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金曜の夜。Ifは珍しく定時で仕事を終えた。
「……生きててよかった。」
そんなつぶやきと共に、向かったのは繁華街の小さな個室居酒屋。
待っていたのは、初兎と――りうら。
「おーい、まろさん~こっちこっち!」
「……なんでお前まで来てんだよ、りうら。」
「初兎さんが“3人で飲もう”って言ったからだけど?」
「いや、俺は“2人で”って……って、聞いてなかったの?」
「知らねーよ、どっちでも楽しいけど。」
そんなやり取りを横目に、Ifは席に着く。
気づけば、ビールを何杯も飲まされ、顔がほんのり赤くなっていた。
「ちょっと酔ってんじゃん、まろさん。」
「うるさい……お前らが飲ませすぎなんだよ……。」
「かわいいな、その顔。」
「りうら、ちょっと黙れ。」
初兎が低い声でつっこむ。
けれど、酔ったIfは気にせず、二人を見比べながらポツリとつぶやいた。
「なあ……お前ら、俺のこと、“まろさん”とか“お兄さん”とか、“呼び名”統一しろよ。」
「は?」
「“さん”付けとか、他人行儀すぎて……なんかさみしい。」
初兎とりうらは、一瞬だけ言葉を失った。
「じゃあ……なんて呼ばれたいの?」
初兎が、少し真面目な顔で尋ねる。
「……名前。」
「名前って、まろ?」
「ううん。本名、いふって、呼んでくれよ。」
「……」
初兎の喉が、かすかに鳴る。
そして――
「……いふ。」
その声は、今まででいちばん優しくて、甘かった。
「っ……」
Ifは無言でグラスを握りしめた。
酔ってるのに、その声だけは妙にまっすぐに心に刺さる。
「俺も呼んでいい?」
りうらが身を乗り出してくる。
「いふ、だろ?」
「……うん。あんたが言うと、ちょっと照れるけど。」
「マジでかわいいな、酔ってると。」
「りうら、そろそろ黙って。」
初兎がぐいとビールを飲み干し、Ifの隣に座り直す。
「こいつ、今日、俺が家まで送るから。」
「なにそのマウント。」
「マウントじゃない、既成事実を作るだけ。」
「いやそれマウントだろ。」
二人の空気がピリピリする中、Ifはぽつんと笑った。
「なんか……俺、贅沢だな。」
「は?」
「こんな夜、二度と来ないと思ってたから。」
「いふ……」
酔って緩んだ声に、少しだけ本音が混じっていた。
それに気づいた二人は、もうそれ以上、何も言えなかった。