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シャーリーが遅れて着席すると、モーガンはその無事を祝うでもなく説教を始めた。
ギルドの応接室にはモーガンとシャーリーの他に、九条とミアとソフィアが同席している。
シャーリーの証言は、モーガンとタイラーが村へ許可を取りに行くところから始まった。
その要所要所にモーガンからの怒号が飛ぶ。
シャーリーも多少の反論はするのだが、あまり強く出れないのは、反省もしているからだ。
大袈裟にシャーリーを叱責するのは、証拠として提出するギルドへの調書が必要になるからで、モーガンは命令違反をしたのは冒険者たちであってキャラバンではないと訴えているのだ。
罰則はないものの、ギルドからの信用を落とすわけにはいかない。
しかし、全ての責任がシャーリーにあるかと言われればそうではなく、亡くなった者達にも責任はある。
これはシャーリーの問題であり、九条が口を挟むべきではないと承知してはいるのだが、聞いていて気分のいいものではないことは確かであった。
「大体のことは理解しました。後は本部に報告の後、解散手続きの申請が許可されると思いますので、そちらは結成と同じベルモントギルドでお願いします」
「助かります」
安堵の溜息を漏らすモーガンはソフィアに深く頭を下げ、シャーリーは打ちのめされたように、下を向いたまま消沈していた。
「九条様。今回は本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げたらよいか……。捜索依頼は個人的に依頼したものではありますが、火急の案件ということで相場通りの報酬を払わせていただきます」
その言葉にシャーリーがピクリと反応を示す。
思った通りの展開。九条には恥を忍んで話をしておいてよかったと、シャーリーは内心ホッとしていた。
「ソフィア様。ギルドに捜索依頼を十四名分依頼するとしたら、おいくら位でしょうか?」
「そうですね。この場で詳しい見積りは出せませんが、恐らく金貨二百枚程度でしょうか。捜索に対しての依頼料が金貨五十枚。九条さんへの個人指定依頼に金貨百五十枚くらいかと……」
やはり高額。十四人分と思えばそれも道理ではあるのだが、シャーリーはその内約に疑問を感じていた。
逆なのではないかと。捜索に百五十枚、九条に五十枚なら理解は出来るが、なぜ九条の指名にそれほど値が張るのか。
(炭鉱の道案内を依頼した時は、それほど高額ではなかった。危険手当も含めてもあり得ない……)
恐らくはソフィアの言い間違いだろうと、そう思っていたのだ。
「では、そのように用意致しますので……」
「いや、それは必要ない」
「九条様……。そういうわけには……」
「ホントにいらないんだ。今回助けたのは顔見知り。シャーリーだからこそ捜索に協力した。お前から依頼を受けずとも俺は探しに行っていた。だから必要ない」
「えっ?」
驚きのあまり、九条の顔を見上げるシャーリー。
初耳だったのだ。九条は十四人の捜索中に自分を見つけたのだと思っていた。
「ちょっと待って九条。私だと知ってて救助に来たの?」
「ええ、そうです。最初に炭鉱に入った時は十三人の遺体しか見つけられませんでした。モーガンから冒険者たちの名を聞いて、シャーリーさんの遺体がなかったことに気が付いたんです。ですので、明確には1回目は捜索で、2回目が救助で潜った事になりますね。逆を言えばシャーリーさんじゃなければ見捨てていました。最初から報酬を貰うつもりはありませんでしたから」
シャーリーは言葉を失った。九条はあの凶悪な魔物がいるダンジョンに二回も潜っていたのだ。しかも二回目は自分の為だけにである。
(私が九条の立場であれば、助けに行っただろうか……。なぜ、そこまでして私を助けたの……? 命を賭けてまで……)
「そ、そうですか……。では、その件はそちらの意を汲ませていただきます。……ですが、次はそうは参りません」
モーガンはわざとらしく咳払いをすると、真剣な眼差しで九条を真っ直ぐに見つめる。
「ずばり炭鉱及びダンジョンへの不法侵入についてですが、こちらについてはギルドを通さずにお話しさせていただきます。カーゴ商会の総意として受け取っていただいて構いません。不法侵入並びに炭鉱やダンジョンの清掃費用、その他迷惑料などを鑑みまして、金貨千枚を損害賠償としてお支払い致します」
「「千枚!?」」
モーガン以外の全員が驚きの声を上げる。どう考えても多すぎる。
しかし、モーガンから見れば妥当な金額。金貨千枚で不法侵入という犯罪を揉み消せる。カーゴ商会の名を傷つけずに済むのだ。
しかも、これでプラチナプレート冒険者の信用を取り戻せるなら安い買い物。
そのうえこの千枚は、当事者であるシャーリーに請求する。
