年齢20歳。現在就職活動中。免許をとったはいいが、専門職に就くつもりは無い。同級生は内定を貰った子が九割で焦っている。
焦っているとかいいながら、今日は東京で一人旅。
渋谷のスクランブル交差点や歩道橋を通って、景色を撮りながら妄想するのが楽しい。時々綺麗なアイドルがチラシを配ったり、バスの中で歌ったりしている。普段は名古屋に通っているから物珍しい。キョロキョロしながら辺りを見ていると、壁に紙を貼っている男の人がいた。
『審神者募集中』
審判の審に神に者で何て読むんだ?私はアナログな人間なので聞いてみることにした。
「お嬢ちゃんサニワに興味あるのか?」
埴輪みたいな名前。しかも答え方が怪しい何かっぽい…。
「怪しい仕事じゃねぇよ?事務みたいな」
怪しい人は皆そう言うんじゃないの?!
「よけりゃ見てくかい?」
断れない雰囲気⋯!時間はあるから行くことはできても、良くないとか怪しいとかだったら体調不良理由に出て来ることにしよう。教えてくれた男性は見た目は普通のサラリーマン。年齢は四十歳手前の160cmくらいの人。案内されたのは綺麗なビル。フロントも普通。エレベーターの中も綺麗だし、怪しい雰囲気はない。
「下でチラシ貼ってたら興味持ってくれましたァ」
男性がガラッと、扉を開けると、会議室みたいな部屋に通された。口の字に並べられた机の向こうには二人の男の人。どちらもスーツだけど、逆光でお顔が影になって見えない。
「こんなに早く来てくれると思ってなかったな」
「どうぞどうぞ座って座って」
私が困っていると、業内してくれた男の人が、
「職種から聞きたいそうです」
とフォローしてくれた。
「あぁ、なんだ。いいよ」
軽いな⋯大丈夫なんだろうか。
「審神者っていうのは、国に養われた事務員だよ。簡単に言えばね」
「えぇっと⋯公務員ってことですか?」
「そうだね。国民の中で数は教員や看護士と比べたらとっても低いけど」
公務員かー!良かった!疑ってごめんなさい!人数が少ないっていうことは⋯、
「試験が難しいんですか?」
「いや⋯試験が難しかったり、条件が厳しい訳じゃないんだけど、働く時間がね⋯」
時間外労働ってことか?!今の時代そういうの厳しいから⋯。
「残業だったり、プライベートの時間が確保できないわけじゃないんだけど、審神者でいてもらう時間が長くて」
「長ければ死ぬまでの場合もあるんだ」
死ぬまで?!
「相手をする者が、寿命が長い場合があって⋯」
生き物ですか、その相手っていうのは?!
「で、でもそれなら何年がごとに引き継げばいいいんじゃないんですか?」
「そうしたい気は山々なんだけど、年々審神者の数が減ってるんだ。君も知ってるだろう?少子高歯令化の影響でね。半分以上の審神者は俺らより年上の方が多いんだ」
皆さんだいたい四十歳前後でしょう?それ以上年上ってことは、もしかして定年ギリギリの方もいるってこと⋯?
「君今学生?」
「はい。でも就活中で」
「どっか受けた?」
「まだです」
「よかったら資料作る?」
「え」
椅子に座るよう促され、読んで欲しいと言われた字がいっぱいの紙と、空欄が多めの紙。字がいっぱいの紙には、お給金や実家への帰省、気をることとかが書いてあった。
「それ読んで貰って大丈夫だと思ったらもうーつの個人情報書いて貰ってもいい?」
えーっと、
「どこまで詳しく書いたら良いでしょう?」
「できるだけ詳しく書いて貰えると助かるな」
できるだけ詳しくか…。
名前:ゆう
出身地:岐阜県
年齢:20歳
誕生日:平成17年3月3日 乙酉
血液型:A型
星座:魚座
身長:144cm
体重:45kg
利き手:右
趣味:絵を描くこと
中学までの得意科目:社会道徳(そんなことまで書くんかい)
とりあえず空欄を埋めておいた。
「こんなカンジで良いですかね?」
「ありがとうございます。あー、確認なんだけど、煙草って吸う?」
「え、吸いませんね」
「お酒ってどれくらい?」
「果実酒を1ヶ月に1杯くらいですかね」
「良かった!じゃあ職場案内するね」
え、もう?
