不意に目が覚めた。まだ空は暗く、部屋は暗闇に満ちている。
眠れない。
この夜が明けたら、ウィルスタント家と主の対談が始まる。
真夜中に1人、ベッドから起き上がり今は着ることの無くなった暗殺業を生業としていた時に着ていた服に袖を通す。
あの頃よりも良いものを食べれるようになって、少しなりとも成長した今の自分にはあれだけ大きく感じたこの服はぴったりのサイズにまで追いついていた。
__あぁ。懐かしい、この感じ。
窓を開け身軽に窓枠に乗る。そのまま軽い跳躍のみで屋根の縁に手を引っ掛け反動を付けて屋根の上に降り立つ。
屋根の上といってもこれだけ大きい一国の城の屋根だ。あくまでほんの端っこだが、それでよかった。
空を見た。
星空は嫌いだ。思い出すから。昔、母と双子の兄と、まだ幸せだった時に見たあの綺麗な星空を。
シャルト。この世界には存在しない種族との混血。親の血とは関係無しに生まれ、特殊な能力を持って生まれ落ちる。それはとても異端で、恐ろしいもの。
主達に言っていないことは多いけれど、その中でもこれは特段にだ。彼らの側にいるなら言うべきなのだとは思う。それはわかってる。
__その時、彼らはどの様な反応をするのだろうか。
今は亡き母のように受け入れて変わらず接してくれるだろうか。
そんな事は妄言で、この肩書も、城にいる資格も無くしてしまうだろうか。それとも、母という後ろ盾を亡くした後のあの家のように_。
そこまでの思考に至って、瞼を閉じる。
シャルトは世界にごく少数しか生まれない。だから扱いは酷い。恐らくシャルトでいながらまだ自由の身であることは奇跡にも近いだろう。
この国の誰かに知られてしまったら、俺はここに居れない。
『家』は自分達の家の名を傷つけぬよう俺の存在を隠した。だからこの国にシャルトがいるなど誰も思わないし、当然主達だって思ってない。
主達にとって、不利益でしかない人間なのだ。『セツ』という人間は。
「ふぅ………」
考えなければいけないことが沢山だ。
目を背けていた事があまりにも多くて、それでいて不安で仕方が無い。
「怖い、なぁ…」
小さい子供の様に膝を抱えて顔を埋める。
俺は、“レノ”はずっと否定されてきて、これからもずっと否定され続ける存在で。
そのことから逃げて、現実から目を背けて、裏の業界に行って。
ぼくじゃない、おれじゃない。否定されてるのはおれの存在じゃなくて、裏の業界に居るという事実だから。
そうやって逃げた。ずっと。そうでないと壊れてしまいそうで。
__目を背けるのを辞める、ということはまた生まれてきた事を否定される存在だということを認めるってことで。あの家の人達の前に行く、ということは自分は仮にも幼少期にはその空間が“全て”だった人達に要らない人間だと突き付けられ、傷を抉られる同然で。
それはとても怖く、恐ろしい。
子供の様に泣き出してしまいたい。
明日が来ないでほしいと、ずっと今のままで居たいと。
それでもここに居たいと願うには超えなければいけないことがあまりにも沢山で、でもそれはとても恐くて、もう目を背けてしまいたくて。
__堂々巡りだ。
「セツ。どこかにいるか?」
目を見開く。主の声だ。なんで。
「っ…」
すぐに動けるように体制を直す。
気配を探ると主の部屋のベランダ…自分と2部屋分離れた距離にいた。きっと同じ空を見ている。主の声はよく通るから、この距離でもよく響いた。
なんで急に。
まだ城に来た直後は慣れなくて屋根に登ったりもしたが、この部屋を貰ってからは今回が初めてのハズだ。
見られたくない、知られたくない。こんなにも情けない自分を。
大切にしたいと、思う人だから。
それでも、それを思うと同時に縋ってしまいたかった。全部話してしまって、もう考えることを放棄して。
たすけて、と。どうにかしてほしいと、縋ってしまえば。
彼は見捨てることはないだろう。
「これは俺の独り言だ。」
主の声にはっとする。今俺、なんて_。
「俺はお前のことを何も知らない。」
変えた体制のまま、主の言葉に耳を傾ける。
「それでも知りたいと思うよ。これからも共に居たいと思うから。」
「……。」
「この国の第二王子としてじゃなく、セツの1人の友人として。俺はお前が何を抱えていても見放すつもりはない。」
「_待ってるから。」
待ってる。ユイさんにも、レンさんにも言われた言葉だ。
「セツが帰って来る場所は、セツを必要としている人達はいるから。“ここ”にあるから。」
「っ…!」
目を見張る。 ずっと、ずっと、欲しかった言葉だった。
必要だと、いてもいいと。
目の前の夜空がぼやける。
「っ…ぁ……」
涙が頬を伝う。手の甲で拭うも止まらない。
「だから、頑張れ。」
「待ってるから。」
“セツ”として、彼らと対等になることも。
彼らに全てを打ち明けることも。
待ってる、と。待っててくれる、必要としてくれる。
「ありがとう…ございます…」
小さく言葉が零れる。聞えたのかはわからなかった。
「明日は俺も、ユイトもレンもいるから。なにかあったら頼れよ。以上、俺の独り言は終わり。」
「んじゃ…おやすみ。」
そう言うと、主が部屋に戻っていった気配がした。
涙を拭い、前を向く。
星空が綺麗だった。先程の嫌悪感は何故か覚えない。
頑張ろう。また明日も居場所に居れるように。
明日は、明日じゃなくても。いつか、近い内に“セツ”として、彼らの隣に立てるように。
頑張ろう。
__“セツ”の居場所はここだから。
一歩を、この足で進める。
ウィルスタント家と主の面談は明日だ。
コメント
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相変わらず書くの上手いな… セツさんについて知れた気がするよ〜´`*