(シルバープレート冒険者の平均年収から割り出せば、払える額ではない。恐らく半分も回収できないだろう……)
だが、九条のスポンサーに付ければ、その程度すぐに回収できる。モーガンはそこまで考えていた。
これはビジネスなのである。
同時に、シャーリーは俯きながらも唇を噛みしめていた。
(金貨千枚……。この請求は確実に私に回って来る。とてもじゃないが私の貯金では払えない……)
このまま奴隷人生がスタートするのかと絶望の淵に立たされた気分のシャーリーであったが、その会話の内容になぜか違和感を覚える。
(……ん? なんでその話を九条にするの? 炭鉱の所有者はプラチナプレート冒険者だったはず……)
そう、シャーリーは九条がプラチナの冒険者であることを知らないのだ。
一般的な冒険者なら、見えるところに下げているであろうプレートはポケットの中。ギルドもその存在を大々的に公表している訳ではないので、プラチナの冒険者が誕生したことまでは聞き及んでいるが、それが誰なのかまでは知らない――というのが現状であった。
「ちょっと待って、それは炭鉱の所有者にする話でしょ?」
「何を今更……。だからしているではないですか」
「え? あ、九条が代理人ってことなの?」
「いや、そうではなくて……」
「え? ん? ……え?」
キツネにつままれたような顔をして、キョロキョロと視線を泳がせるシャーリー。
話が噛み合わない二人を見て、九条は笑うのを必死に耐えていた。
二人のやり取りが面白くてしばらく眺めていた九条であったが、さすがのモーガンも音をあげる。
「九条様、申し訳ありませんがプレートを提示していただけると……。これでは話が進みません」
「そうだな」
その言葉通り、九条はポケットの中からプレートを取り出し、テーブルの上へ置いた。
それは紛れもないプラチナプレート。薄紫色に光るそれはシルバープレートに似てはいるが、その輝きと光沢は段違いだ。
「……え? ……ええ? ……ええぇぇぇぇ!?」
シャーリーはソファから立ち上がると、目の前のプレートと九条の顔を交互に何度も見比べた。
鋭く睨みつけるその瞳の瞳孔は開きっぱなし。
少し前まで九条はカッパープレート、最弱の冒険者だった。経緯を知らないシャーリーの反応も当然だ。
「……わかった! 私を騙して楽しんでるんでしょ!? このプレートは本人から借りてるだけってオチ? もう、冗談キツイなぁ」
当然それには根拠があった。こんな短期間で、カッパーからプラチナに成長することなど出来るはずがないのだ。
「知ってるわよ? プラチナの冒険者にはゴールドの担当が付くんだから。詰めが甘いわね」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミアはポケットの中からプレートを取り出し、そっとテーブルの上へと置いた。
もちろん、それは黄金の輝きを放っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
シャーリーが思った通りの反応をするので、九条は笑いを堪えきれなくなった。
ゲラゲラと笑う九条に、必死に笑いを堪えるソフィア。モーガンは呆れ、ミアは笑っちゃ可哀想だと皆を諫める。
そんな中、シャーリーは訳が分からず硬直。頭の中で必死に状況を整理していた。
「シャーリーさん。これでわかったでしょう? 九条様に失礼ですよ? そろそろお座りなさい」
モーガンの声で我に返るシャーリー。
「……ホントなの?」
「ええ、別に騙すつもりはなかったのですが……」
九条が自分のプレートを人前で見せたがらないのには、二つの理由がある。
一つは、プラチナプレートという肩書きに群がってくる連中の相手をするのが、心底面倒だと思っているから。
もう一つは、そんな肩書きに頼る生き方が、九条自身の信条に反しているからである。
仏教では、傲慢や驕りを”慢”と呼び、煩悩の一つとして強く戒めている。
自分の力を誇らない。権力や地位に執着しない。謙虚こそが徳である――というのがその教えであり、そもそもプラチナであることを鼻にかけるような生き方は、望んでいないのだ。
「でもなんで……。こんな短期間でプラチナになんて……」
シャーリーはようやく状況を飲み込んだ。九条がプラチナなら、捜索費用より指名料の方が高いのにも納得がいく。
「カッパーってのが間違っていたんです。俺は元からプラチナだった――ねぇソフィアさん?」
「は、はひ!」
急に話を振られたソフィアの背筋がピンと伸びる。
まさか、九条を騙してカッパーとして働かせていました。とは口が裂けても言えない。
萎縮してしまったソフィアは、九条と目を合わせようとはしなかった。
シャーリーは呆けた顔でソファに崩れ落ちるよう座ると、ずっと九条を見ていた。
