※九話目。続き。
「老師の………ソ連の、息子アルよ」
緊張した面持ちで中国が言う。その言葉を聞き、アメリカは顔を引き攣らせた。
「は?……………………息子?」
それに対して中国は、固い声だったが、割となんでも無いことのように、
「そうアルよ」
と答えた。一方アメリカは、顔をこわばらせたままだった。
「え、こ……子供って!いつ⁉︎ 俺全然知らなかったんだけど⁉︎ ってか知らされてなかったんだけど⁉︎ まじで⁉︎ 」
「まじアル。大まじアルよ」
中国は右手を顎に当て、考えるような仕草をした。
「んーと、確か……うん、第二次大戦の時にはもう生まれてたはずアル。兄弟たちも……厳密には弟たちも生まれてたネ」
「!ということは、今日来てるのは一番上の兄貴ってことか⁉︎ というか、第二次大戦くらいに生まれたって……かなり小さいんじゃねぇの、そいつ⁉︎ 」
「まぁ小さいと思うアルね」
会ったことないから知らないけど、と中国は付け加えた。一方のアメリカは、すでにうきうきとしている様子だ。
「ソ連にそんなに小さい息子がいたなんて知らなかったな……でも今から会えるのか!楽しみだな!」
「我は会うの少し緊張するアル。老師のお子……一体どんな子なのか。というかお前ははしゃぎすぎアルよ。アメリカが子供みたいアル」
「なっ‼︎」
「まぁでもさすがに……」
中国はゆったりと笑った。
「さすがの老師でも、兄弟たち全員は連れて来られなかったみたいネ」
「えぇ⁉︎ そんなにいるのか⁉︎ 」
アメリカはまたも困惑した様子だ。つくづく表情筋の変化の激しいやつだ、と中国は思った。
「そうアルよ?おそらく子供たちは、今は周辺国が見ててくれてるはずアル。フィンランドとかデンマークとかネ。あそこらへん優しいから」
「いやいやいやちょっと待った」
アメリカは中国を遮った。
「子供“たち”⁉︎ 二人以上……っていうか、それ以上いるのか⁉︎ 」
「んー……まぁそうアルよ?確か、一番下の子は生まれたばかりだったはずアル」
「一番下ぁ⁉︎⁉︎ そんなにいんのかよ⁉︎ 」
「いるネ」
中国は、本当になんでもないことのように、サラッとその事実を言ってのけた。
「老師には十五人、実の子供がいるアルよ」
アメリカは仰け反った。酸欠の金魚よろしく口をパクパクさせている。
「じゅっ…………じゅう、ご……………⁉︎ は………ハァ………⁉︎」
「あいやー、アメリカついに壊れたアルか?」
中国がアメリカの顔を覗き込む。アメリカと目を合わせると、そのままニコッと笑った。
「まぁ、無理もないネ。誰でも最初は同じ反応するアルよ。我もそうだったアル」
「…………」
「慣れてしまえば平気アル。心配するなよろし」
あっけらかんと中国は言い放つ。それに対してアメリカが何か言い返そうと口を開いた時だった。
「悪ぃ。少々連れてくるのに手こずった。どうもこいつ、最近人見知りが激しくてな……」
言いながら、ついにソ連が部屋の中に入ってきた。アメリカはバッと身を起こしてソ連を見た。と、すぐにソ連が抱えている小さなものに目が釘付けになってしまった。
そいつは、ソ連の右腕の中でジタバタと暴れていた。まだ短い手足を無茶苦茶に振り回しているが、元から小さい上に、到底ソ連の力には勝てないようで、無駄な抵抗を続けているようだった。しかし、とうとう自分が部屋の中に連れ込まれてしまったことを知ったのか、ソレは不意に動くのをやめ、ぐったりとなった。
「………………ぇ」
アメリカは最初、ソ連は犬か何かを連れてきたのかと思った。それくらいに小さかったのだ(ソ連が大きすぎるというのもあるだろうが)。しかし、しっかりと上着を着込み、父親と同様、小さなウシャンカを被っているあたり、犬猫の類でないことははっきりとわかった。
まるで、小さな上着の塊だった。完全に洋服に着られてしまっている。
「………ほら、ロシア。挨拶なさい」
ソ連はそう言うと、小脇に抱えた息子を地面に下ろした。
ロシア、と呼ばれたその子は、床に下ろされると、ソ連の後ろに半身を隠すようにして立った。父親の腰に頭が届くか届かないかくらいの身長なので、本当に小さい。ソ連のズボンをギュッと握った手が細かく震えている。ウシャンカを目深にかぶっている上に、顔を俯けているので表情はおろか、顔さえも見えなかった。
「……その子が………ソ連の、息子………?」
アメリカがそう聞くと、ソ連は、
「そうだ」
と短く答え、ロシアの頭をウシャンカ越しに撫でた。ロシアの顔を覗き込むようにかがむと慈しむように声をかける。
「ロシア、大丈夫だから。何も怖い奴らじゃねぇよ。ほら、顔上げろ」
「…………、………」
「ロシア?」
「…………ほんとに?」
ロシアの高く、か細い声が聞こえたのは、その時だった。アメリカと中国は思わず息を飲み、耳をそば立てた。
「ほんとに………怖いお兄さんたちじゃない?」
あまりにもか弱く、可愛らしい声だった。しかし可哀想なことに、声が緊張のあまりにか震えてしまっている。
ソ連が笑った。
「はは、全然怖い奴らじゃねぇよ。安心しろ、俺がいんだから」
