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いつも読みやすくて味わい深い文章をありがとうございます!
※八話目。続き。(通学時間で書き溜めたところ、なんとか形にすることができたので載せさせていただきます)
「……しかし、時が経つってのは早いものだよな」
三人で他愛もない話をしながら歩いていると、ふと、アメリカがそうしみじみと呟いた。それを聞いていたロシアと中国が、ギョッとしたようにアメリカを見た。
「な……何だよアメリカ、突然そんなこと言い出して……」
ロシアが顔を引き攣らせながら聞くと、
「?……え、そんな変なこと言ったか、俺?」
「変なことっていうか……まぁ変なことだけど」
ロシアは中国と顔を見合わせた。それから、意味深に頷きあう。
「だってなぁ……」
「………ネ」
「え?え⁉︎ そんなに変なこと言った、俺⁉︎ 」
本当に困ったかのような顔をしたアメリカに、ロシアは、
「いや、いつもムードメーカーのお前が突然そんなジジくさいこと言ったら、誰だって気味悪がるだろ……」
これには中国も頷きながら、
「そうアルよ……頭でも打ったアルか、それとも酔っ払ってるアル?」
……これは、心配されているのだろうか、それとも揶揄われているのだろうか……
「…………なんか今日、お前ら俺に風当たり強くね?」
アメリカはそう言いながらサングラスをちょっと上げて二人を見た。その動作があまりにも決まりすぎていておかしかったため、ロシアも中国もひとしきり笑った。
その様子を見ていたアメリカが悔しそうに舌打ちする。
「チッ、なんなんだよお前ら。ちょっとだけ昔のこと考えてただけだってのによ」
「え、お前昔のこと考えてたの?そんな趣味あったっけ?ますますジジくさいじゃん」
「懐古趣味?だったっけネ」
「それは言えてる……けど」
今度も仲良く首を傾げたロシアと中国を見て、アメリカがブチ切れた。
「あーもう!ほんとなんなんだよ!別に何考えてたっていーじゃねーか!それにロシア!気づいてないかも知れねぇけど、俺はな!」
言いながら、ビシッとロシアを指差す。そのままアメリカは怒鳴った。
「お前がガキの頃のこと思い出してただけだっつの‼︎‼︎ 」
「は⁉︎ 俺がガキの頃のこと⁉︎ 」
「そーそー‼︎ 」
歩きながら、アメリカは腕を組み、若干、遠くを見つめた。息巻いていた彼だったが、その瞬間、微かに感傷的な雰囲気が漂う。数秒、口をつぐんだあと、アメリカが静かに言った。
「さっきさ、お前と肩組んだ時、気づいたんだ……あぁ、ロシアってもうこんなデカいんだ、もうあの頃のお前じゃないんだな、って」
「は……?お前もしかして」
アメリカはロシアを見ると、片眉を跳ね上げた。
「そ。俺らが初めて会った時のこと、なんか思い出しちゃってさ」
1900年代後半、冬───。
とある軍事施設のとある一室で、軍服に身を包んだアメリカと中国は、火の焚かれた暖炉の前で談笑していた。たまたまそのような格好をしていたものの、双方とも敵意識はなく、ただ単に世間話に花を咲かせているだけだった。
が、会話ともなれば時々間隔が空いてしまうのがつきものだ。その時、話していた彼らの間で会話が途切れ、不意に沈黙が降りた。決して話す内容がなくなったからではないが、双方ともなんとなく、黙り込んでしまった。彼は、その瞬間を見逃さなかった。
「………それはそうとして中国、今日俺に合わせたい人がいるって本当か?」
アメリカが切り出す。中国は軽く笑い、
「本当アルよ……もしかして您、我のこと疑ってるアル?」
と少しだけ寂しそうに言った。アメリカは慌てたように、
「いや、まぁ、そんなんじゃないけどさ……でも、合わせたいやつなんてそういるか、って思ってな……」
そう言って頭を振った。彼の額にはこの時、四十八の星しか無かった。中国は俯いて、
「……しょうがないアル。ここに来るまで色々あった───ありすぎたアル。だから、您が我のことをどう思っていようと、我はそれを咎める権利は持っていない……。でも、」
中国はそこで言葉を切ると、顔をあげ、アメリカの顔をしっかりとみた。
