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涼ちゃんが若井と話す時の笑顔は、僕に向けてくれる笑顔とは少し違っていた。
若井の前では、涼ちゃんはもっと無邪気に、そして遠慮なく笑うように見える。その度、胸にはチリチリとした痛みが走った。
「なあ、若井。このフレーズ、どう思う?」
練習中、涼ちゃんがピアノを弾きながら若井に声をかけた。若井は涼ちゃんの隣に歩み寄り、メモがびっしり書かれているiPad式の楽譜を覗き込みながら何かをアドバイスしている。
二人の間には、同居で培われた、言わずとも分かり合えるような空気感が漂っていた。
僕は、自分のギターを抱えながら、その光景を遠巻きに眺めていた。
(なんで、俺じゃないんだよ……)
そう思ってしまう自分に嫌悪感を抱いた。若井は親友だ。涼ちゃんのことを一番に理解してくれる、大切な存在だ。なのに、涼ちゃんが若井と親密に話しているのを見ると、どうしようもなく心がざわつく。
練習後に三人で涼ちゃんの家に寄った。他愛ない会話で盛り上がる中、若井のソースで汚れた口ににそっと手を伸ばし、指で拭いていた
「若井、また付いてるし。もう、ほんとしょうがないんだから笑」
涼ちゃんがそう言って微笑むと、若井は「あはは、サンキュー、涼ちゃん」
と照れたように笑った。
その瞬間、心臓がひどく締め付けられた。
何気ない仕草。
同居時に寄り添ってきた二人だからこその、温かい絆が見えた。
僕が滉斗と幼馴染だとしても願っても手に入れられないものだと、突きつけられた気がした。
「……涼ちゃんって、若井にはほんと甘いよな」
思わず口から出た言葉に後悔した。
わざとらしく明るい声を出したつもりだったが、その声はどこかひねくれて聞こえた。
涼ちゃんが少し不思議そうに首を傾げた。
「え?そうかな?若井は世話がかかるからね」
「おいっ笑」
涼ちゃんはそう言って笑ったが、僕はそれが、自分への遠回しな拒絶のように感じられた。
若井は、涼ちゃんの言葉に気づいたのか、僕と涼ちゃんの顔を交互に見る。
その視線に、元貴は居た堪れない気持ちになった。
(俺は、やっぱり部外者なんだ)
グラスに残った飲み物を一気に飲み干した。
胸の奥に渦巻く嫉妬と、どうしようもない劣等感。
涼ちゃんが大切にしているこの関係を壊したくない、という思いと、それでも涼ちゃんの隣に立ちたいという、矛盾した感情が僕の心を蝕んでいた。