テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#一次創作
眠狂四郎
590
麗太
593
Cafe Latteベース隊長
48
第234話 共同開発
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】
ユナの声が聞こえた後、仮設通信室はしばらく静かだった。
誰も大きな声を出さない。
ただ、機械の小さな作動音と、外から聞こえる救助隊の足音だけが部屋に残っている。
リオは椅子に座ったまま、両手を強く握っていた。
「……本物だった」
その声は、かすれていた。
ハレルは頷く。
「ああ」
サキも、スマホの画面を見ながら言った。
「ユナさん、ちゃんと医療棟にいた」
reは、画面の中で小さく光っている。
さっき、reは黒い光と通信線の間に白い補助線を出した。
それは、クロスワールドゲートの黒い門とは違う線だった。
ノノの声が通信に入る。
『今の反応で分かったことがある』
『ユナさんを戻すには、名前だけじゃ駄目』
『場所だけでも駄目』
『本人の反応だけでも駄目』
日下部が続けた。
『必要なのは四つです』
『名前』
『器』
『場所』
『そして、記憶に引っ張られないための拒否線』
ハレルは眉を寄せる。
「拒否線?」
『はい』
日下部は答えた。
『Cは次に、リオ君の後悔を使う可能性があります』
リオの表情が変わる。
「俺の……後悔」
ノノの声が少し低くなる。
『ユナさんの声を聞いたことで、リオは本物の場所を知った』
『でも同時に、“もっと早く助けられたんじゃないか”って思いやすくなった』
『Cはそこを入口にする』
リオは奥歯を噛んだ。
図星だった。
姉の声を聞いて、嬉しかった。
改めて生きていると分かって、救われた。
でも、そのすぐ後に胸の奥から別のものが出てきた。
なぜ、今まで助けられなかった。
なぜ、姉を一人で向こうに残した。
なぜ、自分だけ現実へ戻ってきた。
その後悔は、リオの中で確かに動いている。
サキが心配そうに見る。
「リオ」
リオは顔を上げた。
「分かってる」
「それも罠にされるんだろ」
ノノが言う。
『うん』
『だから、後悔を消すんじゃない』
『後悔だけで門を開かないようにする』
リオは静かに息を吐いた。
「消せるわけないしな」
その声は苦かった。
けれど、前よりも少し落ち着いている。
ハレルは言った。
「じゃあ、作ろう」
「後悔に引っ張られない門を」
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・午前】
日下部は、隔離端末を二台並べていた。
一台は、匠の手順を読み解くため。
もう一台は、実際に試験用の拒否線を組むため。
どちらもネットワークには繋がっていない。
クロスワールドゲートの履歴もない。
完全に切り離された端末。
それでも、画面の端には時々、細い黒い点が出る。
Cが見ようとしている。
日下部は、そのたびに画面を伏せるように暗号層を重ねた。
木崎が横で見ていた。
「見られてるのか」
「見ようとされています」
「嫌な言い方だな」
「見られてはいません」
日下部は答えた。
「ただ、見ようとしている圧力があります」
城ヶ峰は端末の向こうを見た。
「こちらの作業内容が漏れれば、Cに先回りされる」
「はい」
日下部は頷く。
「だから、現実側では完成形を作りません」
「こちらは、器の確認と拒否線だけを作る」
「門として完成させるのは、ノノさん側との同期の瞬間です」
木崎が腕を組む。
「また半分ずつか」
「はい」
「片方だけ奪われても、意味を持たないようにします」
木崎は、少しだけ笑った。
「匠のやつが好きそうなやり方だ」
その笑いには、怒りも混じっている。
だが、今はそれでいい。
怒っていても、木崎は動いている。
日下部は、画面に表示された匠の手順を読んだ。
そこには、短い注釈があった。
『後悔は消すな。』
『後悔を入口にするな。』
『本人確認に使うのは、後悔ではなく、選択だ。』
日下部はその文を見て、息を止めた。
「選択……」
城ヶ峰が聞く。
「どういう意味だ」
日下部は少し考えてから答えた。
「Cは、後悔を使って“やり直したい場所”へ引き込みます」
「でも匠さんの手順は、今ここで何を選ぶかを確認しろと言っています」
木崎が言う。
「過去じゃなくて、今か」
「はい」
「リオ君が、後悔で飛び込むのではなく」
「ユナさんを本当に戻すために、今は待つと選ぶ」
「その選択を固定する必要があります」
城ヶ峰は頷いた。
「リオへ伝えろ」
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・午前】
