本屋でのバイトを週三から週五に増やし、時間も長めに入れる事になった。
それでも掛け持ちをしていた頃に比べれば稼ぎは落ちてしまうけど、少しでも多くお金が貰えるならと納得して本屋でのバイトに精を出していた。
そんな、ある日の事。
「葉月ちゃん、掛け持ちしてたバイト辞めたんだって?」
私が働き始めた頃の教育係でもあった社員の関根さんが声を掛けてきた。
「はい、そうなんです。ちょっと、バイト入れ過ぎて学業の方が疎かになり掛けていたので、ひとまず本屋だけにしようって」
店長以外の人には詳しい事は伝えず、当たり障りの無い理由を伝えていた。
関根さんは優しくて頼れる先輩。
彼は数ヵ月前から夜の勤務や土日が多くなり、掛け持ちをしていた私とはあまり時間帯が合わなかった事もあって、こうして話をするは久しぶりだったりする。
「そうなんだね。まあ、働くのも大切だけど、学生は学業の方がメインだもんね。また一緒に働けて嬉しいよ」
「ありがとうございます。私も久しぶりに関根さんと一緒に働けて嬉しいです」
「またよろしく頼むよ」
「はい」
関根さんとは仕事もやりやすいから純粋に嬉しいと思い、それを伝えてから再び仕事に戻った。
バイト本屋だけにしてからというもの、再び後をつけられる事が無くなり、穏やかな日常が戻る。
けど流石にもう気を緩めてはいないので、平穏な毎日ではあるものの常に気は張っていた。
そして、秋も半ばに差し掛かったある日、来週末に近所で秋祭りが行われると知った私はバイト終わりに一緒に行けないかなと小谷くんを誘ってみた。
「祭り?」
「うん。その日小谷くん、スーパーのバイト夕方までだよね? 私もバイト夕方までだし、良かったらどうかなって……」
お祭りは結構好きだけど、あまり行った事が無かった。
少しだけど花火も上がるし、せっかくだから行きたいなと思ったのだけど、誘ってから気付く。
小谷くんが人の多いところを好む訳がない事に。
案の定、彼は迷っている様子だった。
考えてみれば、バイト終わりだし普通は早く帰りたいに決まってる。
やっぱり無理かなと内心諦めかけていた、その時、
「――まあ、たまにはいいかもな。いいよ、行っても」
小谷くんは祭りに行くと言ってくれたのだ。
「え、本当に!?」
「何だよ、その反応」
「いや、その……誘ってから気付いたけど、小谷くん、人混み苦手だよねって……」
「まあ、得意では無いけど」
「だから、無理に誘うのは悪かったなって思って……」
「別に、由井に合わせたとかじゃない。祭りとか、あんまし行かないけど、ああいうの、嫌いじゃない。花火は結構好きだし」
「そうなの?」
「だって、綺麗じゃん。普通にさ」
その話を聞いた私は、小谷くんの新たな一面を知れた気がして嬉しかった。
何にも興味が無さそうな彼の好きな物を知れた事が、嬉しかったんだと思う。
花火が好きっていうのは意外だったけど、私に合わせて無理にお祭りに行くと決めた訳じゃないと知って安心した。
そんな事もあってお祭りの日を楽しみにしていた私はそれが表情に表れていたらしく、大学では杏子に、職場ではバイト仲間や関根さんから『何か良いことがあった?』と聞かれる度に否定しつつも、とにかく当日が待ち遠しくて仕方無かった。
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