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教皇都市ルカロ。

ヘアルスト王都よりも活気にあふれた最大の都市。

その中央にある神殿の一角で、シャンフレックは歓待を受けていた。


アルージエと二人きり、街中が見渡せる部屋の中。

今回の留学について語り合う。


 「シャンフレックの待遇に関してだが、きみの望むように手配しよう。教皇領の民としてでも、外国の留学生としてでも、好きなように振る舞うといい」

 「ありがとう。私は……そうね。望んでいる立場はあるの。でも、その望みを口にしていいものかわからないわ」


アルージエは不思議そうに首を傾げた。

どのような待遇でも受け入れると言っているにもかかわらず、シャンフレックの態度はどこか消極的。


シャンフレックはアルージエに一つ質問をした。

答えられないであろう質問を。


 「私の人生で一番嬉しかったこと。何かわかる?」

 「……ふむ、困った。きみに関することは何でも答えられるようにしておきたいが、今の僕では答えられない。一番嬉しかったこと……か」


恐らく、奇跡による啓示でも受ければわかるのだろう。

だがアルージエはその手段を行使しない。

自分の恩人のシャンフレックに対して、不誠実であることは許せなかったから。


 「答えを言ってしまうわ。一番嬉しかったことはね、アルージエが私に婚約を申し込んでくれたこと。あの時の私は色々な事情もあって、婚約を受け入れることができなかった」


しかし、今は状況が違う。

ユリスの暴走により、王家とフェアシュヴィンデ家の関係性はますます傾いた。

もしもシャンフレックが教皇の婚約者になったとしても、納得する諸侯も出てくるだろう。

令嬢を誘拐した王家を信じろという方が無理がある。


だがしかし、シャンフレックには祖国ヘアルストを裏切るつもりもなく。

ふわふわとした境遇に身を置いていた。

だからこそ、目の前にいる彼の言葉を聞きたかったのだ。


 「……きみの言葉はこう捉えてもいいのかな。今ならば婚約を受け入れることができる、と」

 「そう、だと思う。たぶん、あなたを婚約者として迎えなければ……私は一生独り身のままだと思う。あなた以外に信用できる人がもういないから」

 「ふっ……奇遇だな。僕も同じだ」


ユリスに裏切られたシャンフレックの心労は察するに余りある。

あんなに愚かな者を婚約者として、長年の間支え続けてきた。

その努力すら水の泡になって、多くの時間を無駄にしただろう。


もうシャンフレックは自分の心に正直になることにした。

アルージエだって自分に正直に好意を伝えてくれているのだから。



公爵という立場、教皇という立場。

そんなものはどうだっていい。


 「では、今一度」


アルージエは立ち上がり、シャンフレックの前に跪く。

首を垂れ、輝かしい黒髪を揺らして。

シャンフレックの手を取った。


 「──シャンフレック・フェアシュヴィンデ嬢。

きみを永遠に愛することを誓おう。僕の婚約者になってくれるか?」


返答があるまでアルージエは顔を上げなかった。

シャンフレックは高鳴る鼓動を抑えて、もう一方の手をアルージエの手に重ねる。


 「不束者ですが、よろしくお願いいたします」


言ってしまった。

自分の心に正直になって、愛を伝えてしまった。

だけど、これが一番の幸福だ。


アルージエは顔を上げる。

彼の表情は、かつてないほどに輝いていた。


 「ありがとう……シャンフレック。僕は今、世界で一番幸せだ」

 「私もよ。ねえ、アルージエ。

私に愛を教えてくれて……ありがとう」


二人は手を取り合い、微笑んだ。

愛しい人を見つけた幸福を抱いて。

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