ノノも同じ注釈を見ていた。
『後悔は消すな。』
『後悔を入口にするな。』
『本人確認に使うのは、後悔ではなく、選択だ。』
ノノは、水晶板の前で小さく唸った。
「匠さん、ほんとに嫌なところまで分かってる……」
セラが隣で言う。
「優しいのだと思います」
ノノは少し驚いてセラを見た。
セラは静かな顔で続けた。
「後悔を消せと言われたら、リオは苦しみます」
「けれど、後悔があっても選べると言われれば、前に進めます」
ノノはしばらく黙った。
それから、小さく頷く。
「うん」
「そうだね」
水晶板には、四つの枠が表示されている。
名前。
器。
場所。
選択。
ノノはその枠を見つめた。
「ユナさんを戻すには、ユナさん側にも選択が必要になる」
セラが聞く。
「本人の意思ですか」
「うん」
「ただ運ぶだけじゃ駄目」
「ユナさん本人が、どこへ戻るかを選ぶ反応がいる」
「でも今は、意識が弱い」
セラは医療棟の反応を見た。
ユナの青い反応は、まだ細い。
けれど、さっきよりは確かになっている。
「なら、医療棟側で安定させましょう」
ノノは通信を開いた。
『イデール』
『聞こえる?』
すぐに返事が来る。
『聞こえる』
『ユナは今、落ち着いてる』
『黒い線も少し引いた』
『今から、ユナさんの反応を安定させる』
『名前を呼びすぎないで』
『でも、本人が選べるように、場所と状態を繰り返して』
イデールが聞く。
『どう言えばいい』
ノノは少し考えた。
『ここはイルダ医療棟』
『あなたは治療中』
『今はまだ移動しない』
『戻る時は、自分で選ぶ』
『こんな感じ』
セラが静かに付け加えた。
「無理に目覚めなくていい」
「ただ、偽物の声にはついて行かない」
ノノは頷き、それも伝えた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟・午前】
イデールは、ユナの寝台の横で深く息を吸った。
医療棟の床には、まだ薄い黒い線が残っている。
だが、さっきよりも遠い。
ユナの周りの治癒光は安定していた。
イデールは、静かに言った。
「ここはイルダ医療棟」
「あなたは治療中」
「今はまだ移動しない」
「戻る時は、自分で選ぶ」
ユナの指先が、少しだけ動いた。
「無理に起きなくていい」
「偽物の声にはついて行かない」
「リオの声は、通信で届く」
「画面の中からではない」
寝台の下の黒い線が、わずかに揺れる。
その奥に、またクロスゲートの開発室が滲みかけた。
夜のモニター。
黒いコード。
白峰律の作った言語。
ユナが残した作業ログ。
だが、今度はその景色がすぐには広がらない。
医療棟の青い光が、ユナの周囲を包んでいる。
イデールは続けた。
「ここは、あなたを治す場所」
「門ではない」
ユナの唇が、ほんの少しだけ動いた。
声にはならない。
それでも、イデールには分かった。
ユナは、ついて行かなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア入口前・午前】
アデルは、扉の前でノノからの新しい指示を聞いた。
『後悔を入口にする可能性がある』
『オルタ・スパイア側にも、過去の記憶反応が出るかもしれない』
『カシウス、中枢、前回の戦闘、全部使われる可能性がある』
ヴェルニが嫌そうに顔をしかめる。
「つまり、この塔に残ってるカシウスの記憶とか、
あの中枢で起きたことを使われるってことか?」
『可能性はある』
「それに、俺たちが学園でジャバとやり合った記憶まで繋げられたら、最悪だな」
アデルは扉を見つめたまま言った。
「なら、使わせるな」
「簡単に言うな」
「難しいから言っている」
ヴェルニはため息をつき、それから真面目な顔になった。
「で、どうする」
アデルは左手首の副鍵に指を添えた。
「この扉に残る記憶を、入口ではなく記録として固定する」
『そう』
ノノが言う。
『そこは、通る場所じゃない』
『何が起きたかを残す場所』
『過去へ引き込まれないようにして』
アデルは頷いた。
「ここは、戦った場所」
「だが、戻る場所ではない」
「ここは、通った記憶を残す場所」
「今、通る門ではない」
扉の表面の黒い針が、わずかに震えた。
ヴェルニも、少し照れくさそうに続けた。
「ここは、中枢でカシウスと戦った場所」
「でも、もう終わった場所だ」
「今さらそこに戻る気はねえ」
アデルがちらりと見る。
「それでいい」
「褒めたか?」
「事実を認めただけだ」
ヴェルニは笑った。
扉の黒い針が、少しだけ後退した。
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・午前】
ダミエとミレイも、新しい拒否条件を試していた。
石壁には、地下階段の白い輪郭が残っている。