「こっちだよ」
部屋から廊下に出て、エレベーターで地下まで移動すると、エレベーターの扉が開けた先にあったのは、
「駕籠?!」
時代劇とかで良く見る、二人の男の人が担いで、中に偉い人が乗る、みたいなやつ。
「これに乗ってもらって、窓開けていいからさ」
えっ……..乗り方って…あ、靴ビニールの上ねなるほどね…荷物入れるとこんな感じね、
「えっ….」
「酔うかもなら紐に捕まっててもらって」
「あっ…..」
わかるかぁ!!
「動くから、何かあったら言ってね」
今ですね?今なにかありましたね?
私の隣を歩く人と前後で持つ二人ですかね??
何とか日除けを捲ると、外の景色が見えた。和風なお家がいっぱい並んでいて、空気も澄んでいる。
「あの」
「ん?」
「歩かせてください!」
「えっ大変だよ?」
「荷物だけ駕籠に乗っけてください!大変でしょう?」
なんて気遣いをしてみたけど、本当は歩きたいだけである。私は一時間くらい余裕で歩けるし、コンクリートじゃなくて砂の道を歩くのも新鮮だし、何よりこの昔の日本っぽい雰囲気が好きなんだ!
「は、はぁ….辛くなったらいつでも駕籠行っていいからね?」
「はい!」
すごい!映画村(和風な家がいっぱい並んでいる観光地)みたいだ!ワクワクしちゃう!着物の人がお店から出てきた!作り込みすごいなぁ。時代劇の撮影みたいだ!足元をザリザリ言わせながら、私はウキウキしていた。
砂利道を超えて、木の囲いを抜けて、今度は原っぱに出た。そこで、違和感を覚えた。撮影に使うカメラやマイクがない。砂利道一本以外、私よりも背が高い草ばかり。人の手入れが行き届いているところといないところがある。
またまた歩くと、大きな囲いの和風家屋があった。お金持ちが住んでいるんだろう。こういう家に住んでみたいなぁ、という憧れはあるものの、もし私が実際に家を建てるなら合理的な家になるんだろうな、と思いながら通り過ぎようとすると、壁の瓦に狐が丸まっている。
「可愛い狐さんですね」
「こんのすけ。新しい審神者だよ」
「!お待ちしておりました!主様!」
主様なんてはじめて言われたんだけど、
「ここ?が?職場ですか?」
「そう」
「狐って喋るんだ….」
疑問に思ったが、言われてみればこの場所は私の住んでいた場所とはかなり違う気がする。地形的には小高い場所にあるが、さっき駕籠に乗せてもらっていた道は既に見えないし、空気もなんだか違う。田舎の空気。そういえばここに来るまで電信棒のひとつも見なかった。狐が今更喋ったっておかしくないかもしれない。
「…..まさかとは思いますが、ここって電気って通ってません?」
「はい。必要であれば政府に文などでお伝えする必要があるかと」
…..ッスー……。
「じゃあ我々はこれで」
「えっ私って審神者になれたんですか?!」
「うん。これからよろしくね」
スーツの皆さんは私の鞄を駕籠から出して渡してくださった。
「えっありがとうございます….よろしくお願いします、」
彼らをが帰っていく背中を見えるところまで見届けたあと、大きい門を潜って、玄関へ。旅館みたいに綺麗だけど、中は静まり返っていた。
「え、誰もいないの?」
「はい」
はい?!
「政府の方がお掃除はしてくださったんですが、住み着いているのは私だけです」
…..えー….と、
「審神者のお仕事の紹介をさせて下さい!まずは、この建物が貴方の物です!」
広すぎるよ!!もう旅館だよこの建物の見た目!
「審神者のお仕事その次!刀剣男士を顕現します」
なんですか とうけんだんし て。
なんとなく建物を見て回ったあと、綺麗な広間に通された。神棚まであって、他の部屋より重視されてる….気がする。
「この中で、一振りお選びください」
小さい巻物を開けてくれたので覗き込むと、そこには五本の剣と説明が書いてあった。
っていうか数え方 “ 振り ” なんだ?!
