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似ても似つかない口調です。
knshk
息が上がる。苦しげに息を吐けば、ふわっと白いもやが空中に浮かび、すぐに消えていく。
もっとはやく、はやく逃げなければ。
あそこから……あの地獄から、できるだけ遠くへ逃げるんだ。
落ち着いて少し息を整え、ふらついた足取りで一歩、また一歩とゆっくり走り出す。長く監禁されたせいで衰えてしまった己の体力では、それが中々厳しいものに感じた。
そして、何歩か走れば、整えたはずの息がまた切れはじめる。それの繰り返しだ。
できるだけ遠くへ行くためには仕方がない、立ち止まる暇はない、そんな風に自分に言い聞かせ、気力を出して再度走り出す。
逃げ出してから数十分は経過した頃だろうか。
流石に疲れ果ててしまい、へにゃりと力が抜けて地べたに座り込む。
体の限界を迎え、涙が出そうだった。以前より隈が酷くなった目をこする。なんで俺ばかり、そんなことを考え始めてしまう。
「なんで……なんでなんだよ……」
そうやってぽつりと口に出せば、過去の彼を思い浮かべる。なんで、どうして…こうなってしまったのか。最初はただの友人だったのに。
そんな風に考えていれば、突如、背後から、ざくりざくりと枯れ葉を踏む音がする。
冬特有の冷たいあの寒さが肌を突き刺す。バクバクと音を立てて、胸が早鐘を打つ。
凍えるような寒さに包まれた季節だというのに、冷や汗が止まらない。
頼む、頼むから。“アイツ”だけは嫌だ!
そう願い、普段は信じもしない神に向けて祈る。そして、ぎこちなく、音が聞こえた後ろを振り返った。
「…………ぁ、あぁッ……」
自らのかすれた声が頭に響く。絶望に満ちたその声が宙へと雲散する。
「……どうしたの? しゃけ」
木枯らしに靡いてさらりと揺れる黒髪。闇がとぐろ巻く藍色の瞳がこちらをまっすぐ見つめていた。
先程の淡い期待が大きく砕け散っていく音が聞こえる。信じたくなかった。それでも、その声を聞いて、その容姿を見て、嫌でも確信してしまう。
あぁ、やっぱり間違いなく “きんとき”だ。
彼はにこりと貼り付けたような笑顔をこちらへと向けてきたかと思えば、一歩ずつ、確実に踏み入れ、近付いてくる。まるで、苦労して見つけた獲物を追い詰めるかのように、じりじりと、ゆっくり。
「ッ……! 来んなッ……!!」
「えぇ、ひどいなぁ」
じろりと睨む。それでも、きんときは、俺に近付くその足を止めない。彼にとって俺は戯れている子猫に見えるのか、どれだけ拒絶しても、きんときの口からはくすくすと笑いがこぼれでるだけだった。
徐々に徐々に距離が縮まり、あと数歩で彼がこちらへと辿り着くといったところ。彼に捕まる未来は、もう目前に迫っているのが目に見えた。
呼吸が浅くなっていく。身が恐怖に包まれる。
いやだ! ここで捕まりたくねぇ!!
