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外に出る前、俺は言った。
「じゃあ次は買い物だな。ノエル、例の魔法をかけてくれ」
「《認識阻害結界》ね。任せて!」
ノエルは両手を軽く合わせて、呪文を唱えた。
「――ミスティア・ルクス。
目は見えど、心は留めず。
我らを“ただの景色”に」
ふわ、と空気が温度を変える。
俺とノエルの周りに、淡い光がキラキラと集まった。
二、三秒。
すっと光が消える。
「これで大丈夫よ!」
「……本当に?」
半信半疑で、二人で外へ出る。
人通りは多い。
スーツの人、観光客、配達員。
……誰も見ない。
ノエルの輪も羽根も、普通に視界に入ってるはずなのに。
通り過ぎる。気づかない。立ち止まらない。
「……すごいな。この魔法」
素直に関心する。
ノエルは満足そうに笑った。
「ふふん。分かったみたいね。お礼は大吟醸でいいわよ」
「さっそく来た」
でも助かったのは確かだ。
これがなかったら、協会の入口を出た瞬間に囲まれて終わってたかもしれない。
……とはいえ。
本当に効いてるのか、実感が湧かない。
ちょうどその時だった。
協会の建物を出て、すぐ。
警備員が一人、ちょうど俺たちの前を横切った。
距離、二メートルもない。
顔も輪も羽根も、普通に見える位置だ。
――今、絶対見えてるのに。
警備員は一瞬だけこちらに視線を流した……気がした。
でも、そのまま何事もなかったように歩いていく。
「……今、見たよな?」
俺が小声で言うと、ノエルは得意げに鼻を鳴らした。
「見えてるわよ。視界には入ってる。でも――優先順位が下がるの」
「優先順位?」
「脳が『重要じゃない』って判断するの。だから、気にしない。記憶にも残りにくい。ふふん」
なるほど。透明じゃないのに“存在感”が消える。
怖いくらい便利だ。
……と、その時。
ノエルが、わざとらしく小さく手を振ろうとした。
「ほら、試――」
「やめろ!」
俺は反射で手首を掴んだ。
寸前で止まる。
ノエルが頬を膨らませる。
「なによ」
「派手なことしたらバレるって、自分で言っただろ」
「あ。そうだったわね」
忘れてたのかよ。
「結界は万能じゃない。地味に動く。今日は徹底だ」
「ふふん。分かったわ。地味に天才する」
天才の使い方が変だ。
◆
近くの百貨店へ向かった。
いつもなら目立ちそうな二人なのに、今日は“普通”の客として流れに紛れる。
店員の挨拶も、視線も、全部自然だ。
まずは生活用品。
歯ブラシ、コップ、タオル、スキンケア。
ノエルは棚の前で腕を組み、一本ずつ真剣に眺めた。
「この歯ブラシ、毛の硬さまで選べるの? ……文明って怖いわね」
「怖がるとこ、そこか」
でもノエルは、そこで終わらなかった。
棚から一本取り出し、俺に見せて、なぜか淡々と言う。
「要点をまとめるわ」
「……え?」
ノエルは指を一本ずつ立てる。
「硬さは“ふつう”。歯茎を傷めにくい。
持ち手が滑りにくい。濡れても握れる。
毛先が細い。細部まで届く」
「……急に三行レビュー始めたな」
「選ぶなら、こうよ。ふふん」
無駄に分かりやすい。
しかも的確っぽいのが腹立つ。
(……配信のコメント欄向きだな、このテンポ)
俺が内心でそう思ってると、ノエルは次の棚でも同じことをする。
「このタオル。
吸水。速乾。肌触り」
「短っ」
「短いほど刺さるのよ」
どこで学んだ。
次に服。
下着とかはさすがに俺が選べないので、店員さんに丸投げする。
ノエルは試着室から出てくるたびにポーズを決める。
「ふふん。これ、私に似合うでしょ」
「……似合うけど、目立つ」
「目立つのは天使の義務よ」
義務じゃない。
ノエルはしきりに言った。
「新宿の高級ブランド店に行きましょ。今すぐ」
「さすがにそこまで金はない」
「……ふふん。ケチ」
ケチでいい。命のためだ。
◆
ひと通り揃えて、会計。
レシートが、ぴろろ……と長い。
俺は受け取って、端っこの合計欄を見て――
「……地味に痛い」
口には出さないつもりだったのに、出た。
億が口座にあっても、こういう“普段の財布感覚”は簡単に消えない。
むしろ、ここで雑になると一生雑になる気がする。
ノエルが耳だけで拾って、満足そうに言う。
「ふふん。必要経費よ」
「お前の中で全部経費化するな」
「必要よ。歯は大事。布も大事。生活は徳」
徳の概念が万能すぎる。
◆
最後に約束していた――酒売り場に連れて行った。
俺は純米大吟醸の棚から一本取る。
ラベルは「大天使」。
「これでどうだ」
ノエルの目が、きらっと光った。
「……大天使」
「名前が気に入っただけだろ」
「違うわ。たぶん味も良い。ふふん」
めちゃくちゃご機嫌になった。
買い物袋が増える。
生活が“二人分”になる重さが、腕にずしっと来る。
でも、悪くない。
不思議と、悪くない。
◆
帰り道。
ノエルが紙袋を抱えたまま、やけに嬉しそうに言った。
「ねえシンゴさん。次の配信、いつ?」
「……週末かな」
「ふふん。決まりね」
いや、決まってない。
俺はため息をつきながらも、口元だけは少し緩んでいた。
協会登録を済ませて、ノエルの異世界人登録と保護登録を完了させた。
認識阻害結界をかけてもらって、人目を避けながら普通に移動できるようにした。
生活必需品を買い揃えた。
ノエル用の服一式も調達した。
ついでに純米大吟醸「大天使」で機嫌も取った。
「……まあいけるか」
口に出すと、ノエルが満足そうに頷いた。
「ええ。いけるわ。だって私がいるもの」
……うるさい。
でも今日一日、確かに助かったのも事実だ。
俺は紙袋の重みを持ち直して、小さく息を吐いた。
「……とりあえず、帰ったら顔認証の登録だな」
ノエルが即答する。
「先に冷蔵庫よ。ビール」
「そこはブレないんだな」
相変わらずだ。
それでも――悪くない。