「でも、今は……いや、今日、この時だけは、その……敵とかじゃなくて、ただの一国として、接してほしいアル。これはその……これから会ってもらう人にも、同じなのだが───」
「…………」
アメリカは、穏やかな気持ちで中国を見つめた。それから、おもむろに頷いた。
「うん───分かった」
その言葉を聞くと、中国はパッと顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「アメリカ……!ありがとう!」
アメリカが小さく吹き出す。
「ハハ、そこはしぇいしぇいじゃないんだな」
「に………じゃなくて、お前に合わせてやっただけアル!しかも発音違うし!正しくは谢谢アルよ‼︎‼︎ 」
「うっわ、めっちゃ発音きれい!……って当たり前か!アハハハ!」
中国がぷくんとむくれたのを見て、アメリカはますます笑いそうになったが、それをなんとか堪えて聞いた。
「……そういえばさっき中国さ、俺のこと、お前って呼んでくれたじゃん。今まではその……にぃ?にん?」
「………您?」
「そうそれ!それってさ、敬称なんだろ?相手の。嫌だったわけじゃないけど、そう呼ばれるたびに、なんか壁つくられてるみたいでさ……でもさっき、お前って言ってくれて、結構嬉しかった」
アメリカはそう言うと、白い歯を見せて輝くように笑った。
「なんか、ありがとな‼︎ 」
中国の、元から赤かった顔がさらに赤くなった。手をブンブン振り回しながら上擦った声で叫ぶ。
「な、何をっ!べ、別にお前と特別仲良くなりたいとか、気に入られたいとか、そんな意図があってお前って呼んだわけじゃっ……」
しかし、アメリカのニコニコ顔の前にはそんな威勢だけの言葉も尻すぼみになってしまった。しかもアメリカが被せるように、
「あ!ほらまた呼んでくれた!なんかさ、“お前”って時と場合によっちゃめっちゃ良い響き持つと思わねぇ⁉︎ 今とかさ‼︎ 」
などと言うものだから、中国はますます顔が熱くなる思いだった。気恥ずかしさを振り払うように頭を振る。
「と、とにかく!これからは我们、仲良くしていくべきと思うアル!なぜならもう戦争は終わったからアル!枢軸たちとの戦いも終わったし、朝鮮と韓国も一旦は戦うのをやめてるアル…だからアルよ!中の国民がどう思うかは別としても、お前は我と仲良くしていくべきネ‼︎」
腕を組んだ中国が、顔を赤くしながらもアメリカを睨みつける。アメリカは、笑ってそれに応じようとした───その時だった。
「中国の言う通りだな。アメリカ、これからは俺らとも仲良くしてくれよ」
低い声が、アメリカの耳を打った。
心地良い、よく通る低音。ずっと聴いていたくなるような、聞いたら一生忘れられないのではないかと思わせるほどの、特徴的な声。違う。初めて聞いた声じゃない。俺は、この声を知ってる。今までに、何度も何度も聞いてきて───
ビク、と肩を震わせたアメリカは、声のした方を見た。それから、驚きもあらわに叫んだ。
「…………ッッッッソ連んんんっ⁉︎⁉︎ 」
「よォ」
二、と笑いながら右手を軽く上げたソ連は、お決まりのウシャンカ、眼帯、マフラー、ロングコートという出立ちで二人の前に現れた。開け放したドアを後ろ手に閉めることもなく、暖炉の前に立つ。そのまま、アメリカに親しげに笑いかけた。
「久しいな、アメリカ。朝鮮戦争が終わってから、中国とはたまに連絡を取り合ってたんだが───元気だったか?」
一拍おいて、アメリカの声が爆発した。
「ッッッ元気も何もねぇよオ‼︎ お前っ………お前ぇ‼︎ まじで仲違いみたいな感じになっちまってから、連絡もクソもねぇから……俺、てっきり死んだのかと……‼︎ 」
「ハハッ、勝手に殺すな馬鹿」
感無量、といった感じでアメリカは目を少しうるうるとさせた。
「いや……死のうが死なないが、お前のことなんかどうでも良いって一回は思ったはずなんだけどな……やっぱ、元は共に戦った仲だしな。どっかで、完全に縁が切れるのは嫌だなって思ってたんだなって……。会えて良かった」
そう言って右手を差し出す。ソ連が、手袋のはまったままの手でその手を取ると、二人は固く握手した。久方ぶりの握手だった。
