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「あかりー、泊まりにこない?
イケメンを見に」
朝、そんな陽気なメッセージが孔子から入ってきた。
「アパートの下にイケメンが出た」
……霊か。
妙な夢のせいで眠いあかりは、ぼんやりとしたまま思う。
孔子のアパートの下で工事がはじまって。
そこに来ている作業員の一人がすごいイケメンなのだと言う。
「額に汗して働く美しい筋肉がいるのよっ」
と孔子は語る。
筋肉がいるのか……。
孔子の中では、美しい顔より、美しい筋肉の方が順位が上らしい。
彼女には筋肉しか見えていないのかもしれない。
顔が美しいんじゃなかったのか、と思うあかりに、引き続き、孔子からメッセージが入ってくる。
「その人、朝しかいないみたいなの」
まさか、一日中、見張っていたのだろうか。
仕事はどうした……。
「作業員の人、違うメンバーのときもあるみたいなんだけどさ。
あの人、昨日もいたし、今日もいるのっ!
だから、きっと明日もいるに違いないわっ」
昨日倒産しなかったから、明日も倒産しないだろう、って会社みたいだな……。
「泊まりに来て、拝みなよ、イケメンと美筋肉っ!
なんだったら、日向も連れてきていいよっ」
いや、日向連れてったら、アパートで騒いで大変なことになる、と思ったあかりは、夕食まで日向と過ごして。
夜、酒盛りの準備をして、孔子のアパートへと向かった。
「うへえ。
それじゃ、その車で突っ込んできたのが、前の旦那だったのかー」
もう布団も敷いて、寝る準備万端、な感じで、酒盛りは始まった。
「いや、前の旦那もなにも、結婚してないし。
一週間しか一緒にいなかったし」
「それで産んで育てちゃうんだもんね~、女って。
男の人は作るだけ作って知らんぷりなのに」
いや、青葉さんは、知らんぷりしたわけじゃなくて、知らないんだけどね……。
なにも知らない。
私のことを好きだと言ってくれて。
共に過ごした日々があったことも――。
孔子はおすすめの新商品だというスナック菓子をバリバリ食べながら言う。
「でもさでもさ。
そんな偶然ってある?
前の彼氏が店に突っ込んでくるとか。
もしかして、記憶が戻ったけど、言い出せなくて、わざと突っ込んできたんじゃない?
よりを戻したくて」
「いや……より戻したくて、やってくるのなら、もっとソフトにお願いしたいんだけど。
それに、記憶戻ったのに知らん顔してるとか、そんな器用なことできる人じゃないし」
その意見には、来斗も寿々花も、うんうん、と頷いてくれる気がした。
特に寿々花さん、実生活では不器用な息子に苦労してそうだからな。
……まあ、あまり親子の交流ってなかったようなんだが。
ただ、寿々花さんは、自分が深く関わらない方が子どもはいい子に育つと思っているようだから、それでなのかもしれないが。
っていうか、その流れに私まで巻き込まないで欲しいんだが……、
と日向と引き離されたあかりは思う。
「まあ、偶然でビックリといえば、寿々花さんが堀様のファンってことの方がビックリだけどね」
と言ったが、
「そこはビックリじゃないんじゃない?」
と孔子に言われる。
「ほら、嫁姑って似てるって言うじゃない。
大事な息子と大事な夫が同じ人物なわけだし。
好みも似るもんなんじゃないの?」
「そういうもんかなあ」
「ささ、寝よ寝よ。
明日もイケメン様、下にいますように。
見てビックリだよっ。
ほんとに顔もすごいイケメンなんだからっ。
私の好みとはちょっと違うんだけど」
いや、じゃあ、何故、呼んだ……と思ったが、
「あんたのその元カレ、すごいイケメンだって言うからさ。
あんたの好みには合うかと思って。
元気だしなよ。
もう元カレとより戻す気ないのなら、新しい出会いに向かって踏み出すのもありだと思うよ」
と言う。
孔子……。
ありがとうっ、友よっ、と思ったとき、孔子は言った。
「そんで、下のイケメンと友だちになって、私の絵のモデルになってくださいってお願いして」
孔子は枕元に用意しているスケッチブックとペンを見る。
「うん……わかったよ。
孔子、ネームできたの?」
「ネームって、なに?