「じゃあ….これで」
五振りの中で唯一、私が知ってる刀があった。坂本龍馬の所持していた打刀。陸奥守吉行。
「陸奥守吉行ですね。じゃあ祝詞を唱えて、大幣を振ってくださいな」
の、のりと…?よ、読み方はこうですか?大幣?が、これですか?振ればいいですか?
すると、ぶわっと桜の花びらが舞って、
「陸奥守吉行じゃ。よろしくのぅ、主」
私と歳が近そうな男性が刀を横にして正座している。
「刀剣の付喪神を、刀剣男士と呼ぶのです」
とこんのすけが説明してくれるけど、気持ちはそれどころではなくて。
「……は、」
「これが顕現です。記念すべき一振り目ですね!この調子で、多くの刀剣男士を顕現しt….主様?」
「陸奥守、吉行…..」
「おん!」
君は知っている。刀の持ち主は温厚で、基本人を斬ることをよしとせず、刀を抜いた回数は片手で数えられるほどだった….。鉄砲や大砲、拳銃を使うことが多くなり、君は、刀掛けの上で坂本龍馬の死を見ていた。記録には異なるかもしれないが、坂本龍馬の死は、その後の時代に影響していた。坂本龍馬が死ななければ、戊辰戦争は起こらなかっただろう。近藤さんの処刑も、土方さんがもっと長く生きられたかもしれない。未だに坂本龍馬暗殺の犯人はわかっていないが、それでも、
「辛かったことだろぅ…..」
「あ、主様?!」
「……主…..」
陸奥守吉行の右手が、私の左手をそっと包んだ。
「優しいのう」
私の涙が止まるまで、二人(ひとりは狐だけど)は待っててくれた。
「っ…ふぅ。はじめてまして。陸奥守吉行」
陸奥守吉行は、ふ、と優しく笑った。
次に顕現したのは五虎退。可愛らしい男の子だ〜!と思っていると、
「あれ…?」
「ど、どうかされましたか?主様…?」
なんか….大きいな….?
いや、陸奥守吉行と比べて、五虎退は小さいんだけど、私と比べて、なんか….大きいな…?
「刀剣男士の身長は、刀の種類によることが多いんです」
「あ….うん….ありがとうこんのすけ….」
こんのすけに戦闘のこと、手入れのこと、刀装のこと…その他色々教えてもらった。戦闘の様子は、家(ここでは本丸と呼ぶらしい)で見守ることができる。撤退の指示も私がするそうだ。
「主様、おうちはありますか?」
「あるよ。田舎だけど….」
「住所など細かい詳細を教えていただければ、本丸とおうちを繋ぐことができます。便利ですよ?」
そんなことできるの?すごいなこんのすけ。
こんのすけに住所を教えて、さらに繋げる場所の指定をすると、なんと私の部屋のクローゼットから本丸の審神者の押し入れに出入りできるゲートのようなものができた。
これでここにテレビを持ってきて〜、暖房もこたつも持ってきて〜….あっ、
「電気通ってないんだっけ、」
「政府に伝えれば、数週間後には手配してくれます。あ…今更ですが主様、お召し物をひとつ揃えてありまして、こちらなんですが」
こんのすけの隣に綺麗に畳まれているのは、巫女装束のようなもの。
「制服、というわけではないんですが、お着替えできるかと」
私はこういう和服が大好きでね!
「着よう!」
「鏡はこちらに!」
準備がいい!
姿鏡の中にいる私は、黒い髪を項でひとつにまとめて、角度によっては紫に見える瞳に、今日は珍しくハイライトが入っている。父似の男らしい眉毛に、奥二重の瞼。下唇の黒子は、いつの間にできたんだ?
巫女装束に着替えると、審神者としての気合いが入る。
「そういえば、時間ってどうなってるの?」
「時の流れのことでしたら、先程まで主様がいらっしゃった世界同様流れています。なので、お夕飯の時間に帰る、ということが可能です」
なるほど。浦島太郎みたいにはならない、と。
「仕事としてやっていくってことは….」
「はい。政府に書類を作って貰うよう伝えれば、学校はおやすみできるかと」
審神者最高!!
「それでは主様。これからよろしくお願いいたします」
「うん。よろしくね」
こうして私は、審神者として働くことになった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!