってみる価値はあるだろうな。それで動きを止めれりゃ良いんだが」


現在、チリー達は例の本棚の前に集まってなるべく声を潜めて話し合っている状態だ。

あのあとチリーとティアナによって元の状態に戻された本棚は、ただ静かに鎮座している。その壁の向こうに、秘密の通路があるようには見えなかった。


「俺と青蘭で鎧の注意を引き付ける。その隙に身軽なお前が出来る限り本を回収してくれ」


チリーがそう言って視線を向けたのは、ニシルだった。

ニシルはチリーや青蘭に比べると体格が小さい。戦闘は基本的にチリーに任せているとは言え、決して動けないわけではない。恐らくこの役割分担が最も適しているだろう。


「……わかった。でもその前に……君はその……何者なの?」


ニシルは、そう言って怪訝そうにティアナを見つめる。


「え、私?」


自身を指さしてキョトンとするティアナに、ニシルは小さく頷く。


「ここの司書だって話だったけど、どうしてそんな隠し通路を知ってるのさ」

「知ってるっていうか……お掃除の時にたまたま見つけたっていうか……」

「隠し通路が開いたのも、君が手をかざしたからだったよね。チリーや僕達は開けられるの?」

「わ、わかんない……」


問い詰めるようなニシルの口調に、ティアナはやや怯えたような表情を見せ始める。それでも、ニシルは真剣な表情を崩さなかった。


「君は何か、賢者の石について知ってるんじゃないか?」

「知らないよ……私、本当に知らないの」

「……本当に?」


尚も問い詰めるニシルだったが、それをチリーが右手で制す。


「よせよ。こいつ、記憶がないらしいんだ」

「記憶がない……?」

「アルケスタで暮らすより前の記憶がないって言ってたぜ。あんま問い詰めても、仕方ねえだろ」


チリーの言葉に、ニシルはバツが悪そうに後頭部をかいた。


「余計怪しいだろそれ……。まあでも、少なくともチリーを罠にはめようとした、とかじゃなさそうだし、良いよもう」


そう言ってため息をついてから、ニシルはわずかに表情を崩す。


「ごめん。正直君を疑ってた。チリーや僕らに悪意はなさそうだし、嫌な言い方して悪かったよ」

「あ、ううん……私の方こそ怪しくてごめんね……?」


そのなんだかよくわからない謝罪に、ニシルは思わず吹き出してしまう。

このティアナ・カロルと言う少女、妙にチリーが入れ込んでいるように見えた上に謎が多い。ニシルは何か危険な感じがして問い詰めたのだが、ひとまずは杞憂だったのかも知れない。


「ティアナと言ったな。解読を頼めるか?」


青蘭の言葉に、ティアナは大きく頷く。


「任せて! 私、戦いの役には立てそうもないけど、頑張って読むからね!」


そう言って弾けるような笑みを見せるティアナに、青蘭は一度目を見開く。そしてなんだか気まずそうに目をそむけた。


「……そうか。頼む……」


眩しすぎたのか、青蘭はもうティアナと目を合わせてくれない。不思議そうに首を傾げるティアナと、顔を背けたままの青蘭を見て、ニシルは苦笑いを浮かべた。


「……よし、行こうぜ。まずは本棚をどかすぞ」


チリーの言葉を合図に、全員で協力して本棚をどかし始める。チリーが見張り、ティアナが一人で本棚の中身を引っ張り出した時よりも当然はやく作業は終わった。今度の監視役はティアナだ。


本棚を動かし終わると、チリー達は交互に壁に手をかざす。しかしやはり、隠し通路が出現する気配はなかった。


「やっぱり駄目か……。本当に何者なんだろうね」

「さあな……。だがまあ、とりあえず敵じゃねえんだし、いいだろ」


チリーの考え方を、ニシルは少し楽観的過ぎるように感じてしまう。しかしティアナ自身の記憶がない以上は追求しようがない。仮にそれが嘘だったとしても、それを証明する手段が今はないのだ。


「よし、ティアナ。開けてくれ」


見張りをしているティアナにチリーが呼びかけると、ティアナは頷いてからぱたぱたと駆け寄ってくる。


そして右手を壁にかざすと、再び隠し通路が開く。


チリーにとっては二度目だが、ニシルと青蘭にとっては一度目の光景だ。その信じ難い光景に目を奪われ、ゴクリと生唾を飲み込んでいる。


「……行くぜ」


チリーを先頭に、四人は階段を降り始めた。

The Legend Of Re:d Stone~賢者の石と聖杯の少女~

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