そこに、また黒い影が滲みかけている。
ミレイが水晶板を見ながら言った。
「今度の反応は、記憶誘導です」
「地下へ降りた人の記録を使っています」
「木崎透、日下部奏一、相馬班の通過記録……」
ダミエは短く言った。
「名前、言わない」
ミレイははっとして口を閉じた。
「すみません」
ダミエは壁へ向かって言う。
「ここは、地下階段だった」
「でも、今は通らない」
「通った人の記録はある」
「でも、その人たちはここにはいない」
「記録は入口じゃない」
白い輪郭が静かに揺れる。
黒い影が、少しずつ薄くなる。
ミレイは水晶板に書き込んだ。
「記録と入口の分離、成功」
「記憶単独での入口化、抑制」
ノノの声が通信で弾む。
『よし』
『それ、こっちの手順に入れる』
『記憶は残す。でも入口にはしない』
ダミエは壁を見たまま頷いた。
「次も変える」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・午前】
日下部とノノの共同作業は、少しずつ形になっていった。
現実側では、隔離端末が拒否線を作る。
異世界側では、ノノとセラが結界式へ置き換える。
医療棟では、イデールがユナの場所と状態を固定する。
オルタ・スパイアでは、アデルとヴェルニが過去の記憶を門にしない。
石造建物では、ダミエとミレイが記録と入口を分ける。
全部が別の場所で行われている。
だが、少しずつ同じ形になっていく。
ハレルは、その様子を見ながら言った。
「これ、門っていうより……」
サキが続ける。
「みんなで、間違った道を閉じてる感じ」
リオは静かに頷いた。
「姉さんに続く道以外を、閉じてる」
その時、サキのスマホでreが強く光った。
画面の中に、細い白い線が一本引かれる。
オルタリンクタワー。
オルタ・スパイア。
石造建物。
イルダ医療棟。
四つの点が出た。
けれど、その線はまっすぐではない。
黒い点を避けるように、何度も曲がっている。
ノノが息を呑む。
『reが、補助線を出した』
『これ……最短距離じゃない』
『安全な方へ曲がってる』
日下部が続ける。
『Cの門が使う線とは違います』
『かなり細いですが、横取りされにくい』
リオは画面を見つめた。
「この線なら、姉さんのところへ行けるのか」
ノノはすぐには答えなかった。
『まだ、行けない』
『でも、行くための線にできるかもしれない』
リオは静かに頷いた。
今度は、焦らなかった。
「分かった」
ハレルは、リオの横顔を見た。
リオはまだ苦しんでいる。
姉を助けたい気持ちは少しも弱くなっていない。
けれど、もう黒い画面には引っ張られていない。
待つことを、選んでいる。
その選択も、門の一部になる。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、reの補助線を見ていた。
細く、曲がった線。
最短距離ではない。
力も弱い。
だが、黒い針を避けている。
Cは静かに言った。
「逃げる線ですね」
ジャバが覗き込む。
「細すぎるな。潰せるだろ」
「触れれば、消えます」
Cは答えた。
「ですが、消した瞬間に別の線へ移る可能性があります」
ジャバは顔をしかめる。
「面倒だな」
奥で、カシウスが言った。
「reは潰すな」
ジャバが振り向く。
「なんでだよ」
カシウスは、reの光を見つめていた。
「あれは道ではない」
「道を選ぶための印だ」
「消せば、ハレルたちは別の印を探す」
「今は、あれを見て進ませた方がいい」
Cが聞く。
「誘導しますか」
「ああ」
カシウスは短く答えた。
「安全に見える線ほど、人は信じる」
「だが、完全に安全な道などない」
Cの黒い針が、静かに広がった。
「後悔の入口は、別の場所に残します」
カシウスは頷いた。
「リオに直接出すな」
「今は、ユナの側に置け」
「助けに行く理由を強くすればいい」
ジャバが笑う。
「結局、行かせるのか」
「当然だ」
カシウスは言った。
「来なければ、こちらの門は完成しない」
深層の暗がりで、reの白い補助線が細く光った。
その近くに、まだ誰にも見えていない黒い影が沈んでいる。
共同開発は進み始めた。
だが、Cの罠もまた、次の形へ変わり始めていた。
コメント
1件
エピソードお疲れ様でした!この話、本当に重厚で感動しました…。「後悔を消すんじゃない、入口にしない」っていう匠さんのメッセージ、めっちゃ刺さりました。みんなが別々の場所で同じ方向を向いて「間違った道を閉じてる」感じ、すごくチーム感あって熱かったです!リオが焦らず「待つ」を選んでるのも、成長を感じてじんわりきました。Cもカシウスも冷静で怖いけど、それに対抗する準備が整いつつあるのが頼もしかった!次も楽しみにしてます🍀