Side A
ふわふわした頭で薄く目を開くと、柔らかな陽光に包まれた君の笑顔がすぐそこにある。
柔らかな唇の感覚も冷めやらぬまま、君は 俺の手を愛おしげに見つめて、小さなダイアモンドが嵌め込まれた指輪を左手の薬指に通した。
教会のステンドグラスに彩られる七色の光を吸い込んだ宝石は、キラキラと光っていた。
さっきから耳に入るこの音色は、オルガンのものなのだろうか。
「ねえ、これってオルガンかな?」
「……若井がそう思うなら、そうなんじゃない?」
「…なに、それ、ふふっ」
相変わらず元貴らしい返答の仕方だ。
思わず笑みがこぼれてしまう。
「言っとくけどさ、そっちこそ、絶対それ今聞くことじゃないからな!」
赤子のような屈託の無い笑みが返ってくると、俺の心も温かいもので満ちてゆく。
ゴーン、ゴーンと一定間隔で鳴り響く鐘も笑いかけるお天道様もぜんぶぜんぶ俺たちのことを祝福しているように思えた。
「ねえ、幸せだね」
ああ、今ここで、死んでもいいかも。
「っ、」
不快なアラーム音で、微睡みから強制的に引き戻される。
頬に伝う涙に気づくには少し時間がかかり、妙に冴え渡る頭を持て余す。
カーテンを開けても、夢のように綺麗な陽光は差し込んでくれない。
さっきまで見ていた幻覚の暖かみは、足裏から這い上がるフローリングの冷たさが徐々に飲み込んでいった。
「あ〜〜、しんど……」
いいなあ。
夢の世界の俺は。
おぼつかない足取りで、一人の寝室を出た。
「あ、起きてきた、」
「おはよぉ」
間延びした口調でコーヒーを啜るのは、俺の恋人だ。
太いフレームの、度が強い眼鏡姿。
「……おはよう、」
「……?どしたの、」
返答に間があったことに対して何か疑いを覚え、すかさず思いやりを装った探りが入る。
完璧なようで、所々で継ぎ接ぎやほつれが見える元貴の態度が、怖くてたまらない。
「いや、別に」
心臓が締め付けられるようなこの痛みには、覚えがあった。
傍から見たら、俺たちの恋人関係は完璧に見えるだろうか?
気づけば、お互いがお互いを遠ざけるように本心を隠して、嘘を嘘で塗り固める。
虚しいったらありゃしない。
平穏な日々の中、ふとした瞬間、歪が姿を見せた。
「嘘」。
それは時折自分を守り、
時折自分に牙を剥く。
見せかけの日常で他人は騙せても、 自分自身までは騙せない。
それでも不器用な俺には、嘘という逃げ道しか残されていなかった。
元貴も、そうだったのかな。
上手なようで、下手くそ。
でも、どこか優しい嘘。
目に見えない裏切りに苦しめど、平気なふりをするしかなくて。
それでも尚、俺を傷つけまいと吐きかける優しい言葉から感じられる愛で必死に生き延びていた。
望んでいるものとは程遠い希釈された愛だとしても、その日暮らしの消耗品としては十二分に役割を果たしていて、正直それでもいいと諦めかけていた。
続きます
コメント
5件
新連載…!最高すぎました!! この平和な日常の中に漂う不穏な空気感大好きです…!! 続きめちゃくちゃ楽しみに待ってます!
新連載も最高です……✨ すかんでぃなびあさんの描く独特な雰囲気が大好きです…… 続きますの4文字が人生のモチベーションです
すかんでぃなびあさんだぁ!お話だぁ!投稿だぁ! 相変わらず綺麗(*´﹃`*) でも、中身が不穏… ワールド全開で、ドキドキします✨