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白衣を見事に着こなして、メガネを中指で上げる医師の父に、
「梅雨、お前の命は、保証無しで1年10ヶ月。保証を持っても1年前後だろう。」
と告げられてから、どれほどの月日が経っただろう。
今、何ヶ月目だっけ、。
あと、何日になるんだろう?
最期、私に
「梅雨ちゃんは、春みたいだ。」
って言ってくれたあの人は、何ていう人だっけ。
鮮やかで、鮮明だった私の記憶のパズルは、神様達によって一つずつ、一つずつ。抜き取られていく。
段々と、世界がモノクロになっていく。
白衣を着こなして、診察室の机に向き合う父が、幼い私の憧れであり、眼差しだった。
患者一人一人と真摯に向き合い、最適な対処法などを提案する。
地元では、かなり有名な医師だった。
医師の仕事は夜遅くまであるようで、いつも母と二人で父の帰りを待っていた。
母は私と母と父の分、3つの夕食を作って、私に問う。
「お父さん、今日も帰り遅いみたい。先にご飯食べちゃう?」
母は次の日学校のある私に気遣ってくれていたみたいだが、私がその問いに賛成することはなかった。
私は小さい頃から記憶に鮮明に存在が映るのはいつも母で、父との思い出は母の思い出の10/1もあるかないかだ。
そんな思い出が少ない父を、少しでも私の脳内で鮮やかにしてあげたいと思っていたのかも知れないが、夕食は一緒に机を囲んで食べたかった。
でも、小さかった私には、10時すぎに帰ってくる父を待ちきることは出来ず、9時すぎには夢の中。
私に付き合って、父の帰りを待っていた母も、私をベッドに連れて行くと流石に疲れて父よりも先に夕食を食べて寝てしまっていたようだ。
その頃の私は、本当に父が好きだったのが今でも分かるぐらいに父を優先していた。
小さい頃から夕食はどうするかを律儀に毎回訊いてくれていた母も、内心一人の食事が寂しかったのかも知れない。
私が
「お父さんを待つ。」
と言ってから、私と一緒に父を待ち、私が寝落ちしてしまった後、私をベッドに運んでから独りで夕食を食べるのが嫌だったのかも知れない。
今ならそんな事言わず、さっさと母と夕食を済ませているだろうに。
小さい頃の自分が、相当馬鹿に思える。
「ごめん。ごめんね。”お母さん”。」