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あわ
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【真の愛にナイフを】
◾︎第2話
最初に変わったのは、コメント欄だった。
配信そのものは、何も変わらない。
いつも通りの時間に始まって、いつも通り笑って、いつも通り終わる。
声のトーンも、話し方も、画面越しの空気も、昨日までと何一つ変わらない。
なのに。
コメント欄だけが、じわじわと濁り始めていた。
——あの人またいる
——最近よく見るね
——距離感やばくない?
直接名前を出すわけじゃない。
けれど、“あのアイコン”を見ている人間は確実に増えていた。
「ほら」
小さく笑う声。
「やっぱみんな思ってたんじゃん」
当然だ、という響きだった。
おかしいものは、おかしい。
それだけのこと。
「てか、分かりやすすぎるんだよね」
「ほんとそれ」
「認知とか言い出した辺りから隠す気なくなった感じする」
画面の中で流れていく文字を見ながら、誰かが息を吐く。
——名前呼ばれたの二年前だから今さら騒がないけど笑
まただ。
「……なにそれ」
声が、低くなる。
二年前。
その言葉だけで、妙な現実味が生まれる。
冗談や妄想ではなく、“本当に何か知っている風”の言い方。
それが、気に入らなかった。
「嘘くさ」
「でもああいうのってさ」
一瞬、間。
「完全な嘘でもない感じにするの上手いよね」
静かに落ちた言葉に、空気が少しだけ重くなる。
曖昧。
断定しない。
でも否定もしない。
だから厄介だった。
見る人間に、“もしかして”を植え付ける。
「ほんと無理」
吐き捨てるみたいな声。
「そういう匂わせみたいなの一番嫌い」
匂わせ。
その単語が出た瞬間、胸の奥がざわつく。
——毎日投稿の時間ズレてるの気づいてるの自分だけかな?
画面に流れた文章を見て、誰かが舌打ちした。
「気持ち悪……」
「なに、“自分だけ知ってます”みたいな顔してんの」
「暗号とか言いたいんでしょ、どうせ」
笑い混じりの声。
でも、その奥にある感情は笑っていなかった。
認知。
暗号。
特別。
その全部が、癇に障る。
「そんなわけないのに」
ぽつりと零れた言葉に、誰も返事をしない。
そんなわけ、ない。
もし本当に特別なら。
本当に繋がっているなら。
もっと、違うはずだ。
わざわざSNSに書かない。
見せびらかしたりしない。
「……結局、自慢したいだけじゃん」
その一言が、妙にしっくりきた。
見せつけたい。
羨ましがられたい。
“自分は他と違う”と思いたい。
ただ、それだけ。
「最悪」
短い呟き。
画面の向こうでは、何も知らないまま配信が続いている。
笑っている。
楽しそうに話している。
その姿を見るほど、胸の奥が痛くなる。
「……騙されてる」
誰かが言った。
「完全に」
その声には、怒りより先に焦りが滲んでいた。
あの人は優しい。
だから、近づかれても拒絶しない。
少し反応を返してしまう。
それを、“勘違いするやつ”がいる。
「だから嫌なんだよ……」
掠れた声。
守らなきゃ。
その感情だけが、どんどん強くなっていく。
「ねえ」
ふいに、別の声が混ざった。
「さすがに調べた方がよくない?」
一瞬、沈黙。
でも、それは否定の間じゃなかった。
むしろ。
“誰かが言い出すのを待っていた”みたいな沈黙。
「……分かる」
「もう普通に危ないでしょ」
「てか今さら?」
軽い調子で返される言葉。
けれど、その内容はもう完全に一線を越えていた。
調べる。
それはただの観察じゃない。
もっと踏み込むということだ。
「裏垢とか絶対あるよね」
「あるでしょ」
「むしろ無いと思ってる人いる?」
くすくすと笑う声。
その笑い方が、不思議と心地よかった。
同じ方向を向いている。
それだけで安心する。
「鍵垢とかも探せそう」
「アイコン特徴あるし」
「てか既に見つけてる人いそう」
その瞬間。
小さく、通知音が鳴った。
空気が止まる。
送られてきたのは、一枚のスクリーンショットだった。
鍵のついたアカウント。
見覚えのあるアイコン。
そして。
——うちはもうその次元じゃないので
その一文。
「……は?」
今度の声には、はっきり怒気が混ざっていた。
“その次元”。
何?
何を知ってるの?
何を分かった気になってるの?
「きっしょ」
誰かが即座に吐き捨てる。
「なにその言い方」
「ほんと無理」
「てか怖いんだけど普通に」
怖い。
そうだ。
最初はただ、邪魔だっただけなのに。
今はもう、それ以上になっている。
このまま放っておいたら。
もっと近づくかもしれない。
もっと深いところまで入り込むかもしれない。
そんな想像が、簡単にできてしまう。
「……ダメでしょ、こんなの」
震える声。
けれど、その震えは恐怖だけじゃない。
怒り。
焦燥。
嫉妬。
いろんな感情が混ざって、形を変えていく。
ココロの中が、ぐちゃぐちゃだった。
「ねえ」
また、声が落ちる。
「もしさ」
静かに。
本当に静かに。
「もっと近づこうとしてたらどうする?」
その問いに、誰もすぐ答えなかった。
答えなくても、分かっていたから。
「……その前に止める」
ようやく返ってきた声は、驚くほど冷静だった。
「絶対に」
断言。
もう、“嫌い”だけじゃない。
これは使命感に近かった。
守らなきゃいけない。
自分たちが。
だって。
あたしたち以外、誰も気づいてないから。
画面の向こうでは、今日も笑い声が響いている。
無防備に。
何も知らずに。
その姿が、痛いほど愛しかった。
だから。
絶対に、壊させない。
誰にも。
——たとえ、そのために何かを壊すことになったとしても。
コメント
1件
柚華さん、第2話拝読しました。コメント欄が少しずつ濁っていく群集心理の描き方が怖いくらいリアルで、見入ってしまいました。「守らなきゃ」という正義感が、いつ「やましい行動」に変わるのか——その境界線をじわじワと曖昧にしていく手つきが巧みです。あの「その次元」のスクショが投下された瞬間の静寂と怒気の混ざり方が、たまらなくゾクゾクしました。続きが待ち遠しいです!