夏だな ̄
教室の窓から空を見ていた俺は、ふとそう感じた。
少し涼しい風と心地よい日差しが、窓際の席に入り込む。
先生の話を遠目に聞きながら、俺はそんな季節の変わり目を楽しんでいた。
ーーコツ
…痛。何かが俺の頭に当たる。机に目をおくと、消しゴムが転がっていた。
俺の消しゴムじゃないから、他の奴らのだ。
誰だよ、と思いながら周りを見ると、隣の席の 松田 と目が合った。
俺は潜めた声で、
「お前が?」
と聞くと、松田は
「あぁ、そうだよ」
と、ニヤッと笑った。
何がそんなに面白いのか分からなかったが、とりあえず消しゴムを返した。
すると
「お前、季節の変わり目、感じた?」
と、急に質問を持ちかけられた。
突然だったので、少し反応が遅れたが、俺は頷いた。
「ああ。風とか日差しが、何となく。」
「やっぱり?気持ちいよね。このくらいの季節の風」
わかる、と思ってしまった。
でも、なんだか同意見だと言いずらかった。
さっき、消しゴムを頭にぶつけてきたやつだし、同意するのもな…
なんて考えが頭をよぎったからだ。
すると、それを察したのか松田は
「さっきのことは謝るよ。ごめん。いや、先生がお前のこと注意しそうだったから」
次注意されそうなのはお前だけどな、と思いつつ
「ありがとな。」
と返しておいた。
そして松田が、話を戻そうとした瞬間
「おい!そこの2人!何コソコソ話してるんだ!廊下に立ってなさい!」
先生にバレてしまった。
俺たちが廊下に出ようとする時、クラスからは少しの笑い声とざまぁみろという声が聞こえた。
そう。俺と松田は、クラスのいじめのターゲットなのだ。
「…松田。お前、生きてる心地する?」
「…なんで?」
「いや、同級生からはゴミ扱い。親からは、邪魔者扱いだぜ?生きてる意味が分からなくなってきたんだよね。」
「あー…まぁたしかにね。」
「だろ?」
「うん。でもさ、自然や生き物を見て、季節を感じるのはいい気分だよね。」
「わかる。あの時間だけは生きてる、って思うな」
「へへ、共感者が居て良かった」
へらっと笑った松田の顔は、廊下の窓からの太陽の光に照らされて、どこか明るく見えた。
そのせいか、可愛いな、とも思ってしまった。
…季節の変わり目だからかな。
「横山。一緒に帰ろうぜ」
「あぁ。いいよ」
放課後。松田が、一緒に下校しようと言ってきた。
その後ろには、一軍男子が居たので、あぁ、今からボコされんだな。と察しながらも俺は、OKの答えを出してしまった。
家に帰っても特に何も無いなら、けがして帰ろうと思ったからだ。
「横山ァ松田ァ。授業はちゃんと受けろよ、なっ!」
ドカッ
俺の腹に靴が食い込む。
両腕は押さえられてるため、抵抗は勿論のこと、口さえ開けない。
カハッ…
俺の口に血が滲む。
痛い。今の衝撃で口の中を切ったらしい。
「あれ?もう血出てる。まだなんだけどっ!?」
バシッ
今度は顔面に当たった。
やっぱり痛い。この痛みも生きてる証拠なんだ。
唇の端も切れてしまった。ここ数日は喋れなくなりそうだ。
「よえーな、やっぱ」
ドコッ
クハッ
2度目の腹パンはきつい。割と、くる。
血が少し飛び散った。普段より量が増えた気がして、少し怖くなる。
ただ、俺が血を吐いた、ということは、次は松田の番なのだ。
ーー松田は殴らないで欲しい。
ふとそう思った。
そして俺は、松田に近づく背中に呼びかけた。
「待ってくれ。今日は、俺をもっと殴ってくれないか」
聞こえないだろうな、と思ったが、奴らはこちらにくるりと顔を向けた。
「おいおい、勘弁しろよ?これでMに目覚めたとか言うならもう笑っちまうぜ?」
目覚めるわけねぇだろ。
心の中でツッコミを入れながら、我ながら馬鹿だと思った。
別に仲が良かった訳でもない。
今日、初めて話したような奴を庇って自分が殴られるなんて--
そんな俺を松田は、驚いたような、悲しいような表情で見つめていた。
「松田ァ。命拾いしたなぁ。お前、もう帰っていいぞ。後、明日からもう誘わねぇ」
「ッ!?」
奴らは、松田にそう言い残すと、俺の方に向き直った。
「さぁて。楽しませてもらおうか?横山くんよォ」
結局。あれから殴られ続け、奴らの体力が尽きたところで終わりとなった。
…が、もちろん立って歩けるような体ではなかった。
(あー…やばい。クラクラする…意識、飛びそ…)
そんな時だった。
「横山…大丈夫?」
聞き覚えのある、男にしては高い声。
今にも閉じそうな瞼を開けて、そいつと目を合わせる。
「…おせぇよ。松田」
俺は、そんなセリフを口にしながら、内心、安心していた。
-もし、松田が助けに来てくれなかったら?
そんな不安があったからだ。
「ごめん、横山。アイツら結構長くって…本当ごめん、俺…」
「別にいいよ。慣れてる事だし。それに!お前が謝ることじゃないし」
「でもっ!」
「じゃあ責めて看病してな?」
「…うん、わかった」
そう言って、月の光に照らされた松田の顔は、今まで見てきたどんな景色よりも綺麗だった。
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