「そうだぜ!少なくともお前の父ちゃんよりかは怖くねぇよ!」
「ちょ、アメリカ、声でかすぎアル!声量落として!というかなんてこと言ってるアル⁉︎ 」
中国の制止も振り切って、アメリカはロシアの前まで歩いて行き、しゃがんで目線を合わせようとした。しかし当のロシアは、そんなアメリカの様子を見た途端にビクンと身を震わせ、まるきり縮こまってしまい父親の陰から出てこようとしない。しかし、それを気にしたそぶりも見せず、アメリカはロシアに笑いかけた。
「ロシア、初めましてだな!俺、アメリカっていうんだ。今日は来てくれてありがとな!実は、俺もお前と仲良くなりたくてここに来たんだ。だから、……少しで良い、顔を上げてくれないか」
アメリカは、いつになく優しい口調で語りかけた。と、ピク、と肩を震わせたロシアは、恐る恐ると言った調子で顔を上げ、アメリカを見た。
「…………、……」
ロシアの大きな目がアメリカを捉え、じっと見据えた。綺麗な、水晶を閉じ込めたような目だった。水色に近いその目の色は、太陽の下で凪いだ美しい湖のようで、彼がまだなんの汚れも知らぬことを如実に表しているようだった。
アメリカは、ロシアに向かって優しく笑いかけた。
「……ありがとう、ロシア。これから……、よろしくな」
「…………」
ロシアはアメリカに対し終始無言だったが、小さく頷いてくれた。続いて中国も同じように挨拶を済ませると、ソ連はロシアを抱き上げた。
「んじゃ、そういうことで。他にも兄弟はいるんだが───追々、関わっていって欲しいと思ってる。これからよろしくな」
「承知」
「任せとけ」
抱き上げられたロシアは、ソ連の首のあたりにしがみついて肩口に顔を埋めていたが、もはや自分の番は終わったことを悟ったのか、少しだけ顔を上げると振り返ってアメリカと中国を見た。それから、小さな手をちょっとだけ、振った。
ソ連がロシアを連れたまま部屋を出ようとするとすかさず中国が呼び止め、
「老師。ちょっと待つアル」
「……なんだ?」
「この後、我とアメリカ、老師の三人でこれからについて話したいことがあるアル。だから」
「あぁ、そのことか。大丈夫だ、覚えている」
「……ロシアはどうするアル?」
「実は北欧の一人が一緒に来てくれてるんだ、今は別室にいる。だからそいつに一旦は任せておく」
「なるほど」
アメリカが残念そうに呟いた。
「……なーんだ、てっきり会議にロシアも同席させるのかと思ってたぜ」
「こいつにゃまだ早ぇだろ」
ロシアはソ連の肩越しにアメリカと中国を見ると、今度は小さく「ばいばい」と言いながら手を振った。ニコニコと手を振りかえしたアメリカが、
「…………なんか、めっちゃ可愛くね⁉︎ 」
そう零すなり、ソ連がアメリカを振り返って睨んだ。
「は?俺の息子なんだから当たり前だろうが」
「親バカかよー、いや、本当に可愛い。キュートアグレッション発症しそう」
「気色悪いこと言ってんな」
ソ連は笑いながら、きょとんとした顔のロシアを連れて出て行った───。
「……………なーんてこともあったよな‼︎ 」
時は移り変わり、現代。
アメリカがことの始終をつぶさに語り終えると、中国はあまりの懐かしさに目を細めて(元から糸目だが)ウンウンと頷いていたが、ロシアは居心地悪そうにもじもじとしていた。
「そんな昔の話……思い出させんじゃねぇよ……」
「昔か?俺にしたらついこの間だぜ」
「言われてみれば我もそうアルね」
「長老国家め……」
ロシアがイヤイヤをするように頭を振った。そんな彼の様子を見ながらアメリカが感慨深げに言う。
「いやでも、本当に時が経つのは早ぇよな。ロシアなんか、こんなに小さかったのによ」
と言いながら、親指と人差し指の間で小さな隙間を作る。あまりの小ささにロシアが「そんな小さくねぇよ‼︎ 」とつっこんだ。
アメリカが若干呆れたように、
「もー、あの頃のお前はあんなに可愛かったのに……今じゃその面影もねぇな」
などと言うものだから、ロシアがキレ気味に「はぁ⁉︎ 」と返すと、すかさずアメリカが、
「だって可愛くねぇだろうが‼︎ いつの間にかこんな大酒飲みになっちまってよ‼︎ 」
「俺が住んでるところはお前のところより寒いんだから仕方ないだろ⁉︎ 酒飲まなきゃ身体があったまんねぇんだよ‼︎ 」
「あ、開き直ったアルか?まだまだ子供アルね」
「うるさいな‼︎ 確かに大国であるあんたらの方が歳上だろうけど‼︎ 」
「何を‼︎ そんなに年寄りにはなってない……」
言いかけて一同の顔を見渡した中国は、この中では自分が一番長い歴史を持っている国家であることに気づいて項垂れた。
「………そうに違いないアル」
アメリカとロシアが爆笑した。
コメント
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心臓が持って行かれそうでした😍🫶
クオリティに全く自信なかったんで、すごく嬉しいです…😭こちらこそ、いつもありがとうございます…!
こんなにクオリティの高いものを約4日に1話更新…? いつもありがとうございます、御宿さんの作品を読むと元気が出ます