ここはそんなもののない世界。
異世界だよ」
と孔子は微笑む。
現実逃避してしまった……。
孔子は漫画家だった。
大学受験で忙しいころデビューして、当時は必死に時間を見つけて描いていた。
だが、大学生活にも慣れて、時間に余裕ができたとき――。
「なんか、ぷつっと切れた」
と言って、あまり描かなくなってしまった。
頑張りすぎた反動だったのかもしれない。
今では、派遣で事務仕事をしながら、たまに描いている程度らしいが。
「やめたわけじゃないのよ。
描いてはいるのよ。
ピンと来なくて、担当さんに見せられないだけよ。
頑張る気はあるのよ。
でも、それには、あのイケメンを……」
堀様もいいけど……
あのイケメンを……と繰り返し呟きながら、孔子は酒を呑み、寝てしまった。
ヤバい。
孔子のためにも、そのイケメンと知り合いにならねばっ。
そして、孔子の絵のモデルになってくださいと……。
いや、孔子、自分で頼めっ、と思っているうちに、あかりも寝てしまい。
何故か昨日の夢の第二部がはじまった。
あかりは鬼ヶ島の洞窟で、金棒を持った寿々花に正座させられ、説教されていた。
『もう~、屁理屈ばっかりっ。
なに、この嫁っ』
『私、嫁になりそこなったので、嫁じゃないです~っ』
なにが原因で揉めていたのかは、目覚めたときには忘れていた――。
「ほらほら、早く。
ゴミ出すフリして、下りるのよっ」
いや、出すフリじゃなくて、ゴミ出しなよ。
今日、収集日だよ、と思いながら、あかりは孔子についていく。
「ビックリするようなイケメンなんだよ、ほんとにっ」
孔子はあまり溜まっていない――
なんか描きなぐって、ぐしゃぐしゃに丸まったゴミばかりが入っているゴミ袋を手にカンカンと音をさせて、鉄骨の外階段を下りていく。
「ほら、いたっ。
さりげなく見てっ」
はいはい、さりげなく。
さりげ……
孔子が言う通り、いい筋肉をした長身の男がいた。
暑いせいか、作業をはじめて間もないのに、もう汗をかいている。
筋肉の上で、朝日に輝くその汗までも美しく。
孔子は一応、ゴミステーションの蓋を開けていたが、視線は食い入るように彼を、いや、彼の程よく筋肉のついた腕などを見ていた。
彼が幾らイケメンでも、孔子の中では、生物の本に出てる筋肉の人体模型みたいになっているのでは……と思ったとき、その男がこちらを見た。
孔子は、
「お、おはようございますっ」
と頭を下げる。
あかりも、
「おはようございます」
と言ったものの。
ふと、
イケメンにだけ挨拶するのもな、と思い。
その周囲にいたおじちゃんたちにも片っ端から挨拶してしまって、仕事関係の人と間違われる。
「ねっ、ビックリしたでしょ?」
とゴミを捨て、その場を去ろうとしながら、孔子は小声で訊いてきた。
はあ、ビックリしました、確かに、と思っているあかりたちの許にタオルをつかんだ筋肉の彼が、つかつかとやってきた。
「おい、お前」
とあかりに言う。
「なんでここにいる。
フィンランドのストーカー」
それだと、私、フィンランドにつきまとってるみたいなんですけど……。
あかりは彼を見上げて言った。
「満島大吾さんですね?」
「なんだ、もうバレてたのか」
青葉そっくりの顔で、満島大吾はそう言った。