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大学院進学で京都へ行くことになった。


東京の実家にいる母は、私の服をありったけダンボールに詰めながら、「当日は京都駅まで京之介くんが迎えに行ってくれるって」と言った。


京之介――その時、その名前を久しぶりに聞いた心地がした。小学校に上がるまでは祖父母と共に京都に住んでいたため、京之介くんとは幼い頃よく会っていた。東京に引っ越してからも、毎年盆と正月に帰った時には、会わない日はなかった。それが――私が大学に上がってから、会っていない。



「あの子も今年で二十五? 二十六? 月日が経つのって早いのねえ」



母は懐かしむように目を細めた。



京都では、しばらくおじいちゃんの家に住ませてもらうことになっている。京之介くんとはまたご近所さんになるというわけだ。


そんなこんなで再会した京之介くんに連れられて、私はそのままおじいちゃんの家にお邪魔することになった。足が少し不自由になったとはいえ、おじいちゃんは元気だった。前回会った時よりも毛が薄くなってはいるが、その精神は少しも衰えているようには感じられず、日々楽しみを持ち、強く生きる健康的な年の取り方をしているのだろうと推測できる。


荷物がぎっしり詰まった大きなリュックを板間に置いた私の後ろから、京之介くんが入ってきた。



「観光でもしといで。せっかくの春休みやし、一週間おるんやろ。京之介、案内したり」



ぎょっとして、「いや、……いい」と短く断った。しかし後ろの京之介くんは、「遠慮せんでええよ。案内したげる」と形の良い唇で微笑する。


京之介くんが自分に優しいことに違和感を覚えてむずむずした。


京之介くんは私のことが嫌いだったし、私の中ではこちらをいじめてきていた記憶の方が鮮明だ。幼い頃、お姉ちゃんと私と京之介くんで三人で遊ぶ時も、京之介くんが私をいじめてくるのを、お姉ちゃんが守ってくれていたのだ。


京之介くんのお母さんもお父さんも私のことを甘やかした。急に来た小さな存在が周りの愛情を欲しいがままにするのは京之介くんとしては面白くなかっただろうから、仕方ないけれど。



「瑚都ちゃんは」



こんな声だっただろうか、と興正寺で思ったことを再び感じる。京之介くんの声は、久しぶりに聞くと知らない男の人のようだった。



「京都駅周辺とここの近所くらいしかろくに行ったことないよな、京都」

「修学旅行で金閣寺と銀閣寺は行ったよ」

「ふぅん。ほな、明日は祇園方面行こか」



どこ行きたい?などとこちらの意見を聞かないところが、京之介くんだと思った。





翌日の昼、八坂神社を中心に賑わう、祇園という一帯に初めて連れて行ってもらった。


京之介くんは“女の子が好きそうだから”という単純な理由で、まず八坂庚申堂まで案内してくれた。

入る前に、東山のシンボルとも呼ばれる八坂の塔が見えた。



「写真で見るより迫力あるね」



昨日の夜から楽しみにしていて、八坂の塔もサイトでチェックした。この辺りでは、江戸時代では遊郭が建ち並び、遊女が塔を巡る八坂踊りが流行したと言われていることも昨日知った。


八坂庚申堂は、カラフルな玉で知られる小さな寺だ。写真で見た通り様々な色の玉が吊るされており、着物姿の女性やカップルが写真を撮影している。玉に願い事を書いて吊るすらしい。


着物の女性たちをあまりにじっと見ていたせいか、京之介くんに「着物好きなん?」と聞かれた。



「あ、いや。私成人式出てないから、着物着る機会なかったなぁと思って」



本当は少し着たかったけど、振袖はかなりお金のかかるものだから、両親に対して遠慮をしてしまった覚えがある。無理を言って私立の大学に通わせてもらっていたのもあって。


私は話題を変えるようにして京之介くんに聞いた。



「願い事、書いていい?」

「何で俺に聞くねん。好きにしても怒らへんよ。時間あるし、ゆっくりしい」



その言葉に甘えて玉を購入し、ペンで願い事を書いた。

“ 私の一番大切な人が幸せになりますように ”



「ここで自分の事書かへんあたり瑚都ちゃんやなぁ」

「パッと思い浮かばなくて……。今、十分幸せだし」



願い事を書いた玉を紐に結びながら笑う私の横で、京之介くんは「あいつとおんなじこと言いよる」と呆れたように言った。それが誰のことを指すのか分かるから、何となく、黙ってしまった。


京之介くんは私の行動に付き合うつもりはないようで、最後まで願い事を書かなかった。



帰りは花見小路を通った。花見小路には祇園情緒溢れるお茶屋が並んでおり、普段東京の住宅街に住む私は、地面の石畳の上を歩くだけで心を躍らされた。風情のある古風な街並みと、京之介くんの雰囲気が酷く似合っていると思った。


途中、金平糖の専門店に寄った。りんご金平糖、めろん金平糖、檸檬金平糖……小さな包みに包まれた色とりどりの金平糖たちが並んでいる。店の人間が「よろしければ」と桃色の金平糖をことたちに差し出した。それを味見した私たちに対し、店の人間は「塩漬けした桜の花びらを細かくして蜜がけしたんですよ」と説明する。



「毎年桜が咲く頃には、売り切れてしまうお品です」



商売的な文句だったが、桃色の可愛らしさにつられ、私は結局その金平糖を買ってしまった。正確には、欲し気にしていた私に、京之介くんが買ってくれた。


「いいの」と聞いた私に、京之介くんは「たまにはな。ホワイトデイや」と適当な返事をした。



「私、バレンタインデーチョコあげてないよ」

「来年返してくれたらええよ」



簡単に来年という言葉を口にする京之介くんと、来年一緒に過ごせるような予感は何故か全く芽生えてこなかった。



「金平糖を人に贈る意味って知ってる?」

「はあ?……女の子そういうん好きやなあ」

「永遠の愛だって。保存期間長いから」

「なんやそれ」



言葉こそ不愛想なものの、京之介くんの声音は優しい。



「京之介くん、変わったよね」

「どこが」

「優しくなったよ」

「瑚都ちゃんも変わったやろ」

「そうかな。変わらないってよく言われるんだけど。高校の同級生とかにも」

「髪短なった」



そう言われて、去年の末に腰まであった髪を肩まで切ったことを思い出す。家族や友達にはもう散々「雰囲気変わったね」などのコメントをもらっていたが、そういえば、髪を切ってから京之介くんと会うのはこれが初めてだった。



「似合わない?」

「いや?短い方が似合うな、瑚都ちゃんは」



全然似合っとらんくらい言われると思っていたので、拍子抜けだった。







帰りの道中、鴨川の土手にカップルが等間隔に座って並んでいるのが見えた。日が暮れようとしていた。


見に行こうとした私の腕を京之介くんが掴んで止めた。


言葉はなかったが、行ってはいけないのだと思い、腕を引かれるままその場を後にした。




京之介くんは今も、川が嫌いみたいだ。


口が裂けても言えない

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