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「――それじゃ、行こっか」
「はい」
「なの……」
私が手を合わせ終わると、シルヴェスターの亡骸は空中に溶け、霧のように消えていった。
その光景は、今まで彼を支えていた存在が、一気に手を引いてしまったかのようにも見えてしまった。
「神剣デルトフィング――
……やっぱり重いね……。アイテムボックスには……あ、入った」
「神器は持ち主以外のアイテムボックスには入らないそうなのですが……。
それは、主がいる場合に限られるのでしょうか」
「……そうかもしれないね」
ルークの言葉に、私は切ないものを感じた。
世界のために命を懸けた英雄は、この世界にはもういない。
その魂はきっと、世界を流転していくことだろう。
もしもまた人の世に生まれ落ちたときは、私の作った国で、静かに幸せに暮らしていって欲しいものだ。
「ママ……。えいゆーが死んで、寂しいの?」
「え? ……そうだね。
また生まれ変わったら、会ってみたいかな」
「……そういうもの、なの?」
リリーはよく分からない……と言った表情を浮かべた。
心の優しい子だけど、やはりまだまだ子供なのだ。
少し前まで殺し合いをしていた相手に、そういう感情を抱くのは不思議なことなのかもしれない。
でもきっと、いつかは分かってくれるだろう。
この世の中のすべてが、何でも割り切れるものばかりでは無い――……ということを。
「――さて、まずはマイヤさんたちを迎えに行こう。
ねぇ、リリー。もしかしてあの浜辺って、ずっと暮らしていけるの?」
「ううん、無理なの。
今は頑張ってるけど、私が眠っちゃうと、多分閉じちゃうの」
「あ……、そうなんだ」
意識を向け続けていないと、空間の維持は難しい……ということか。
リリーに不眠不休を強いるわけにはいかないし、それなら合流して、一緒にここから出ることにしよう。
「それにしても、リリーちゃんはお手柄でしたね。
まさか人魚たちも助けることができるだなんて……」
「本当にね。リリーは人魚さんたちの救世主だよ。
……それにそもそも、私たちを護ってくれたわけだしね!」
リリーがいなければ、私たちはシルヴェスターに全員殺されていたことだろう。
今回の戦いのMVPは、間違いなくリリーなのだ。
「えへへ……♪
それじゃママ、ご褒美になでなでして~♪」
「え? そんなことで良いの?
――はい。……今回はありがとね」
「ママもみんなも、助かって良かったの……。
…………すぅ……」
「あああああっ!!
ちょっと、リリー!? 眠っちゃダメぇえええええっ!!!?」
「なっ、なのっ!!!?」
私の大声に、リリーは飛び起きた。
……危ない危ない。リリーが眠っちゃったら、人魚たちがいる世界が維持できなくなっちゃうからね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「アイナさん!」」
「アイナちゃん!」
「アイナ!」
私たちが『疫病の迷宮』から出ると、そこは元の浜辺だった。
そして気が付いたときには、私の仲間たちが駆け寄ってきていた。
「――戻って、きた……」
そう口にした途端、一気に疲れが押し寄せてきた。
空はもうすぐ白み始めそうな、そんな時間だった。
「ルークさんもリリーちゃんも無事で――
……あれ? 人魚のみなさんも!?」
エミリアさんは私たちの後ろにいる人魚たちを見て、とても驚いていた。
他の人も同様で、顔には驚きの表情を浮かべている。
於田縫紀
しめさば
「……全部、終わらせてきました。
本当に終わったのかどうかは、ちょっと分からないけど……」
そう言いながら、私はアイテムボックスから剣をひとつ、取り出した。
普通には持てない、その剣は――
「神剣、デルトフィング……。
……シルヴェスターの旦那は、やっぱり――」
そこを誤魔化しても仕方がない。
私はアドルフさんの言葉に、黙って頷いた。
「詳しい話はあとにしよ……?
こんな場所で立ち話もアレだから、テントの方まで戻ろうよ。
クラリスちゃんとキャスリーンちゃんに、温かいスープを作ってもらっているからさ」
ジェラードの提案はありがたかった。
今はもう、とりあえず座りたい。休みたい。少しだけでも、いろいろなことを忘れたい。
「……マイヤさんたちは、どうする?」
「そうね……。
……申し訳ないんだけど、アイナさんたちのお世話になれないかな」
マイヤさんは言葉の通り、申し訳なさそうに言ってきた。
他の9人の人魚たちも、それに異論は無いようだ。
……見知らぬ世界、見知らぬ先住者。
彼女たちはこの世界では、悲しいけれど|余所者《よそもの》なのだ。
「そうだね。物珍しさで寄ってくる連中もいるだろうし……。
マイヤさんたちには手を出させないように頑張るから、一緒にいこっか」
私はマイヤさんに手を差し伸べた。
彼女はその手を恥ずかしそうに取り、強く握ってくれる。
『日常が続く街。人々が安心して暮らせる国。調和の取れた世界』
――それはかつての英雄、シルヴェスターが夢見た世界。
彼の手段は理解できなかったけれど、その目的は理解できる。
ならば少しくらいは、彼の思いも連れていこう。
今日知ったことは、私の理解の超えるものが多かった。
神の遺物――
シルヴェスターに行動を促した、『あの方』という存在――
『神はいない』という、シルヴェスターの今際の言葉――
鑑定スキルでも看破できない、神器の秘密――
……どこまでが私に関係するものかは分からない。
正直、そんなことは考えたくもない。
私はこのまま街を作って、国を作る。
そしてみんなで幸せに暮らす。
私が望むのは、ただそれだけ。
それ以上のことなんて求めないから、理解できないことなんて、どうか他の誰かがやって欲しい。
……しかし、その願いは叶うのだろうか。
――力を持つ者には、相応の責任が生まれる。
そんな言葉は、転生前からよく聞いていた。
きっとそれは、どこの世界でも同じことなのだろう。
「……あせったところで、仕方は無いか……」
私は近くにいるグリゼルダをちらっと見た。
「ん? ……そうじゃの」
彼女はどうとでも取れる返事をしてから、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
まったく、私はそんなことで嬉しがる年齢では無いんだけど――
……しかし何故だか、心は少し晴れたような気がした。