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第3話:選択の証明
尖崎灰次は、笑われることに慣れていた。
だが。
——無視されることには、慣れていなかった。
教室に入った瞬間、違和感があった。
視線が、来ない。
声も、飛んでこない。
代わりにあるのは。
「……」
何もない、空白。
席に座る。
隣には、葛城藍がいる。
いつも通り、綺麗で、穏やかで。
——なのに。
「おはよ、ハイジ」
声をかけられる。
それだけで。
教室の空気が、ほんのわずかに歪んだ。
誰も何も言わない。
だが、見ている。
見ているのに、関わらない。
(なんで……)
理解が追いつかない。
昨日までの露骨な敵意が、消えている。
代わりに。
もっと冷たいものに変わっていた。
——排除。
存在ごと、線を引かれている。
「ねえ」
藍が、小さく囁く。
「いいでしょ、静かで」
灰次の背中が震える。
それは、優しさではなかった。
状況を“調整した側”の言葉だった。
「……なんで」
かろうじて、声が出る。
藍は、少しだけ考える素振りをしてから。
「邪魔だったから」
あっさりと答えた。
息が止まる。
「ハイジが怯えるの、うるさいでしょ?」
事実だった。
正しい。
だからこそ、逃げ場がない。
「だから、静かにしただけ」
微笑む。
まるで、教室の掃除でもしたかのように。
灰次は、何も言えなかった。
怖い。
なのに。
胸の奥が、少しだけ軽くなっている。
——あの視線がない。
それだけで、呼吸がしやすい。
(だめ)
分かっている。
これは、普通じゃない。
藍がやっていることは。
きっと、間違っている。
でも。
(楽)
その感覚が、全てを上書きする。
藍が、指先を絡めてくる。
「ほら」
小さく言う。
「私の方がいいでしょ?」
答えを要求しているのではない。
確認だ。
灰次の思考が、揺れる。
怖い。
でも、離れたくない。
どちらが本音なのか、自分でも分からない。
「……うん」
結局、そう答える。
藍の指が、わずかに強くなる。
(やっぱり)
内心で、静かに頷く。
この子は、もう戻れない。
自分で選んだ。
楽な方を。
それでいい。
——それが、一番壊しやすい。
昼休み。
灰次は、席から動けずにいた。
周囲は、普通に会話している。
笑い声もある。
だが。
そのどれにも、自分は含まれていない。
完全な、外側。
「……」
喉が乾く。
昨日までの“敵意”の方が、まだ理解できた。
今は、違う。
存在しないものとして扱われている。
(こわい)
そう思った瞬間。
「ハイジ」
藍が、弁当を差し出した。
「一緒に食べよ」
自然な動作。
灰次の視界が、揺れる。
——ここには、いる。
その事実だけで、安心してしまう。
「……うん」
受け取る。
箸を持つ手が、少し震えている。
藍は、それを見て。
満足そうに微笑んだ。
(いい)
外を切って、内に閉じる。
その構造が、綺麗に出来上がっている。
あと少しで。
完全になる。
放課後。
帰り道。
灰次は、藍の後ろを歩いていた。
少しだけ距離を空けて。
ついていく形。
それが、自然になっていた。
「ねえ」
藍が、振り返る。
「なんでそんな離れてるの?」
首を傾げる。
灰次が、言葉に詰まる。
「……怖い、から」
正直に言ってしまう。
一瞬の沈黙。
藍の目が、わずかに細くなる。
だがすぐに。
「そっか」
と、柔らかく笑った。
怒らない。
否定もしない。
ただ。
「じゃあ、近づいて」
そう言う。
矛盾した命令。
灰次の足が止まる。
怖いから離れているのに。
怖い相手に、近づけと言われる。
普通なら、拒否する。
だが。
(……行かないと)
そう思ってしまう。
行かなければ。
この関係が壊れる。
それだけは、嫌だった。
ゆっくりと、一歩踏み出す。
藍との距離が、縮まる。
心臓が、痛い。
さらに一歩。
逃げたい。
でも、止まれない。
そして。
藍のすぐ隣に立つ。
呼吸が乱れる。
藍は、それを見て。
静かに、手を取った。
「ほら、大丈夫」
優しい声。
だが。
灰次には分かっていた。
これは。
——自分で選んだ結果だ。
怖いのに、近づいた。
嫌なのに、頷いた。
全部、自分だ。
藍のせいだけじゃない。
その事実が。
ゆっくりと、心を締めつける。
藍は、そんな灰次を見下ろしながら。
内心で、確信する。
(完成)
もう、この子は逃げない。
逃げられない、ではない。
——逃げない。
それが、一番強い拘束だ。
「いい子」
小さく呟く。
灰次は、何も言わなかった。
言えなかった。
ただ。
その手を、離さなかった。
夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。
その影は。
まるで、一つに重なっているように見えた。
コメント
1件
めんどくさいし改行が多すぎるので、自分でもイライラしてきました。 なので、やめます。もし楽しみにしてくれていた人がいたらごめんね。