心底そう思った。
「くそッ……!」
そして、ついには、怯えてすくんでいる足をなんとか動かし、きんときから離れようと試みた。
寒くて悴む手を、冷たくなった腕を、恐怖ですくむ足を、残っている数少ない気力で懸命に動かす。
ただただ、ここから一刻も早く離れたくて、逃げたくて必死になる。
「しゃけ?? ……どこいくの?」
「……へぇ、また鬼ごっこかぁ」
「いいよ、俺がまた鬼ね」
そうきんときに大声で言われ、ぞくりと悪寒が走
る。俺が必死に逃げていることを、彼は鬼ごっこだと言って興じている。それにまた、心の底から恐怖を感じた。
「1、2、3……」
走りながらそう考えていたら、遠くからゆらりと秒数を数え始める声が聞こえる。きっと彼が俺を探し始めるまでのカウントダウンだろう。
「……うぜぇ」
恐怖と入り混じって、憤懣を抱える。
ゆっくりと俺を追い詰めるかのような、余裕気な、その言い方が癪に障る。
俺が、短い時間で、そしてこの体力で逃げ切ることができないのは分かりきっていることだ。それはどうせ、あいつも…きんときも理解していることだろう。
「7……8……」
なら、最後まで逃げることではなく、何処かに隠れたほうが最善策といえるのではないか。完全には回りきっていない頭で、そう考える。
「9…………」
悩んでいてもしょうがない。
彼によって、刻々と、限られた時間は過ぎていく。
俺は道から外れて、少し離れた大木の裏に息を潜めた。幸いにも、曲がり道などを多く通ったため、ルートが完全に被ったとしても気付かれることはないだろう。ひとまず、安心と言ったところだろうか。
「……10」
「しゃけ〜? いくよ〜??」
そうこうしているうちに、数え終えたのか、彼が歩き始める音が聞こえた。枯れ葉を踏み、木の葉をかき分ける音。その音は一歩、また一歩と段々と近付いてくる。 そして、その音を聞いて違和感を感じる。 なにかが、おかしい。
──ルート被りすぎだろ。
音の距離で判断するに、きんときは俺が通過した道を通っている。あまりにも、行く道が同じすぎるのだ。着実に、こちらへと向かってきている。
なんで? なんでだ??
理由を思索する。あいつになにか仕掛けられた覚えはない。かと言って、自分がバレるようななにかをしでかした記憶もない。頑張って熟考をしても、わけが理解できない。
そう考え事に夢中になっていると、気付けば足音がすぐ近くまでやって来ていた。
「ふふ、 しゃけはどこかなぁ……」
怖気づくような言葉が近辺から聞こえてくる。耳を澄ませ、口を塞ぎ、自らの息を静かに殺す。
「ここ? いや、違うか、うーん……」
「ねぇ、しゃけ? いるんでしょ、出てきなよ」
そう言われて出てくる奴がどこにいるんだよ。
お願い。頼むから……もう探すな!
なんて必死に願い求める。
そうしていると、気が付けば辺りからの足音は止んでいた。
たすかっ、た……??
微かに口元を緩める。きんときは諦めたのだろうか。そう思い、俯いていた顔を、ふと上げてみる。
視界にちらりと影が見えるのが気になり、視線をそちらにやると、血の気が引く。脳が警鐘を鳴らすが、もう意味が無い。
──あ、にげられなかった。
本能がそう言う。
そこには、妖艶に目を細める藍色の瞳がこちらを見据えていた。それを理解したのと同時に、急な勢いで手首が木の幹へと抑え込まれる。
「っ……!? ぅ、いってぇッ……!」
「……ふふ、見ーつけた」
「きんとき……な、なんで……なんでいんだよ!」
「バレバレだからね。ほら、しゃけ? 帰ろう」
抑え込まれた手首を握りしめられ、手を引かれる。そのせいで、体が完全に木から離れてしまう。
「いや、だッ……!! 離せ!!」
体を引き、体重を後ろにかけて、必死に抵抗をする。だが、それもきんときの前では無意味な行為だった。ぎりぎりと掴まれた手首が、痛みを訴える。
「うるさいなぁ、黙ってよ」
そう言ったきんときの声には、明らかな苛立ちが含まれていた。引き摺られるように、無理矢理歩かせられる。
どれだけ抵抗をしても、どれだけ逃げようとしてもそれは全て叶わずに。俺らは来た道を戻り、“あの家”へと続く道に足を踏み入れる。
そして、あれから数十分は経過すると、“俺ときんときの家”の前へと着いてしまった。ここまで戻ってきてしまったのならもう意味がない、とついには諦めてしまう。
「おかえり、しゃけ!! ……もう二度と逃げようなんて思わないでよ」
きんときからそう囁かれ、絶望に陥る。もう到底逃げられそうにはない。いつになったらこの地獄から抜け出せる?
そう思うと、途端に視界がぼやけてくる。涙が頬に伝って気持ち悪い。
顔を上げてきんときのほうへと向けば、彼の口はにっこりと弧を描いていて、なにより、目が虚ろだった。
それを見てはっきりと頭で理解する。
──ああ、逃げられないんだ。もう。