「ソ連、久しぶり」
「……アメリカも」
「……」
自分の恩師はあれほど厳しかった目元を緩ませており、自分の友達は笑っている。それもおそらく、心からの笑みだ。その光景を見ていた中国は内心ホッとしてため息を吐いた。なぜならこの時、今だに、両者とも戦争状態にあったからである。戦争が終わっていないことは、ソ連、アメリカの二人も嫌というほど理解していた。あの、恐ろしいほどまでに冷え切った戦争が。だからこれが、束の間の心を通わせられる瞬間だということも。
ソ連の心を読むことはできない。でも、とアメリカは思う。
(今日、この瞬間だけは、ただの一国として接する───ソ連、お前はどう思ってるか知らねぇけど……少なくとも俺は、中国の言ってたこと実行したいと思ってる)
アメリカは振り返って中国を見た。
「なぁ中国、俺に合わせたかった人って、ソ連?」
「いや、まぁ」
中国は曖昧にそう答えると、ソ連に向かって、
「老師、ドア開いたままアルよ。せっかく温めておいた部屋が寒くなってしまうアル」
そう言うと、開け放された扉を指差した。ソ連はひょいと後ろを振り返り、
「………あ?……入ってきてないのか」
そう呟いた。アメリカは首を傾げた。
(……『入ってきてない』?……そういえばさっき、なんか引っかかったんだよな。確か、ソ連が言ってた言葉───)
『これからは、俺らとも仲良くしてくれよ』
(俺“ら”───?)
ソ連の他に、誰が。
ソ連はドアの辺りまで歩いていくと、暗い廊下に向かって叫んだ。
「おい、いるんだろ?外は寒いだろ、ほら、早く部屋の中に入って暖炉にあたれ。また風邪ひいちまうぞ?」
アメリカは不審そうにソ連を見た。中国に耳打ちする。
「なぁ………あいつってあんなデケェ独り言いう癖とかあったっけ……」
「老師に限ってそんなこと、無いに決まってるアルよ……」
「じゃあなんだ?脳内にイマジナリーフレンドでも飼ってんのか」
「………ぶふっ」
アメリカの言い方があまりにもおかしくて、中国が吹いた。ソ連はそんな彼らの様子など気にすることもなく、なぜか暗い廊下に向かって声を張り上げ続けている。
「あ!お前そんなところいたのか⁉︎ やめとけほら、そんな埃まみれの所いるの!こないだだって、鼻炎こじらせてただろうが……」
「んな!失礼な!これでも、ちゃんと部下に頼んで掃除させておいたんだぜ⁉︎ だから埃なんて落ちてねーよ!」
アメリカがすかさずそう叫ぶと、
「ちょいと杜撰なんだよ、お前んとこの部下は」
言いながら室内に顔を戻したソ連は、アメリカを振り返るとニヤッと笑った。
「ダメだな、どーもこっちに来ようとしないや。……なんでも、お前が怖いらしいぜ?」
「はぁあああ⁉︎ 」
アメリカは素っ頓狂な声を上げた。
「この俺が⁉︎ どこが怖いってんだ!これでもフレンドリーな方だと自分でも自負してたのに‼︎」
「自負してたアルか……?」
中国がアメリカに呆れたような目を向ける。
「お前のその大声が怖いらしいぜ?」
「ゔっ……それを言われると、何も言い返せない……声がデカいのは元からだし……」
「というかアメリカ、外に誰がいるか、気にはならないアルか?」
「え?」
アメリカは中国を見た。
「そりゃ……ソ連のイマジナリー………」
「まだ言うか!」
アメリカの脳天に手刀を喰らわせた中国だった。そんな弟子と、あまりの痛さに床でのたうちまわりながら悶絶している元同盟国をチラと見たソ連は、
「………埒があかねぇわ。連れてくる」
そう言い残して部屋を出ていった。
取り残されたアメリカと中国は、二人して顔を見合わせた(アメリカは今だジンジンと痛み続ける頭を押さえたままだった)。
「……逆に聞くけどさ、中国は外に誰がいるか知ってんのか?」
「うん、まぁ……でも、話に聞いていただけで、会うのは初めてアルよ」
「そうなのか!で、誰がいるんだ?」
「それは…………」
中国は、言うのを躊躇うように数秒目線を漂わせた後、アメリカの目を見た。それから、心持ち緊張した顔をして、
「老師の……ソ連の、息子アルよ」
そう、言った。