「おう、皆そろったな」
フリードが旅支度を整えて港に集まった仲間達を見ながら言った。
フリードは金属鎧で身を固め、グレートソードを背負っている。震電の竜王に止めを刺した剣であり、ラルゴが鍛えエリアが魔力を付与した大業物である。
そのラルゴはフリード以上に重装備であった。分厚い装甲の金属鎧と兜で全身隙間なく固め、フリードの身長に匹敵する程の斧槍、ハルバードを手にしている。
途轍もない重量であり、貧弱な者なら一歩も動けないだろうが、強壮無類なドワーフ族の中でも特に傑出した体力の持ち主であるラルゴはこの武装で平然と動き、数時間でも戦えるのである。
鋼鉄の塊のようなラルゴとは対照的に、エルフのエリアは鉄を一切帯びていない全くの軽装であった。
魔術師ギルドの高位導師のみに許される紫のローブを軽やかに纏い、先端に宝玉が埋め込まれた短い杖を手にしている。
ノービット族の少女、パールもまたエリア同様全くの軽装だった。
大きな赤い帽子を被り、腰には護身用の短剣を佩いている。背負ったバッグには白猫の刺繍が施されていた。
「パールが立ち上げた白猫商会のシンボルマークです」
パールは聞かれもしないのに自慢げに言った。
そして褐色の肌の伊達男、ハスバールは長大な弓を背負い、動き安さを重視したレザーアーマーを纏い、細身の曲刀を佩いている。
かつてエトルリア帝国と覇権を争い、敗れて滅亡したカッセージ王国伝統の剣であった。
「どういう航路を行くんだい?いきなり竜王国に行くんじゃないよね」
見送りに来たクォーツとヴァレリウスが聞いた。
「まずはエフリマ大陸を経由して、リディア海にある島、ローフッドを目指します。そしてその後はラリアル大陸に行くことになるでしょう。竜王国はラリアルのさらに北の方にあると思われますから」
エリアが答えた。
「それだと相当長い航海になりそうだな……」
頭の中でこの世界の地図を思い描いているらしいヴァレリウスが遠い目をしながら言った。
「あの魔術師ギルドが誇るあの船、「智の導き手号」は通常の船の三倍の速度が出ます。貴方が思っている程の時間はかからないでしょう」
エリアが他の船を圧倒する威容を誇る巨大な帆船を見ながら言った。
その船は一見木造の旧式の船に見えるが、高位魔術師数人による術式が施されてており、風が無くても素晴らしい速度で目的地まで正確に進み、嵐に遭遇しても海の魔物の攻撃を喰らっても滅多に破損することなく沈没することはないという。
「そりゃ助かるのう」
ラルゴがぼそりと呟いた。
大地とのつながりが強いドワーフ族は一般的に海をひどく嫌う。
まして長い航海をするドワーフなど同族から嫌悪され、軽蔑され一族から追放されても全く不思議ではない。
それほどドワーフとは頑迷で種族の価値観から外れることを忌み嫌う種族なのである。
ラルゴはとっくにドワーフの共同体から追放された身で禁忌を侵すことに躊躇の無い身分であるが、やはり海と航海への嫌悪感はぬぐい切れないのだろう。
「パールもエトルリア帝国から出るのは初めてだから緊張するなー」
ノービットのパールが緊張と興奮を露わにしながら言った。
「でもこれこそがノービットの歴史以来始まって以来の大商人、パール・リーキッドの伝説の始まりにふさわしい。竜殺しの英雄達と魔法の船に乗って未知の大陸への航海に乗り出す!吟遊詩人達がパールのサーガを語る際の冒頭がこうなるんだね!まさにこれこそが英雄譚の幕開け!イヤー素晴らしい!」
「何をひとりで盛り上がっているんだ。馬鹿丸出しだな」
妹が興奮しながら一人語りするのを兄は一笑に付した。
「へーん!兄貴は海に出たことなんてないでしょう」
「……それがどうかしたか?」
「自分が妹の伝説の単なるおまけに成り下がることを妬んでいるんだね。まあ、気持ちは分かるよ。兄貴は一応は英雄と呼ばれる身になって自分の身が可愛くなってこれ以上危険は冒したくない。それでもう妹が自分以上の存在になることを指をくわえて見ているしかないんだもんね!」
「こ、この……!だれがお前なんかを妬んで」
「止めなって。兄妹のしばしの別れだってのにどうして喧嘩するんだよ」
ハスバールが割って入った。
(この兄妹は本気で仲が悪いのか、お互いに大人になり切れずに憎まれ口をたたき合っているだけなのか、どうにもよく分からないな)
「気をつけてな。未知の国、存在相手に自分の流儀を押し通そうとせず、臨機応変にやれ。まあ、言っても無駄だろうが」
ヴァレリウスがフリードに言った。
かつて共に戦った仲間でありながらどうしても反りが合わず何かと衝突しがちであるが、やはり無鉄砲極まりないフリードが心配なのだろう。
「ふん、相変わらず賢しらで偉そうな口を聞く奴だ。まあ、でもしばらくはそれを聞かずに済むわけだから、今回ばかりは気に留めておくとしようか」
フリードはにやりと笑いながら言った。今回ばかりは仲間であり好敵手の真情がこもった言葉が心に響いたらしい。
「では出発しましょう」
エリアの号令と共に一同は船に乗り込んだ。
「みんな、気を付けて!決して無理をしないようにな!」
クォーツの激励の言葉を受けながら「智への導き手号」は左程風が出ていないというのに帆をなびかせながら驚くべき速度で紺碧の大海へと躍り出た。