騙されたことによる怒りではない。どちらかというと、信じられないという驚きの表情だ。
「えー、では話を続けさせていただきます。損害賠償の件ですが、大金ですので輸送に数日の猶予をいただけると……」
「いや、それも必要ない」
「……は?」
一瞬の間。モーガンもまさか断られるとは思わなかったのだろう。
しかし、受け取ってもらわなければならないカネだ。カーゴ商会からも許可は得ている。プラチナプレート冒険者というデカイ商材を、みすみす逃す訳にはいかないのだ。
「し、しかし、それでは……」
「それでは? なんだ?」
九条の表情が一変した。先程までのヘラヘラとした九条ではない。
そこに座っているのは、紛れもなくプラチナプレートの冒険者だ。
「……」
「モーガン。正直に話そう。ここで話したことは聞かなかったことにする。だから本音を言え」
モーガンはソフィアの顔色を窺い、それに気付いたソフィアは黙って頷いた。
初めてである。大手商会との商談でも、モーガンはここまでの緊張感を味わったことがない。
(プラチナプレート冒険者とはこういう者達ばかりなのだろうか……)
九条から感じる威圧感に、足が竦んでしまうほどだ。
「……不法侵入をなかったことに出来ればと……。このままでは商会の名に傷がつく。それだけは何としても避けたいのです」
「じゃぁ、こうしよう。俺はお前に入場許可を出した事にする。その代わり十三人の冒険者の死を、俺のせいにしないこと。これでどうだ?」
「……」
モーガンにとっては悪い条件ではない。だが、それ以外にも九条の機嫌を取るというための金額提示でもある。
「ここで俺がそのカネをもらっても、結局はシャーリーに請求するんだろ?」
「そ、それは……そうです……。こうなった責任は彼女にもありますので……」
「こういうことだ。よく聞け。俺が金貨千枚を貰ったらお前はシャーリーに金貨千枚を請求する。それを払えないシャーリーはプレートを剥奪され奴隷落ちだ。しかし、俺はそれを阻止する。貰った金貨千枚をシャーリーに譲るからだ。そのカネがお前のところにもどる。わかるか?」
「えっ……九条?」
捜索費用分は断るということになっていたが、損害賠償金までも棒に振ろうとしている九条を見て、シャーリーは困惑した。
金貨千枚は到底払える額ではない。シャーリーにとってはありがたい申し出ではあるのだが、なぜそこまでしてくれるのかが理解できなかったのだ。
モーガンを強く睨みつける九条。それは昨日とは真逆で真剣そのもの。憤っているようにも見える。
カーゴ商会といえば王宮とも取引がされているほどの巨大財閥の一角。それを相手に一歩も引かず、対等に渡り合っている九条の姿がシャーリーには凛々しく見えた。
なぜか気分は高揚し、胸の高鳴りと同時に顔が赤みを帯びる。
(昨日裸を見られたことが、まだ尾を引いているのだろうか……)
首を左右に振り、逸れてしまった論点を元へと戻すシャーリー。
九条にそこまでしてもらう訳にはいかない。それを言おうとした瞬間だった。
「言いたいこともあるだろうが、シャーリーさんはちょっと黙っててもらえますか? これは俺と商会との問題なので」
「あ……うん……」
九条と目が合った瞬間。シャーリーは言いたいことも忘れ、頷くことしか出来なかった。
急激に体温が上昇したのは部屋が暑いからだろうと暖炉を見るも、火は入っていない。
そんなシャーリーとは裏腹に、モーガンは極寒の寒さに震えるかの如く青ざめていた。
「結局、自分のところにカネが返って来るだけだ。それなら余計な手間を省いて俺の案を呑んだ方が賢いとは思わないか?」
モーガンの頭の中では損得勘定がフル回転していた。
どうすれば商会を傷付けずに済むか。どうすれば利益につなげられるか。
「金貨を一万枚にしても十万枚にしてもやることは一緒だ。それとも何か? お前は、俺の機嫌を損ねてまでカネを払いたいのか?」
この一言が決定打となった。九条の機嫌を損ねる事こそ、最大の損失となり得たからだ。
モーガンは全てを諦め観念したかのように溜息をつくと、重々しく口を開いた。
「……はぁ、わかりました。但し一つ条件が……」
「なんだ?」
「私の方で出金と入金の書類を一枚ずつ御用意します。それとは別に、九条様には金貨千枚を受け取ったという書類にサインを。シャーリーさんは金貨千枚を商会に支払ったという完済証明書にサインをいただきたい」
払わないという選択肢はなく、モーガンは保身に走り、商会を騙す方向にシフトした。
九条はこの辺りで譲歩するのが得策だと考え、その提案を受け入れる。
「いいだろう。……シャーリーさんも、それで構いませんね?」
「えっ……あっ、うん……」
「よし。交渉成立だ」
出された九条の右手を、引きつった顔で握りしめるモーガン。
一方の九条は、笑顔で硬い握手を交わしたのであった。